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66【それぞれのクライミング】

 外が熱く茹だるような気温の中、エアコンの利いたジムはそれだけで天国のようだ。

 そんないつものように沙月と一緒にジムに来て登っていた時だった。


 沙月の方を見れば、男性から話しかけられている。

 またかと思い近づいてみれば、沙月は戸惑ってはいるものの、嫌そうな顔はしていない。


 あれ、知り合いなのかな。


 そう思い顔を確認すると、なるほどと言った感じ。

 どうと言う事はない、その男性とはクラスメイトなのだから。


 二年から一緒のクラスになった、間宮(まみや)玲央(れお)だった。

 顔見知り程度だが、例えば当番などで用事があれば多少のやり取りはする仲だ。


 彼なら、沙月とも面識がありこうして見かけて話し掛けてきたのも納得。

 人懐っこい性格なので、割りと分け隔てなく接してくれるから自分としても気楽だった。

 だからこそ、こうして話そうと思えた。


 良い意味でも悪い意味でも、学校で噂される程度には注目を浴びた事がある故に。


「間宮じゃないか」

「あ、やっぱり朝比奈も居た」


 やっぱりってなんだやっぱりって、確かにいつも一緒にいるけど。


「今、琴葉さんに聞いたんだけどさぁ、常連なんだって」

「そうだけど、三人は初めて?」


 そう言って他の二人に視線を配った。

 最初の用紙への記入がまだなのかこっちにはまだ気づいていない。


「ジム自体は初めてで、クライミングは部活だよ」

「部活あったんだ……」

「知らなかったのかよ」


 呆れと共に返されてしまう。


 入学当時は、誰かと一緒に登ろうって考えてなかったからな。


「すると二人は同じ部活?」

「そうそう、良かったら一緒に登ろう」

「良いけど、他の二人は良いのか?」


 そう言って二人に視線を向ければ、準備が終わりこちらに合流してきた。


「朝比奈君、で良いのかな。

 僕は、大河内(おおこうち)(あきら)、同じ二年だけど一応部長をしているよ。

 皆で登った方が楽しいだろうし歓迎するよ」


「そう言ってくれるなら一緒に。

 大河内で良いか?、俺も朝比奈で良いし」

「構わないよ、僕のは癖みたいな物だから気にしないでよ」

 

 そうしてお互いに苦笑しそれまでの形から力を抜く。

 部長と言うだけあって、しっかりとしていそうだが、こうして気楽さを出す器用さもあり好感がもてた。


「こんにちは、朝比奈先輩!」

「……こんにちは」


 思わず勢いに押され、反応が遅れてしまった。


「実生さんと同じクラスの安城(あじろ)康正(こうせい)です!

 今日はよろしくです!」

「あぁ……、よろしく」


 余りにも勢いが良すぎてどう反応したら良いのかわからない。

 そんな様子から沙月にはくすくすと笑われてしまう。


「実生と同じクラスか、うるさいだろうけど仲良くしてあげて」

「クラスでもムードメーカーでこちらこそです!」


 とにもかくにも安城は元気だった。

 そしてその元気さは……、ちょっと苦手だった。


 良く言えば明るい後輩、だがその明るさに腰が引けてしまうのも確か。

 とは言え、きっと一緒に登っていればそのうち慣れるだろう。

 単純だがそんなもんだ。


「一階と二階、どっちで登る?」

「どっちの方が良いとかあるのかな?」


「スラブとかクラシカルなのもやりたいなら一階、フィジカル系とか傾斜をやりたいなら二階って感じかな」

「じぶんフィジカルアップしたいです!」

「安城君がそれなら二階行こうか」


 大河内の提案にそれぞれが頷き、二階へ移動した。

 もちろん、沙月も二階へ移動する。


 三人は来たばかりなので、アップの為に思い思いの課題に取りついていく。

 どうやら大河内と間宮が緑テープ、安城がその下の黄色テープが限界って所か。


 どうしようかな。


「アップ終わり、ここだとまずは緑テープのを登りたいな」

「間宮君と僕はそうだね、安城君は一つ下の黄色テープかな」

「うす!」


 安城が意外と体育会系のようだ。

 その様子を沙月の隣に座り、眺めていた。


「優陽くん、もしかして困ってます?」

「そう見える?」


 問いかけに問いかけを返すも、沙月にはあっさりと首肯され、見抜かれてしまった。


「一緒に登るからには同じ課題を登ったりとかで良いんだけど、多分、三人が(つまづ)く課題は登れるかな。

 そうすると後から登るにしても見せつけるようになっても嫌だし、先に登ったら登ったで面白くなさそうにされてもね」


「見たところ、大丈夫な気がしますけど」

「まぁ、そうだな。杞憂な気はしてる」


 すると沙月は良い考えだと言わんばかりに表情を明るくさせ、言ってきた。


「私が指定しましょうか?」

「……さすがに止まらなくなるからやめておこうか」

「……そう言うなら仕方ないですね」


 なんで不満そうなんですか。

 やってる側としては結構しんどいんですが。


「それでもクラスメイトと登る機会なんてなかったから、登ってみるよ」

「がんば」


 そうして沙月は送り出してくれた。


 見立て通り、大河内も間宮も緑テープをいくつか登れはするものの、詰まってしまう課題もあるようだ。

 安城に関しては黄色テープを何度も何度もトライを重ね登れたり登れなかったりを繰り返していた。


 さっきまで二人が登っていた緑テープを登り、まだ手つかずの物を何本か登ったりと体を動かした。


「朝比奈って、もしかしてだいぶ登れるのか?」

「あー、まぁ、そうだな」

「グレードは聞いても?」

「茶色が最高」

「おー、凄いな」


 間宮には早々にばれてしまった。

 当たり前と言えば当たり前なのだが。


「これは僕達と一緒に登るというのは、セッションも出来なさそうだね」

「悪いな」


「いや、誰が悪いでもないからね、気にせず登ってくれて大丈夫だから。

 もしかしたら登り方を聞くかもしれないから気を悪くしないで欲しいな」

「気が楽になるよ」


 大河内の気遣いにやっぱり杞憂だったなと思った。


「朝比奈先輩、凄いですね!!」

「あ、ありがとう」


 安城の反応は、ストレートだった。

 単純に登れる人に対してのリスペクトと言うのだろうか、それだけがまるで物差しかのような反応。

 小学生で言う足が速いと同じ理屈だろうか。


 大河内の言葉に甘えて、登る課題を紺色、水色と上げていった。

 それぞれが限界の物に挑戦し、落ちては考えを繰り返している。

 そして時にはさっき言われた通り、登り方を聞かれ答えたりもした。


 そうして、全員が疲れ果てそろそろ解散するかとなった頃。


「大河内さ、これ頼んでも良いんじゃない?」

「うん、僕もそう思ってた」


 二人は顔を見合わせると、こっちに向き直った。


「朝比奈さ、ちょっと頼みがあるんだけど良いかな?」

「頼み?」

「実は、年末に全国の高校選手権の団体があるんだけど、出てくれないか」


 そう言うと両手を合わせて頼まれた。


「え?」

「実は部員がもう一人居てね、余りにも僕らはレベルが違いすぎるんだ。

 多分、朝比奈君と同じくらいだと思う」


 そう言う大河内の顔は少し困った顔だった。

 確かにそこまでグレード差がある状態で団体となると気まずいだろう。


「せっかくそれだけ登れるのに、おれ達で足を引っ張るわけにはいかないよなって話してた所なんだ」

「俺、部員じゃないけど」

「その時だけ部員になれば良いよ、ずっと部員で居てくれてもいいけどね」

「凄いです! じぶんも朝比奈先輩の登りみてたいです!」


 これまであんまりコンペに出てこなかった自分が、高校の大会か。

 もちろん、出たりした事はないが、チェックだけはしている。

 たしか。


「リードだっけ?」

「そう、やった事あるだろ?」

「やった事はあるけど、それでいつもは隣町のジムなのか」

「そう、おれ達だとビレイくらいしか手伝えなくて、同じルートやる事も無理だからさ」


 そう言う間宮の表情は心苦しそうだった。

 揃いも揃って、今ここにいない相手に済まなさそうな顔をしている。


「ちょっと考える」


 自分一人では決められないし、自分で良いのかどうか。


「さすがに急には無理だよな……」

「考えてくれるだけ有難いよ」


 そうしてジムを出て解散となった。


 帰り道の間もどうするかと考えながら、沙月の手を取り帰って行った。

 いつものサイクルが崩れるという事も含めてすぐには答えが出ない。


 家に着いて考えはまとまらなくとも、沙月の美味しい料理を食べ、ほっと一息つく事ができた。


「さっきの話、ずっと考えてるんですか?」

「あぁ、うん。ごめん」

「別に謝らなくても。

 リードって言ってましたけど、何か違うんですか?」


 当然の疑問だろうな。


「まずいつもやってるのがボルダー。

 極端な話、身一つで登る形。

 リードって言うのは、ロープを使ってもっと高い距離を登る競技」


 沙月は黙って聞いてくれている。


「言ってみれば短距離走と持久走みたいな感じだから、全く一緒じゃないけどある程度クライミング力みたいな物は出てしまうかな。


 さっき言ってたビレイって言うのは、高い距離を登る為に安全を確保しながら登るのに下でサポートしてくれる人。


 隣町にリードも出来るジムがあるから、普段はそっちに行ってるんだろうな。

 どうりで今まで会わなかったわけだよ」


 すると沙月は微笑んで言ってくれた。


「でも、答えは出てるんでしょう」

「ん〜、本当に部外者の俺で良いなら。って感じ」


「それこそ杞憂でしょう。

 それに優陽くんは友達の為と言われてそのままにはしないでしょう?」

「それは買いかぶりだよ。無理な事なら無理って言うし」


「でも無理じゃないとも思ってる。

 応援しますよ」


 自分の言葉まで取られては本当に敵わない。

 今の生活のサイクルがずれてしまうのも含めて応援すると言ってくれているのだろう。


「取り合えず、もう一人の部員と会ってからかな」


 まずは道具を実家に頼んで送って貰わないと。

 リードクライミングはずいぶんと久しぶりだから、どんな感じになるか。


 不安もあるが、応援すると言われてしまっては頑張らないわけにはいかなくなったというのが本当の所だった。


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