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75【それぞれの見方】

 日々、文化祭の気運が高まっていく中、様々な準備が必要だった。

 内装からの雰囲気づくりや、メニュー表のデザインなど。

 飲食に関してのノウハウは、白石が音頭をとっていたが、それでも限界はある様子。

 中でも一番壊滅的だったのが、男子がコーヒーや紅茶を淹れる事だった。


「ねぇ、頭痛くなってきたんだけどお願いだからタイマーくらい使って計量守ってくれない……?」


 試しにと数人がコーヒーを淹れる所を見て、そう白石は漏らすように言った。


 コーヒーは粉から、紅茶は茶葉から淹れる以上、機械で淹れるには数が揃わない。

 そのため、電気ポットで湯を沸かし、ペーパードリップで淹れるのだが。


「お湯注ぐだけだろ」


 とは大方の男子の見方。

 実際、自分も淹れてみるまでそう思っていた。

 だがこれが、随分と風味などが変わってしまうから困ったものだ。


「練習はするとして、誰か出来る人いる?」

「淹れてみようか?」

「朝比奈君、出来るの?」

「初めてではないかな」


 道具は持ちよりなので、多少バラつきはあるがすんなりと選ぶことが出来た。ちょうどいつも使っている溝有りの円錐タイプがあったから。

 手慣れたものでいつものようにペーパーをセットし一杯分の分量を測り均し、湯を注ぎ、蒸らしの時間を待つ。いつもは感覚でやってしまっているが、今日はタイマーをセットした。ピピピっと音が鳴り蒸らしが終わったら、全体に満遍なく注ぎ、中心に向かって湯が終わるように注いだ。


「どうぞ」


 特に何も考えず、カップに注いだコーヒーを白石に渡した。

 白石は香りを嗅いで一口飲むと。


「これ! これよこれ!

 ちゃんと美味しいじゃない!」


 お気に召したようだ。


「そんなに変わるのか? 朝比奈、おれにも淹れて」


 話したことがある気安さから間宮が言ってきた。


「朝比奈君、悪いんだけど多めに作って皆にどんな感じか味見させてあげて」

「ん」


 そうして全員が一口飲める分くらい作り、簡単な要点を伝えていると隣で感心したように見ていた白石が聞いてきた。肩が着きそうな位に近く、ちょっと動きづらい。


「これいつも淹れてるの?」

「ほとんど毎日かな」

「いーなー、今度またあたしにも淹れてよ」

「機会があったらな」

「ほんと! やったー!」


 そう言って飛び跳ねるようにしている。

 コーヒーくらいでそんなに喜ぶような事なのか。

 

「朝比奈のコーヒーは美味しいよね、僕も淹れてみたから朝比奈飲んでみてよ」


 和雲も試しにとコーヒーを淹れてきたみたいで手渡されたカップは、いい香りがしていた。

 一口飲んでみると。

 香りが口の中いっぱいに広がり鼻腔を擽り心地よかった。

 それでもやっぱり自分が淹れたのとは少し違い、それは良い悪いではなく。


「美味しいと思うけど、俺が淹れるのに比べると少し濃いかもな。

 好みだと思うけど、もう少しだけ全体的に早く注ぐ位で変わると思う」

「そっか、ありがとう」


 和雲は納得したのか、なるほどといった顔をしている。


「これは朝比奈君を焼き菓子に取られたのは痛かったかなー」

「この後の練習にも付き合うよ」

「頼りにしちゃうよ!」


 肩をポンっと叩かれニシシと笑いながら離れていった。

 今度は紅茶の淹れ方を説明するようだ。

 紅茶に関しては門外漢なので出来る事はなく、その場を離れた。


 すると美和にちょうど良いとばかりに呼ばれた。


「あ、朝比奈君。ちょっと手伝ってよ」

「何を」

「部屋の中を暖色系にするのに灯りをフィルムで覆いたいのよ」


 そう言って周りを見回すと見事に女子だけ。

 それも制服。


「男子は大半があっちに取られちゃってるしね」

「単純に覆えばいいんだよな」

「それで十分よ」 


 それだけ確認し脚立の上に立ち、フィルムを巻いていく。

 カサカサと音をさせながら、灯りが漏れないようにクルクルと。

 手を伸ばし、中途半端な立ち位置に少し考えた。

 端から巻いていったので、逆側まで巻くのに少しだけ手が届かなかったのだ。


 いちいち降りるのも面倒だな。


「美和、椅子で良いから端の下に置いて押さえておいて」

「大丈夫なの?」

「問題ないだろ」


 押さえておいて貰うのも保険だし。


 そうして美和が椅子を持ってきた。上履きを脱ぎ捨て片方の足を伸ばし親指との間に背もたれの部分を掴むようにして力を込めて掴んだ。

 体重を掛けても動かないようにし、フィルムを巻き終えると手を椅子に着け降りた。


「無自覚っていうのも、怖いのよね」

「何が。呼んだのは美和だろ」

「そうね、助かったわ。ありがとう」


 そう言って離れて行った美和は、沙月に何か話をしている。

 手のジェスチャーから謝っている事は分かるが、何を謝っているんだろう。

 別に美和の手伝いをしたからって、沙月が怒るとは思えないんだけど。


 その後も高い所は、ここぞとばかりに頼まれてしまい、沙月の所に行こうにもあれやこれやと他の用事が舞い込んできてしまった。

 カーテンを付け替えるのを手伝って欲しいやら、飾りを付けて欲しい。

 そうこうしてるうちに白石に呼ばれ、さっき教えられなかった男子にも教えて欲しいと頼まれてしまった。


 やっとの事で解放されたと思い時計を見るとそれなりに時間が経ってしまっている。

 

 確かそろそろお菓子班で試食会をするって言ってたはずなんだけど。

 どこにいるんだ。

 お菓子自体はもう作ってきてあるから持ち寄るだけって言ってたな。


 それが探していた理由だった。

 飲み物もあった方が良いだろうと、さっきまでコーヒーの淹れ方を教えるついでにコーヒーをポットで用意し、持ち歩いていた。


 思い思いの場所を探しながら、廊下を歩いているとやっとの事で、沙月を見つけた。

 どうやらお菓子班で食堂に移動する途中のようだ。

 歩く速度を早め、追いかけた。


「やっと見つけた」

「優陽くん」

「これから試食だよな?」

「うん」

「良かった、間に合って」


 追いついた自分を意味ありげな視線と共にクラスメイトから言われてしまった。


「駄目だよ、朝比奈君、放っておいちゃ」

「あ、うん」

「君もお菓子班なんだからね」


 最初、自分がお菓子班なのを訝しんでた気がするけど。

 もう良いのか?

 もっとも今日のは試食用だから、沙月が一人で作ってきたので何もしていないけど。


 他の人にとっては居ても居なくても良い気がするけど?

 いまいち歓迎されてるんだか、邪険にされているのか判らないんだよな。


 なにはともあれ。


「沙月、ごめん」

「それは……、何についてですか?」

「えっと……、任せっきりにした事を……」

「ですよね……」


 それだけ言うと特に何も言わず、呆けている自分を置いて食堂まで先に歩いて行ってしまった。

 置いて行かれるという事態について行く事が出来ず、取り残されてしまった。


 慌てて先を行く沙月に首を傾げながらついて行くと、他のクラスメイト達が食堂で作ってきたお菓子を広げていた。


 そんな中、自分はと言えば食堂の自販機で牛乳を買い、紙コップを貰いに行った。


 お菓子作ってきてないし、これくらいはした方が良いだろう。


 ただでお菓子を貰うのも気が引けるとの思いから、席に戻りコーヒーをそれぞれに注いだ。

 ついでにポケットに突っ込んできたマドラーと砂糖を取り出し取れるように広げる。


 さして意識もせずに自分の分に牛乳を入れるついでに、沙月の分にも入れておいた。


「良かったら、皆で使って」


 それだけ声を掛け、手の届く位置に牛乳を置いた。

 そんな自分の行為は、全員から大層驚かれるものだったみたいで。


「ねぇねぇ琴葉さん、これ朝比奈君の素なの?」

「素ですね」


「天然だったのね」

「琴葉さん、これ大変でしょ」

「そうですね、気が気ではないことも多いですね」


「これ本当に気づいてないの」

「気づいてないですよ」


「いつもこんな調子なの?」

「割といつもです」


「普段とずいぶん違うよね」

「二人ともすぐ帰っちゃうもんね」

「こうして琴葉さんとも話したかったんだ」

「今までいつも二人一緒にいたから、話しかけづらかったんだけど良かったら遊びにいこうよ」

「はい、ありがとうございます」


 口々に沙月に聞くクラスメイトに対して答える沙月は心なしか困り顔。

 そんな様子に自分は困惑するしかなく。


「なんか変だった……?」

「変って言うか、ねぇ」

 

 そう言って、最初に自分の言葉に反応した女子が周りを見渡し同意を求めている。

 それに対して頷く面々。


「いつも通りの優陽くんで安心したって話ですので大丈夫ですよ」


 沙月が声を掛けてくれるが、きっとこれは気を使われているのだろう。嘘を言ってるとまでは思わないが。


「いつも通りって言うけど、朝比奈君は琴葉ちゃんいない時、話しかけづらいのよ」

「そうそう雰囲気がね」

「だから驚いたのよ、ねー」

「ねー」


 何にとは全く分からないものの、全員の共通認識のようでそれぞれが頷いている。


「そうなんだ……」

「それだけじゃないけどね~」

「それだけじゃないのかよっ!」


 そうツッコムと全員が分かっているようで笑われてしまった。

 いったいどういう事なんだ。


 沙月は溜息を一つ。


「皆さんが言ってる事は最もですけど。

 これでも私の自慢の彼氏なんです。ほどほどにして下さいね。

 それに、何でもない事としてやってしまう程の優しさに包まれるのは幸せですよ」


 沙月がそう言うとキャーキャーと騒ぎだした。

 結局最後まで訳が分からない自分を放って置いて騒ぎ続けられたのだった。

 

 その場はもう女子会めいた様相を呈してしまい。


 お菓子の感想は無くていいのかな……。


 と心の中で零したのだった。 



 さすがにあそこまで騒がれてこのままなのもなんだかな。

 そう思い、家での食事後に沙月に問いかけた。


「やっぱり俺、何かおかしい事したのか?」


 珍しくなんと言おうか迷っている。


「おかしいというか、いつも通りと言うかって感じですね」

「いつも変な事してたのか?」

「……今日はやけに気にしますね」

「それは、さすがに。

 なんかずっとクラスでもほとんどが妙な顔をして、食堂での騒がれ方をしたら気になる」

「ふぅ……、少し優陽くんの膝と時間をください」


 あれ、これって前の時と同じって事だよな。

 そう思い膝を作る。

 するとやっぱりこの前と同じように膝に座り抱き付かれた。


 沙月は大きく息を吸い、静かに口を動かした。

 その表情は自分の胸に顔を埋め、伺う事はできない。


「これは私の独り言です。


 今更、白石さんが優陽くんの良さに気づいても私の彼氏です。

 他の人も優陽くんの凄さを知っても私はとっくに知ってました。

 

 優陽くんの優しさは私が一番で、特別で、他の方達への優しさは普通の事で特別ではないんです。

 優陽くんのコーヒーは私のお気に入りなんですよ!!」


 そう一息に沙月は言い、抱きしめる腕には力が入っていた。


 えっと、つまり。


「沙月のコーヒーは心を込めて淹れてるけど?」

「なんで! 気軽に! 白石さんに渡してるんですかっ!!」


「試飲用だったし……」

「それなら飛江さんでも良かったですよね?

 現に飛江さんは、優陽くんに持って行ったわけですから。

 第一、優陽くんはお菓子班です!」

「あ、うん。はい」


「それに白石さんは優陽くんに近づき過ぎです。

 見てないとでも思ったのですか!」

「えっと、ごめん。俺も気を付けます」

「うん、気を付けてください。

 美和さんには謝られましたけど、装飾ので優陽くんが言葉とは裏腹に気安くなんでも出来るって知ったから騒いでたんですよ。

 現にちょっと視線が、怪しい人もいましたからっ」


 別に友達から頼まれて特別断る理由なんてないと思うんだけど。

 そんな視線なんて知らぬ存ぜぬで通したい。

 自分が気にしなくても沙月が気にする以上、無理だろうな。

 無理だよな……。


「お菓子班の方たちは私と話す機会が多くなったからか、そんな私の気持ちを汲んでくれましたけど、その直後にコーヒー持って現れるなんて出来すぎるって指摘です」


 美化しすぎじゃないかな。


「普段とのギャップで愛想振りまいてどうするんですか」

「愛想を振りまいたわけでは……」


 やっとのことで、それだけを返した。

 沙月はそれまで肩に埋めてた顔をあげ、こっちを見上げた。

 頬を膨らませ、どうしようもない気持ちを持て余すように目で訴えてきた。


 その視線は堪えるので止めて欲しく、絞り出すように。


「気を付けます」


 そう言って沙月の頭を撫でた。


「誤魔化そうとしてませんか」


 はっきりと誤魔化そうとしている。

 なぜならどうしたら良いという事がまるで思い浮かんでいないからだ。

 視線を合わせる事が出来ず、ただ手を動かし続けた。

 

 そうして頭を撫でていると沙月が落ち着きを取り戻し。 


「あれこれ言ってしまいましたけど、優陽くんに止めて欲しい事とかありませんからね。

 なんでもない優しさに惹かれてます。

 その中でも特別だと実感もしています。

 だから、思うままに手伝って大丈夫です。


 あ、白石さんには気を付けてくださいね?」


 どうしようコーヒーをまた振る舞うって約束した気がする。

 機会があったらってぼかしたけど、約束は約束だしな……。


 そんななんでもない約束。

 自分としては何気ない事でも、今この状況に照らし合わせれば気を付けてない事になってしまうだろう。


 それこそ気を付けるしかないんだろうな。


「とりあえず、白石とは二人っきりにならないようにする。という所でどうでしょうか」

「うん、お願いしますね」


 色々あった一日だったが、腕の中の想い人から力が抜け頬が緩み、穏やかに返事をくれれば一安心する事ができた。

 せめて約束をたがえない様、胸に刻んで。


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