65【それぞれの花火大会】
今は沙月と二人、帰りの電車に揺られている。
スーツ姿の若い男性が少し気だるげに座り、何か資料を読み込んでいる。
同じくスーツを着た若い女性が少し眠そうにこっくりこっくりしている。
あれは中学生だろうか、どこかへと出かけるのか携帯を見てはそわそわとしている。
彼らのちょうど狭間にいる自分達はどう見えるのだろうか。
これからどうなるのだろう。
これからどうしたいのだろう。
唯一の願いは決まっているものの逆に言うとそれ以外は決まっていない。
携帯を弄りながら唯一の願いである少女を盗み見ると小説を読み、静かに座っている。瞳が上から下へ動きこちらに気づく様子はない。
いつも可愛らしく時には悪戯を思いつき楽しそうな表情はとても魅力的に映り目が離せなくなることも度々だ。
後悔だけはしないようにとそれだけを胸に刻み、今日このあとの事に思いを馳せた。
しばらくすると沙月がふと本から顔を上げ、聞いてきた。
「そういえば実生ちゃんには気を使われちゃったんでしょうか」
「どうかな。そんな気は回さないと思うけど」
「でも最初は一緒に帰る予定でしたよね」
「大方、家事の手間が省けるとかそういう感じじゃないか。
どっちに居てもジム行ってるのはきっと変わらないだろ」
そう、実生にとって大した事ではない。
大した事がないと言えば、母さんは母さんで沙月にもっと居ても大丈夫と言い、沙月も嬉しそうに返事をしていた。もちろん、自分にはついでとばかりに言われただけ。
もうそんなのも慣れたもので何も言う気にもならない。
沙月を歓迎している事に変わりはないのだから。
そんな中、一足先に帰って来たのは、花火大会に行く為だった。
二人で出かけたいと約束した通り。
元々、実家に帰る用事に浴衣を借りてくる目的もあったからこその日程。
麗奈との事があり、予想外に波乱のある帰省となったがそれもこうして沙月との繋がりを強くしてくれたと考えれば結果オーライだ。
電車に揺られ家に着くとさっそく浴衣に着替えた。
今は沙月も浴衣の準備をしているので隣にはいない。
時間にしたらまだ余裕はあるのになぜ早めに支度したかと言えば、沙月がいつも支度するのが早いから。
まったくと自嘲気味に笑いはするものの、そんな所も可愛らしいらしくて仕方ない。
色んな意味で困ったものだ。
たまには待ち合わせも良いと思いマンション前で待ち合わせた。
それを言った時の沙月は望外に喜んでくれてこっちが唖然としてしまうほど。
あんなに喜んでくれるなら、また外で待ち合わせても良いかもしれない。
「お待たせしました、待ちましたか?」
「今着た所」
そう言うと沙月はふわっと笑いかけてくれる。
思わず自分も笑ってしまう、最初のお出かけとちょっとの違いを楽しむように。
「いつかの時からずっと思ってる。
とても綺麗で可愛いよ」
「あは、ありがとうございます」
沙月も思い出したのか、はにかむように笑い手を繋ぐ。
浴衣こそこの前と同じ物だが、今日は髪の毛をいつものように下ろし、そこに誕生日の時にあげた髪飾りをつけてくれている。
それが花柄の浴衣と合っていて、沙月の可愛らしさを際立たせていた。
移動のためにと駅につくと電車の中は凄い人だった。
普段は電車を余り使わず、混雑した車内に不慣れな二人は手を取り合い離されないようにするので精一杯。
ましてや今日は普段着ない浴衣でことのほか動きづらかった。
「沙月、大丈夫?」
「うん」
扉が開く度に押し合い圧し合いされてしまう。
それでもなんとかやり過ごしていると沙月が「きゃっ」と悲鳴をあげ電車の揺れでバランスを崩してしまい、咄嗟に腕を掴み引き寄せた。
「ありがとうございます」
「こんなに混んでるなんて思わなかったな」
それだけ言い、片手で守るように抱き寄せた。
その柔らかな感触にドキリとし、ついつい言い訳の様な事を考えてしまう。
また大きく揺れても困るからな。
「混んでるから仕方ない」
「そ、そうですね」
混雑がそうさせているとはいえ、人前でこれだけ密着していると心臓の音が聞こえる位には平静を保つのは難しかった。
何か話題がないと色々危険だ。
「今更かもしれないけど、汗臭くない?」
「……背負ったりしたのになんで今なんですか?」
「ジムみたいに体動かしてたらもう開き直ってるけど、今はなんかじっとりと汗かいてていつもと感覚が違うからなんとなく……」
「それを言ったらお互い様ですよ。それに嫌いじゃないですよ」
「そう」
「男性らしくしっかりとした部分もあって良いと思いますよ」
すると沙月から余計な力が抜け、身を任せるように寄り添ってくれる。
そんな全幅の信頼に応えるように支え続けた。
目的の駅について、河川敷を目指す。
何も見なくても、例え道が解らなくても、場所がわかるくらいには人が流れているので流れに沿って歩いて行くと堤防が見え、乗り越えると会場に着いた。
見渡す限りの人が大勢ひしめき合っていた。
地元で行った盆踊りとは違い調べれば出てくるような大きい花火大会を選んだのだから当然と言えば当然なのだが。
「凄い人だな」
「本当に凄いですね」
「どこか落ち着けると良いんだけど」
どうやら少し出遅れてしまったみたいで、良い場所はどこもかしこも人がびっしりとしていた。
「少し外れた所になるけど、この辺にしようか」
「うん」
二人だけが座れるようにシートを広げ腰を落ち着けた。
そこは堤防の上の方になり、少し遠いが前に人がいて花火を見るのが遮られることもない。
周りの人ともそこそこ離れていて悪くなかった。
「そういえば、海から夏休み終わる前に男三人だけで集まりたいって連絡あったんだけど」
「私も篠原先輩から美和さんと三人で集まりたいって連絡ありましたよ」
思わず顔を見合わせる。
「良い報告と悪い報告、どっちだと思う?」
「悪い報告だったら、私の方には来ないと思いますけど……」
「それもそうか。良い報告だったら、何かしてあげたいとは思うんだ。
あの時、海にも助けられたし」
「何が良いですかね」
そんな事を考えていると、アナウンスが流れ出しカウントダウンをしている。
どうやら打ち上げ花火の始まりのようだ。
カウントゼロの声と共に色とりどりの花火が打ち上げられる。
ドンドンドン、パッパッパッと大きな音とともに弾け、夜空に花を咲かせている。
夜空というキャンバスに一瞬の花が描かれる。
柳を思わせる黄金色の花火や枝垂桜を思わせるピンク色の花火。
花が開くように、輝きをまとわせ散っていく。
そんな刹那の光景を楽しんだ。
ふと隣を見れば、沙月も楽しそうに見上げて瞳がきらきらと輝いている。
花火の光で照らされた顔は様々な色で輝き、瞳に映った花火が綺麗で思わず見惚れてしまう程だ。
周りを見渡せば、皆が上を向き下に注意を払っている人はいない。
ちょっとした悪戯心がにゅっと首を出す。
それをしたらどんな表情を魅せてくれるのかと思うと抑える事は出来なかった。
静かにそっと気取られないように頬に触れるだけの軽い口づけをした。
すると弾かれたように顔をこっちに向けた。
まるで「何してるんですか」と少し咎めるような視線。
けれども決して怒ってはいなさそう。
悪戯が成功した事に満足し、顔を上に向けた。
変わらず花火が打ちあがっている。
迫力のある様々な景色に目を奪われていると、頬に柔らかな感触を感じ、沙月の方を見ると、少し不満そうだ。
「少し遠いし、驚きが少なくて卑怯です」
「はは、遠いのは言われても」
そうして見つめ合い、どちらからともなく顔を近づけていった。
影と影が折り合い重なるように。




