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『そ……そうか……判ったぞッ‼ ……貴様らの正体がッ‼』
会議室のモニタには、とりあえずは医務室に収容された自称「この施設に監禁されている子供の親」の姿が写っていた。
『ええっと……電源が入ってない携帯電話の画面を私に向けて……私がポカ〜ンとしてると、逆に驚いて、意味不明な事をわめき始めました』
別のモニタに写っている正門の守衛さんは、そう言った。
「ところで……何なんだ?『催眠アプリ』とか云うのは……?」
「よく判んないですけど……オタク向けの小説投稿サイトとかイラスト投稿サイトで良く使われてるネタみたいですね」
モバイルPCを見ながら日焔さんの質問に答えたのは……笹原さん。
「ええっと……主に中高年の男性のオタクの間で、二〇〇一年九月一一日の例の事件が起きずに、異能力者が存在してない世界、って設定のラノベやマンガが流行ってるようで……」
「まぁ……気持ちは判るが……」
「で、その中の一八禁ネタの定番の1つが『催眠アプリ』ってヤツだそうです……。いや、まとめサイトと……Wikipediaの中でも荒しが発生して編集ロックがかかってる項目を見た限りですが……」
「一八禁? 男性向けのポルノに出て来てもおかしくない催眠というと……その……」
「多分、御想像通りの代物です」
「訳が判らん……異能力が存在してないという設定なのに……そんな万能な催眠は存在してるのか? いくら小説や漫画でも辻褄が合ってないぞ」
『き……貴様ら……人間のフリをした精巧なロボットだなッ‼』
その時、医務室の様子が写されてるモニタから意味不明な罵声。
「救急車は……まだか……?」
「え……ええっと……」
『何言ってんの、この人?』
『催眠アプリが効かないと云う事は……貴様らは人間じゃないと云う事だ。何と言う事だッ‼ ここは人間に取って変ろうとする邪悪な機械人形どものスクツだったのか‼』
「スクツ?」
「私が若い頃のネットジャーゴンだ。『巣窟』を『すくつ』と読むと思い込んでたせいで、どうやってもPCで漢字変換出来ない、という笑い話だ」
「でも……あのおっさんの言ってる事……どこかで……」
「ああ……たしかに……ある精神疾患に似てる気がするな」
「何ですか?」
「人間の脳というのは……多少の異常が起きても無理矢理辻褄を合わせようとする性質が有る。例えば……『家族や知り合いが全て偽物に置き換わっている』と云う妄想を抱いた人を調べてみると……脳の他人の顔を識別する機能に障害が起きていた、とかな」
「へっ?」
「ある日、突然、自分の家族や知人の顔を知らない誰かの顔としか認識出来なくなったとする。その場合、人間は『自分の脳の機能がおかしくなった』ではなく『家族や知り合いが全て偽物に置き換わっている』という解釈を採用する傾向が有る」
「なるほど……じゃあ、あの人は……『催眠アプリ』ってのが実在して、その『催眠アプリ』が本当に精神操作を無効化するあらゆる能力・技能を更に無効化して他人を自由に操れると信じてるけど……それと辻褄が合わない事が起きてるんで……辻褄合せの理屈を必死で考えた結果が……」
「本人にとっては極めて合理的だが決定的に間違った結論に至ったようだな……。やれやれ」
『へえ……その画面を他人に見せると、他人を自由に操れるって信じてんの?』
「お……おい……あの馬鹿……何を……」
「エイミー、迂闊な真似はするなッ‼」
『信じてるんじゃない。事実だ』
『じゃあ、あんたが、その画面を見ると、どうなんの?』
『へっ? うぎゃっ‼』
「馬鹿ッ‼ やめろッ‼」
『いいじゃない、面白そ……ん?』
『はぁはぁはぁ……』
『何……これ? キモい……キモい、キモい、キモいッ‼』
『ご……御主人様……私は御主人様の奴隷です♥』
『や……やめろ……やめて……』
『ど……どうか……ご命令を……どんなに恥かしくていやらしい事でもいたしますぅ♥』
「いいか……間違っても『じゃあ、死ねよ』とか言うんじゃないぞ……」
『わ……わかった……。あ〜ッ‼ 馬鹿、服を脱ぐなッ‼』
事態は更にややこしくなったようだった。




