76【文化祭一日目_壱】
文化祭前日、沙月と自分は大忙しだった。
沙月が予め言っていたように、これで文句を言われたらどれだけ大変か滔々と語ってあげたくなるくらいに大変だった。
沙月が把握してれば良いからと、予め何を作るとは聞かなかった。
何を作ると聞いて、パウンドケーキと答えられた時も、正直そうなのか。くらいしか思わなかった。
最初は、分量なんかを一通り覚えようかとも思ったが、途中からやめた。
というか自然と覚えた。
流れ作業のように、混ぜ合わせている中へ沙月が分量を入れ、自分が混ぜる。
ただひたすらに。
だんだんと手が疲れて来る。
それでも自分はまだ良い方だった。
沙月は型に入れた物を持って、家を往復している。
タイマーが鳴っては沙月の家へ戻り、またこっちに戻ってくる。
その日一日はただひたすらにパウンドケーキを作っていた。
一つ分かった事は、最初は甘い良い匂いもずっと嗅いでいれば胃もたれしそうだということだった。
「沙月、やっぱりもう一個持とうか」
「優陽くんだって、両手いっぱいじゃないですか」
今は登校中、二人して両手にパウンドケーキの入った袋をひっさげ歩いている中、このやり取りは何度も繰り返され、沙月は渡してくれない。
小柄な沙月が、これだけの量を持たせているといけない事をさせている気持ちになってしまうのだ。
可愛らしい容姿と相まって背中がむずむずする。
沙月から見れば確かに自分も両手に持っている。
それでもまだ持てた。
多少不格好になっても、このままの沙月を見ているのは心がくすぐられて仕方なかった。
そんな気持ちを持て余し、困っていると見知った人影が見えた。
「和雲、美和」
後ろから声を掛け、振り返ると二人は驚いた顔をした。
「また凄い量だね……」
「沙月ちゃん、持つわよ」
「ふぅ、美和さんありがとうございます」
沙月が肩を上下させている、やっぱり大変だったのだろう。
「美和、助かった」
「そういう朝比奈だって、凄い量だね。持つよ」
「あぁ、ありがとう」
「これ、意外に重いね……」
「量が量だからな……。
昨日は一日中作ってた」
「おつかれ……」
「でも、その代わり今日一日フリーにさせて貰ったんだ。
ゆっくりするよ」
「今日はどこ回るとか決めてるのかい?」
「特には決めてないけど……」
カップルコンテストには出ようって」
「「え」」
それを聞いた和雲と美和は、声を合わせ驚いた。
「似合わない事してるのは解ってるんだけどな」
「いや、驚いたのはそこじゃないんだよ」
「その……、わたし達も出るのよ」
「「え」」
図らずも沙月と共に、さっきの二人と同じ反応をしてしまった。
「沙月ちゃんとの勝負ね」
「美和さん、負けません」
なぜか女性陣は盛り上がってる。
いつかの見せ付けられているというのと同じ括りなのか。
対して男性陣は。
「和雲、暴走しないように手綱握っておけよ」
「そのまま返すけど、朝比奈は琴葉さんのお願い断れるの?」
「……多分、無理」
「僕だって多分無理だよ」
「「はぁ……」」
プログラムの内容が何をさせられるのかは知らないが、二人とも恥ずかしい思いをする事は間違いなさそうだった。
教室に入るとクラスメイト達はだいたい揃っていた。
自分達は遅い方だったようだ。
この荷物だから仕方ない。
「おー、いっぱい作ってきたなー」
「さすがに重い」
「つっても優陽は手伝いだろー?」
「延々と手を動かし続けて、甘い匂いが充満し続ける様を語ってやろうか。
いくら甘い物が嫌いじゃないって言っても、限度がある事を教えてやるよ」
「嫌だなー、陸上やってるのに欲望のままに食べられるわけないじゃん」
「俺だって同じだ!」
いくら特別制限をつけていなくても、いくらでも食べていいわけじゃない。
「だから一口だけ食べてみたい!
試食してないんだけど、一口食べて良い?」
「良いわけないでしょ!」
そう言っていつの間にか近づいてきて海を注意する白石。
「お菓子はあそこにおいておいて貰える」
「あいよ」
白石はさっと視線を巡らせた後、それだけを言うと去って行った。
恐らく始まる前の準備に忙しいのだろう。
沙月と共に指定された場所に置くと、他のお菓子よりも持ってきたパウンドケーキの量が圧倒的に多かった。
確かにこの量を作ってきては口を出されることはないかもしれない。
「これ全部さばけるの?」
「今日だけじゃなくて、明日も含めてますよ。
それに余っても、皆で食べれば大丈夫です」
それもそうか。
クラスの準備を簡単に手伝い、文化祭の開始が鳴った。
自由時間の人達が一斉に蜘蛛の子を散らすように、教室から消えていくなか。
「沙月」
「なんですか?」
「さっそくなんだけど……」
わざとらしく勿体ぶる自分に首を傾げている。
「休みたい」
「あは、良いですよ。
私も疲れてますから」
そう言って、人気のない屋上へ移動し二人ベンチに座った。
文化祭が始まっていきなり休んでるなんて自分達くらいのようだ。
「コンテストっていつからだっけ」
「メインイベントみたいなので、お昼食べて少しゆっくりしたらですね」
「まさかあの二人も出ると思わなかったな」
「そうですね、でも一緒なら楽しい思い出になりますよ」
「どうせなら、海も巻き込めばよかった」
「全場さんはともかく、彩晴さんが凄い抵抗しそうですね……」
思い浮かべるのは家の前で披露された駄々をこねるような篠原先輩。
「はは、あれは無理そうだな」
「ふふ、ですよね」
「そういえば、明日、父さんと母さんが来るらしいよ」
「私も亜希さんから連絡ありました。
楽しみですね」
「高校生にもなって、来られてもな」
「またそんな事言って」
そうは言うけど、母さんが実際会いたいのは沙月じゃないか。とは思っている。
「夕飯、一緒にご飯作りましょうね」
「え、そういう流れ」
「手伝ってくれないんですか?」
「パウンドケーキ以外ならね」
場合によっては今日帰ってから作るかもしれないのに。
三日連続で作るのは是非ともやめて欲しい。
「あは、私も明日の夜も作るのはちょっと」
青空の元、こうして屋上にて沙月と二人でお喋りに興じるだけで他には何も要らないと思える程、満たしてくれる。
それでも折角なのだから。
「そろそろ色んな所回ろうか」
「うん」
手を取り歩きだした。
まずは何を見ようか。
歩いているとお化け屋敷があった。
そう言えば、一緒に行った事ないな。
「沙月、お化け屋敷はいる?」
単純な興味本位だった。
今までこういう怖い物の話とかをしたことがなかったから。
「……良いですよ」
そう答える沙月は不思議な表情をしている。
ん??
列に並び程なくして自分達の番が来た。
きちんと暗幕が張られ、陽の光はなく足元を心もとない灯りだけが先を示している。
繋いだ手を引きゆっくりと歩く。
雰囲気あるな。
沙月の方を見れば、表情を硬くしている。
ひょっとして駄目だったのかな。
握った手に力を込めると、こっちを向き切なそうな表情をし、腕にしがみつかれてしまった。
そのまま誘導されるように歩いていくと、いかにも何かが出てきますよ。といった感じの井戸。
一歩一歩と歩くたびに、沙月の腕には力が入る。
近づいていくと風の音と静かな音が鳴り響いてくる。
そして井戸の手前までいくと大きくなった音と共に井戸とは違う方向。
沙月の方から髪の毛で覆われ、白い肌襦袢を着た女性が、襲い掛かる様に両手をあげていた。
さすがにこれは不意打ちで自分も驚いてしまい、隣からヒッとか細い声が聞こえた。
沙月の驚きようは自分の比ではなく、怖がったその様はしがみつくように腕を抱きかかえられた。
早く早くとせっつくように先を促され、その後はじっくりと見る暇もなくお化け屋敷を出た。
「ありがとうございましたー。またの起こしをー」
そう言って係の人に送り出されると、沙月は我慢の限界がきたのか自分の胸に抱き着き顔を隠している。
廊下に出て動くこともできなくなり、端によって頭を撫でてあげた。
すれ違う多くの人に見られた。
目の前にお化け屋敷がある事も手伝い、訳知り顔となり温かく見る人がほどんどだった。かといって恥ずかしさが緩和されるわけもない。
普段とは違い、年配の人達も加わりより一層視線の温かさが増していた。
そんな羞恥に耐えていると。
「あなた達、それはちょっと大胆なんじゃないかしら」
「相変わらず熱いなー」
そう言ってきたのは篠原先輩と海だった。
「いや、これはこれで怖かったぞ」
「またまたー」
「それなら入ってこいって」
「いいわよ」
そう言って二人は入って行った。
出てきた二人は。
「いやー、あれは聞いてない……ハハハ」
「……朝比奈くん、恨むわよ」
「お門違いにもほどがないですか」
海は硬い表情をしているのに対して、篠原先輩は年上としての矜持がそうさせているのだろう。
表情に出さないように難しい顔をしている。
それでも普段を知る自分からすれば、その硬く繋がれた手と体の近さから二人とも怖かったのは見て取れた。
「篠原先輩、甘えるなら今じゃないですか」
「……海行くわよ」
「優陽ー、覚えてろよー」
それだけ言って、どこかへ消えていった。
先の言葉に一矢報いた事に満足していると。
「優陽くん、覚えておいてくださいね」
「え」
それなら入るのを断ってくれたら、と思わなくはなかった。
それでも。
「普段見れない沙月が見れて可愛かったよ」
耳元で沙月にだけ聞こえるように囁いた。
沙月は顔を真っ赤にし、ぺちぺちと叩いてきた。
その様子にますます楽しくなっていると。
ゴホンゴホン。
やばい、忘れてた。
慌てて沙月の手を取り、退散した。
その後も頬を膨らませ怒られた。
そんな仕草も楽しくて仕方ないものの、へそを曲げられないよう謝り、沙月の行きたい所を回った。
コーヒーカップや縁日などを回っていると良い時間が経っていた。
太陽は真上で学校を照らし、参加している人達にさらなる熱気を送り込んでいる。




