39【恋人たちの終業式】
『春休みにいつ帰ってくる予定を教えなさい。
それと沙月ちゃんを誘いなさい』
それだけのメッセージが母さんから届いた。
この『誘いなさい』という文字、これをマジマジと見つめてしまう。どこまでの意味が込められていて、どこまで分かられているのか考えても答えは出なかった。
終業式が終わった後、家で母親のメッセージを考える。
果たしてあれは、単純に招けというだけの話なのだろうか。
普通に考えたら、息子の友人を招くだろうか。
いや確かにもう友人ではないけど、まだ言ってないから恋人だとは知らないはず。
でも付き合っている前提で言われてる気がしないでもないんだよな。
もし仮にそうではないとしても、沙月の家庭事情もある事だから誘えと言っている可能性も捨てきれない。
考えても答えなんて出るはずもない。
いずれにせよ、誘うだけ誘おう。
実家からの許しが出ている以上、一緒に居れたら嬉しいのは確かだから。
そうこうしているうちに家の玄関が開けられる音がした。
学校から一緒に帰ってきた沙月が、一旦着替えて戻ってきたのだ。
「おかえり」
「ただいま」
着替えてきた沙月は、最近温かくなってきたからか春を感じさせる装いだった。
ゆったりとし細やかな刺繍の入ったワンピースはその愛らしさを引きたて、腰まで伸ばした髪の毛と相まってよく似合っていた。
ちらりと見える鎖骨のラインが艶めかしくドキドキしてしまいそうになる。
改めて見惚れてしまった事を隠すように、携帯に視線を戻した。
沙月は隣に座ると何を思ったのか、頬をぷにぷにと触ってきた。
「何か考え事ですか?」
やっぱり解り易いのだろうか。
ぷにぷに触るのは止めないらしい。
「考え事というか……」
むにむに。
「楽しいの?」
「楽しいです」
まぁ、それならと特に止めないが。
「沙月は春休みの予定は決まってる?」
「美和さんと遊ぶ約束はしていますけど、それ以外は特にないですよ」
「実は、一人暮らしの条件で春休みの間、実家に帰るんだけど」
「うん、行ってらっしゃい」
「沙月も来ないかって母さんに誘われてる」
驚きの表情をしている。
自分も驚いたのだ、沙月も驚くよな、と変に納得してしまった。
「……良いんですか?」
「うちは良いと思うんだけど……、誘ってるのは母さんだし。
沙月が嫌じゃなかったら」
顔をぶんぶんと横に振りながら答える。
「嫌じゃありませんよ。
亜希さんにお会いするのも楽しみです」
「月が変わる前に行って帰ってこようと思ってて、四泊五日の予定だけど大丈夫?」
「うん、大丈夫です。
それまでに宿題も終わらせてしまいましょう」
「それが良いかな」
自分としては余り気が乗らなかったが、意外にも沙月が嫌がっていなかった。
「というか、沙月は俺の家に来るのが何で乗り気なの。
普通は嫌なんじゃ……」
「言われてみればそうですね。
でも私の場合は亜希さんも実生さんも実際に会ってしまっていて嫌いじゃない。
むしろ好きな方達だからじゃないですかね」
「実生もか? やかましいだけだと思うけど」
「そんな事言ったら可哀そうですよ。可愛らしい妹さんじゃないですか」
微笑みながらも咎めるように言われてしまった。
可愛らしいねぇ……。
ジムでのあいつを見ていないから言えるんだろうな……。
「それに……、きちんとご挨拶をしたいと思っていましたので」
「あぁ、うん、まぁ……」
果たしてこの場合の挨拶とは、どこまでの事を言うのだろうか。
普通なら必要ないと思う。
しかし普通ではない合わせ方をしてしまい、関係性が変わった以上は挨拶をしてもおかしくないような、それでもおかしいような。
取り合えず、挨拶したいと言うのだから良い機会だと思っておこう。
それよりも、そういう事なら沙月に対しての挨拶はどうしようか。
その話は今すべきではない事だ。
幸いにしてまだ時間はある。
然るべき時にはきちんとするつもりだ。
今はまだ乗り越えられなくても、二人ならきっとどんな壁も乗り越えていけるだろう。
まだ見ぬ壁だがきちんと隣に居て支えようと心に誓う。
差し当たっての壁は、母さんに付き合った事を伝えなければいけないという事だけどな。




