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40【恋人たちの帰省】

 帰省する為に、手荷物を携え、電車に揺られていた。

 二時間ほど電車に揺られれば、自分の実家の最寄り駅だ。


 もっとも駅に近いわけではなく、再開発された住宅地にある為、それなりに歩く。

 夏真っ盛りにこの道は正直歩きたくなかったくらいだ。


「ようやく駅についたな。

 ここから歩いて十分くらいだけど、沙月は疲れてない?」


「大丈夫ですよ」

「荷物重かったら持つから言って」

「うん、無理そうだったらお願いしますね」


 そう言って手を取り歩きだした。

 周りは特にこれといった物はない。


 ひたすらに一軒家が続いていて、いわゆるベッドタウンと言えるだろう。

 駅周辺には、それなりに施設もあるが家の周りには住宅が続くばかりだった。


 車で移動する大人にとっては楽だが、交通手段が限られる学生には色々な部分で不便さが出てくる、そんな場所だった。


「あれが家」

「一軒家なんですね」

「なんか一軒家がブームだったとかなんとか聞いた気がするけど、よくは覚えてないな」


 ピンポーン


 チャイムを鳴らし、玄関が開かれた。

 中からは、母さんが出てきて、その奥には父さんがいた。


「おかえりなさい優陽。なんだ歩いてきたの、連絡くれれば車で行ったのに」

「あ……、呼べばよかった……。ただいま」


 いつも歩いていたから気にしなかったというのが本当の所だったのだが。

 せめて沙月もいるのだから、もう少し気を回せばよかった。


「沙月ちゃん、来てくれてありがとう」

「こちらこそお招きいただいてありがとうございます」


 母さんも沙月も嬉しそうに挨拶している。

 そして、後ろから父さんが声を掛けてきた。


「こんにちは、そこの不出来な父の朝比奈(あさひな)悠絆(ゆうき)です。

 琴葉沙月さんだね。


 亜希から話は聞いてるよ。

 優陽がお世話になっているみたいで、本当にありがとう」


「初めまして、琴葉(ことは)沙月(さつき)です。

 こちらこそ優陽くんにはいつもお世話になってます。

 亜希さんにも実生さんにも本当に良くして頂いてます」


 不出来で悪かったな、と毒づきたいが心当たりがないわけでもないので心の中で思うだけにする。今目の前で気を回せなかったという事実もあるし。


「さぁ、沙月ちゃん上がってちょうだい」

「ありがとうございます。

 これつまらない物ですが」


 そう言って、紙袋を差し出した。

 実は何の紙袋なのかを不思議に思い、なんの為に持ってきてるのか分からなかった。

 こうして渡されれば気づくが。


「あら、沙月ちゃんわざわざありがとう。

 でも気にしないで気軽に遊びにきてくれて大丈夫だからね」

「そうそう、気にしないで良かったのに」


 他意なく同意をし、母さんにと同じ事を言ったにすぎないはずが、母さんだけではなく沙月にも呆れに似た視線を向けられた。


「いや、優陽は気づきなさいよ。

 袋も買ってきた奴に入ってるんだから、気づくでしょう……」


「優陽くんて、変な所で鈍いですよね……」

「えーっと……」


 母さんと沙月の息が合ってるのは良い事なのか悪い事なのか。


「玄関に居続ける事も無いから取り合えず、荷物置いてきなさい」

「沙月、二階だから案内するよ」


 父さんの促しもあり、さっさと家の中へ入っていく。

 決して誤魔化したわけじゃない。


「おじゃまします」

「ようこそ、いらっしゃい」


「二階は三部屋あって、左が実生の部屋。

 真ん中を沙月に使って貰って、俺の部屋が右」


 階段を上がりながら、簡単に説明をする。

 ついでにトイレと電気の場所も説明し、沙月に泊まってもらう部屋へ案内した。


「多分、掃除はしてくれてると思うから、自由にして平気」

「凄くありがたいです。

 それに一室きちんと管理されていて、凄いですね」


 感心したように言う沙月。

 心当たりがある為、言葉を濁した。


「あー……」


 言おうか言うまいか。


「どうしたんですか?」


 空き部屋と言うには整いすぎていて、不思議がられるくらいなら最初から言っておいた方が良いか。


「三人目用に用意してた部屋なんだ」

「え……」


「流産したんだ。

 ただ出来た時に家を買ったから、三部屋あって物置にするのも忍びないからっていつでも使えるようにはしてるみたい」


 沙月が申し訳なさそうな顔をしてしまった。


「多分、だから沙月が来てくれるのは本当に嬉しかったんだと思う。

 母さんも実生も、沙月なら歓迎するって言ってるし。


 だから、そんな顔しないで。

 そんな事もあって、少し構いすぎる事もあるかもしれないけど、多めに見てあげて欲しい」

「うん……、私も仲良くしたいです」


「構うのが本当に少しかは分からないけどな」

「それじゃぁ、足りない分は優陽くんに構って貰いますね」

「あ、ぅ、うん……」


 沙月としてはいつもの調子でいつもの事として言ったのだろうが、さすがに親の前でいつものようなスキンシップをするのは、少し、というかとても恥ずかしい。


 そこは弁えていて、いつも家でやっているような事を言っているのではないと思いつつも、チラチラと頭に浮かんでしまい曖昧な返事しか出来なかった。


 すると後ろでコンコンと音がした。

 振り返ると母さんが居て、呆れた様子で扉を叩いていた。

 果たしていつから聞いていたのか。


「……おやつでも食べようと思って呼びに来たから、優陽は荷物を置いてらっしゃい」

「……あぁ」


 そうして追い出された。


 ちょうど一年ぶりの部屋は、出てきた当時そのままだった。

 今の家に持って行ったのは衣類などの中身が主で、帰ってくることが前提だった為、家具は基本的に置いてある。


 それでも、埃っぽさはなく毎日掃除してくれているのが解った。

 ベッドで横になったら、干しておいてくれたのだろう陽の光を良く吸った気持ちいい匂いが感じられた。


 このまま微睡み寝てしまっては何を言われるか判らない。

 誘惑を振り払うように部屋を出て一階のリビングへ下りた。


 母さんはまだ部屋に居る様子から自分の失言についてフォローしているのだろう。

 下りると父さんが一人、テーブルに座っている。


「あれ、二人は?」

「あー、ちょっと部屋の事を言ったら追い出された」


「話しても良いと思った関係なんだね?」

「後でちゃんと言うよ」

「それなら良い」


 程なくして二人は下りてきた。

 本当に、特にどうと言った話をしたわけではないのだろう。

 二人に変わった様子はなかった。


「お待たせしました」

「疲れたでしょう、甘い物でも食べましょう」


 テーブルにはシュークリームとコーヒーが用意されていた。

 喉を潤し落ち着こうとコーヒーを一啜(ひとすす)り。

 言うべき言葉を探し視線を泳がせ、前を向く。


「あー、その……、付き合う事になったから。

 父さん、恋人の琴葉沙月……さん、です」


「優陽さんとお付き合いさせていただいている琴葉沙月です。

 本日はお招きいただきありがとうございます。


 こうしてご挨拶の機会をいただけたこと、感謝しています。

 不束者ですがよろしくお願いします」


「琴葉さん、わざわざありがとう。

 愚息がお世話になっています、良かったら愛想がつくまで付き合ってやってください。


 何かあったら、遠慮なく申しつけて欲しい。

 クライミングしか能のない息子だけど、きちんと言って聞かせるから」


 クライミングしか能がないは余計ではないだろうか。


「こちらこそ優陽さんには、いつもお世話になっていて、いつも感謝しかありません。

 とても大事にしてくださいます。


 決して私に任せっきりにしたりしない、出来る事はやろうとしてくれて甘えてしまいそうです。

 私の方こそ、至らない点が多くて反省の毎日です」


 至らない点なんてあったかなぁ……、それこそ。


「沙月に至らない点があったら、至らない人だらけじゃないのかな」


 あっ。


 思わず言ってしまい、はっと我に返る。

 どちらも本気で言っているわけではなく、謙遜を交えた挨拶だと理解はしていた。


 決して虚実が入り交じっているわけではないので「そこを言うの」と心の中でツッコミたい部分がないわけではなかった。

 そんなツッコミを思わず口に出してしまったのだ。


 父さんは苦笑いを、母さんは溜息を、沙月は恥ずかしさと嬉しさ半々と言った所で、裾を引っ張られた。


「その位にしてリラックスして行ってね」


 母さんの声を皮きりに、各々シュークリームに手を出す。


「いただきます」


 そう言ってシュークリームを口に運ぶ。

 その間も、母さんは沙月に話しかけ、学校はどうだと聞いている。


 成績はどうだったのと聞けば、沙月を褒め、沙月も嬉しそうにし、自分の事も持ち上げてくれる。

 ちゃんとやってるのねと反応をされるが、自分としてはちゃんと報告したと主張したくはなる。

 『ごまかしていないぞ』と目を向ければ、『分かっている』と言わんばかりに首肯される。


「ごちそうさま、荷物整理してくる」


 それだけ言うと席を立ち、二階に上がる。

 自室に戻るとさっきまでの光景を思い出していた。


 沙月が居るのが当たり前になりつつある現在(いま)とこれまでを知る両親が同じ場所で楽しそうに話している。


 母さんが話しかけているからだろうか、沙月も特別緊張している様子はない。

 その様子から安堵と共に、誘ってよかったと思えた。


 コンコンと扉がノックされたので返事をすると沙月が入ってきた。


「荷物は……、特に何もしてないみたいですね」

「そこまでの荷物じゃないから」


「隣行っても良いですか?」

「もちろん」


 ベッドに寝転がっていたため、さすがに一緒に横になるわけにはいかないので、体制を起こした。

 もちろん手を出すつもりはないが、添い寝でもしたら気持ちよさそうだと思ったのは内緒だ。


 沙月は横に腰かけたと思ったら、そのまま頭を膝に乗せた。そしてその目は、ここではないどこかを見ている様子だった。

 そこに今まであった過去への憐憫(れんびん)はもうない。


「ご両親、とても仲が良さそうで羨ましいですね」

「確かに仲は悪くないかな」


「温かいご家庭です」

「そうなのかもな」


 沙月の事情を考えれば、自分は恵まれているのだろう。

 そうした家族を目の前にし、受け入れようとしてる事に対してどう思っているのだろうか。


 こうして家族に紹介した事をどう思っているのだろうか。

 沙月の頭を撫でながら様子を伺う。


 いつもと変わらずサラサラとしている髪の毛を撫で、()くように動かす。

 その行為に気持ちよさそうに表情を緩め、影が落ちている様子がない事に安堵する。


「多分、私はもう大丈夫だと思います」


 何がとは聞けなかった。


「優陽くんが隣にいてくれる。それだけで大丈夫なんですよ。

 きっと」


 特別何かができたわけじゃない、ただただ自分は隣にいて願っただけだ。


「過去には自分の状況に嘆いたことも、悲しんだ事もありました。

 他の人と比べて声を上げたくもなりました。

 その果てには、そのことに対してすらも疲れてしまう事もありました」


 そう独白する沙月の表情は穏やかだった。


「それでも私は、現在(いま)とても幸せです」

「俺も幸せだよ」


 膝の上で器用に体を回し、こちらを向く。


「誘ってくれてありがとうございます」


 そう言って手を取り大事な物のように包み込んでくれる。


「こちらこそ来てくれてありがとう」


 包み込んでくれる手の感触が気持ちよく、時間だけが過ぎていった。


 そんな静寂を破ったのは、実生(みお)の「ただいまー!」と言う元気な声だった。

 ドタドタと足音をさせながら、階段を上がってくる音がする。


 一度、向かいの部屋がバタンと開く音がしたかと思うと、すぐにまたバタンと扉が開く音がした。するとすぐに目の前の扉が開かれた。


「兄さん、おかえり!

 沙月さんもこんにちは!!」


「ノックくらいしろ、ただいま」

「お邪魔しています、実生さんお久しぶりです」


 なんとなくいきなり来るんじゃないかと思って、沙月の姿勢は起こして隣に座らせてある。

 ちょっと名残惜しそうにされたが実生に披露してやるつもりはなかった。


「いつまで居るの?」

「四泊するつもり」


「登りに行く?」

「その予定だけど」

「おっけー」


 それだけ確認すると一階に下りて行った。

 台風か嵐かと。


「元気ですよね」

「それだけが取り柄みたいなもんだな」

「またそういう事を言って」


 妹の事になると(とが)められるのもいつもの事なので、自分が肩を(すく)めるのもいつもの事だ。


「晩御飯の確認してくるけど、沙月は部屋戻る?」

「私も一緒に行きます。

 用意するならお手伝いもしたいですし」


 もっとゆっくりしてくれて良いと思うけど、本人としてはそうはいかないか。


 その辺りは母さんが上手くやるだろうと任せる事にした。棚上げしたとも言える。

 下に降りると実生がシュークリームをぱくついていた。

 きっとクライミングから帰ってきたばかりで夕飯が待てないのだろう。


 父さんは父さんで、趣味の登山の調べものをしている。

 きっとどこを登ろうか考えているのだろう。


 これもいつもの事なので特に変わった事はなかった。

 母さんは父さんの隣で、一緒に本を覗き込みあれやこれやと言っている。


 時々一緒に行っているみたいだが、そこまで頻繁に行くわけではない。

 むしろお土産に何が欲しいと言っている事の方が多い気がする。

 本当にいつも通りの光景だった。


 まだ夕飯を支度する様子はないので、沙月を自分の横に座るように誘導し、テーブルに着く。


「今度はどこ登るの?」

「そうだなぁ、どうせなら桜が見れる所がいいかな」


「桜か、そういえば桜祭りって今の時期だっけ。商店街は例年通りやってるの?」

「やってるわよ。

 二人でいってらっしゃい」


「そうか、明日にでも行く?」

「うんっ!」


 少し歩くが電車の一駅分まるまる桜が街道沿いに咲いていてそこで屋台が出ているのだ。

 そこの下をよく歩いていたのを思い出す。

 今ならちょうど見頃だろう。

 

 桜が舞い散る中、沙月と二人で歩いたらさぞ気持ちいい事だろう。

 またその散った桜が絨毯(じゅうたん)の様になっていて、さながらピンクのカーペットを歩くのだ。

 そんな沙月を想像するだけで心が踊り、明日が楽しみになってきた。


 シュークリームを食べ終わった実生が、配信されているボルダーの大会をテレビで見始めた。

 ちょうど自分も見ていなかった大会なので一緒に見る事にした。


 事前に流される課題に対して二人であーでもないこーでもないと言い合ったり、解説の人の言葉に同意したりと実家にいた時の日常が繰り広げられた。

 選手が登り、熱いトライがされれば自分も登りたくなってくる。


 テレビを見ていると母さんが夕飯の支度をしていた。

 どうやら父さんの相手は、沙月に任されたようでお土産についての相談をされていた。


 いつもと違うリクエストが聞けるからか父さんも参考にしているようで、気まずそうな雰囲気はない。

 その様子に、沙月がこの家で肩ひじ張らずに過ごせそうな事にほっと胸を撫でおろした。


「ご飯、誰か運びに来て」

「沙月、座ってていいよ」


 すかさず動こうとした沙月をとどめる。

 今日一日くらいは、家事から離れて貰おうと思ったのだ。

 普段からさせている立場で言って良いのかは疑問だが。


「実生、テーブル拭いて」

「えー!?」


 文句を言うのもおかまいなしに絞った布巾を投げつけた。

 きちんと器用にキャッチし、文句を言いつつも拭き始める。


 母さんから夕飯を受け取り、運ぶと美味しそうな匂いが漂ってくる。

 夕飯は、唐揚げにポテトサラダ、ひじきの煮物、白菜の浅漬けにほうれん草の味噌汁だった。


「ぅ、唐揚げ……」

「実生ちゃんは唐揚げ嫌いなんですか??」


「そういうわけじゃないんですけど、むしろ好きなんですけど、だから問題なんです」

「まだ絞る時期じゃないだろ」

「それでも色々な意味で気にするんですー!」


 実生がプンスカ怒り、沙月から責めるような視線を感じる。

 その視線は堪えるので、やめて欲しい。


「沙月、実生が言ってるのは女性的な問題じゃなくてクライマー的な問題だから取り合わなくていいぞ」


 思ってたのと違ったのか沙月がよく解らないという表情をしている。


「クライミングって自重が大きく関係するから、当然軽い方が負荷が軽い。

 負荷が軽いからよく登れる。


 だから体重を絞る人が多くいる。

 その中で一番効果的なのは食事制限。


 ただ実生の年齢で食事を制限して体重を絞るのはそれはそれで問題あるんじゃないかという話」

「あたし、沢山食べるとすぐ体重に出ちゃうんですよね」


 あははー。と実生は言っているが正直、そこらの人と比べると決して太くはない。


 むしろ何もしてない人と比べれば引き締まっているだろう。

 そこは腐っても運動を日常的にしている人の体だ。


「優陽くんも体重気にしてるんですか?」

「一応、コントロールはしてるけど、変な風に増えないように気を付けてるだけ。

 気にしなくていいよ」


「そうなんですか」と納得しているのかしていないのか。


「でも沙月さんの方が羨ましいです」

「えっ」


「だって細いし肌は綺麗だし、出る所は出てて引っ込んでる所は引っ込んでる。

 脚はスラッとしてて。

 女性として羨ましくてちょっと触――――――イデッ」


 実生がセクハラじみた行為をしそうになっている所、いつの間にか背後にいた母さんに叩かれていた。


「バカな事言ってないで食べるわよ」

「はい……」


 全員で席についた。


「いただきます」


 唐揚げにポテトサラダ、白米と炭水化物の暴力に抗う事なんて出来ず、どんどんと食べていく。


 クライミングに影響が出るといっても、きっと誤差だ、きっと。

 増えたら増えたで後で調整しよう。


 今は揚げ物の美味しさを堪能するだけだ。

 決して沙月の料理と比べてはいけない。

 

 年始は怖かった……。

 何が怖いって二人でタッグを組んでくる所が怖い。

 少しでもそう思ったら、察知されそうなのも本当に怖いんだよな。


「ごちそうさまでした」

「おそまつさま」


 食べた食べたと満足感を胸に食べ終えると。


「亜希さん、優陽くんのは悠絆さんからの遺伝だったんですね」

「そうねぇ、これだけは誇っても良いかもしれないわね。

 共感してくれる人がいてくれて嬉しいわ」


 何やら母さんと沙月だけで伝わる会話をしている。

 言っている事の意味は解らないが妙なタッグを組まれるのは出来ればやめて欲しい。


「そういえば、沙月さんも料理上手って聞きましたけど、どっちの方が上手なんですか?」

「実生、それは誰と比べているのかしら?」


 虎の尾を踏んだようだ。

 父さんはお酒を持ってこようとしていて助ける人はいない。


 もちろん、自分も庇わない。

 それでこっちに飛び火するのはごめんだ。


「え、誰ってそれは―――」


 母さんの表情を見て、実生は言うのをやめた。


「あなた達は揃いもそろって、バカなの」

「今回は俺関係ないだろ」

「優陽くんは前科がありますからね……」


 実生にどうにかしろと視線を動かすと。


「あたし宿題やってくる」


 それだけ言って二階へと逃げて行った。


「あの子、逃げるところまで一緒だったわよ」

「最初似てないなって思ったんですけど、やっぱり似た兄妹(けいまい)だったんですね」


 だから、二人して息が合いすぎるのは困りものだと。


 父さんはと見れば、残しておいたのか白菜の浅漬けでちびちびと始めていた。

 しょっちゅう晩酌をしているわけではなかったと思うが。


「珍しいな」

「そうだね、嬉しいからかな」

「何が?」


 父さんへの問いかけはスルーされた。

 そして何を思い始めたのか沙月へ話しかけた。


「沙月さん、知ってるかいこの子は昔、泣き虫で亜希から離れなかったんだ」

「おい、ちょっと」


「お母さん、お母さんと―――」

「急に何を言い出してるんだ!」


 本当に止めて欲しい。

 何が悲しくて幼少期の暴露をされなければならないのか。


「昔話は今度、優陽のいない所でこっそり話をしようか」

「いない所でもやめろよ……」


 静かな抗議に当然の如く、返事は返ってこない。


「この子は反抗期らしい反抗期が無かったんだ。

 クライミングをしてたからかな。

 実生と一緒によくジムに行ってたんだ」


 言われてみれば確かによく言われているような感覚はなかった気がした。


「それがある日、落ち込んだ様子でジムから帰ってきたんだ。

 何があったと聞いても何も答えない。


 その時にはもう高校から一人暮らしが決まってたから、そのまま行かせるのは不安だったけど環境が変わる事で良い事もあればと思って送り出したんだ」


 お酒を一口飲み、続けた。


「夏の時は、ましにはなっていたけれど、以前の様には上手くいっていない気がした。

 僕はね、少し遠いけれど通えない事もないから、戻す事も考えてたんだ」


 父さんの独白に驚きを隠せなかった。

 そんな事を考えていたとは露程も思わなかった。


「でもそれは杞憂だったようだね。

 沙月さんのおかげでこうして、また元気になったどころか地に足をつけようと、人として成長しようとしている。


 そんな息子の姿を見ることが出来て、今は嬉しい気持ちで一杯なんだ。

 沙月さん、本当にありがとう」


 普段そこまで喋らない父さんが、お酒を飲んだ理由はこれだったのか。


「お礼を言わなければならないのは私の方なんです」


 沙月は顔を横に振った。


「優陽くんは、困っている時には必ず助けてくれます。

 その優しさは私にだけじゃありませんでした。


 そんな特別ではない優しさにとても救われました。

 だからこそ、隣に居続けたいと思えました。

 私も優陽くんの隣に居続けられるように、成長したいと思ってます」


 沙月がこちらを向いた。


「改めて、優陽くん。これからもよろしくお願いしますね」

「あぁ、こちらこそよろしく」


 なんかこれ。


「結婚の挨拶みたいね」


 母さんが言った。

 自分も感じていた感想なので敢えて言わないでおこうと思ったが、言われてしまった。


「沙月ちゃんさえ良かったらうちは大歓迎だからね」

「ちょ、ちょっと……」

「何よ、いますぐ結婚しろって話じゃないわよ」


 沙月は真っ赤になって(うつむ)いているし、父さんはお酒が入って良い気持ちになっていてうつらうつらと聞いてるのか聞いてないのか解らない。


 自分もどう言い(つくろ)おうとも、上手く丸め込まれるのが見えているため、何も言えなくなる。


 どうするんだこの流れ……。


「沙月ちゃん、良かったらお風呂どうぞ。

 優陽は、片付けるの手伝って」


 特に気にした風もなく母さんはそう促した。

 言った張本人なのに、こうしてスパっと流れるように操作されるのは非常に狡いと思う。


 未だ頬も赤い沙月を促し、自分は台所へ向かう。

 母さんから洗い物を受け取り、布巾で拭いていった。


「優陽、良かったわね。仲良くね」

「あぁ、ありがとう」


 水が流れる音だけが鳴り響いた。



 自分も風呂に入り、後は寝るだけとなった頃。

 自室の扉がノックされた。


「どうぞ」


 沙月が扉を開けて入ってきた。


「少し一緒に居ても良いですか」

「うん、まだ寝ないし……」


 本当なら一緒に居たいと言いたい所だが、素直に言う事は出来なかった。

 なぜなら沙月はパジャマを着ているから。


 夜は遅くもう寝ようとしている時間だから当たり前だ。

 そして風呂上り。

 これも当たり前だ。


 ゆったりとしたパジャマはチェック柄でとても可愛く、何を着ても似合うなと思った。


 風呂上りの髪の毛は、サラサラとしていてこれまでより一層輝いて見える。

 洗い立ての肌はプリプリと触ったら気持ちよさそうだ。


 実生が羨ましいと言った事が、思い出されてしまいその肢体をどうしても意識させられる。


 端的に言うなら、非常に魅力的で一緒にいるだけでドキドキさせられる。

 そんな様子を知ってか知らずか、部屋に入り隣に腰かける。


「こんな事言うのも変に思うかもしれないけど、とても似合ってて可愛いよ」

「ふふ、ありがとう」


 パジャマ姿を褒めるのはどうだろうと思ったが言わないのもそれはそれで良くないのではないかと思い、素直に口にする。

 褒められて嬉しいのか、体を預けてきた。


「父さんと母さんが変な事言ってごめん」

「嫌じゃありませんでしたよ。


 むしろ受け入れてくれてて凄く嬉しいです

 それに……」


 それに……?


「優陽くんの昔の話は凄く聞きたいです」

「勘弁してくれ……」


「目の前で聞くのはやめておきますね?」

「出来れば目の前じゃなくて聞くのをやめていただけると……?」


 沙月を伺い見てもにこにこしているだけで、聞くのをやめてくれるかどうかは判別できない。


 どちらかといえば、聞かれる気がするが。

 せめて変な事を言われない事を願っておこう。

 

「本当は少し不安だったんです」

 

 沙月は目を伏せ、そう話し出した。


「亜希さんも実生さんも仲良くしてくれて受け入れてくれてます。


 でも悠絆さんに駄目だと、相応しくないと。

 言われてしまうのではないかと」


 それは、そういう物なのかもしれない。

 実質的に家族の間を取り持っているのは母さんだが、やはり最終的には大黒柱として父さんが居る。


 逆に言えば、父さんがいるから母さんがあの振る舞いが出来ているとも言える。

 余り心配はしていなかったが、沙月からすればまだ見ぬ父親の存在は不安だっただろう。


「それでも……。

 私も胸を張って優陽くんの隣に居たいって思ったんです。

 優陽くんが隣に居たいと言ってくれたように」


 沙月の手を取り、もう片方の手で包み込む。

 大丈夫、大丈夫と伝わるように。


「それがまさかお礼を言われてしまうなんて。

 少しでも優陽くんの力になれたのなら。

 こんなに嬉しい気持ちにさせてくれるなんて思いませんでした」


「沙月はいつも俺の背中を押してくれてるよ」


 沙月は手を頬に持っていき、愛おしそうにした。


「うん、優陽くんはちゃんと言ってくれますよね。

 そんな優陽くんの心が嬉しいんです。


 でもそれを優陽くんの親御さんに言って頂けた。

 本当に来て良かった……」


 沙月の様子に自分の心が満たされていくのが解った。

 一歩、また一歩と沙月が平穏に過ごせている。


 そのことが堪らなく嬉しく、とても愛おしい。

 溢れる思いは次第に抑えるのが難しくなっていく。


 そっと片方の手を解き、そのまま沙月の頬を手でつつんだ。

 沙月は目を瞑り、何かを待っている。


 ゆっくりと沙月に顔を近づけていき。

 そのまま唇を頬へキスをする。


 軽い音をさせながら、顔を離すと沙月が驚きとちょっとの不満を混ぜた表情をしていた。

 それに応えるようにそっと指を動かし、沙月の唇をなぞり、耳元で呟く。


「三十日にちょうだい」


 それだけ言うと沙月は顔を真っ赤なりんごのように赤くし、コクコクと頷いてくれた。


 決して忘れているわけではない。

 どうせおねだりをするなら、この日だろう。

 そう、三十日は自分の誕生日なのだから。


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