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31【高校生のバレンタイン】

 学校では男子も女子も皆がみんな一様にそわそわとしている。

 世間的にも話題一色となるイベントに向けて徐々にその様相を変えていった。


 街のいたるところでバレンタインフェアが開催され、色んな所でチョコレートのお菓子が並んでいる。


 これだけ至る所で宣伝されているのだから、その存在を無視する事は難しく、今年は特に意識させられて仕方ない。


 今までは特に関係が無かった。


 せいぜいが母親と妹がくれる程度であり、この前来たついでとばかりに置いて行った。

 他にはクライミング繋がりでざっくばらんに義理を貰った事がある位。


 けれども今年はこの前、些細な行き違いがあったとは言え気になる女性がいる。


 これで勘違いだったら、立ち直れないほどショックを受けるだろう。


 自惚れであって欲しくないと。

 離れていって欲しくないと思わずには居られなかった。


 バレンタイン当日、クラスでは朝から第一弾とばかりに悲喜交々の叫びが交わされていた。


 朝から誰かが貰ってた。

 誰かが渡してたけど、自分には無かった。

 まだチャンスはある。


 逞しい事だ。


 そんな周りとは別の意味で気を張っているカップルが近づいてきた。


「「おはよう」」

「二人とも、おはよう」


 仲睦まじそうに、美和が和雲に引っ付くように近い距離にいた。

 和雲の腕を抱きしめ、片時も離れないという決意をヒシヒシと感じさせていた。


 その顔は目つき鋭く、周囲に気を配り、こうして普段から話す仲でなかったら、間違いなく逃げていただろう。


 まるで家の中に入ってくるのを警戒する犬みたいだな。

 グルルゥゥゥ、て聞こえてきそうだ。


 近づいてくる女子がいようものなら、噛みつかれそうだ。


「和雲、番犬がちょっと怖いぞ」

「誰が番犬よ」

「鏡いるか?」


 むぅぅ、と言わんばかりに眉を寄せ、さすがに力が入りすぎていると解ったのか深く息を吸って吐いた。

 二人の距離は変わらないがそれでも幾分か美和の体から力が抜けたのがわかった。


「僕としても親しい人からの義理以外は断るって言ってるんだけど、この調子だったんだ。

 朝比奈、ありがとう」

「だって……」

「大丈夫、それでもそうなってしまってたのも解るから」


 和雲は優しい表情をさせながら、しょんぼりしている美和を宥めている。


 この心の広さが、さらに人気を集めているんだろうな。


「それよりも、私達の事よりも朝比奈君はどうなのよ」

「どうって……、どうもしないけど……」


 内心、期待している。

 凄く。

 それを悟られないようにと思ったが、口は上手く動かなかった。


「へー、そんな事言っていいんだー。

 あ、これ朝比奈君に義理チョコね。

 お礼は、有名テーマパークのペアチケットで良いわよ」


「ありがとう。

 ていうかお礼が具体的過ぎて怖いんだが、しかも三倍どころの話じゃないだろそれ」


「悩ませるのも悪いし、和雲くんにも普段からのお礼が出来て嬉しいです。って気を使った素晴らしい提案だと思わない?」


「普段からのお礼はともかく、都合が良すぎるだろ」

「それもそうね、ここでとっておきの情報よ」


 美和が、この先が楽しみで仕方ないといった感じで言ってくる。


「このお菓子は、誰と買いに行ったでしょう」

「……」


 こんな事をわざわざ言うくらいだ。

 思い当たるのなんて一人しかいなかった。


「わたしは買いに行ったんだけど、そこでは買わなかったみたいよ」


 果たしてそこで買わなかっただけなのか、他の方法を予定しているのか。

 誰に渡すのか、自分にもくれるのだろうか。

 色んな想像が駆け巡る。


「んふふー、何考えてるか言ってあげよっかー」

「美和、さすがにそれはね」


 本気で言う気ではなかったのだろう。

 美和は「はーい」と返事をすれば満足げに和雲にぴったりとくっついていく。


「でも朝比奈も、もう少し自信もって良いと思うんだけどな」

「あるわけないだろ……」


 それだけ返すと、和雲と美和がやれやれと言った感じで肩を竦め、離れていった。


 それから放課後まで、周りの喧騒をよそに落ち着かない気持ちを抱きながら窓の外を見下ろしていた。


「ごちそうさまでした、美味しかった」

「おそまつさまでした」


 沙月が作ってくれた夕飯を食べ、食後のコーヒーを用意する。


 すっかり馴染みの行為となり、いつもならここから(くつろ)ぎ、話したり各々で勉強したりと自由な時間となる。


 ここで渡されなかったら、無いだろう。


 コーヒーを淹れている時間が長く感じる。

 そわそわと落ち着かず、ちらちらと沙月を伺うように見てしまう。


 そんな様子が可笑しかったのか。

 沙月は微笑みながら、席を立った。


「ちょっと出てきますね」

「え、あ、うん。いってらっしゃい」


 期待と不安が入り交じり、どうにも落ち着かない。

 それほど時間が経ったわけではない。


 それでも扉に耳をそばだて、意味もなく視線を泳がせる。

 もしかしたら、そのまま帰ってしまったのかもしれない。


 いやそれならそれで、きちんと帰ると声を掛けてくれるはず。

 とりとめのない思考がぐるぐるとループした。

 

 そんな冷静さを欠いた頭にバクンバクンと心臓の音がうるさくて仕方ない。


「ただいま」

「お、おかえり」


 戻ってきた沙月の手には、小さな箱があった。

 大きさにすると小さなケーキが入っているくらいの箱だ。


「そんなに不安そうな顔をしなくても、ちゃんと用意してありますよ」


 沙月がにっこりと微笑みながら伝えてくれる。

 思わず自分の顔を触ってみる。


「そんなに顔に出てた?」

「うん、それはもう。ずっと気にしてましたよね」


 それはもう楽しそうに言われてしまった。


 はい、物凄く気にしてました。


 素直に肯定する事も出来ず、心の中だけで返事をした。


「ふふ、ごめんなさい。ちょっと驚かせたくてこんな形になりました」

「開けて良い?」

「うん」


 綺麗にラッピングされたのを丁寧に、破らないように開ける。

 開けるとそこには、小ぶりだが綺麗なチョコレートケーキが入っていた。

 特別な装飾などはないが、丁寧に作られたのが解るものだった。


 それにしても、このサイズでホール型になっているものは余り見たことがなかった。


「これもしかして手作り?」

「そうですよ」


 とても、とても嬉しかった。

 この気持ちに応えたいと強く思った。


「食べて良い?」

「うん」


「一緒に食べよう」

「うんっ!」


 今日は半分だけ食べようと、ホールを四分の一ずつをそれぞれのお皿に取り分けテーブルに持って行く。


 その間も心はウキウキとしていて、まるで子供のように嬉しさを隠す事ができなかった。


「ありがとう、本当に嬉しい」


「ふふ、頑張ったかいがありました。

 めしあがってください」

「いただきます」


 促され、フォークで崩さないように口に運ぶ。

 口の中にチョコレートの甘さと風味が一杯に広がり、多幸感が溢れてくる。


 まるで沙月を表しているかのようだった。

 とても優しく、純粋で、芯の強さを感じられる。


 食べると心がとても温かくなり、本当に大事にしたいという思いでいっぱいになる。


「とても美味しかった。ごちそうさま」

「おそまつさまでした」


 食べ終わり、余韻に浸る。


 こんな気持ちの籠こもった物をくれては、欲が出てきてしまう。


 ずっと側に居て欲しい。

 ずっとその笑顔を自分に向けて欲しい。


 楽しい事、嬉しい事を分かち合っていきたい。

 その思いに目を反らす事はもう出来なかった。


 来月、告白をしよう。


 未だ臆病な自分が一歩を踏み出す為に、背中を押す為に、そう決心した。


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