82【文化祭打ち上げ_壱】
文化祭から一夜明けた振替休日。
沙月の作ってくれた朝食を食べていた。
しかしながら沙月の表情はぷりぷりと怒っている。
それでもこうして朝食を作ってくれる辺り優しいなと思う。
気持ちのままに一夜を明かしたのはやりすぎたと反省した。
「沙月さん」
じとっとした目を向けられる。
いつにない怒り方だった。
まるで後ろが雪で吹雪いてるような錯覚さえ起こし、本気で怒らせる真似はやめようと心に誓った。
「すいません調子に乗りました」
「いくら洗って返すからって、駄目ですよ」
「あれ、そっち?」
「それ以外ないですよ」
「いや……そうなんだ」
「別に嫌なわけないじゃないですか。
それは多少なりとも加減を考えて欲しいとかありますけど、幸せを感じられますし……。
って、朝から何を言わせてるんですかっ!」
沙月自身が言ってて恥ずかしくなったのだろう、また頬を紅潮させ、責めるような視線を突き刺してくる。
その視線をいつまでもされると罪悪感が増してきそうだ。
今日はまだ鏡を見ていないだろうから、今のうちに言っておこう。
「それと、先に謝っておくけど」
「……なんですか」
「季節的に大丈夫だと思うけど、首元は隠しておいてください」
「まさか跡つけたんですか!? ばかっ」
「ごめん! つい、その……」
聞くなり、沙月は洗面所に掛けて行き、確認していた。
「はぁ……、一応場所を考えてくれてると言えるんですか、これ。
そもそも付けないでと言うべきか。
付けられるのもそこまで嫌いではないですけど……」
良いんだ。
「それとですね」
「……まだ何かあるんですか!?」
「昨日、父さんがくれたペアチケットなんだけど」
話が急に逸れたからか、ほっとした表情を見せてくれた。
「……それがどうかしたんですか?」
「どうやら、一泊のホテル付き」
「それ――、いつ気づいたんですか……」
「昨日、沙月が着替えに行ってる間」
「何よりもそっちが先じゃないんですか……」
「沙月があの衣装着てくるなんて思ってなかったんだって。
しかもあんな爆弾投げてくるなんて」
「……それを言われると私も弱いですけど」
「でも俺たちにこれを渡すのって、どうなんだろうね」
「昨日の今日で、優陽くんがどうのこうのと言う事自体がおかしいですけどね」
駄目だ、やらかしてしまった後ではどうにも部が悪い。
「ごほん……日にちなんだけど、そろそろ出会って一年だし、その記念でどうかなって」
「覚えてくれてたんですかっ」
「どうかな」
「そうしましょうっ!」
さっきまで自分を刺していたことなど、無かったかのように笑顔が舞い戻った。
にこにこと満面の笑みを浮かべ、幸せそうだった。
今日は、和雲や海達と打ち上げをする予定。
例の如く、場所は自分の家。
六人で集まって騒ぐにはこれほどちょうど良い場所はないだろう。
そんな休みの日。
集まってお菓子やらジュースやらで騒ぎはじめて、当然出るのは文化祭の話。
「優陽達も和雲達も、コンテスト惜しかったよなー」
「そうなのか?」
「朝比奈は、結果は聞いたの?」
「詳細は知らない、発表の関係があるから一位だけは事前に教えてもらったけど、その他は特に」
「わたし達と沙月ちゃん達、同率の二位だったみたいよ」
「飛江君のお姫様抱っこと朝比奈君の肩担ぎはインパクトあったものね」
「彩晴さん、思い出させないでくれますか……」
「あら、あんまり出来るものじゃないし、良かったじゃないの」
「……全場さんに、やって貰えば良いじゃないですか」
そう言って、つい二人を見比べてしまい。
海の頭から篠原先輩の頭へと水平に視線を動かしてしまった。
「優陽みたいな体幹お化けと比べられてもなー」
「そういう事にしておいてやるよ」
「出来る方がおかしいんだって!」
「それなら、和雲くんと同じように抱っこしてあげれば良いじゃない」
「美和、僕も別に大丈夫なわけじゃないからね……」
「和雲は、そんな事言いつつやってあげるんだから甘いよなー」
「本当にな」
「何をしたり顔で朝比奈も同意してるのさ。人の事言えないくせに。
海だって、もうその気があるんだから人の事言ってられなくなるよ」
「そ、そ、そんなことないしー!?」
「あら、海はわたしのお願い聞いてくれないの?」
「あー、はい……頑張りたいとは思って、る。ます……」
和雲の言葉に抵抗は出来ても、篠原先輩からの一言で敢え無く撃沈する海。
その言葉に満足したのか、篠原先輩は海の頭を撫でている。
もうこの時点で海は人の事言えないよな。
すると次の視線はもちろん自分に集まり。
「俺は自分の意志でやってるから良いんだ」
「――――朝比奈くん、それでいいの……」
なぜか沙月まで含めて全員から呆れられてしまった。
別に良いじゃないか、決して無茶苦茶を言うわけではない。
むしろ普段はほとんど甘えを口にしない。
こっちの世話を焼いてくれようとする事の方が多い。
自分が甘やかされている事の方が多いのだ。
そんな中で、本当に些細なお願いを口にする。
決して強い口調ではない。
受け入れてくれて当然と思っているわけでもない。
それでも少しの期待を込めて言われたら、断れるわけがない。
「良いんだよ。別に……」
言外のものまで全て伝わるわけではないだろう。
それでもその言葉はいつもより少し、本当に少しだけ重く響いた。
「それでもさすがに社交ダンスのインパクトは強かったみたいだね」
「結果聞いた時は、納得したしな」
「喫茶店の和服見て思ったけど、非日常感あって良いわよね」
「彩晴さんが着てるの見たかったなー」
「海も見たいって思うの……?」
「え? そりゃー見たいよー?」
「そう……」
なんでもない海とどこか考える節を見せる篠原先輩を尻目に、沙月は突如どこから出したのか、雑誌をドンと置いた。
「非日常と言えばですね、ドレスも凄いなって思ったんですよ」
「コンテストのよね、憧れるわよね」
「沙月さん、用意が良いわね」
会話の流れがよろしくないのは勿論のこと。
沙月が取り出した雑誌にもびっくりした。
余りにも厚すぎて立派な鈍器にでもなるんじゃないかと思えるほどの厚さだ。
下手な辞典よりもよほど分厚いんじゃないのか。
中の付録を開けてはいけない、絶対に。
幸せそうな表紙がいかにもそれだと主張している。
「なんでそんな物を用意してるの……」
「優陽くんが言ったんじゃないですか、一概にどういうドレスが良いなんてわからないって。サンプルも欲しいって」
「そこまでは言ってない」
この後、それぞれ質問攻めにされるのなんて火を見るよりも明らかだ。
男二人から無言で非難の圧を感じた。
「和雲くんは、どういうのが良いと思う?」
「僕だってわからないよ……」
「ほら、こういうのもあるみたいだよ!」
「うん、似合うと思うよ」
「海は、どういうのが好み?」
「なんでも似合うと思う!」
「なんでもって困るのよ、一緒に見ましょうか」
「はい……」
周りで繰り広げられる男性対女性の勢力図から、逃れる事は、残念ながら出来なかった。
もう言わなくてもわかるよね。と言わんばかりの期待に満ちた表情でこっちをじっと見ている沙月。
そして、元凶を逃がさないと言わんばかりに、圧を発している男二人。
味方がいないと嘆けば、自業自得と言われそうだ。
それでも一つ思う。
誰が予想できるかこの展開。
「一緒に見させていただきます」
と断りを入れて、一緒に覗き込んだのだった。
雑誌が捲られれば、女性陣で会話し、隙があれば男性陣に質問してくる。
そんな心臓に悪い行いが、雑誌の半分ほど進んだ頃だろうか。
天啓が閃いた。これなら九死に一生を得られる。
すでになんども精神が死にかけてる気がするが、今の状況から抜け出せるならなんでも良かった。
「そろそろお昼だし、俺が良かったら作ろうか。
買い物してくるよ」
「朝比奈、それはずるいよ」
「そうだそうだ!」
「二人も来るか?」
「……」
「もちろん、何か作ることにはなると思うけど」
成り行きを見守る女性陣、敢えて何も言わないのか、何も言えないのか。
彼女達の望みはどれなのか。
このまま一緒にはしゃぎたいのか。
男が料理するという図を見たいのか。
彼氏が作る料理を食べてみたいのか。
和雲も海も恐らく離れて良いものかと考えているのだろう。
居心地の悪さから、傍を離れる。
決して悪いことではないはずなのに、後ろ髪を引かれる。
以前にも確かにそう思った。
でも彼女達が楽しそうなら、それはそれで良いと。
それに今は、料理をする為という大義名分がある。
建前とは偉大だ。
何も無理して買い物にいく必要は、ないかもしれない。
あり合わせで作れなくもない。
それでも不慣れな人が作るものだからと、ハードルを下げる為と言える。
もちろん、沙月は冷蔵庫の中が分かっているので、買い物に方便が混じっているのは気づいているだろう。
それでも何も言わないのは、自分の魂胆がわかってるからか、成り行きに任せようとしている。
買い物に行くことで、違う物が出てくるのが楽しみなのかもしれない。
未だ決め兼ねている二人に助け船を出す事にした。
「さすがに一人で作ると大変だろうから、二人がいると助かるんだけど」
「「仕方ないなー」」
タイミングよく食いつくぐらいなら、さっさと同意しろと。
「それじゃ、優陽くん。お任せしますね」
「あぁ、行って来る」
エコバッグを持って、買い物に出かけた。




