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91【全日本高校選手権_四】

 選手控え室では、新堂とは一言も喋らなかった。

 顔を見ても先ほどまでの怒りは湧いてこない。

 あるのは、新堂よりも高度を出し、勝つという思いだけ。


 体を簡単に動かしウォーミングアップをする。

 動きながらも頭は冷静に働いてるのを自覚出来た。


 新堂の行いは後で正してやる。

 そんな植え付けられた思いは後回し。

 ただただクライマーとして新堂に勝ちたい。


 思えば最初から似たものを感じてはいたのだ。

 互いにこんな機会がなければ、競争意識を表面化させなかっただろう。


 どこまで出来るかに興味はあっても、他の人と比べてどうのとは興味がなかった。

 それでもこれだけ一緒に切磋琢磨していれば、どちらの方がと優劣を意識したことがなかった訳はない。


 かつての仲間とも、それが一時離れ離れになった一因だったと言えなくもない。

 それでもこうして今の様な形で収まったとなれば悪くはないと言える。

 過程はどうあれだ。


 そう、あの安い挑発は後で悔い改めさせよう。

 ようは勝てば自分達は丸く収まるのだ。

 

 新堂側については考慮に入れない、入れる必要もないだろう。

 言いだしてきた張本人であるのだから尚の事。

 先日言っていた通りそういう意味ではあつらえむきな状況なのも確かなのだから。

 

 係の人に呼ばれ順番を待つ。

 課題を思い出しながら待っていると、壁の前へと促される。

 特に意識したわけではない。

 それでも探してしまうのは、それだけ意識すらできない深層で求めているのだろうか。はたまたいつも見てくれている存在を確認したかっただけなのか。


 ざっと見渡すとすぐに見つける事ができた。

 こう言ってはなんだが、相変わらず目立つ容姿をしている。

 ただ座ってこっちを見ているだけ。

 姿勢正しく凛とした姿で。


 不安も何もないと言わんばかりの表情につい顔が緩みそうになる。

 ただただ信じているのだろうか。

 一体彼女は何を信じているのだろうか。

 神か仏か。

 

 残念ながら自分はこれからの結果を何かに委ねる気はない。

 今までやってきた自分を信じて、積み上げてきた物を出し切る。

 出来ない事をやろうとしている訳じゃない、出来ないことを出来るようにしてきた経験を信じて、積み上げてきた経験を披露してやろうじゃないか。


 最後に大きく息を吸い、吐くとビレイヤーに一礼し課題に取りついた。


 クリップを掛けながら登って行く。

 そんな中でも「がんば!」と沙月の声だけが聞こえた。

 なぜだか分からないがいつもそうだ。

 彼女の声が背中を押してくれる。

 あと一手という所で、必ず声を掛けてくれる。

 

 今日は沙月も熱が籠ってるのか、何度も声が聞こえた。

 そんな事を感じていると、なんだか色々と馬鹿らしくなり自然と笑みが零れてしまった。

 競っている事さえ忘れ、登ることに集中していった。


 一手一手と進め、もう少し、もう少しと進めていき、カチッ、カチッとクリップを掛けていく。残すは最終クリップだけ。


 珍しくはち切れんばかりに、声が聞こえるがやはり限界はある。

 トップホールドまであと数手という所で、落ちてしまった。


 言葉にならない思いを残し、ロープにより宙に吊られる。

 息を荒くしながら、落ちてしまった場所を見つめる。

 いくら見つめてやり直しは出来ないというのに、見つめてしまう。


 やがて地面が近づいてき、着地した。

 付けているロープを解き、客席に一礼し、ビレイヤーと共に退場する。


 どうせならトップまで行きたかったな。

 でも疲れてたしな。

 それでももう少しいけたんじゃないか。


 なまじトップが見えていただけに、結局、勝負は忘れてぐねぐねとさっきまで登っていた課題を振り返ってしまうのだった。


 自分の番が終わってしまえば、後は結果を待つのみ。

 少しは彼女の隣に居ても良いと、胸を張る価値があると映っただろうか。

 知り合いに言わせれば、何をいまさらと思われるかもしれないが、そう言える何かが欲しいと思っていたのは確かだった。

 沙月は間違いなく聞かれれば、自慢の彼女だと言える位だから。


「沙月、どうだった?」

「そうですね、つい自慢したくなる彼氏だなって再認識しましたよ」

「……ありがとう」


 沙月から嬉しくなる事を言われて、思わず沙月を見つめてしまう。


「あのさ、一応部活だし他の人もいるし、いきなりバカップル始めるの止めてくれないか……?」

「間宮――、居たのか!?」

「ずっと居るわ!! なんなら登ってた時もずっとここに居たわ!」


「知ってる知ってる、見えてたし」

「彼女しか見てないように見えたけど?」

「間違ってないけど、視界の端には入った」

「そこは否定しておけよっ! しかもおれのおまけ感強すぎじゃね!?」


 昨日の事があるから、実は有難いと思っていた。

 ただそれを素直に言えず、ついついひねた言い方になってしまった。


「虫よけくらいには重要だから」

「いまいちわからん重要度だな……」

「俺の不安が一つ減るんだから、重要だろ」

「もうそういう事でいいや。

 それよりも、結構な高度いってるし個人表彰もあるんじゃないのか?」

「なにそれ?」

「朝比奈さー、――――本気で言ってる?」

「だって、団体戦なんだろ?」

「学校としてはそうだけど、個人でも表彰されるぞ。

 というか、むしろ個人で競ってる側面の方が強いくらいなんだけどな」

「そうだったのか……」


 間宮がこれでもかと肩を落としている。


「要項くらい読んでおけよ……。

 表彰されたら表彰式あるから帰るなよ」

「え、立ちたくない……」

「どんだけ日陰に居ようとしてるんだか……」


「腹痛起きる予定だから、帰って良いか」

「どんだけ嫌なんだよ……。

 それにしてもカップルコンテスト出てた奴が何言ってるんだ……」

「あれは仕方なくだな」

「これも仕方ないから諦めろ。または他の人が高度を超えるのを期待してろよ」

「それはそれで複雑だな」

「もういいや、琴葉さん。朝比奈捕まえておいて」

「任せておいてください」


 そういって間宮は手を振りながら行ってしまった。

 部活として来ている以上、大河内も来ているだろうしそっちに行ったのだろう。

 自分は今回だけの参加という事で、色々と免除されていた。


「頑張ってましたね、思わず何回も声を出しちゃいました」

「ん、聞こえてた」

「そんなに大きな声でした!?」

「……多分、聞きなれてるからじゃないかな」

「……そういう事にしておきましょうか」


 そうして見つめるステージ上では、まさに新堂が登り始めようとしていた。


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