97【誕生日とおもてなし_参】
約束を重ねているとあっという間に時間は過ぎ去り、夕飯の時間となってしまった。
「そろそろ夕飯の準備するよ」
「もしかして、おもてなしは続きますか?」
「え、そのつもりだけど」
「やっぱりですね。お世話してくれるのは凄く嬉しいんですけど。ご飯とかは一緒に作って、一緒に食べてくれるのが一番嬉しいです。だめですか?」
沙月がわかっているのかいないのか。
そんなの答えは決まっている。
沙月のお願いなのだから。
「さっきも言った通り。お願いを断るつもりはないよ」
「さっきと同じ言葉なのに、頂ける気持ちが違うのはなぜでしょうね」
「俺の心持は一緒だよ」
「むぅ――――、ちょっと納得いきませんけど。それなら、少しだけ優しさで包んでくれませんか」
「はは、なんで納得いかないの。良いよ。――よっと」
膝を作ると、背中と膝裏に手を回し、一息に乗せた。
答えていきなり抱え上げたにも関わらず、沙月は声をあげることはせず、されるがまま。さすがに今回は、自身が抱えられるであろうことも織り込み済みだったようだ。
こちらの心持が同じということは、沙月の心持が違うということ。
さっきまでの嬉々とした雰囲気とは違って今は静謐な雰囲気。
そういうことだろう。
「やっぱり優陽くんも察しが良いですよね」
「え」
「まだ私は具体的には何も言ってませんよ」
「言われてみれば確かに、でもこうして欲しかったんじゃないの」
「もちろん、そうですよ。だからこそ嬉しいんじゃないですかっ」
沙月を抱き包み、目を閉じる。
相手の呼吸すらも聞こえるほどの静寂に、世界に二人だけしかいないかのような錯覚をさせられた。
心が満たされていく感覚に身を任せ、たゆたうように体の力が抜けた頃。
ぐぅぅぅ、と胃の力さえ気の抜けた音が鳴り響いた。
「ご飯、作りましょうか」
「面目ない……」
「時間が時間ですしね」
いざ夕飯の準備をすると、経験値の差か主導権は沙月にあっさりと奪われてしまった。それでもそれが沙月のしたい事とされてしまえば、否はない。
もちろん、沙月を想ってしたいことはあれど、そこを無理に押し通すよりも沙月が喜んでくれることこそが本望なのだから。
料理の最中であっても、ふと目が合えば、にっこりと笑ってくれるくらい嬉しそうにしてくれれば、いつもの事でさえも特別な事にできると言われた気がした。
「ごちそうさま」
「うん、おそまつさまでした。ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
「何か変な感じがしますね」
「そうだな」
食事が終われば、プレゼントの用意だ。
今の所、無事にやりたいことを消化できている。
最後が一番の難関だが、それはプレゼントの後だ。
「沙月、これプレゼント。改めてお誕生日おめでとう」
「うん、――ありがとうございますっ!」
渡すと感慨深そうに袋を胸に抱きしめている。
「開けても良いですか?」
「うん」
ゆっくりと丁寧に。
いつかの時と同じように、大事そうに、慈しむかのように包みを開け、箱から解き放たれたネックレスが光に照らされた。
それは自分がクリスマスの際に貰ったネックレスとお揃いの物だ。
「これ、どうやって見つけたんですか?」
「この前、和雲と海にも協力して貰って見つけた。多分お揃いのがあると思って。ネックレスが二個目になっちゃうけど、これならシンプルだし普段使いにも良いかなって思って」
「今度、お二人にもお礼を言わないとですね」
「そうだな」
もっとも当日に散々にやにやとした視線を貰ったのは言うまでもない。
それでも全力で探してくれたのだ。
視線くらいいくらでも貰ってあげてやろう。
「着けてもらっても良いですか?」
「うん、一緒に付けよう」
さすがに二度目ともなれば、以前と比べれば幾分かスムーズに着けてあげる事が出来た。
付けたネックレスを指でなぞり、幸せそうな顔をしてくれたかと思えば、口を尖らせ言ってきた。
「それにしても、さっきわざと黙ってましたね」
「食器の約束だけで助かったナー」
「普段身に着ける物をもたない人がひどくないですか。どれだけそういう物をあげたいと思って苦心したと思ってるんですかっ。それでわざわざ新堂さんにもお願いしたと言うのに!」
こちらが思っているよりも悩ませてしまった様子。
「ごめんごめん、サプライズとしては成功した気がするけど――、気に入ってくれた?」
「もちろん、嬉しいですよ。でも今日の事、絶対に覚えておいてくださいね」
「こわいこわい」
「うふふふ」
「お手柔らかに」
「考えておきますね」
いつどこでなにをされるのか。
手心が加わってくれるのを祈っておこう。
さてと、最後にやりたい事。約束したい事が残っている。
本当に今日で良いのか、今で良いのかと自問自答は終わらなかった。
それでも踏み出さなければ、ここから進むことはできない。
ソファで隣同士に座り、いつでも沙月を支えられるように姿勢を正し、心を落ち着けた。
雰囲気に何かを感じ取ったのか、沙月も凛とした姿勢を取る。
「誕生日の日に言うことじゃないかもしれない。それでもこのままにしておくわけにもいかないって思ってて。きっかけが無いと俺がずるずると先延ばしにしてしまうから。今、話さないとと思って言うんだけど」
「うん、どうしたんですか?」
大きく息を吸い吐く。
「高校を卒業したら、一緒に住みたいと思うんだけど、どうかな?」
最初は言葉の意味がいまいち伝わっていなかったのか。
次第に瞳が輝きだし、口に手を当てている。
「まぁ、今とどこまで何が変わるのかって話もあるとは思うけど、一種の決意というかそんな感じなんだけど」
ゆっくりと自分の存在を確かめるかのように、体を預けてきてくれ。
「嬉しいです」
ぽつりと呟く沙月。
目を閉じ、噛みしめるように言う様子は、とても穏やかだった。
今からこれを崩してしまうかもしれない。
それを思うと尻込みしてしまいそうになる。
それでも。
「……沙月、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
「うん」
「そうなると、沙月の保護者に挨拶をするのが筋だと思ってる」
保護者という言葉が出た瞬間、沙月の体に力が入るのが分かった。
先ほどまでの表情から一変し固くなった。
「……」
「今もそうだけど、お金を出してもらっている状態で黙って一緒に住むとは言えないと思うし、父さんと母さんに説明も必要だと思う」
沙月は顔を下に向けてしまい、こちらから顔を伺う事はできない。
「沙月が会いたくないのも解ってる。だから俺一人で話をしに行っても良いと思ってる。急ぎたいわけじゃない、でも考えておいて欲しい」
少しでも想いが伝わればと、頭を撫でた。
幾度となくその綺麗な髪の毛を手で梳き、通していく。
ビロードの様な手触りに、いつまでも撫でていたいほど心地よく、こんな時でもいつもと変わらずに美しかった。
沙月は特に声を発さなかった。
嗚咽の言葉も聞こえない。
顔は見えないが、涙している様子もない。
それでも多少の動揺を鎮めるためか、呼吸が深くなっていた。
沙月が落ち着けるならいくらでも待とう。
心に動くための水が溜まるかのように。
少しずつでもいい、コップに水滴が溜まっていくかのように。
動き出すための気持ちを作れるなら。
やがて沙月の呼吸が元に戻り、口を開いてくれた。
「もし――、ですよ。――私側の許可はなくても構わないと言ったらどうしますか」
「それも勿論考えたけど、俺が精一杯やってからでも遅くないとは思ってる」
「……そうですか」
「やっぱり抵抗ある?」
「うん、そうですね。……あるかないかで言ったら、ありますね」
「沙月と付き合い始めた時、俺は釣り合わないと思ってたんだ。今も到底自信をもって隣にいて当たり前だとは思ってないんだけどさ」
「そんな事――――」
顔を上げて否定しようとする口に、指をあてて止めた。
「それでも卑屈にならなくていいって沙月が思わせてくれた。だからせめて胸を張っていようと思えたんだ」
「……」
「だから、この先も胸を張って隣にいる為にも、きちんと話は通しておきたいと思ったんだ。卒業すれば、成人扱いだ。わざわざ挨拶しなくても当人同士のことだと済ませる事はできるかもしれない。でもそれは、最後の手段で良いと思ってるから」
目を伏せ、気持ちを整理しているのだろう。
数度の呼吸を得て、沙月が答えをくれた。
「そこまで考えてくれているのはとても嬉しいです。でも一つだけ。会うのは叔父とだけにしましょう。叔母とは正直会わせたくありません」
「うん、わかった。保護者には変わりないしね」
「時期は、私の方で決めてしまっても大丈夫ですか?」
「うん、無理しなくて良いから」
「叔父なら、大丈夫です。ただ多忙なので少し時間を頂くとは思いますけど」
「まだ切羽詰まった状況じゃないから、急がないよ」
こうして沙月と話す第一歩を踏めたことに安堵し、ほっと息をついた。
沙月も同様だったらしく、表情から力が抜け柔らかな物へと変わった。
「しかし、いざ会うってなったら、緊張するだろうな。同棲なんてけしからんって言われたらどうしよう」
「どうするんですか?」
「いっそのこと、逃げちゃう?」
「――――それも良いかもしれませんね」
まったくもって考えていない考えを言ったことに対して、同意が得られてしまったと見れば、目が合い二人して吹き出してしまった。
「冗談だからっ。何度でもお願いしに行くよ」
「わかってますよ、でもありがとうございます」
「もし、金銭面が絡んだら父さんに頭を下げて借りるしかないかな」
「――――それは大丈夫ですよ」
「ん? そうなんだ」
何にせよ、沙月が塞ぎこんでしまわないかだけが心配だったのだ。
それを克服できただけでも良しとしよう。
自分の山場は間違いなく、沙月の叔父との対面だろう。
それでも今、沙月が一歩踏み出してくれたように、今度は自分が踏み出す番だ。
ちょうど都合よく明日には実家への帰省が予定されている。
「それじゃ、明日は予定通り待ち合わせて行こうか」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」
玄関まで見送り約束をする。
何度となく繰り返す行為、それでも顔を合わせない時間なんて半日も無い。
そんな隙間さえも埋めたくてたまらない。
つくづくどうしようもない二人だと、自身もつい思ってしまった。
自嘲気味にしながら、床につき静かな眠りへと誘われていった。
何事も無く、予定通りの朝がくると信じて疑わなかった。




