95【誕生日とおもてなし_壱】
今日は沙月の誕生日。
以前から決めていた通り、今日一日は沙月を思う存分甘やかしてみよう。
プレゼントはちゃんと準備した。
何やら先日、沙月が美和と篠原さんと遊んでくると言うので、その時に買いに行ったのだ。目当ての物を探すのに、和雲と海にも協力してもらいようやく見つけることが出来た時は、内心胸を撫でおろしたものだ。
思ったよりも見つけるのに時間が掛かり、間に合うかが危ぶまれたから。
一方の女性陣に関しては三人で揃った後、男性陣に対してアプローチが凄くなるのはこれまでで経験済みだが、覚悟だけしておこう。どうせ止められない。
もし海が果敢にも努力を見せたら、骨は拾ってやろう。
なーむー。
特別な一日だからといって、特別な始まりではなかった。
いつも通りに沙月は朝にやってきて、朝食を共にするものの、朝からお世話を焼いてあげようと画策するも見事に失敗。
沙月に先に用意されてしまった。
それでも今日はまだ始まったばかりだと気を取り直した。
今日一日、自宅で良いかと問えば、それでも構わないと了承は貰っているものの何をするかは特に言っていない。
それが朝食を用意されてしまう事態を招いたわけだが。
まだ昼前なのだから、これから挽回しよう。
「今日のお昼、俺作るよ」
「――――私はもう要らない子ですか?」
「全然そんな事! って心臓に悪い冗談はやめて」
「なんか凄い気合入ってるので、どうしたのかなと思いまして」
冗談を言ったことに対してはあっけらかんとしていて、一瞬ドキっとしてしまった。
「去年のリベンジかな」
「気にしなくても……、と私が言ってもつまるところ優陽くんが気にしているという事ですね」
「そういう事」
「私はどうすれば良いですか?」
「何もしないで」
「何もしなくていいではなくて、何もしないで、ですか……」
「そう」
「では大人しく待ってますね」
「まずは昼食作るから待ってて」
「うん、楽しみにしてますね」
沙月の期待には応えたいと思った。
本来なら、料理上手の沙月に料理で返すなんて、と尻込みしてしまいそうだ。
それでも沙月なら喜んでくれるという安心感がある。
出来ない事をしようとしているわけじゃない、出来る事を精一杯やるだけだから。
作ろうとしているのは、トマトを沢山使った無水カレーだった。
作り方としては普通のカレーを作るのと大差は無い。
ただ水を加えないため、焦がしやすいのだけが心配であり火加減には十分に気を付けなければならなかった。
炊飯器をセットし、具材を切り炒める。
ここまではなんら変わる事はない、ただし普通のカレーならここで水を入れて煮込むだけなので、失敗する事はほとんどない。
ただただ水を入れないのが不安しかなかった。
普段は、沙月主導の元で手伝うくらいで、慣れていない事についてはどうしても不安がついて回る。
ここから煮込むだけなのだから、多少、目を離したとしてもさして問題はないだろう。多分。
それでも離れる事は出来なかった、失敗したくないという思いが強かった。
不安を感じ取ったのか、沙月がちょこんと顔を覗かせている。
「大丈夫、きっと大丈夫!」
「――まだ何も言ってないですよ」
「目が語ってる!」
「特別心配はしてませんよ。でもですね、優陽くんの意気込みを大事にしたいとは思うんですけども、料理にかまけて放って置かれるのも複雑な所ですね。そこの所はどうですか?」
「寂しがり屋かっ」
「寂しがり屋ですよ? 優陽くん限定ですけど」
くそっ、可愛いな。
焦がしやすい理由は解ってる、水を入れないから水分が守ってくれないのだ。
また水が飛び過ぎてしまっても、カレーっぽくなくなってしまう。
それならいっそ、水を入れてしまえば手を離しても大丈夫。
時間さえ測れば良い。
でもきっと水を入れない方が特別感が出て、美味しいだろう。
葛藤が顔に出てしまったのだろうか。
沙月は、意外そうな顔をして近寄ってきた。
「拘りがありそうですね、今はお鍋を見てるだけですか?」
「そう、焦げないように」
「さすがに作るのを見ててはだめってことはないですよね」
「そりゃー、すぐにわかるしなんだったら、もうある程度解ってるでしょ」
「そうですね――――でしたら、これで妥協しておきますね」
そう言って沙月がとった行動は、後ろから抱き付く事だった。
ぴとっと隙間なく、体を密着させ腕を回し、顔を背中に預けている。
確かに問題ないと言えば、問題ないが。
問題があると言えば、あった。
惜しげもなく押し付けられた感触に理性が軋む音が聞こえてきそうだ。
それでもこれからの目的を達成するには、身を任せる事は出来ない。
かといって、妥協案と言われてそれを拒否する事も出来なかった。
コトコトと火にかけ、アクを掬い、煮込み続ける。
その間、ずっと抱き付かれ続けた。
お互い微動だにせず、感触をより具体的に楽しむことが無かったのは良いことなのか悪いことなのか。
炊飯器が鳴るのと同時に火を掛けていたタイマーも鳴った。
「できたよ……」
「そうですね――――」
「食べないの?」
「食べますよ」
言葉とは裏腹に回された手は解かれていない。
「優陽くんは、どうしたいですか?」
「ん、何もしないで」
「えっ……」
どんな返答を期待していたのだろうか。
沙月は答えが意外だったらしく、ふっと力が抜けた。
その隙に抱き付いてる腕を優しく解くと、体を反転させすぐさま膝裏に手を回し沙月を抱きかかえた。
「もう少し余韻を楽しみたかっただけなんですが」
「嫌?」
「嫌じゃないですけど、だんだん動きがこなれてきてませんか?」
「男子三日会わざればって言うでしょ」
「三日どころか、一日も空いてませんけどね」
「――累計?」
「寝ながら練習してたとでも言う気ですかっ」
「夢に出てくるくらいには」
「どれだけ抱っこしたいんですか。いつでも本物で練習すれば良いじゃないですかっ」
「いや、嘘だけど」
「んぅぅ~……、変な事言わせて、さすがに恥ずかしいんですけどっ!」
手を顔にあて、足をバタバタさせている。
勝手に自爆していった感じがしないでもないが、そんな沙月も可愛らしく魅力的で顔が綻んでしまった。




