33【高校生のホワイトデー】
静かに日付は変わっていった。
ずっと何を言おうかと考えている。
言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく、どんな着飾る言葉も合っていて、合っていない気がしてきた。
心臓をバクバクとさせながら意を決して、隣にいる沙月を見る。
いつから沙月はそうしていたのだろう。
こっちをじっとまっすぐに見ていた。
目が合い、言おう言おうと思っていた言葉をどれも口にする事が出来なかった。
そうして出てきた言葉は、ごくごく普通の言葉、けれども正直な気持ちだった。
「沙月、好きだ。
これからもずっと隣で一緒に笑っていて欲しい。
付き合って欲しい」
それだけをようやく言えた。
心臓は早鐘のようにドクンドクンと聞こえるくらいに脈打ち、顔に血が昇っているのが解る。
緊張し、手に汗がひどく、落ち着かない。
喉がカラカラに渇き、自分がきちんと息ができているのかすらもわからない。
唾を飲み込む音すらも感じ、そのまま時が止まってしまったかのように感じた。
次第に沙月の目が潤み、目から涙が溢れそうになっていった時。
自分の胸に飛び込んで来て、答えをくれた。
「私も、優陽くんの事が好きです。
ずっと、ずっと一緒に隣に居たいです。
これからもよろしくお願いしますっ!」
沙月に胸を貸しながら、言われた言葉を噛みしめていた。
思いが溢れてくる、それはとても大切な物。まるで自分だけに咲いて見せてくれた一輪の花のように、ぱっと花開き輝いた。
手折ってはいけないと包み込むように沙月を抱きしめる。
体から体へ熱が伝わるように、その感触が、その実感が体を駆け巡る。
じわりじわりと胸に温かい物がこみ上げてきて、安堵とともに考えていた言葉がするすると出てきた。
「待たせてごめん」
「本当ですよ」
「離したくない」
「離さないでください」
「ずっと沙月が穏やかに過ごせれば良いと思ってたんだ。
でももう無理で沙月がいないと俺はダメみたい」
「優陽くんと一緒にいる時は、私も本当に穏やかに過ごせてましたよ。
こんなに私が私で居られたのは両親が居た時以来でした。
優陽くんが居たからこそ、穏やかで居られたんだと思います。
私も優陽くんがいないとダメみたいです」
言葉を重ねれば重ねるほど、同じ気持ちだと解って嬉しさが込み上げてくる。
少し前の不安とはなんだったのだろう。
「この前もちゃんと説明しなくて本当にごめん。
これからはちゃんと言うから」
「あれは、私もごめんなさい。
まさか美和さんに相談したら家に行くとは思っていなくて」
あの時の事を思い出し、二人で笑ってしまう。
「俺は、二人で居るのが居心地よくてなかなか勇気が持てなかった。
こうして二人でいる事ができなくなったらどうしようって」
「私だって、そうですよ。
それでも私が潰れそうな時、優陽くんはまた一緒にご飯を食べようと言ってくれて、沢山の事をくれました。
だから頑張ってみようと思えたんです。最初全然気づいてくれませんでしたけど……。
とっても焦りましたよ、ジム行ってる時とか落ち着かなかったんですから」
「そうだったのか、ごめん」
「私、自分でもびっくりしたんです。
他の女性から話しかけられている時は落ち着きませんでしたし。
意外とヤキモチ焼きで、ワガママみたいですよ」
「いいよ」
「前みたいな冗談じゃないですよ?」
「前も冗談で答えてないよ」
「それに甘えん坊みたいです」
「甘えてくれていいよ」
そう言うと沙月は幸せそうに目を細め、まるでその存在を確かめるかのように、肩に顔を押し付けている。そんな仕草さえもただただ愛おしい。
「頭、撫でてもらえますか」
「俺も沙月の髪の毛を撫でてるの好きだ」
沙月の頭をゆっくりと丁寧に梳くように撫でていく。
これまで幾度も撫でさせて貰ったが決して飽きることなく、その髪ざわりは上質なビロードのようで癖になりそうだった。
手を櫛のように通してやっても引っ掛かることはない。
「美和さんに言われたんです。
付き合うというのは何もなくても隣に居れることだって。
私も優陽くんの隣に居ても良い理由が欲しかったんです」
「……実は母さんにも、俺、言われたんだ同じような事を」
「素敵なお母さんですよね」
「頭が上がらないんだよな」
なんでもない会話が楽しくてずっとこのまま話をしていたいが、すでにいつもなら寝てる時間をとっくに過ぎている。
名残惜しさを振り払うように沙月の姿勢を戻す。
「本音を言えばこのままずっと一緒に居たいけど悲しいかな学生の身分で明日は学校だ。
沙月は家に戻って寝ないとな」
「……帰らないとダメですか?」
上目遣いで見られちょっとわざとらしく、いじらしく聞いてくる。
その可愛さに思わず受け入れてしまいそうになってしまうが、さすがにこのお願いを聞いてあげることは出来なかった。
お互いの気持ちを確かめ合ったあとだからこそ、これまでのように理性が勝つ自信はない。
今は、お互いに気持ちを確かめ合えた嬉しさの方が勝っているのでどうにか我慢できているに過ぎないのだから。
「俺だって一緒にいたいけど、このまま夜を共にして手を出さない自信はないよ。
それに、そういうのが目的だとも思われたくない」
「やっぱり優陽くんは優しいですね」
「もしこれが優しいなら、それは沙月にだけだよ」
「そんな優しい優陽くんにお願いがあります」
そう言ってどこかモジモジと言いにくそうにしている。
「その、朝、迎えに来ますので一緒に登校しませんか」
今まではクラスが別という事もあり、特に学校では接点がなかった。
だからこそ今まで家の中だけという関係が上手くいっていたとも言える。
それを学校でも同じようにしたいと言ったのだ。
自分が余り目立ちたくないと思っているのを理解しているからこそのお願いだった。
街中で見知らぬ人からも視線を向けられる沙月と一緒に登校すれば、学校中で噂されるのは必至だろう。
しかしそれは覚悟しての告白だし隣に居るという決意でもあった。
誰にも渡したくないと思ってしまったのだから。
「うん、一緒に行こう」
その答えだけで嬉しそうで、とても愛らしい笑顏をむけてくれる。
「部屋の前まで送るよ」
「すぐ上ですよ?」
「送りたいんだ」
そうして手を差し出す。
沙月は手を取ってくれ、一緒に立ち上がった。
「それじゃ、仕方ないですね、お願いしますね」
玄関を出ると冷たい気温が心地良かった。
自分では平静だったつもりだが、この感じからするとだいぶ紅潮しているようだ。
特に会話はなく、ゆっくりとした歩みだったが沙月の家の前まできてしまい名残惜しそうに玄関前で向き合う。
「また明日」
「うん、また明日」
そういうと沙月はすっと近寄り、頬に唇を当てて家の中に帰っていった。
意表をつかれて呆然としてしまい、頬に手をやり感触を確かめる。
キスされた夢心地のままゆっくりと今を噛み締めるように帰った。




