51【それぞれの暗雲】
その翌日、いつも通り二人で一緒に登校していた。
しかしこれまでの楽し気な空気はなく、沙月の顔は晴れていない。
天気もそんな沙月の心情を反映させたのか、どんよりと雲が掛かっていた。
校門まで近づくと、一人の人影が居た。
それは一番関わりたくない人物だった。
「朝比奈先輩、そんなに見つめないで下さいよ?」
警戒も露わに見ていた事に対して言ってきた。
どこまでも人を馬鹿にしたような、食ったような言い方だ。
「閑奈は良い事を思いついたんですよ。
沙月さん、また閑奈のごはんを作って。
前みたいに、ね?」
隣にいる沙月がびくっと体を震わせた。
「取り合えず今日の分を渡して?」
沙月は視線が定まらず泳がせた後、静かに鞄を探り出してしまい、その危うさに思わず沙月の行動を止めさせた。
顔を上げ、こちらを見ればすでに泣きそうな顔をしている。
「鳶元」
「なんでしょう?」
「悪いが渡す事は出来ない」
相手はクスクスと笑っている。
「渡せないって、別に朝比奈先輩には言ってませんよ?」
相変わらずの物言いに腹が立ってくる。
「買って持って行ってやるからそれで手を引け」
「へぇ、それはそれで……良いですねぇ」
楽しそうに顔を歪めた。
考えが下衆くて吐き気がしそうだ。
大方、噂になるほど有名な片方をパシらせる事が出来て気持ちいいと言った所だろう。
沙月の弁当を差し出すよりよっぽどましだ。
「取り合えず、今日はそれで手を打ちましょう。
明日からはちゃんとお願いね?」
そう言って、教室の方へ向かって行った。
その背中に腹が立って仕方がない。
それでも今の状態にある沙月を放って置けるわけもなく、一緒に教室へと向かった。
教室に着くと美和に心配されたが、誤魔化す事しか出来なかった。
現状を説明するには、どうしても沙月の家庭事情を話さなければならないからだ。
昼休みのチャイムが鳴る。
まずは約束事を片づけてしまおうと購買に向かった。
出る時に沙月が心配そうな表情をしていたので「買って持って行くだけだから先に食べてて」と声を掛け、買いに行った。
好みなんて知らないし、聞いてやるつもりもない。
適当にサンドイッチを手に取り、一年の教室を目指す。
教室はすぐに見つかり、中を見れば女子数人と机を囲んでいる姿があった。
もっとも他の女子は食事を開始しているのに対して、閑奈の机の上には何もなかった。
腹の底に怒りを覚えながら、無遠慮に教室に入って行った。
クラスに残っている面々から驚いた視線を感じるがどうでもいい。
机の上に買ってきたサンドイッチの袋を置いた。
「ありがとうございます!朝比奈先輩!」
返事をする事もなく教室を出ると後ろで何やら騒がしかったが、そんな事よりも早く教室に戻りたかった。
沙月がちゃんと食べているか心配だったから。
足早に教室に戻ると案の定、沙月は食べていなかった。
心ここにあらずといった感じで、食事が手についていない。
「お待たせ沙月、食べよう」
「優陽くん……」
沙月は自分が戻ってきたことに少し安心したのか、ゆっくりと食事を開始した。
隣で一緒に沙月の弁当を食べる。
味は変わらず美味しいが、心が満たされる感覚はない。
それでも今は、沙月の隣にいる事だけを考えよう。
それ以外の事は、自分にとって些細なことだから。
次の日、沙月は鳶元の弁当を作ってきてしまった。
朝、校門の前で待っていた鳶元は満足そうに受け取ると、放課後に弁当箱を返し翌日渡すようにと。
そこに感謝の言葉は勿論ない。
帰りがけにその弁当箱を受け取る姿は小さく縮こまり、顔は俯いていた。
見ている事が出来ず、思わず声を掛けてしまう。
「沙月」
「大丈夫ですよ、優陽くん」
とても大丈夫そうには見えなかった。
それでも沙月にそう言われてしまえば、何も出来る事はない。
せめて隣に居ようと思い、家の中では傍に居続けた。
時折口にするお願いを聞く事しか出来ない自分を情けなく思い、何もできない自分が悔しくてしょうがなかった。




