70【それぞれの料理】
「夕飯、作りますね」
体を起こした沙月は、そう言った。
そして。
「美和さん、彩晴さん」
二人にも声をかけた?
「和雲くん、頑張ってくるね」
「海、笑わないでね」
それぞれが断りを入れて、キッチンへ向かった。
どういうこと?
「なー、どういうこと?」
心の声が聞こえたわけではないのだろう。
海が同じ事を声に出して聞いてきた。
「いや、これは俺も解らない」
「僕も解らないけど・・・、時間といい何か作ってくれるのかな?」
男三人の疑問に答えたのは、手慣れていて余裕があるからか、沙月だった。
「はい、時間もちょうど良さそうでしたので、せっかくならそれぞれにご飯を作ろうという話になりました」
美和の頑張るってそういう意味か。
「折角なので、最初から最後までやってみるそうですよ」
「何作るの?」
「オムライスです」
聞いた瞬間、天を仰いだ。
絶対これ恥ずかしい奴だ。
隣を見れば、和雲は苦笑い、海は素直に嬉しそうだった。
そりゃー、付き合ったばかりで手料理食べれるとなれば、嬉しいだろうな。
果たしてどんな細工をしてくるのやら。
沙月が炊飯の用意をし、その間に美和と篠原先輩が、包丁を持って格闘している。
二人とも危なくはないが、とても慣れているとは言えず、リズムよく動いている音はしない。
沙月もいる事だし、食べられない物が出てくることはないと思うが。
二人は一生懸命に具材を切り、その顔は真剣そのもの。
「和雲は初めて?」
「うん、そうだね」
「海は、聞くまでもないか」
「そりゃー、そうだろー。
どっかの熟年じゃないんだからさー」
「場所を貸してるのは俺なんだが」
「いつもありがとうございます!」
二人きりではない事で、こうして見ているのは緊張しなくなったようだ。
そうこうしている内にお米が炊け、いよいよ炒めに入るようだ。
どうやら本当に一からそれぞれが作るみたいで、チキンライスも各自で作るようだ。
てっきり最後の卵だけそれぞれがやるのかと思っていた。
最初は美和が作るようだ。
篠原先輩がどうかは知らないが、美和は練習していると言っていたからトップバッターにはちょうど良いのだろう。
具材をフライパンに入れ、混ぜている。
腕が上下に動いていたのが見えると「あ」と声がした。
多分溢したな。
沙月が「少しです、大丈夫です」って励ましている。
炊いたご飯を入れ、ケチャップを入れ、混ぜ合わせてチキンライスを完成させたようだ。
そして次は篠原先輩の番のようだ。
具材を切っている時から感じたが余り慣れた様子はなく、沙月が美和よりも細かくタイミングを言っている。
それを篠原先輩も真剣に聞き、フライパンを動かしている。
美和のように返すことはしないようだ。
絶対にしないといけないわけじゃないから、それで良いと思う。
何事もなく無難と言ってはなんだが、チキンライスが出来たようだ。
最後は沙月の番とばかりに、料理を始めた。
慣れたものでフライパンに油を引き温めながらチキン、たまねぎ、ニンジンをトントントンとリズムよく手早く切る。
油を回し、それぞれを切り終わるとフライパンへ。
火加減を調整しながら、具材を炒め、ご飯炒め、ケチャップを煮詰めて混ぜ合わせ、手早く完成させてしまった。
「次は卵を焼きましょう」
そうして二人に卵とボウルを渡し、作業をさせる沙月。
「和雲、何が描かれて出てくると思う?」
「なんだろうね、覚悟はしたよ」
「えー、覚悟ってなんだよ」
「卵の上にケチャップが掛かった状態で多分出てくるだろ・・・」
「あー・・・」
チキンライスと同じように、まずは美和が取り掛かった。
シンプルに卵を敷き、ちょうど良い感じにチキンライスを入れ、綺麗にまとめられたようだ。
フライパンを返すのが苦手なだけみたいだし、返さなくていいんじゃないのか。
篠原先輩は、卵を敷きチキンライスを入れたあと、皿をかぶせてひっくり返していた。
割と失敗しにくい方法だ。
沙月の番と思って見ると、何やら美和と篠原先輩にケチャップを持たせて先に書かせようとしている。その間に作ってしまうつもりなのか。
と言っても近くで見ているわけではないので、細かく手元は見えず、何を書いているかはお楽しみの様子。
美和と篠原先輩が踏ん切りを付けるようにケチャップで何かを書いている間も沙月は手を動かし続け、作業していた。
いつもなら手伝おうかと思うのだが、先に見てしまっては二人に申し訳ないので、大人しく待つ事とした。
「先に持って行っててください」
そういう沙月は、ケチャップで何やら描いていた。
「和雲くん、どうぞ」
そう言っていつもと違い恥ずかしそうにオムライスの皿を和雲の目の前に置いた。
「・・・美和」
驚いた表情で想い人を見る和雲、さすがにこれは和雲も恥ずかしいらしい。
でかでかとハートマークが描かれていたのだから。
「わたしももうちょっと頑張ろうと思ったのよ」
「誰も何も聞いてないけどな」
そうつっこむとキッと睨まれてしまった。
もちろん今の言葉は照れ隠しだと分かってたけどな。
そうして美和をあやす和雲を横目に今度は海の前に篠原先輩が作った皿が置かれた。
そこにはひらがなで「かい」と描かれていた。
「わたしの精一杯よ」
恥ずかしそうに目を逸らしながら言う篠原先輩。
「いやいや、とても嬉しいよ!」
海も言葉通り嬉しそうにし、篠原先輩に向き合っている。
さっきまで無言でやり取りしていたのよりマシだと言わんばかりに言葉を紡ぐ。
「優陽くん、おまたせしました」
沙月がそう言ってサーブしてくれた物は二人の物とは明らかに違った。
レストランで出てくるような卵がドレスのように上に掛けられていて、ケチャップで周りが綺麗に装飾されている。
それはまるで太陽の様だった。
作った沙月はにっこりと微笑み、自分の耳に顔を寄せ囁いた。
「少し捲ってみてください」
言われて捲ってみれば、顔から火が吹きそうだった。
あくまでも外に形が出ないように、周りを囲んでいるが真ん中には小さなハート型の山。
こっそりと仕込む為に、二人を先に作業させたのか。
沙月を見れば、いつものにっこりと悪戯を成功させた笑みをさらに深く浮かべ、その愛おしさに思わず抱きしめたくなるのを我慢した。気持ちが表情に出ないようにするのに精一杯で口元を手で隠しながらにやにやしてしまう。
その様子はいつの間にか他の四人からも見られていたみたいで、篠原先輩と美和からは悔しそうな視線を頂戴した。
「わたし、その中身気づいてるのよね」
「わたしだって、気づいてるわよ」
「「どういうこと?」」
男二人は判らずに聞き返した。
沙月は明後日の方を向き、自分も周りを見る事も出来ずにオムライスをただ見つめた。
自ら白状する気がない様子に、篠原先輩が溜息をつきながら口を開いた。
「あの卵の下、チキンライスがハート型になってるのよ」
美和も溜息を付きながら続いた。
「わたし達の作り方だと、あそこまで作れないから仕方ないと言えば仕方ないんだけどね・・・」
一応の抵抗を試みると。
「気にしなくていいんじゃないか・・・」
その言葉に対する二人の反応は早かった。
「気にするに決まってるでしょ!」
「そうよ、気にしないわけないでしょ!」
火に油だったし、なぜか自分が責められた。
和雲と海を見れば、顔は笑っているが彼女たちの勢いを持て余してる様子。
どうにかしろと視線を向ければ、それが通じたわけではないだろうが、和雲が動いた。
「朝比奈の肩を持つわけじゃないけど、僕は十分嬉しいよ」
「彩晴さん、おれも嬉しいので気にしないで」
それぞれがそれぞれに言うと、それぞれが互いに向き合い首を振りながら言った。
「和雲くん、そういう事じゃないのよ」
「海、そういう事じゃなくてね」
「「見せつけられてるから!」」
それまで双方ともに別々に言っていたはずが、感じる事は一緒とばかりにハモった。
「私に出来るのはこれくらいだけですので」
二人からの言葉もなんのその、沙月はにっこりと笑顔を崩さなかった。
「・・・せっかくだから温かいうちに食べて良い?」
「どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
許しが出たのだ、食べよう。
それを聞いた和雲と海も断りを入れて、食べ始めた。
一口食べた。
卵のとろけ具合が、口の中に広がり中のチキンライスと一緒に優しい味がして美味しい。
味付けもちょうど良く、いくらでも食べられそうだ。
二口食べ、女性陣が動かないのに気づいた。
てっきりこの後、それぞれの分が出てくるかと思ってたのだが。
よく見ると各自のオムライス、一人前と言うには大きい気がする。
まさか。
その疑念は正しかったみたいで、沙月が何かを期待してこっちを見ていた。
和雲を見れば、気づいた様子。
海は、まだ気づかず嬉しそうに口を動かしている。
「海、頑張れ」
「ふぁにを・・・」
言われて顔を上げた海は驚きの表情をした。
気づいたのだろう篠原先輩がじっと見ている事に。
改めて沙月に向き直り、願いを叶えてあげるとした。
匙で掬い丁寧に、口元へと運ぶ。
パクリと嬉しそうに、美味しそうに咀嚼した。
その美味しそうな表情に、沙月が作ったものだと思いもするがそんなことはどうでも良いほどに可愛らしく、心が温かくなった。
和雲を見れば、仕方ないねというような表情をし、美和に食べさせている。
あっちはあっちで幸せそうで何より。
海の方は、互いに顔を真っ赤にさせながらも篠原先輩に食べさせていた。
二人ともが羞恥と嬉しさでせめぎ合っている感じがして、初々しくてにやにやしてしまった。
すると、服の袖を引っ張られてしまった。
他人にかまけてるなと。
そのまま自分も食べ、食べさせを繰り返し残すところ一口といったところで沙月に手を抑えられ匙を取られてしまった。
その行為が意味する所を理解し、観念するしかなかった。
ゆっくりと匙が口元に運ばれ、咀嚼する。
うん、美味しかった。
この際、恥ずかしさは棚上げだ。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
いつもの柔らかな笑顔を浮かべて満足そうな沙月を見て、改めて敵わないと笑うしかなかった。
正気に戻り、他はどうかと見回せば。
和雲達も食べ終わり、寛いでいる。美和が寛ぎすぎてる気がしないでもないがこの際はどうでもいい。
海達も後少しで、食べ終わろうかと言う所、三人での時に打ち合わせていたとしたら、最後の一口は同じ行動をするだろう。
そういえば以前、海には意表を突く形で写真を撮られた事があったな。
そう思うと顔がにやけてしまうのが止められなかった。
ひっそりとカメラを起動し、今か今かと待ち、タイミング良くシャッターを切った。
カシャッ
その音と共に、匙を咥えた海が唸り、篠原先輩も凄い勢いでこっちを振り返った。
「んんー、んんんんん、んんー」
「朝比奈君、それはちょっとマナー違反よ」
篠原先輩が刺すような視線を向けてくるがなんのその。
「以前、ゲームセンターで海にいきなり撮られた事があっていつか意表をついて撮ろうと思ってたんですよ。良い写真が撮れた」
すると篠原先輩が海にも冷ややかな視線を向けて、大きくため息をついた。
口の中の物を飲み込んだ海が抗議の声をあげた。
「優陽ー、それとこれとじゃ話違うだろー」
海の主張を抑えこむべく、自分は篠原先輩に向けて言った。
「ちなみに海しか映ってない写真なんですけど、篠原先輩いりませんか?」
逡巡したのも束の間。
「送っておいてくれていいわよ」
「すぐにでも」
その言葉が決定打となり、海は悔しそうな表情はするものの何も言わなかった。
いい仕事をしたと満足した所で、沙月が当然のことのように言ってきた。
「私も全場さんから、写真貰っても良いんですよね」
「え」
自分の表情が凍り付いたのが解った。
海は息を吹き返すように。
「すぐ送るねー!」
言うなり隣でピロンという音がした。
余りの速さにお気に入りにでも入っているのかと。
沙月はその写真を確認すると満足そうな顔をし、にこにこしていた。
篠原先輩もこっそり見ては、嬉しそうにしてるし。
自分と海の痛み分けと言う所。
でもその横で無傷で笑ってる二人はずるいんじゃないか。
「和雲も今度、写真撮って良いか?」
「僕は撮ってないだろ」
「死なばもろとも?」
「やだよ」
すげなく返されてしまい、奇妙な食事会は終わっていった。




