47【それぞれの始業式】
エイプリルフールにふざけたひと悶着があったが、その後は沙月と穏やかに過ごす日々が続いた。
いっそこのままの日々が続いてくれれば良いのにとさえ思った。
それでも学生である以上は、学業が始まってしまう。
休みぼけした頭で気の乗らない朝、いつものように沙月が部屋に来て朝食を作ってくれる。
これまでプロテインだけで済ませていた朝が懐かしく感じた。
こうして四六時中、一緒に居れるカップルというのは周りを見回してもいない環境だとふと思う。
人によっては息が詰まりそうだと感じる人もいるかもしれない。
決してそんな風に感じないのは、単に沙月の穏やかな空気のおかげだろう。
目の前の恋人をじっと見てしまい、何ですかと首を傾げられれば、なんでもないと首を振る。
そんな何でもないやり取りで満足だった。
朝食を終え、登校の準備に着替えて、髪の毛を結ぶ。
あれ以来、外出時は基本的に結ぶようにしていた。
その間に、沙月は準備が終わってから来ているので、手早く食器を洗っておいてくれる。
残しておいて良いと言ったのだが、時間の隙がある都合上、自分の意見は聞き入れられなかった。
そうして、毎日の始まりは手を取るところから一日が始まる。
「一緒のクラスに成れると良いな」
「そうですね」
会話はそれだけ。
それでも繋いだ手に少し力をいれれば、沙月もぎゅっと握り返してくれる。
今は登校中でもちろん周りには同じ高校に通う学生がいる。
それでも手は離さない。
沙月も手を離す様子はない。
新入生なのか、その様子に様々な視線を向けてくる。
それでも二人は静かに学校へ向かった。
途中、和雲と美和と会って、おはようとそれぞれ挨拶を交わす。
みれば、和雲と美和も手を繋いでいる、これもいつも通りだった。
それにしても、この二人が一緒に居ると目立つな。
改めて二人は、美男美女と呼ぶにふさわしいのだろう。
周りからの視線は憧れ混じりの視線が多いように感じる。
二人と比べられると背が縮こまってしまいそうだ。
それでもせめて約束した通りにしよう。
堂々としていようと。
四人でクラス替えの張り紙の前に行った。
するとどういう事だろう、まるで人が道を譲る様に目の前が開けた。
モーゼかよ……。
思わず心の中でつっこむ。
折角すんなり確認できそうなのだからと周りに取り合わず、さっさと確認をする。
自分の名前はすぐに見つかった。
五十音順で並んでるので解り易い。
沙月の名前は、と。
「同じクラスだな。よろしく」
「うん、よろしくお願いしますね」
海を含めて全員同じクラスのようだ。
「どうやら皆同じクラスだな」
「そうだね、朝比奈、琴葉さん、よろしくね」
「沙月ちゃん、よろしくね。朝比奈君もついでによろしく」
「はい、お二人ともよろしくお願いします」
「俺はついでかよ、よろしく」
クラスに移動するとまだ移動してきたのは半々と言った所のようだ。
まだ時間はあるので用事もなく話す時間はまだあった。
「そういえば妹さんも入学したんだっけ」
「あぁ、引越しの手伝いさせられて散々だった」
「でも近くに家族がいるのは、心強いでしょうね」
「あんまり変わらないんじゃないか?」
クライミングジムがあれば、実生は生きていける気がする。
「それでも違うものでしょ」
「そういう物か」
すると扉が勢いよく開けられた。
どうやら走ってきたようで、息を切らす海の姿が見て取れた。
「おはよー、全員揃ったな!」
四人共にそれぞれで「おはよう」と返す。
「今年もよろしく頼むわー」
「おー、こちらこそな」
ちょうど良く教師が入ってきて、ホームルームが開始された。
海は本当にギリギリだったようだ。
初日という事もあり、授業もなく帰る放課後、優陽と沙月はいつものように二人で家に帰っていった。
ただその二人を見つめる特別強い視線がある事に、二人は気づかなかった。
家に帰り昼食を食べている。
三人で。
これまでは二人で食べていた。
別に二人でいなければ絶対に嫌だと言うつもりはない。
それでも納得はしていない。
理解はできてもなんで居るんだという思いはあり、今でも思い返してしまう。
それは帰ってきて二人で寛いでいた時だった。
突然、チャイムが鳴った。
宅配かと思い、扉を開けてみれば実生がいた。
「兄さん、お願いが!!」
嫌な予感しかしない。
「一応、言ってみな?」
「ご飯食べさせて!!」
思わず顔に手をあてる。
こういう事もあるんじゃないかとは思ってた。
でもまさか、登校日初日だとは誰が思えるか。
この状況ですんなり肯定しようとも思わなかった。
「あら、実生ちゃんこんにちは」
「沙月さん、こんにちは!」
「一緒にご飯食べますか?」
「お願いします!!」
言うなり、さっさと家の中に入って行ってしまった。
多分、沙月ならそう言うだろうなと思ってた。
それでも、だ。
「お前、自炊しろって言われたのはどうした」
「そんなすぐに出来ると思ってたんですか?」
「だから、家でしろって言われてただろ」
「コンビニって偉大ですよね」
遠い目をして誤魔化そうとしてた。
「実生……、この数日も作らなかっただろ」
「荷ほどきが大変で」
「まぁまぁ、優陽くん。
私は大丈夫ですので、取り合えず今日は一緒に食べましょう」
「はぁ、食べ終わったらちゃんと話はするぞ」
「は~い」
そうして、三人で昼食を取る事になったのだった。
全員が食べ終わると、実生を逃がさない為にもすぐに話を始めた。
「まず初めに自炊はしろ。
いくらなんでも食費もたないぞ」
「苦手な事ってあるじゃないですか」
「苦手だろうがなんだろうが、これはやらなきゃいけない事だ。
それ以前に苦手だと思えるほど、やってないだろ。
まずやってみろ」
「う、はい……」
「その上でどうしても無理な時は言え。
沙月が快諾してくれたら呼ぶ」
「ちょっとそれは兄さんがずるいようなー……」
「半年なり自炊しきってから言え」
面白くなさそうな実生は放っておく。
「ただそうだな……。
何か一品、おかずを作って持ってくるようにするか」
「えー」
「自炊チェックされるのとどっちが良い?」
「……一品おかず持ってきます」
「難しい物じゃなくていいからやってみろ」
「はい~……」
取り合えずはこんな所だろうか。
全部をやらないにしても、料理に手を出し続ける事に変わりはないのだろうから。
「沙月もそれで大丈夫?」
「私は構いませんよ」
沙月が柔らかく笑ってくれているのはいつもの事だが少し嬉しそうだった。
「優陽くんもちゃんとお兄ちゃんしてるんですね」
「妹が残念だから、仕方なくな」
沙月の言葉に若干の気恥ずかしさを混ぜつつ、溜息を吐いた。
「もー! 学校では噂になるほどだったのに、家だとこれだから!」
「噂?」
「クラスで凄い噂になってたよ!二組のお似合いカップルが居たって。
片方は兄さん達でしょ?」
もちろんその行為はわざとだ。
前にそれで和雲達が苦労しているのを見ていたからこその行いだ。
「あはは、ちょっとやりすぎちゃいましたね……」
沙月が気恥ずかしそうにそれだけ言う。
改めて言われると恥ずかしく、自分は何も答えなかった。
「どっちの男性もタイプは違えど格好いいって女子の間では口々に言ってます」
「和雲はともかくなぁ……」
「もちろん、女性達も男子の間では人気でしたよ」
そう言った事が初めてではないにしろ、面白くはなかった。
沙月も一緒なのだろう。
沙月が膝の上の乗せている手に力が入るのが見て取れた。
そっとその上に手を重ねる。
決して不安があるわけではないのだろう。
心配もしていない、信用もしている。
それでも心がざわついてしまうのは仕方のない事だろう。
「それだけラブラブなら心配いらないね!」
実生の言葉も気にせず、手を離すつもりもなかった。




