59【それぞれの恋人】
陽が高く登り照りつけが厳しくなった時。
例の如く、海がお腹が空いたと言い出し、他の人も同意した。
七人となるとそこそこ大きなテーブルが必要になるが、幸いにもすぐに見つかり順番に買いに行く。そして思い思いに食べながら、篠原先輩が口を開く。
「実はずっと聞きたかったのだけど、良いかしら」
そういう視線の先には、四人。というか自分と和雲か?
「あなた達はどうして学校で隠そうとしていないの?」
和雲と目を合わせ、どちらが切り口を持っていくかを決めた。
「僕と美和は、中学からの付き合いですけど、高校に入った時から露わにしていたわけではないですよ。むしろ逆に隠そうとしていました。今だって都合がいいだけでやりたくてやってるわけじゃないですしね」
篠原先輩は、なぜという顔をしている。
そんな様子に和雲は苦笑してみせた。
「単純に周りがうるさかったからですよ。
美和を周囲が放って置かなかった。隠そうとすることで、余計に何もする事が出来なかった。
そのせいですれ違いもおきました。
それならばと隠すのをやめた方が良いという結論になっただけですよ」
「そして、俺はそんな和雲達を見ていたから、最初から特に隠そうとしていないだけですね。
沙月を気にしている人達がいるのも知ってましたし」
篠原先輩は、そんな自分達の話に驚きさらに質問した。
「でも、その、友人関係とか大変にならない?」
これには先に自分が答えるべきだろう。
「元々、俺と仲が良いのは海と和雲、それに引っ付いてくる美和くらいで、三人は沙月を受け入れてくれました。
自分には、十分すぎますよ」
「ちょっと言い方」
美和が抗議の声を上げたが、それでも本気で怒っている様子ではない。
むしろそう言うのは判り切っているとばかりに笑っている。
「元々、僕は美和が居てくれたら良いと思ってました。
それでも朝比奈も海も気にしなかった。
そこに琴葉さんと実生ちゃんが美和と仲良くしてくれているのに感謝してます。
篠原先輩も良かったら美和と仲良くしてください」
「そうなの、ありがとう。
こちらこそお願いね」
それが聞きたかった事なのだろうか。
何か参考になれば良いと思うが。
「はいはーい、あたしも聞きたいです!」
「嫌な予感しかしないから却下」
「だめでーす!
好きな理由をそれぞれ教えてください!」
さっきまで真面目に答えてたのに、一気に空気が緩んだぞ。
「聞きたい人いないだろ」
「えっ」
「え……」
真っ先に反応したのが沙月だった。
どう見てもそれぞれへのダメージが大きいと思うんだけど、なんで沙月が一番聞きたがってるんだ。だからこそ聞きたいのかもしれないけども。
「居たわね」
美和の冷静な言葉が突き刺さる。
「いや、それ答えさせられたら逃がさないぞ」
「いいわよ、別に……」
「良いのかよ……」
ぐるりと見回せば、興味津々な顔ぶれが大半で、味方になりそうな和雲は早くも諦めている。
どんな羞恥プレイだと。
腹をくくって先に終わらせるしかなかった。
「…………自分を立ててくれてダメになりそうな時はきちんと支えてくれる。
甘えられるとついついその願いを適えたくなる。笑顔をずっと見ていたい、胃袋はすでに摑まれている。
ずっと隣に居て欲しい」
一息で言い切ると恥ずかしさの余り飲み物を一気に飲み干す。
どうだ言ってやったぞと言わんばかりにコップをテーブルに叩きつける。
あー、恥ずかしい。
「最後、願望が入ってたわね」
ツッコミを気にしてはいけない。
沙月はもちろん恥ずかしそうにしていて、聞きたがっていたのは沙月だろうと言いたい。
「その流れだと僕もやっぱり言わなくちゃダメなのかな……。
何事にもまっすぐで一生懸命な所かな。
もちろんそれで失敗する事もあるけれど、それでも頑張り続けている姿は眩しいよ。
僕は小器用に立ち回ってしまうからね」
美和が何も言わずに、珍しい事に顔を赤らめている。
さっきまでのツッコミはどうした。
「次は、海だね」
「え、おれ!?」
「全場先輩は、どんな人が好きなんですか?」
なんという公開告白なんだろうか。
篠原先輩が物凄く聞きたそうにしているから、やっぱり脈ありなのだろう。
「あー、と、うん。憧れの人でずっと背中を追ってた。
その姿が綺麗で目を離せなかったんだ。
隣に立ちたいって思った」
これはもう告白なのでは?
「うわー、なんだこれ!
美和も言えよ!」
海がいつもの調子に戻りニヤニヤしている美和へボールを投げた。
「わたしはそうね。
色々あるけども、温かく包み込んでくれるところよ。
わたしが何をしても、しでかしても、その手を離さずにいてくれる安心感が好きよ。
……これ意外に恥ずかしいわね」
「どう思って、さっき良いって言ったんだよ……」
「こんな機会でもないと聞けないじゃない?」
「……それは確かにそうだけど」
「次、沙月ちゃんよ」
それぞれが逃がすつもりはない様だ。
「あ、はい。
優陽くんが私に優しいのは嬉しいですけど、その優しさが私にだけじゃない事も好きですよ。
誰かが困っていたら優陽くん自身が出来る事は助けるのが普通なんです。
私に何かあれば必ず隣に居てくれますし。
あとは優陽くん自身が出来る事は、やろうとしてくれて私にまかせっきりにしない。
それでも私の我儘は許してくれます。
それになんと言っても、ご飯を食べてくれている時は物凄い幸せです。
だから、毎日幸せで一杯なんです。
それに――――――」
「沙月ちゃん、その辺にしておいてあげた方が良いんじゃないかしら……」
「朝比奈が大変な事になってるよ」
和雲と美和が止めてくれて助かった。
恥ずかしすぎて、顔を下げてしまい、とてもではないが顔を上げて周りを見る事もできない。
耳まで真っ赤になっているだろうことは想像に難くないが、自分だけではもうどうする事もできないほどに恥ずかしい。
「沙月さんが凄すぎて驚きですが、篠原先輩はどうですか?」
「やっぱりわたしにも来るのね。
行動力のある人ね、ダメだ、ダメだ、と決めつけずにやりつづけてくれる人が良いわね」
言葉少なだが、海を時々みていた辺り、やはり憎からず思っているのだろう。
この場にいるのが何よりの気持ちだとは思っていたが。
「それで実生さんはどうなの?」
篠原先輩がちゃんとボールを実生に投げ返している。
やっぱりちゃんと聞くのか。
それでも碌でもない答えが返ってきそうで嫌な予感しかしない。
「え、そんなの決まってるじゃないですか。
あたしよりもクライミングが強い人ですよ」
よりにもよって最後になんとも言えず面々は苦笑いする事しかできない。
「実生はどうせそんなところだと思った……」
「兄さんの感想は要りません!
それよりも沙月さんと京江先輩に告白された時の事を聞きたいです!」
「目の前で何を聞いてるんだよ」
「私たちは」
なぜか沙月が話し出した。
何を言う気ですか。
「普通に家でしたよ。時期は特に言わなくても知ってるでしょうし省きますね」
「なんて言われたんですか?」
やけに食いつくな、というか身内のを聞きたいのかこの妹は。
「実生ちゃん、それはダメですよ。私達の大切な思い出ですから」
にっこりと笑いながら、沙月は実生に言う。
それ以上、何も話されない事に安堵した。
「沙月ちゃんてこういう所あるわよね」
「美和さんはどうでした?」
「わたしは、昔ちょっと嫌な事があって荒れてたのよ。
それを和雲くんが解決しちゃってね。
これで障害なんて何もないって言わんばかりで、告白されたわ。
あれで堕ちない人はいないんじゃないかしら」
「そういう美和さんだって、そうじゃないですか」
沙月は笑いながら、そう言った。
実はこれについては自分も過去に聞いたことがあり、割と話している内容通り。
要するに嘘はついてないが、全部ではない、と言った所なのだろう。
「手ごわいですね。篠原先輩はどういう風に告白されたいですか?」
「そこでわたしに振れるのは凄いわね……。別に良いけど。
……今は部活で精一杯だから周りの雑音を増やしたくないのよ。
引退したら考える余裕が出てくると思う」
つまりはそういう事なのだろう。
これ以上ないメッセージを受け取った海がどう動くのかは本人に任せればいい。
やれやれようやく終わったか。
「あたしまだ沙月さんに聞きたい事あるんですけど」
「まだあんのかよ!」
言わずにはいられなかった。
「いや、まぁ、これは個人的な事なので別にここじゃなくて良いんですけどついでです」
「なんですか?」
「お正月の事を聞きたいです」
「ちょっと待て」
「なになに面白そうじゃない、なにそれ?」
よりによって美和が食いついた。
「京江先輩、お正月前に兄さんは家に帰ってくる予定だったんですよ。
でも風邪を引いてしまって、帰ってこれないと。
そしてお母さんがお見舞いに行ったら、あらびっくり沙月さんが居た。
という事だけ聞きました」
「……それはびっくりするでしょうね」
「ちなみにお母さんは沙月さんを凄い良い子だって褒めてました」
「……ねぇ、風邪引いたのって何日?」
なんでこういう時は鋭いのだろう。
沙月も余り積極的に知られたいとは思ってないようで、なんとも言えない表情をしている。
「二十九日ですね」
「沙月ちゃん、誕生日よね?」
「はい、そうですね……」
「え、そうだったんですか!?」
「当日、約束のキャンセルをくれたは良いものの……、居てもたってもいられなくてお見舞いに行った感じですね」
「それは仕方ないとも言えるけど、タイミングが悪かったわね」
知らない人達の視線に晒されたことはあっても、知り合いから直接視線を頂戴する方が何倍も辛い事を身をもって知るなんて思わなかった。
その視線は雄弁に語っていた「気まずかっただろう」と。
同じ状況になったら自分も非常に気まずい思いをするのは必死なので何も言えない。
「一つだけ訂正しておくと、とても良い人で楽しかったですよ」
「そうらしいんですよね、なんか凄い仲が良いんですよね」
実生が不思議そうに頷いている。
その原因の一端が本人にあると気づいていないのはなんとも言えなかった。
「母親と仲が良いのは凄いわね。
公認も同然じゃないの」
篠原先輩の忌憚のない感想は、きっと全員の声を代弁しているのだろう。
「父さんも公認してますよ」
「え……?」
「だって春休みに一緒に帰ってきましたし」
誰か止めてくれないかな……。
「なんだったら数日泊まって、手料理も家族に振る舞ってくれました」
沙月もさすがに居たたまれず小さくなっている。
一方、美和は何か真面目な表情をして考えていた。
「わたしも和雲くん家にちゃんと挨拶に行った方が良いのかしら」
何か感じ入る事でもあったのだろうか。
和雲もこの発言には驚いている。
「家に行った事はあるんだろ?」
「行った事はあるけど、ちゃんと挨拶ってなると……ね。
簡単にならってところね」
和雲が珍しく少し責めるような視線を送ってきた。
俺のせいなのか!?
「美和、無理にどうしたい、させたいとは言わないけど、焦る必要もないからね。
機会があったらきちんとするよ」
「うん、ありがとう和雲くん」
その言葉に安心したのか美和も落ち着きを取り戻す。
というかこれ。
「単に暴露されただけじゃ……」
「……そうですね」
沙月と目が合い、二人して嘆息してしまった。
「なんというか、四人というか二組は、進んでるのね」
篠原先輩の漏らすような呟きを最後にようやく次へ行こうかという雰囲気になりやっと長く疲れる昼食が終わった。
精神的に疲労が残る中、どこで遊ぼうかと歩いていると、流れるプールが目に入る。
ゆらゆらと流されるのも良いかも。
そんな考えが出てくるあたり、やっぱり疲れてるな。
「優陽くん、少し流されてゆっくりしませんか」
沙月も最後の暴露には疲れたのだろうか。
たまたまかは分からないけども同じ事を思っていて少し嬉しい。
「そうしよう。
和雲、俺達ちょっと流されてくる」
「わかった、後で」
二人で流れるプールに入ると気持ちよく体が流される。
「浮き輪でも借りてくる?」
そう言って、振り向こうとすると背中に軽い衝撃があった。
柔らかな感触もあるけども。
「優陽くんが浮き輪になってください」
「もう浮き輪にされてるし」
背中の感触に意識をもっていかれないように気を付けながら、流されるままに身を任せた。
触れ合う肌がとても気持ちいい。
「さっきまでの続きと言うわけではないのですけど、聞いても良いですか?」
耳元で沙月の可愛らしい声が届けられ、その声音にドキドキしてしまう。
内容によっては、別の意味で心臓が落ち着かなくなりそうだったが。
「……何を?」
「優陽くんは、いつから私を意識してくれてましたか?」
それはさっきの続きですよね。
「それはまたどうして……?」
「良かったら教えて欲しいな、と」
こんな時じゃないと話せないというのもその通りだからか。
「いつと言われるといつだろうな。
最初から好意的には見てたけど、それはやっぱり異性としての物じゃないと思う。
毎日の暮らしで惹かれていったのは確かかな。
はっきりと言えるのは、お正月の時には好きだったよ」
思い出せるのはどれもこれも楽しい思い出ばかりだ。
「沙月は?」
「私も、助けて貰い続けて好意的には思ってましたよ。
それこそ前にも言ったようにそうじゃなかったら、何かと理由を付けて離れる事もできましたし。
それでもはっきりと変わったのを意識したのは私の事情を打ち明けてしまった時ですね。強く一緒に居たいと思ったのは覚えてますよ」
「あの時は、沙月が平穏に暮らして欲しいって願ってたな」
「とても優しく撫でてくれましたよね。
それにしても」
なぜか頬を突かれる。
「お正月からホワイトデーですか?」
何をと言わなくても判るだろうと。
もちろん判るけども。
「弁解はしても?」
「一応聞きますよ?」
「それまでの日々が大切すぎて、失いたくなかった」
「それは私だって一緒ですよ。
でもその先の今の為に私、頑張ったんですよ」
「その節は大変お待たせしました」
「ふふ、優陽くんが許してくれるように私も許しますよ」
こうして二人でふざけているのが楽しくあっという間に一周してしまった。
「そろそろ合流する?」
「……うーん」
不満そう。
そんな沙月も可愛いけど。
「もう少しだけ。
いつまでも、って訳にいかないのは分かってるんですけど」
「また来れば良いよ。
二人でも四人でも六人でも」
「一人足りないですよ」
「暴露した罰」
さすがにこれについては弁明の余地がないのか何も言われない。
気の向くまま、水の流れるままに流されていく。
「それにこうしてれば、他の人に見られないですよ」
ふふ、と笑いながら囁くように言ってきた。
「俺も見れない」
その言葉が意外だったのかちょっと照れくさそうにしている。
「や、やっぱり見たいものですか?」
恋人の水着を見たくない男なんているのだろうか。
「眩しいくらいに魅力的だから。
あんまり見すぎて嫌がられたくない。
でも本音を言えば見たいに決まってる。
見ても良いの?」
「こ、今度家で、着ましょうか」
「……良いの?」
「恥ずかしくないわけじゃないですけど、見て貰いたい気持ちもありますよ……」
思わず沙月が水着姿で部屋にいるのを思い浮かべる。
ちょっとこのまま話していると大変よろしくない。
色々とよろしくない。
「ごめん、和雲達と合流しようか」
「……そうですね」
今回は沙月もすんなり同意してくれた。
気持ちを理解してくれたからかどうかは怪しいところだけども、理解されてたらそれはそれで複雑なところ。
結局その後はそのまま和雲達と合流し一日が過ぎていった。
その日はその後も悶々としていたのは仕方のないことだった。




