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93【クリスマス_壱】

 大会から翌日、朝起きてしまってからは、暇を持て余していた。

 何を隠そう今日はクリスマス。冬休みに入り沙月と朝から出かけようと思っていた。

 けれども特に時間の約束はしていない。


 今日と言う日を約束はしていても、いつ何時にどこへとは話さなかったのだ。

 いつも通りだと思い込んでいたと言われたらそれまで。

 沙月ももしかしたらこちらに気を使って、大会翌日の疲れを考慮して何も言わなかったのかもしれない。


 だから今この場に沙月がいない事が約束を違えているわけではない。


 それでも新堂と出掛けていると把握しているこの状況は、とても落ちつかなかった。

 漫画を読んでは閉じる。

 動画を見ても頭に入らない。

 ゲームをしても集中できずに、先に進まない。

 まだ用意できていないプレゼント探しも進まない。


 怒りや不信感がなくとも、気にならないと言えば嘘になる。


 今何をしているのだろうか。

 そもそも何をしに行ったのだろうか。

 なぜ自分も、居てはいけなかったのだろうか。


 聞けば答えてくれたかもしれない。

 何度か聞こうかと考えたが、結局、答えが怖くて聞けなかった。

 望んでいない答えが返ってきたら、そう思うと二の足を踏んでしまったのだ。


 だめだだめだと、首を振る。

 このままでは良くない方に考えが及びそうだ。


 隠すことなく正面切って出掛けて行ったのだ、後ろ暗い所があるはずもない。さすがに何もしてないのは、ついつい考えすぎてしまい、思考が良くない方にばかり及んでしまう。


 そろそろ昼時。

 たまには自分独りで食事を作ろうか。


 湯を沸かし、うどんを茹でる。

 気乗りしなくとも好物ならば喉を通るかもしれない。

 ぐらぐらと茹だる鍋。


 こうして一人で食事を作り、自分の分だけを用意するのは本当に久しぶりだ。


 そう思うと途端に手を加えるのが面倒になった。

 適当で良いかと、卵を落とし醤油を加えて啜り、機械的に動かす口。

 味はする、まずくはない。

 けれども、心は満たされない。

 ぽっかりと穴が空き、満たされない器だけがそこにあった。


 うどんが喉を通る感触も、胃が満たされる感覚も、何もかもが空虚だった。


 腹に何かが入っただけの状態に若干の後悔を感じながら、する事も無いからと洗い物をする。

 それもすぐ終わってしまった。

 

 どうするかと考えても何も浮かばず、結局は全てを投げ出し、目を閉じて帰って来るのを待った。

 それはもうだらしなく、見る人が見れば、怒られても仕方ないような状態だった。


 いくらか時間が過ぎた頃。


「ただいま戻りましたっ!」


 玄関が開き、そう言うなり小走りで駆け寄って来る想い人。

 こちらが顔を上げる間もなく、胸に飛び込んできた。


「おかえり、どうしたの?」


 平静を装い、飛び込んできた沙月を受け入れる。

 次第に心が満たされていくのを実感した。


「早く会いたくて。優陽くんは何してたんですか?」

「いや、特に何もしてなかった」

「折角なんですから、好きな事をしてれば良かったのに」


 暗に沙月がいると出来ないこともあるのではないかと言っているのだろう。

 確かに普通に考えれば、そういうこともあるのが普通だろう。


 言いたいことはわかるが、やりたくても出来なかったのが本当の所で。

 それは過去にもあったことで。

 あれは、沙月が麗奈を実家に呼び、自分が二階の自室で時間を持て余した時の事だったか。


「なんで何もしてなかったんですか?」

「解ってるくせに――――」

「教えてください」

「どうしても?」

「どうしてもです」


 きっと言葉として欲しいのだろう。

 虚勢を張った行動なんて隠しておけるとも思っていないので今更だった。


「手が付かなかっただけ。沙月がいないと落ち着かなかった」

「ふふ、私がいないとだめだめですね」

「あぁ、だめみたいだな」

「あは、いなくならないので安心して下さい」

「お前らな……」


 声が廊下聞こえ顔を覗かせながら、手を額に当てている人物が一人。

 言わずもがな、ちょっかい掛けてきたお邪魔虫だ。

 いや、ここはむしろ自分達の関係を強固にさせた当て馬か。


 いずれにせよ配慮してやる義理はない。


「常にバカップルやってないと気が済まないのかお前ら……」

「居たのか、新堂」

「誰に付き合わされたと思ってるんだ!」

「自業自得だし、俺が気にする事じゃないな」


「少し出かけるだけで、多重苦になるとは思ってなかったぞ。拷問かっ!」

「そんな大げさな。確かにちょっとバイタリティ溢れる事はあるけど――――」


「何がちょっとだ。お前の彼女どうなってんだ! 口を開けば朝比奈がどうだと、あれをしてくれた、これをしてくれた。ずっと惚気話。周りに人が居ても気にしない、おかげで周りの目は哀れみばかりだ。今日という日を少しは考えてみろ」


 一息に言い切る新堂。

 よくもまぁ、ぽんぽんぽんと出てきたものだ。

 変な感心をしつつも沙月を見れば、やりすぎちゃいました。みたいな表情をしている。

 そんな顔も可愛いから、新堂の言ってる事は水に流そう。

 自分が恥ずかしい思いをしたわけじゃないし。


「聞いてるこっちが恥ずかしいから意識を逸らせば、ちゃんと聞いてるか確認してくる。それも意識を逸らした瞬間にだ、察し良すぎだろ! これが拷問と言わずになんて言うんだってレベルだぞ!」


 新堂の必死の訴えもなんのその。


「確かに沙月は察し良いからな」


 都合の良い場所だけ同意を返す自分に、沙月はさも当然とばかりに頷きつつ。


「新堂さんは優陽くんと似ていますからね」

「嬉しくないなー」

「こっちだって願い下げだ!」


 沙月を身近に感じ充電している自分とは逆に、これでもかと主張してくる新堂。

 そこまで言う新堂を連れて何をしてきたのだろうかと、殊更気になった。


「それで二人は、何してきたんだ?」

「秘密です」

「なんで」

「一つや二つの秘密はあるものですよ?」

「――――どうせ後で解るから、寝れない夜でも過ごしてろ」

「気遣いには及ばないな。沙月がこうしてくれるだけで、枕高くして寝れる」


 さっきまでの自分の気持ちはなんだったのかと思わなくもないがそれを新堂に知られているわけではないのだ。

 気にしてはいけない。 


「時間を取らせて悪いって少しでも思った俺がバカみたいじゃないか! 帰る! お疲れ!」


 そんなことを思ってたのか、意外に殊勝な奴だな。


「コーヒーくらい飲んでいけば?」

「未だに抱き合ったまま動こうとしない姿勢で何言ってるんだ? しかもそんな甘ったるい空間で飲むコーヒーに苦みも酸味も味わえる気がしない! またな!」


 ドスドスと音がしそうな足取りで玄関に向かって行く新堂。

 さすがに見送りには行くべきだろう。

 沙月と一緒に立ち上がり、玄関まで見送った。


「またな」

「今日はありがとうございました」


 新堂は手をひらひらとさせながら、帰って行った。

 その様子から、本当に怒っているわけではないのは分かった。

 文句を言いたいくらいに羞恥に晒されたのは想像には固くないが。


 何をしてきたのかは未だわからないが、今度お礼くらいはちゃんと言っておくか。


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