(7)
「いや、いい手かも知れねえぞ……これ」
そう言ったのは……クソ女の親類だった。
「何で?」
「映画の『日本沈没』は観た事有るか? 藤岡弘が主演のヤツ」
「おばさん、やっぱり古いよ。ブルース・リーと一緒で六〇年ぐらい前のヤツでしょ?」
広島の魔法少女から、またしてもツッコミ。
「まさか……ガラス……」
そう言ったのは、沙也加ちゃんの彼氏だった。
「そうだ……地震で頭上から割れた窓ガラスが降り注ぐシーンだ」
そう言えば……ここのビルの窓ガラスは……獣化能力者とは言え、沙也加ちゃんの彼氏の軽い蹴りでヒビが入った……。
「このビルは震度4程度の地震でエラい事になる欠陥建築だ。窓ガラス含めてな。下の大騒ぎのせいで、何が起きるか知れたモノじゃ……」
「見て……他のビルも……」
ゴミの埋立地だった人工島。
その上に建てられたビルが、次々と、ゴミで出来た地面の中に沈んでいく。
「敵味方問わず……頭上から割れたガラスが降り注いで大惨事は避けられても……こんな真似したら、この島の地盤は……」
「元からデカい建物なんて建てられるような場所じゃねえだろ、ここ……」
地上に近付くにつれて……地面からは……。
「水?」
「いや……凍っている」
「大丈夫だった?」
「社長〜♪」
声の主は……佐伯漣……広島のヤクザの女ボス。
それに広島の魔法少女達が駆け寄って行く。
「他の連中は?」
そう訊いたのは護国軍鬼。
「もう撤退を始めてる。貴方達『正義の味方』も……韓国から来たヤクザ達も。この島は……すぐには沈まないにせよ、当分は、人が長時間居るのは、危険な場所になってしまった」
「マジだ……変な臭いが強くなってる。可燃性のガスかも知れねえ」
沙也加ちゃんのお兄さんが、そう言った。
「おい、そう言えば、お前が、今、一番会いたくない人も、近くに居る筈だ。ちょっと来い」
護国軍鬼は、沙也加ちゃんの首根っこを掴んで、そう言った。
「ちょ……ちょっと待って……どっちの……」
「両方に決ってるだろ」
「そ……そんな……」
「残念だが、怒られるのは、お前だけじゃない。私も色々とやり過ぎたんでな」
「へっ?」
「一緒に怒られてやるから、それで妥協しろ」
「そんな……嫌だよ……」
「ああ、そうだ、この借りは必ず返す。あくまで、こっちの都合だ。あんたに借りを作ったままなんて状況は……」
護国軍鬼が、佐伯漣にそう言っている途中……。
「『恐くて仕方ない』なんて言うつもりなら、笑えない冗談ね。私は他人の心が読めるけど、貴方から恐怖という感情を感じた事は無い。でも、何故か、貴方には、まるで、恐怖に囚われた人間が良くやるように、それに向き合う事を避けているモノが有る」
「何の事だ? 何が言いたい?」
「正義の美名と真の力は、最後には必ず、それが自分にふさわしいと思っていない者が手にする。運命と神は、自分を盲信する者ではなく、自分に抗う者を最後に必ず選ぶ。貴方が貴方である限り、必ず、愚かな人間達も、貴方の『荒振る正義』こそ最もマシな正義だと思うようになる。世界を好きに出来る力が、貴方の元にやってくる。神と運命は貴方を選び世界の未来を貴方に委ねる。そして……貴方のあらゆる選択が……『何も選択しない』という選択を含めて、世界に大きな影響を及ぼすようになる」
「ふざけるな。お断りだ。私の柄じゃない」
「でも、貴方には、必ず、この言葉を直視しなければならない日が来る……」
「何をだ?」
「『大いなる力には、大いなる責任が伴なう』……その台詞が最初に出て来た話を、ちゃんと読んだ事は有る?」
沈黙……そして……微かな舌打ちの音。
「痛い所を突くな……」
「そう……。力を得てしまった者の選択は、『何も選択しない』という選択も含めて、必ず重大な選択となり、それには重大な結果が伴なう。大いなる力には、それを使う事のみならず、使わない事にすら、大いなる責任が伴なう。貴方が力を拒めば拒むほど、力は貴方を選び……貴方が、この言葉に向き合わねばならない日は早くなる。判ってるでしょう?」