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72【それぞれの気遣い】

 学校が始まってからも新堂とリード練習は行っていた。

 土日はもちろん、平日も出来る限りは新堂と合わせ、それでも無理な時は、実生も呼ぶなどして練習に精を出していた。

 沙月も当然一緒で、すでに受付では何も言わなくても見学だと認識されている。


 そんなある休日。

 新堂と合わせてリードをしに隣町のジムへ来る折に実生も来ると言い出した。今日は、新堂がいるから大丈夫とはさすがに言えず、こうして初顔合わせとなった。

 それに来るのは自由だし。

 ちょっと(やかま)しくなるとは、思ってたり思ってなかったり。


 互いに簡単な自己紹介をした後、そこはやはり同じ趣味を持つ者同士、課題がどうだとすぐに話しだしてしまった。

 共通の話題があるというのは、便利なものだ。

 もっとも二人とも気質的には明るいのでそこまで心配はしてなかったが。


 一通り登りそろそろ難しい課題を登ろうかと思った矢先、新堂が声を掛けてきた。


「朝比奈妹も、随分登れるんだな」


 感心する様に言ってきた。


「俺と同じ時期に始めてるから」

「もう生活の一部ですからね、登ってないと逆に調子悪くて」


 単に長いだけと言う自分と当然の事のように言う実生。

 その様子に何がおかしいのか笑いながら新堂は答えた。


「立派なクライマーだな!」

「そうは言うけどな新堂。リードだからまだ良いけど、普段は軽さの暴力がひどいからな」


 うんざりしたように言う自分に新堂は興味深そうに聞いてくる。


「そうしたらこれから差が出るのか?」


 新堂の言葉に静かに首肯した。


「弱点が出るのはこれからかな」


 実生はそんな自分の言葉に異議があるらしい。


「伸び代だから!」

「克服できたらな」

「成長に(おのの)かせるから!」


 そう息巻く実生を見て、新堂は更にバカ笑いをしている。


「面白い兄妹だな」


 否定はしないけども。


(はた)から見たらそうかもなぁ」

「朝比奈も楽しそうだがなー」

「メンタル強すぎるんだよ、しかも巻き込んで来るからな」


 さらに言えば巻き込まれるせいで辟易(へきえき)させられる事も多く、自慢の妹とは言えなかった。


 そうして三人で登った。

 リードは二人一組で登らなければいけない都合上、三人で居ると一人は何もせず課題を見てる時間ができるため、適度に休む事ができた。

 そうしていつもより長い時間、壁に向き合い課題にのめり込んでしまい、気づいたら昼食の時間になっていた。


 今日も沙月が用意してくれた昼食があり、密かに楽しみにしていた。

 お昼はなんだろうかと、沙月の所へ三人で戻りつつ。

 首を傾げた。

 沙月の表情が表面上は同じだがほんの少し、本当に少しだけいつもと違う気がした。


(柔らかさがないような、取り繕っているような。

 とにもかくにも何か気にしてるのは確かだよな、これは)


「沙月さん、お昼ご飯食べましょう」

「はい、用意してありますよ」

「やったー!」


 実生との会話したからか小さな違和感は隠され、いつもの沙月のようにも思えた。


「多めに作ってきたので良かったら新堂さんも摘まんでください」

「悪いな、ありがとう」

「優陽くんも行きましょう」

「あぁ、うん」


 その感じた違和感を拭うことができず、また逃してしまってはいけないものの様に感じた。


 ボルダーエリアの隣に併設された休憩ルームで沙月の作ってきてくれた物を広げた。

 実生はともかく新堂は新堂でもちろん昼食を用意してある。

 それでも少し足しても良いかなと思うような物を予め用意しておいてくれたのだ。

 今日は肉団子で、甘辛のタレが疲労した体に染みた。


「どうですか、新堂さん。沙月さんの料理美味しくないですか?」

「美味しいな!」

「兄さんはこの料理をいつも食べてるんですよ」

「朝比奈の胃袋は安泰だな」

「最近、兄さんの調子が良いのはこの食事のおかげだと思います?」

「俺も一緒に登って長いわけじゃないが、食事だけって事はないんじゃないんじゃないか」

「やっぱりそうですよねー」


 新堂と実生が二人で話しているが、正直に言えば二人の話している内容は半分も頭に入っていない。確信の持てない違和感がついて回り、それが徐々に気のせいではないと分かってしまった。

 現に沙月は一言も喋らず、ニコニコしているもののその表情は動きに乏しい。

 いつもは凛とした佇まいも、どこか(しお)れている気がした。


 食べ終わった二人に声を掛けた。


「後から行くから先行っててくれないか」

「え、なんで」

「わかった、行くぞ」


 自分が断りを入れた事で、何かを察したのか新堂は何も聞かずに実生を引っ張って行ってくれた。


 気もそぞろの状態で実生に長々と説明する気になれず、もしなぜかと聞かれれば言葉少なに追いやる事しかできなかっただろう。新堂の行動は、正直助かった。

 隣で座っている沙月を正面に見据え、静かに声を掛けた。

 

「沙月」


 応えは無く。

 その視線は自分を見ていなかった。


「沙月」


 今度は、頬に手をやり目を離さずにまた名前を呼んだ。

 すると頬にやった手に手を重ね包み込まれた。

 目を閉じ大事な物のように。


「何でも話して」


 やがて観念したのかぽつりぽつりと話してくれた。


「隠しきれませんでしたね。

 単純に少し寂しく感じてしまったんです。

 いつもならこのタイミングで私の所に来てくれるかな。

 次降りてきた位で来てくれるかな。って。

 

 頭では解っているんです。

 それは優陽くんの自由で、私はあくまでも私の自由でここに居る事を。

 別に優陽くんの邪魔をしたいわけじゃないんです。

 今回の事だって、頑張っている優陽くんが誇らしくて自慢したいくらいなんですよ?


 それでも寂しく感じている私がいる事に整理が付きませんでした」


 そう言うと頭を自分の肩に付け独白してしまった事を恥じるように溜息をついた。


「まずは話してくれてありがとう。

 多分、解ってはいると思うけど俺が帰る場所はいつだって、沙月の隣。

 俺が安心出来る唯一の場所。


 そして、そこに甘えてしまってごめん」


 そういうと腕の中で頭をふるふると振り。


「先に言いますけど、このお手伝いは止めないでくださいね」


 まさしく先に言われてしまった。

 場合によっては、それも考えていたのだから。


「本当に、私の問題だと思ってます。

 それでも優陽くんが居場所だと言ってくれるから、見守り続けたいって思えます。

 このままでは駄目なのも解ってます。


 なので、こうなってしまった時、少し時間を下さい」


 想い人がこう言っているのだ。

 どうして否と言えるのか。


「うん」


 やがて顔をあげると落ち着きを取り戻し、いつもの柔らかな笑顔と共に。


「二人が待ってます。戻りましょうか」


 そうして新堂達と合流した。

 合流した後も、特に沙月との事は尋ねられなかった。

 それでも自分が登り終わると沙月の元へ戻り、二人が登っている所を沙月と一緒に見るという形にする事で沙月もうまく折り合う事が出来たようだった。

 そんな二人を新堂も実生も眩しい物を見るようにしていた。


 一日の練習が終わり、家に帰ると疲れた体に気だるさを感じながらも家の事をやらなければならなかった。沙月も一緒に家に来てくれるとはいえ、さすがに任せる訳にはいかない。

 家の事を一通り済ませた後。


「優陽くん、少し時間をください」


 昼間と全く同じセリフを言われた。


「なに?」

「膝を貸してください」


 その言葉にてっきり膝枕かと思った。


「え、あれ・・・?」


 驚きと共に膝に沙月が座り、顔が目の前にあった。

 予想外の行動に思わず声が漏れてしまった。


 自分の反応を意に関せず、肩に頭を埋め両腕を回し抱きしめられた。


 沙月を支えるように腕を回し思った。


(もしかして時間を下さいってこういう事なのかな)


 その日は満足するまで沙月の自由にさせていた。

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