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50【それぞれの思惑】

 大型連休が終わり、新しいクラスメイト達もそれぞれがそれなりに慣れ始めてきた頃。

 事件は起きた。


 放課後、いつものように沙月と二人で帰っていた時だった。

 校門前に一人の少女が立っていた。


 髪の毛は沙月ほどではないが長く、楚々とした佇まいは大人びた雰囲気を与えた。

 顔立ちは整っており、クラスにいたら目立つ存在だろう。


 徐々に少女との距離が近づくにつれ、沙月の歩みは遅くなり、次第に繋いだ手に力が込められていった。

 様子を伺えば顔色は真っ青になり、驚いた表情をしている。


「沙月?」


 心配になり声を掛けると同時に、向こうからも声が掛けられた。


「久しぶり、沙月さん。

 ここでは先輩ね」


 そう言う少女の顔はにこりと微笑みを称えていた。

 しかし自分はその表情から全身の毛穴が開くような警戒感を感じ、落ち着かなかった。


閑奈(かんな)さん……」


 沙月の口は、震えている。


「何しに来たの……」


 絞り出した声は、驚くほどに冷たい。


「何って。

 見知った顔の先輩が居れば挨拶するのは普通だと思うけどね?」

 

 その言葉は、どこか小馬鹿にしたような印象を受けた。


「朝比奈先輩は、初めまして。

 鳶元(とびもと)閑奈(かんな)です。

 今年入学してきました。そこの妹です。義理だけどね?」


 沙月の事情を知っていれば、この少女が誰でどういう関係なのかはすぐに解った。

 そして過去にどういう振る舞いをしていたのかも。

 警戒心もあらわに、自己紹介されたのだからと言葉少なに返す。


「朝比奈優陽だ」

「知ってますよ。

 有名ですし。

 探す手間も省けました」 


 口調こそ丁寧だが、そこには沙月に対して有無を言わせない圧力があった。

 小さく縮こまっている沙月を体半身で隠し、代わりに応える。

 

「何の用だ」

「先輩には今の所用事はないんですが……。

 そうですね、日を改めましょう」


 それだけ言って、くるりと身を(ひるがえ)し校門から出て行った。

 静かにその背が見えなくなるのを待つ。


 その後も沙月はしばらく落ち着かず、人気がすっかりなくなるまで時間が掛かり、ゆっくりと家に帰った。

 その間も沙月は特に喋らず、下を向いた暗い顔が上に向けられることはなかった。


 その日は沙月をそのまま自分の家に連れてきた。

 今離れてしまうと沙月が壊れてしまうのではないかと、そんな気がしたから。


 未だに顔を上げない沙月をソファに案内し座らせた。自分は隣に座り沙月の手を取り待つ。

 会いたくない相手に会ってしまったのだ、整理する時間が必要だろう。


「彼女は、以前お話した義理の妹です。

 先ほども言ってましたね」


 やがてぽつりぽつりと話しはじめた。


「もう会う事もないと思ってびっくりしました。

 一体なんでこの学校を選んだんでしょうね……。

 また私から何もかもを奪うつもりなのでしょうか……」


 そうあの夜に、沙月の物は鳶元の物の様に振る舞っていたと教えてくれた。


「彼女を見た瞬間に、あの家の事を思い出してしまいました」


 そう語る沙月の顔に表情はない。

 まるで能面のように目は虚空を見つめている。

 感情が現状を受け入れられず、反応するのを拒否しているかのようだ。


「私はどうなってしまうのでしょう」

「どうにもならない。

 させないよ」


「ありがとうございます。

 あの、抱きしめて貰って良いですか……」

「ん」


 腕の中の小さな体を壊さないように優しく抱きしめた。 


 今日は夕飯は作らなくていいと言ったが、作っていた方が気が紛れるからと簡単な物を作ってくれた。


 いつもの楽しい夕食がどこか味気なかった。


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