表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/158

67【それぞれにとってのクライミング】

 数日後、家に居ると連絡先を交換した大河内からメッセージがあった。

 明日なら相方になるもう一人を紹介出来るから、良かったら隣町のジムに来ないかと。


 ちょうどハーネスにロープ、ビレイデバイス、ビレイグローブと最低限ジムで登るのに必要な物は届いた。チョークバッグはボルダーでも併用しているのでそれで事足りる。

 わかった、と返事を返し沙月に伝える。


「明日、大河内から連絡あって隣町のジム行くけど」

「朝から行きますか?」


 本当は来るか来ないかを聞こうかと思ったんだけど、それはそれで野暮だよな。

 それよりも。


「お昼?」

「うん」

「それじゃ、お願いしようかな。

 さすがにまだ俺と沙月の分で良いよ」

「なんでわかったんですか」


 むしろなんで分からないと思ったのか。

 少しおどけるように。


「それも沙月の好きな所だからかな」


 ちょっと気を使いすぎる事もあるけど。


「そんな事言っても、ご飯しか出ませんよ」


 沙月のちょっと嬉しそうな顔が見れれば言ったかいがあるというもの。


「沙月のご飯が出てくるのが何よりのご褒美だよ」


 こちらは紛れもなく本心なのだから仕方ない。


「またそんな事を言って」


 満更でも無さそうな表情がまた可愛かった。

 さすがにこのまま続けるのは気恥ずかしいから話題を変えよう。


「そんな事よりも、何か気になる事とかあったら言って」

「うん、ちゃんと言いますよ」


 大河内達を手伝ってあげたいとは思うが、そのせいで沙月を犠牲にしてまでしたいとは思っていない。

 そうなってしまっては本末転倒だから。

 

 そうして迎えた翌日。

 

「朝比奈くんだよな? 大河内から話は聞いてる。

 はじめまして、新堂(しんどう)勝己(かつみ)だ。

 よろしく!」


 ジムに来ていつも通り沙月と話しながら、ストレッチをしていると声を掛けられた。

 はきはきとした口調で、どっしりと落ち着きを持った口調に一瞬、年上かと思った。

 

 自己紹介をされて、なるほどと見れば部活の他の面々と比べ体つきが違った。

 立っているだけでも解る引き締まった体に太く逞しい二の腕。

 体重コントロールもしているだろう、細身の体系はいかにもクライマーと言った感じだ。


「はじめまして、朝比奈優陽だ。

 よろしく」


 自分がそう言うと新堂は沙月にも視線を走らせた。


「琴葉沙月です」


 沙月はそれだけを言った。

 これが間に大河内なり間宮なりが居れば、もっと違った挨拶も在っただろう。

 けれどもこう突然、当人同士だけで挨拶ともなれば、わざわざ主張する事もない。


 そんな事は杞憂だったが。


「あぁ、説明しなくても知ってるから大丈夫だぞ。

 君達は有名だからな」

「それ嬉しくないから……」


 有名な事に対しては全くもって苦笑いしか出ない。


「大河内も間宮もまだ来てないみたいだけど、新堂一人なのか?」

「おう、あの二人に比べて、俺は準備に時間掛かるからな」


 そう言う新堂の横には、ビレイをするための道具一式にチョークで周りが白くなったチョークポーチ、手首に撒かれたテーピングなどがあった。


「クライミング長そうだな」

「そういう朝比奈こそ長そうじゃないか」


 言われてみれば、自分の道具もチョークで白くなりほとんどの道具にチョーク痕が目だつ。


 人の事言えないな。


「アップはボルダーで?」

「そう思ってたけど、居るならリードでやる。

 ビレイは?」

「大丈夫」


 それだけを確認し、ハーネスを付けてデバイスを確認する。

 隣で沙月が会話のテンポに付いていけず不思議そうな顔をしていた。


 新堂のロープを手繰り、デバイスにセットする。

 「確認」とだけ言って、ちゃんとロープがセットされているかを新堂にも確認して貰う。

 自分も、新堂がハーネスをきちんと装着しているか、ロープがきちんと結ばれているかを確認する。


 「OKだ」と返事を貰い、新堂は課題に取りついた。

 アップと言ったから、来たばかりなのだろう

 スッスッスッと軽く登り、カラビナにロープを通すカチャッカチャッという音が響いた。


「テンション!」


 一番上のカラビナまでロープを掛け、新堂から合図が来た。

 ロープを手繰り、弛みを取ってロープを張る。


「降ろして」


 その声を聞き、ロープを操作して新堂を降ろしてやる。

 トントントン、と足を着きながら姿勢を維持したまま降りてくる様は、慣れた様子を伺わせた。


「朝比奈も問題なさそうだな」

「ブランクはあるけどな」


 話しながらも手を止めずに次に登る準備を進めた。

 新堂も承知しているとばかりに、ビレイの準備をしている。


 ロープよし、靴よし。

 新堂のビレイもよし。

 新堂もちゃんと見てるな。きちんと教えられているみたいで安心できそうだ。


 アップなのだから競う必要もない、新堂と同じルートをやり降りてくる。そのまま黙々と互いに難易度を上げていき、互いに登った本数が片手から余りだした頃。


「新堂、俺、一旦休憩」

「おう」


 そうして沙月の元に戻ってくると、大河内と間宮も来ていた。


「優陽くん、おかえりなさい」

「ん」


 間宮も大河内もなんとも言えない表情をしている。

 何か不思議な事でもあったのか。


「どこからつっこんでいいのかわかんないんだけどさ」

「色々つっこみたくなるよね」


 何か変だっただろうか。


「なんでそんなに新堂と息合ってるのさ、今日初めてだよな?」

「クライマーなんてそんなもんじゃないか?」


 全員が全員そうだと言うつもりもないが、多分だけどお互いにもう登る事が生活の一部だ。

 相手がしたいこと、することが自分と合致している。

 ただそれだけ。

 波長が合うといった所か。


「それにこんな可愛らしい彼女が当然のように待っててくれてるしさ。

 これは何も言われない訳ないじゃないか」


 間宮はこれでもかと言わんばかりに身振り手振りを交えて言ってきた。


「俺には勿体ないくらいだな」

「私にも勿体ないですよ」


 自分が言うと沙月も続けて言った。

 近頃はこういう事を言われることが多いからか、沙月も言われるままでは無くなってしまった。

 照れてる沙月も可愛かったのに。 


「ごちそうさま。

 なぁ、大河内。朝比奈が勝ち組すぎて今なら視線で石化させられる気がする」

「そんなわけあるか」


 思わず自分がつっこんでしまった。


「それは冗談としても、学校でいつも一緒だからその様子も知ってるけど、ジムでまで一緒なのはさすがに驚いたわ」

「一緒にいない時間なんて、家に帰った後だけだったりするんじゃないの」


 そんな間宮の感想に大河内も鋭い事を言ってきた。


 実は、その家でも一緒に居るとはとてもじゃないけど言えないな。


「はっはっは、仲睦まじいのは良い事じゃないか。

 間宮も大河内も一緒に登るぞ!」


 新堂は一人何もコメントせず、眩しい物を見るようにしていたが、二人に発破を掛け再開した。


 しかしながら本当に自分と新堂は似ている。

 登るスタイル的なものは違うが取り組み方と言って良いのだろうか、相手がしたい事がなんとなく解る気がする。

 初日とは思えないくらい気も合った。


 リードにおける実力も一緒で、新堂が登れた課題がまだ登れてないが、逆に自分が登れた課題が新堂は登れてなかった。

 この関係なら団体としてのバランスも悪くなさそうだ。


「新堂、お昼はどうする?」

「一番上の階で食べれるからそこで食べようと思ってるぞ」

 

 沙月が手荷物を持って移動の準備をしているのを横目で確認しつつ。


「俺達も一緒に行っても?」

「構わないぞ」


 それを沙月も見ていたのだろう。

 準備はできていた。


 全員でぞろぞろと螺旋状(らせんじょう)になっている改段をあがり、上にいくとボルダーエリアと併設された休憩スペースがあった。


「それもしかして琴葉さんの手作りかい?」


 沙月からお昼を受け取っている自分を見て驚いた大河内が聞いてくる。


「そうだけど」


 改めて言われるとなんとなしに身構えてしまった。

 それに間宮がいつもの事として言ってきた。


「教室だと見慣れた光景なんだけどな、別クラスだと驚くよなぁ」

「え、待って。なんで流そうとしてるのか判らないんだけど、なんで朝比奈が答えてるの」


 あー……しまった……。


「いつもの事だからとかか?」

「いつもの事って時点で、だいぶおかしいけどそれでも答えるのは琴葉さんでしょ、普通は」


 ごもっとも。


「まるで目の前で作ってくれてるのが当たり前みたいな印象受けたんだけど……。

 それに学校でいつもって、どっちの親もおかしいって思うでしょ。

 一回、二回とかならともかくね」


 大河内の弁に何も言えなかった。

 自分達にとって普通の日常が、お互いが一人暮らしをしているという事の上になりたっているのをすっかり忘れていた。


「んで、その辺どうなの?」

「どうって……」

「そんなまさか、二人一緒に暮らしてるわけでもあるまいし、どうやったらそんな羨ましい状況になるのかなって思ってさ」


 間宮が軽い調子で聞いてきた。

 特別強く聞いてきているわけではない。

 かといって誤魔化していらない誤解を生んでも困るのも確かで。

 

 自分が一人暮らししている事は特に隠していない。

 沙月もきっとそうだろう、特に隠している様子はない。

 それでも二人ともが一人暮らしでこの状況は要らない誤解を生みかねない。


 そしてこのまま沈黙するのもまずいんだよなぁ。

 多分そろそろ沙月が沈黙に耐えられない気がする。


「……一緒に暮らしてはいませんよ」


 やっぱり、沙月が答えてしまう。

 お互いに嘘を付くのが苦手な性分なので、こういった返事になってしまう。


「一緒にはって、まるで住んでないだけみたいな言い方だね」


 まさしくその通り。

 これ以上は誤魔化せそうにもなかった。


「誰にも言うなよ」

「何をだい」


 代表するように大河内が答えた。


「俺たちはお互いに一人暮らししてて住んでる所も近いからご飯を一緒に食べる事も多い。

 それで俺の家に居る時間も多いから、これも作ってきてくれてるのも勿論知ってたってだけ」


「それはなんとも誤解を生みそうな環境だね」

「だから言うなってこと」

「承知したよ」


 他の二人を見れば、同じように首肯している。

 変な話が出回る心配はなさそうだ。


「それにしてもどれだけの偶然が重なったらそうなれるんだよ。

 まるで奇跡だよな。

 おれの前にもこんな出来た彼女が奇跡的に現れないかな」


 間宮がさっきと同様に変な事を言いだした。


 言われて振り返るとどれだけの偶然なのだろう。

 夜の暗がりの中、鍵を落とす所に出くわさなければ。

 沙月がジムに来て見かけていなかったら。

 はたまた酔っ払いに絡まれていなければ。


 考えれば考えるほど、数奇な事だと思う。


 もしもどこかでボタンが掛け違っていたら、現在は違っていたかもしれない。

 今もただただジムと家を往復する日々に、学校で沙月とすれ違ってもそのままの学校生活だったかもしれない。

 

 そんな詮無い事を考えても仕方ないな。


 自分は自嘲気味(じちょうぎみ)に思考をやめるが、沙月はそうは思わなかったようだ。


「……褒めて頂けるのは嬉しいんですけど、私にとっては優陽くんの方が勿体ないと思ってますよ。

 これまでの偶然にしても、もし同じ状況に出くわしたら、優陽くんはまた同じように助けてくれるって信頼してますし」


 その言葉に、三人は呆気に取られていた。

 自分も予想外の言葉に少し驚いている。


 どうやら沙月だけが褒められているという状況がお気に召さなかったみたいだ。

 男同士の話なのだから、彼女が持ち上げられるのは当然であり、そこまで気にする事ないんだけど。


「俺も沙月が褒められてるのは嬉しいから。

 それに俺は沙月が知っててくれればそれで良いから」


 それだけ言い、いつもと同じように頭を撫でた。

 周りに人がいるのは解っているが、沙月の気持ちに応えたかった。


「なぁ、大河内」

「間宮、何を見せられてるんだろうね。僕達は」


 顔をしかめる二人に新堂は言った。


「男の俺たちからしたら、当然だと思ってたのが意外とそうじゃなかった。

 そして騒ぎ過ぎた結果というだけだろ。

 どう見ても余計な事を言ってたのは間宮と大河内だろうに」


 呆れるように言いながら、少し複雑な感情も見え隠れしていた。


「新堂は、随分と達観してるんだな」

「過去に失敗してるからな」

「どんな?」


 間宮が興味深そうに聞いている。

 確かに新堂がはっきりと失敗したと言うのは気になる。


「クライミングより大事に出来なかっただけだ」


 そういう新堂ははっきりと言った。


「どういうことですか?」


 そんな姿に一番興味を引かれたのは意外にも沙月だった。

 状況など似ている部分が自分達にもあるからだろうか。


「朝比奈もそうだと思うけど、週の大半をジムで過ごしてるだろ?」


 頷き先を促す。


「彼女との時間をどうするかという話になれば、俺はジムに行ってない日が空いてると答えるわけだ。

 逆に言うと彼女としてはこの日のこの時間に何かをしたい。とは言い出しにくくなってしまったわけだ。


 俺はそこで、彼女を優先する事が出来なかった。

 その先にあったのは、どっちを取るかという話に発展してしまった。

 つまりはそういう事だ。


 クライミングに没頭してる人に限った話じゃない、自分自身の世界を持っている人に言える事だろうけどな!」


 新堂自身、その事を悔やんでいるわけではないのだろう。

 どちらが悪いというわけではない。

 それぞれの時間の使い方が合わなかったのだ。

 それにしても達観し過ぎてて本当に同い年かと。


 果たして自分に同じ事が言えるのだろうか。

 こうして沙月が付いてきてくれている事に甘えているが、もし辞めて同じ事をして欲しいと言われたら。

 自分はどうしてたのだろう。


 新堂はニヤリとし続けた。


「この二人の場合は、心配なさそうだがな」


 自分の考えている事を読んだかのようだ。


「え?」

「確かに形としては琴葉さんが着いてきてくれてはいるが、それは結果だろう。

 俺には、二人ともが互いにちゃんと気を配り合っていて寄り添っているように見えるぞ」

「はい! 優陽くんは、ちゃんと私も見てくれてますよ」


 沙月は嬉しそうに同意した。


「顔に出てた?」

「うん、新堂さんに先に言われてしまいましたけどね」


 言葉とは裏腹に新堂を責めている様子はない。


「それはすまない事をしたな!」

「いえ、優陽くんもきちんと見てくれているのは私も嬉しいです」


「はっはっは。ちなみに、二人の関係性が羨ましいという話なら物凄く同意するけどな!」

「それはどうも」


 そうはっきりと気持ちを口にする新堂となら、ペアとしてもやっていけそうだと思った。


「大河内、部活の件、引き受けるよ」

「本当に! ありがとう!!」


「俺は気にする事はないって言ってたんだけどな、それでもこうして朝比奈とやれるのは俺としても嬉しいぞ」

「ふふ」

「なんか琴葉さん嬉しそうだね」

「嬉しいですよ、だって変わってないんですから」


 そうして沙月が答えれば、大河内も間宮もなるほどと納得顔だ。

 どうやら解ってないのは自分だけらしい。

 前もこんな事があった気がする。


「朝比奈は解らなくていいと思うぞ。得てしてそういうものだ」

「なんか会ったばかりの新堂にそう言われるのも複雑なんだけど……。

 会ったばっかって思わないから不思議だけどな」


「俺もそう思ってるから気にすんな!」

「いや、気にしてるのは違う部分だけどな……」


 そう言って笑う新堂となら仲良くやっていけそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ