55【それぞれの気持ち】
それぞれに散々なコメントを貰ったあと、良い時間になったからと各々帰って行った。
そうして今は沙月と二人きり。
皆が帰って行った後と同じ格好をして、何を言うでもなく過ごしていた。
お互いの体を確かめるように手を繋ぎ、そこに居る事だけで満たされていた。
胸に満たされた気持ちのまま愛おしい人の名前を呼ぶ。
「沙月」
「なんですか」
「なんでもない」
「どうしたんですか」
思わず笑ってしまう。
「優陽くん」
「なに?」
「なんでもないですよ」
きっと傍から見たらバカみたいだろう。
でも今は二人きりだ。
バカだろうが関係ない。
気持ちに後押しされ、沙月の頬に手をあてると沙月は目を閉じて受け入れてくれる。
ゆっくりと唇へキスをし、同じくらい時間を掛けてゆっくりと離す。
沙月もこっちをじっと見つめ、お返しとばかりにキスをしてくる。
長い口づけの後、沙月は静かに話し始めた。
「今、こうしている事がとても幸せです」
「俺もそう思うよ」
「本当に……、本当に。ずっと隣にいてくれてありがとうございました」
「……隣にいる事しか出来なかった」
悔しさに臍を噛むと沙月の手にも力が入った。
「それがどれだけ嬉しかった事か。
家にいさせて貰っている間、色んな事を考えました。
このまま消えてしまいたいって思ったこともありました。
一緒に逃げてくれって言ったら、逃げてくれるのかな、なんて事も思いました。
そんな状態でもお腹が空いてしまって、現実に戻されるんです。
優陽くんが用意しておいてくれたお昼を食べたら、嬉しくて。
どうして今を失わないといけないのかって思ったら、なんか吹っ切れちゃいました。
少し怖かったんですけど、それでも戦おうって思えました」
そういう沙月を確かめるように抱きしめる。
良かった、良かったと心の中で唱えた。
「俺も沙月の隣にいれる事だけが救いだったよ。
失いたくないってずっと思ってた。
食事なんて俺がして貰った事をほんの少しだけ返せたに過ぎないんだから」
むしろこれしか出来ない自分をなじって欲しいとさえ思う。
それほどに沙月からは毎日たくさんのものを貰っているから。
「優陽くん」
「なに?」
「私を貰ってくれませんか?」
なんでもない事のように言う沙月の体を解き、顔を見つめる。
そこには緊張も焦りも何もなく、今までのごく自然なお願いと同じ微笑みを湛えていた。
「嫌……ですか?」
「嫌じゃない……けど」
「自暴自棄や自分を見失ったりしてませんよ。
改めて私を優陽くんの物にして欲しい。
私の全てを優陽くんの好きにして欲しいです」
沙月がそこまで言ってくれている事は嬉しかった。
「……本当に良いの?」
小さく頷いてくれる。
「もちろん、俺だってしたくないわけじゃない。
でもこんな事があった後に、こんな劣情を抱いちゃいけないんじゃないか。とも思ってる」
「それだけですか?」
「ただ……、逆にこんな事があった後だから。
なおさら沙月を自分の物にしたい。
そんな気持ちも強く持ってる」
「優陽くんがどうしたいか教えて下さい」
理性と欲望が戦ってる間、沙月は優しく笑顔のままだ。
「優陽くんが待ってくれたように私も待ちますよ」
「これは俗にいうヘタレという奴なのかな?」
「優し過ぎるが故ですね」
「それは良いように取り過ぎな気がする」
「でも私には、もっとどうしたいかを言って欲しいです」
沙月にだけ聞こえるように、囁くように願いを口にした。
決して流されたわけではない。
自分の意思として口にした。
そうして、夜は更けていった。




