56【それぞれの体育祭】
あれから鳶元からの接触は驚くほどなかった。
それが果たしてどういった理由なのかは解らない。
ただ自分達の平穏が戻ってきた。
それだけで十分だ。
時節の意識が出来ないまま過ぎてみれば、体育祭の季節になっていた。
運動自体は嫌いではない。
それでも明確にやりたい種目も無ければ、やりたくない種目もない。
しいて言うなら目立たずに済む種目が良い。大人数での参加に紛れよう。
「それぞれ一人二種目の参加。
団体と個人で一個ずつが目安です」
げっ、と思わず唸ってしまう。
実行委員の言葉に早くも目論見が外れた。
団体だけで埋もれていようと思ったのに。
そうしてどんどん種目が埋まっていった結果、自分は障害物競走と綱引き。
沙月は飴食い競争と綱引き。
お昼休みになり話題になるのはもちろん体育祭についてだった。
「和雲と美和の二人三脚はいい組み合わせだな」
「朝比奈達も出れば良かったのに」
「私が走るの得意ではないので」
もちろんそれだけが理由ではない。
普段は隣に居ることを厭わないが故に目立ってしまっているが元来目立ちたいわけじゃない。
和雲達も同じはずだが、二人で一緒に出来る事を選んだようだ。
それはそれで楽しそうだとは思う。
ただまぁ、体育祭なんて言う目立つものでやる必要もないだろう。
周囲には普段から一緒にいるのを見慣れているからか、何も言われることはない。
せいぜいが仲が良いね。と言った感じ。
もし片方が変な事をしようものなら、それこそあっという間に噂されかねない。
そんな状況だ。
二人でやるなら、何が良いだろうか。
少なくとも互いが不得意じゃないものがいいだろう。
または完全に自分達でコントロールできるもの。
少なくとも、ここで二人三脚は進んで選びたい種目ではなかった。
「海のリレーは本職だし、頑張れよ」
「おー、ちょっと本気出す」
「何かあるのか?」
「んー、ちょっとなー」
海がこういった事ではぐらかすのは珍しい。
「和雲くんもリレー頑張ってね!」
「出来る限り頑張るよ」
「そう言って和雲は速いからなー」
「二人とも頑張ってくれ」
隣で同じ様な感じでうんうんと頷いている沙月。
そんな二人に対して。
「こんな所で、そんな夫婦感出さなくていいから」
呆れるように美和から感想をもらった。
自分は心外だと言わんばかりに言ってやった。
「そうは言ってもちゃんと出る競技は頑張るぞ」
「そうじゃない……」
「美和、言うだけ無駄だと思うよ」
海も頷いてるし、なんなんだ。
「時々あるけど、なんで三人の意見が一致して、俺がわからない事あるんだ?」
「もう良いわよ。沙月ちゃんに教えてもらいなさい」
「え、沙月は解ってるの?」
まさか解ってないのが自分だけとは思わず、視線を向けると、沙月は視線を合わせないように明後日の方を向いた。
確信犯だった。
「わ、わざとではない、ですよ?」
「目を見て言って」
なぜか、美和の方を向く沙月。
「わざとではありません」
言葉の後に、キリッと効果音が付きそうなほどはっきりと言った。
その様子は、堂々としていていつもの沙月に近いが残念ながら。
「そっちじゃない」
「……」
手ごわかった。
そしてその意識からは、すっぽりと三人の事が忘れ去られていた。
「だ、か、ら!
二人で世界作って結界張って一歩引いたところでイチャつくなって言ってんのよ!!」
美和の悲鳴のような叫びが鳴り響いた。
体育祭当日、天気にも恵まれた。
綱引きは順調に終わり次は沙月の飴食い競争。
パンッ、と音がなり走り出す沙月、飴玉を探して顔を突っこみこれでもかと白くなった。
飴玉を見つけそのままゴールし、そのままこっちに戻って来るのを見て仕方ないな。とタオルを出し迎えた。
「お疲れさま、ちょっとじっとして」
優しく顔を拭くとちょっと嬉しそう。
「あの二人さー、例の一件あってから本当に人目を憚らなくなったよなー」
「あはは、そうだね」
「和雲達も負けてられないぞ!」
「競ってないからね……」
海め、絶対に聞こえるように言ってると分かるくらいに大きな声で言いやがって。
確かに沙月も気にしなくなった。
自分も気にしなくなったが。
他のクラスメイトからも、すでに生暖かい視線をいくつも頂戴しているのでいまさらだ。
いちいち言われたら恥ずかしいだろう。
狙ってるかもしれないが。
そして今度は自分の障害物競走。
網をくぐったり並行台などの基本的な物ばかりなので特になんて事はなく、普通にゴールして自分の番は終わり。
問題はゴールした後にやってきた。
座り込み氷嚢を当てている女子がいた、どうやら足を挫いた様子。
すでに保健委員が側にはいて、どうやらテーピングの仕方を調べてるみたいだった。
「テーピングしようか?」
「出来るの?」
「うん」
そう言ってテーピングを受け取った。
だけども、少女がしゃがんでいるせいでちょっとやりづらい。
「そこの椅子に座れる?」
「いえ、ちょっと難しいかも……」
仕方ない。
「ちょっとごめんね」
それだけ言うと、椅子まで抱えて運んであげた。
運んだあと足首を見れば、少し赤みが引いているので湿布を貼り、手早くテーピングを巻く。
なんか周りがうるさい気がするけどまぁいいか。
となりで呆然としている保健委員に声を掛けた。
「後は任せるよ」
随分な驚かれ方だな、そんなに難しいことじゃないけど。
どっちにしてももう出来ることはない。
沙月の元へ戻ると、困った顔をしていた。
「何かあった?」
「何かあったのは朝比奈君よ」
代わりに答えたのは隣にいた美和だ。
「俺は何もなかったけど?」
「さっきクラスの方が来て教えてくれまして。
優陽くんが女の子をお姫様抱っこして連れて行った。と」
絶妙に切りとられて脚色された情報に渋面を作ってしまう。
怪我人相手の出来事もそう伝わってしまうのかと。
それこそ変な事のように。
「はぁ……、足を挫いたらしいからテーピングを巻いた。
その際に、椅子に座らせた。
移動できないって言ったから補助をした。
以上」
まるで二心はありませんとばかりに諸手をあげて説明する。
「朝比奈君の他にいなかったの?」
「いたけど、テーピングの仕方を調べてたくらいだからな」
美和は、自分がする必要があったのかと言いたいのだろう。
「私は別に怒ってないですし、何か事情があったのだろうと。
むしろ変わってなくてちょっと安心もしましたし」
「沙月ちゃんがそう言うなら良いけど……」
「でもそうですね。
周りを静かにするためにも同じ事をしてください」
「同じこと……?」
何をと言うべきか。
いや、何は明白だからどこまでと言うべきか。
隣で美和は、この先が予想できたみたいでニヤニヤ笑ってるし。
さっきまでの面白くなさそうな顔はどこにいったと言ってやりたい。
「事情があっての事と、想い人相手だと随分と違う気がするんだけど、許されませんか」
「責めるつもりはないですけど、面白くはないので」
もっともだと思った。
仮に沙月が足をくじいて背負われたら、なんで自分以外が背負っているのだと。
沙月に非がなくとも、むしろ非が無いからこそやり場のないどうしようもない気持ちを抱くだろう。
想像するだけで、チクリとムズムズした物を感じてしまう。
言いたいことは分かった。
甘んじて受け入れようと思う、それでも一言思う位は許されるだろう。
非常に良い笑顔で楽しそうですね。
観念したらやる事は一つ、実行するのみ。
「丁寧に運ばせていただきます」
そうして沙月をお姫様抱っこをしたのは良いものの。
「これってどこまで?」
「そうですね……、何か飲み物でも買いに行きましょうか」
「ほとんどのクラスを横断しないといけないんだけど遠くないですか……」
「がんばってくださいねっ」
大人しく願いを叶えるしかないと諦め、ゆっくりと歩き出す。
その間、もちろん様々な視線に晒される。
そんな中でも沙月は嬉しそうに首に手を回し、表情はうっとりと蕩けていた。
沙月を自販機まで連れていき下ろすと、現金なもので少し名残惜しいと感じてしまった。
その噂は見事に塗り替わったみたいで、騎馬戦から戻って来た海と和久に散々からかわれた一日だった。




