42【恋人たちの両親】
「ただいま」
「あぁ、優陽。おかえり。
沙月さんも、おかえり」
「ただいま帰りました」
父さんが通り掛かり、声を掛けてくれる。
「優陽、ちょうどよかった。
帰ってきてそうそうだけどこの後時間あるかい?」
「特に予定はないかな」
「それなら、少ししたら買い物に行こうか」
「まぁ、良いけど」
「そういう事で、沙月さん。少し優陽を借りるよ」
「え、いえ。お気になさらず?」
「これどういう会話だよ……」
普通逆なのではないかとも思うが、そもそも借りるとは。
父さんの準備が出来たら声を掛けると言われたので、リビングで待っていると。
「二人ともおかえりなさい。
楽しめた?」
「ただいま、あの桜並木は変わらないな」
「ただいま帰りました。亜希さんありがとうございます。
あんな見事なの初めてみました」
沙月は思い出しながら興奮気味に母さんへ感想を口にした。
桜が綺麗だったと子供のようにはしゃぎ。
お囃子が見事だったと音楽を思い出し楽しそうにしている。
一緒に食べたたこ焼きが美味しかったと言った時は、食べさせ合いをしたと言いかけてしまい、止めるかどうか迷った。
明言しなかっただけで、分かられてそうで自分は複雑だが。
それでもそんな表情豊かな沙月が見られれば、素直に誘ってよかったと思えた。
そしてそれを母さんも楽しそうに聞いている姿は実際の親子よりも親子らしく、仲睦まじかった。
「優陽、それじゃ行こうか」
「行って来るよ」
車に乗りそういえばと尋ねる。
「どこ行くんだ?」
「どこが良いかなぁ、何が欲しい?」
「父さんが買いに行くんじゃないのか?」
「優陽の誕生日プレゼントを買いに行くんだよ?」
聞いてない。
この父親が時々抜けているのは相変わらずだ。
過去にも、朝早くから起こされるから何かと思えば、山に登りに行くと言って連れ出されたことがある。せめて事前に言ってくれと。
父さんは慣れた物かもしれないが、こっちはそうではないのだと。
最近は言っても聞いてくれないので、軽くツッコムぐらいしかしないが。
「そんなにパッと思い浮かばないからちょっと待って」
「当ても無くいくわけじゃないけど、リクエストがあったら聞くから」
それだけ言い、さらに車を走らせる。
まだ明るいが数時間もすれば、陽も落ちるだろうかと言う頃合い。
同い年くらいと思われる男女のグループがいた。彼らは固まってあれやこれやとはしゃいでいる。
彼らだったら何が欲しいのだろう。
洋服やらアクセサリーなどのファッション系だろうか。
はたまた新しい携帯やらタブレットやらだろうか。
いかんせん自分は、クライミングに生活がよりすぎている。
普段の衣服はクライミングでも着れるような物を好んでいて、いわゆるファッションとは無縁だ。
また、一人暮らしをさせて貰っている事もあり、どうしても金額を気にしてしまう。
携帯をいじってもどれが良いとは結局思い浮かばなかった。
そうして連れられたのは、ちょっと高めの物を扱っているデパートだった。
基本的には父さんも登山用の物が多い。
それでもそこは勤め人。
ビジネス用のもしっかりと揃えていて、スーツをきちっと着こなしている様をみている。
そんな父さんが普段、仕事用で使ってるものはここで買っていた気がする。
中に入ると自分でも知ってるブランドがいくつかあった。
「なんか場違い感が凄いんだけど……」
「そう思ってるからだよ。
堂々としてれば良い」
そういう父さんはスタスタと先を行く。
そう言うものなのか?
と思い歩く。
周りを見て、同い年くらいの人は。
いないじゃないか。
この状況でどうやって堂々とすれば良いんだ。
まさか誕生日プレゼントを買ってくれると言ってくれているのに、文句を言う事は出来ず、父さんの後をついて行った。せめて変な目で見られないよう気を付けるくらいしかできないけども。
父さんはすでに何を買うかの候補は決まっているのか、その足取りに迷いは無かった。
確かに堂々としている。
すぐに真似など出来るはずもなく。
いくつかの店舗の前を通り過ぎ、奥へと少し歩き、革製品を扱っている店に入った。
「そろそろこういう物を持っても良いと思ってね。
財布かキーケース辺りが買っても良い時だと思うけど、どうかな?」
言われてみれば、確かに財布は中学時代から使っている物をそのまま使っている。
財布は出し入れの擦れが目立ち、ほつれが見てとれる。
どこかが決定的に壊れているわけではないが、買い換えても良いかもしれない。
キーケースに至っては、持っておらずキーホルダーにぶら下げてるだけだ。
特に実家の鍵なんかは、使う機会がめっきり減ったせいでどこにあるか探してしまったくらいだ。
きちんとしたケースに入れておけば、そういう事もなくなりそうだ。
「良く判るな。でも高いんじゃ?」
「そうだね、決して安くないけどそこは気にしなくていいよ。
永く使えばそれが味となって楽しめるから大事に使いなさい。
それこそ十年使おうと思えば使えるからね」
そう言われ、どれにしようかと物色する。
見回すとある財布に目が留まった。
今の流行りだろうか、紐状の物で編み込まれた長財布だった。
手に取り中を開けるとカード類が多く入り、小銭もそれなりに入り、お札を入れる所が開き便利そうだ。カードが多く入ると言っても、入るのはジムの会員カードだが。
余計な装飾は特にされていないが、試しにもって見ると手馴染みが良く触ってて気持ちよかった。
身の丈に合っているかは甚だ疑問だ。
「良いのを選んだね」
「なんかしっくり来る」
「それにしようか」
「でも……」
「こんな時くらい甘えて良いんだよ」
言うなり父さんは会計に持って行ってしまった。
躊躇した理由は単純に高かったからだ。
値札を見比べてみれば、他の物より少し高いだろうか。
もちろん、一番高いわけではないが置いてあるものをざっと比較するなら高めだ。
それでもなんの気負いも衒いもなく、ごく普通の事として父さんは会計をした。
「誕生日おめでとう。
大事に育てていきなさい」
「ありがとう」
決して高価だからではない。
物を大事にしなさいと。
まるでその財布が自分の成長の証だと言われた気がした。
また今後も財布の様子次第で自分を表しているとも言われた気がした。
それだけを受け取り、感謝した。
「それじゃ帰ろうか」
「おう」
車の中で密かに。心の中だけで深く感謝をし、同時に父の背中を見た気がした。
「「ただいま」」
リビングの方から沙月が飛び出してきた。
「おかえりなさいっ!」
そんなに飛び出すようにどうしたのだろうか。
それになんか凄く嬉しそうだし。
もちろん、沙月に出迎えてもらって嬉しくないわけはないけど。
沙月の横を父さんはすれ違うように上がっていった。
父さんまでもがなんとなくその背中は楽しそうだった。
「何かあったの……?」
「いえ、特になにもないですよ?」
答える沙月は言葉とは裏腹にやっぱり表情は力が抜けていて柔らかい。
はしゃいでもいるのかもしれない。
「その割には嬉しそうだけど」
「あー……、いえ、『おかえりなさい』って言いたかったんです」
そう白状するのが恥ずかしかったのか、指を遊ばせもじもじとしている。
もじもじしている姿はとても可愛らしく、スキンシップをしたくなるのをぐっと堪えた。
父さんが玄関から上がったばかりで、いつ戻ってくるか判らない。
実生に見つかったら、うるさい所の話じゃない。
母さんにいたっては呆れられるのなんか目に見えている。
ちょっとくらいなら。いやいや。
気持ちと行動はせめぎ合っていた。
そんな事よりも。
『言いたかった』と、反芻してみれば、その通りかもしれない。
これまではいつも自分の家に沙月が来ていた。
だからもちろん、『おかえり』と言っていた。
鍵を渡したは良いものの、気を使ったのだろう
そこまで出番はなかった様に思う。あっても数えるほどだろう。
自分に特別な用事でもない限りは先に家にいたのだから。
付き合い始めてからも、それは変わる事はなく一度家に寄ってくるため、やっぱり自分が出迎えている。
以前言っていた鍵を持っていた事にまつわる、辛い過去を思い出す事なく、幸せで塗りつぶせるなら何よりだ。
「そっか。
そうしたら、これからも言って貰おうかな」
こうして実家にいる間は、自分だけが出かける事もあるだろう。
そうしたら沙月に迎え入れてくれる機会もあるだろう。
それはそれで楽しそうだし。
それにこんな可愛らしい姿も見られるなら役得というもの。
「これからも……ですか……?」
「うん」
なぜか沙月は驚き口に手を当てている。
嬉しそうな、でも恥ずかしそうな。
自分の彼女は何をやっても可愛いな。
さっきまで我慢していたのが揺らぎそうだ。
頭を撫でるくらいなら許されないかな。
そう思い、腕を動かそうとした矢先。
「優陽、高校生の間はダメだし、その先はさすがに気が早いわよ」
いつの間にか母さんがドアから身を乗り出しこちらを覗き込んでいる。
「え……?、あ……」
そう指摘され、言ってる意味を理解した。
動かそうとした腕を誤魔化すように、顔に当てた。
『これからも』の範囲が長すぎる。
そう言おうにも、先々まで一緒にいたいという気持ちはある。
否定したくないけど、肯定するには、恥ずかしすぎた。
上手い言葉は、見つからなかった。
自覚してしまい顔が赤くなっていくのを実感し、とうとう何も言えなくなる。
沙月もどう捉えてくれているのか。
嫌がっている様子が無いのは救いだが、母さんに指摘されたせいか頬が紅潮している。
「はぁ、ご飯にするからさっさと上がりなさい」
そう言って台所へ戻っていった。
沙月も自分も、気恥ずかしさからしばらくそこから動くことはできなかった。




