30【高校生の妹】
どうしてこうなったのだろうか。
玄関には、美和を先頭に和雲と沙月がいた。
美和は、明らかに怒っている。
和雲は、事態の把握をしようと注意深く珍しく気を張っている。
沙月は、不安そうに落ち込み悲しそうな顔をしていた。
何がそうさせたのだろう。
沙月のそんな顔は見たくなかったし、それを見ているだけで、胸がジクジクと傷みだした。
いつものメンバーに、いつもとは違う人がリビングにはいた。
何事だろうかと顔をひょっこりと出している。
実は伺っている少女が原因みたいなのだが、それは自分にとって思いもよらないことだった。
時は数日前に遡る。
それは母親から、突然のメッセージだった。
『今度の土曜日、そっちに実生が行くから、よろしく』
メッセージはそれだけの用件を伝えてきた。
一体どういう事かと聞けば、ジムに行きたいみたいだからその相手をしろという事らしい。
詳しい話は妹の実生に聞けと。
これは断らせない為に、実生が母さんを仲介させただけのことだった。
実生だけならともかく母さんが絡んでしまっては、異を唱えることができないから。
改めて、実生にどういう事かと聞くと、母さんからの話の通り、ジムに行きたいと言ってきた。
まだ他にもあるだろうと聞けば、行ってから話すと。
そしてスケジュールを聞いた時は驚いた。
土曜日に一旦荷物を置きに来て、すぐにジム。
翌日の日曜日もジムに行ってその後帰る。という、登ってないと死ぬマグロなのかと言いたくなるようなものだ。
自分としてはジムへの連登は良いとして、沙月になんと言うべきかを迷っていた。
出来れば隠しておきたいのが本音だったから。
恐らく実生は、母さんから沙月について何かしらを聞いているだろう。
そして聞いた以上、二人が鉢合わせれば、実生が沙月に根掘り葉掘り聞こうとするのは目に見えている。
実生は自分と違って、基本的にはテンションが高く物怖じしない。
性格も明るく言いにくい事でもズケズケと言い放ってくる。
そんな実生を沙月に合わせたらと思うと、それだけで頭が痛くなってくる。
では沙月にだけ説明をするとなると、沙月の事だ。
食事を作ってくれると言いだしかねない。
気にしなくていいと言っても、そもそも合わせると面倒な事この上ないというのを上手く伝える自信がなかった。
それに母さんとその後も、連絡を取り合っているらしく、勉強会の時みたいになりかねない。
はぁぁぁ。
盛大な溜息が出てしまう。
詳細は伏せ、沙月に今週の土日は用事ができて家にいる事が出来ないと伝える事にする。
それはいつもの土日とは違う事への寂しさと後ろめたさを抱えて、沙月にメッセージを飛ばした。
結果として、これは悪手だったわけで。
土曜日当日、チャイムが鳴り玄関を開けると、妹の実生が立っていた。
以前あった時の記憶から、少し成長しており、どちらかと言えば可愛い部類に入るだろう容姿は均整が取れており、中学の同級生からは羨ましがられた。
正直、そういう類で羨ましいとか妄想の中だけにして欲しい。
お互いにクライミングをやっているのもあって、仲は良いと思うが自分と違って実生のテンションの高さに疲れる事も多々あり、振り回される身にもなって欲しい。
「おはよう、兄さん!」
「あぁ、おはよう」
「なんか眠そう、準備は?」
「まだだし、荷物置くんだろ?」
「はやくはやく、あ、荷物は置かせて貰う」
そう言って、中に入ってくると驚いた顔をしていた。
「汚くしてるとは思ってないけど、凄い綺麗にしてるんだね」
正直に沙月が来るからとも言えず、何も答えない。
「琴葉さんだっけ、彼女さんがしてくれてるの?」
「彼女じゃないし、させてない」
「ふ~~~ん」
これだけで興味が尽きないという感じで返事をしている。
これで顔を合わせたらどれだけうるさいか、想像もしたくない。
「お昼はどうするんだ」
「なんか適当に済ませられれば。買って行けば食べられるんでしょ?」
「あぁ、そうしたらコンビニで買っていくか」
「それでい~」
思えば、こういう風に一日中登り倒すのも久々だと思い、登り込むかと思いなおす。
簡単に準備を済ませ、声を掛けた。
「準備できたぞ」
「は~い、それじゃ~レッツラゴ~!」
そうして、家を出てジムへと向かった。
その時、とある少女がたまたま二人が出かけているのを見てしまっていることなど露とも知らず、出かけていった。
そうして、そのまま一日中ジムにいて登り倒した二人は、食事もそこそこに家に帰ってきた。
翌日の朝の事だった。
さすがに登り込みすぎたか、体の節々に疲れを感じながらなんとか布団から這い出た頃。
美和から電話が鳴った。
『今、朝比奈君の家の前にいるの、入れて』
「は? なんで?」
『嫌なの? 何か隠し事でもあるの?』
「言ってる意味がわからないし、急に家に入れろと言われて、はいそうですか。ってなる方がおかしくないか……」
『五分だけ待つわ』
そう言って、電話を切られてしまった。
わけが解らない。
来てしまうものは仕方ないと実生に人が来る事を伝える。
「実生、なんか友達が来るらしいから行儀よくしてろよ」
「兄さんに友達いたんだ! 出来て良かったね」
「殴るぞ……」
ピンポーン。
五分も経ったか?
疑問に思っても仕方なく、玄関のドアを開けた。
「おはよう、どうした?」
そこには、美和と和雲、沙月がいた。
三者三様の様相に、困惑を隠しきれず、どうしたものかと困ってしまった。
いつもと違い、陰の落ちた沙月の様子に動揺を隠しきれなかった。
変な空気を感じ取ったのか、実生がリビングから顔を覗かせている。
それが更にいけなかったのだろう。
美和が、低くドスの利いた声で問いかけてくる。
「あの女は誰よ……!」
詰め寄りながら問い詰めてくる美和は、迫力があった。
身長が高い美和なので、余計に迫力があった。
思わず後ろめたさが無いにも関わらず後ずさりしてしまった。
「…………妹だけど?」
美和の迫力に負けて、しどろもどろに答える。
それがまた良くなかったのか、美和はヒートアップしてしまったようだ。
「そんなベタな言い訳が通用するか!!」
「いや、ちょっと待て言い訳もなにも、事実だ」
「じゃー、昨日はどこ行ってたのよ!」
「あー…………」
この二人にはクライミングをしている事を話していなかった。
沙月と一緒に行ったりするうちに、話しても良いかと思いつつも話す機会がなく、今更言うのも。と答えを濁してしまう。
「言えない所に言ってたんじゃないの!」
「言えなくもないが……」
リビングにいた実生が、自分も当事者の一人だと察してかこっちに来て代わりに答えた。
「クライミングジムに行ってたんです。
何か凄い誤解がありそうなので、自己紹介をしますと。
朝比奈実生です。
そこの実の妹で、一緒にクライミングやってます」
「本当に妹なの?」
「嘘ついてどうするんだよ……」
それでもなお疑ってくる様子の美和に疲れと若干の苛立ちを含めて答えた。
なんでここまで詰められなくてはならないのか、という思いもある。
「ふーん、それは本当だったんだ」
誤解が解けて良かったとは思うが、それでも尚、不満が残る言い方だった。
いまいち理解していない自分に腹が立ったのか美和が爆発させるように言い放つ。
「それでもちゃんと説明しておきなさいよ!!
泣かせるなって言ったでしょ!!」
「美和さん、私はもう大丈夫ですから」
大丈夫?どういうことだ??
「朝比奈、昨日、琴葉さんから連絡があってね。
隠れて女性と会ってるのを見てしまったらしいよ」
和雲が自分に状況を把握させようと簡単に簡潔に言う。
その瞬間、どういう状況なのかをやっと把握出来た。
把握した途端に、まずい状況なのを理解し、さっきまでの余裕はなく血の気が引いていった。
思い当たる事が無いとは言わない。
共通の趣味を持ってるのだから、仲も悪くない。
妹なのだからとその調子で傍目から見ればどうなるか。
そして、わざわざ予定があると言った相手の現場を見てしまったのだ。
それは誤解されて当然だろう。
美和の迫力に押されて、沙月の方を余り見れていなかったが、ここでようやく沙月に意識を向けることが出来た。
「沙月、これは別に隠れてどうのとかそういうのじゃないから」
「うん、優陽くん、解ってますよ。全部解ってますよ。
でも、私は悲しかったんです。
そう、私は悲しかったんです」
必死に弁明をしようと思い言葉を重ねようとも、解ってると言って来る。
これは、怒ってる。
間違いなく、怒ってる。
「兄さん、ひょっとして何も言わなかったの……?」
「あぁ」
「そりゃ~、怒られても仕方ないね!」
「すいませんでした……」
その後も沙月から、怒られ自分は謝まっていた。
椅子に座らされ、なんでどうしてと。
見てしまった時はどうだったと言われた。
決して一方的に攻めるわけでもなく、詰める訳でもなく、悲しそうに言われ心が痛くなってくる。
感情を爆発させるように問い詰められた方がまだましだったかもしれない。
本来なら後ろ暗い事をしていたわけではないのだから。
そんな様子に美和も言いたそうにしているのを、和雲が後は二人の問題だからと宥め、実生はとても興味深そうにウズウズとしている。
沙月からようやく解放されたのを見計らって、実生が今か今かと待ち構えていた。
「ところで、あなたが琴葉沙月さんですか?」
「あ、はい。自己紹介が遅れました。
琴葉沙月です。お母さまの亜希さんにはお世話になりました」
「こちらこそ、兄さんがお世話になってます!
母さんもよろしく伝えてくれって言ってました!」
和雲と美和が驚いた顔でこっちを見ていた。
それはそうだろう、付き合ってないと聞いている二人が突然、家族ぐるみで付き合いがあったと公開されたのだ。
自分だって、こんな形で暴露されたくなかった。
そして実生のこのテンションに頭が痛い。
今、実生を放り出せばなかった事にならないかな。
ならないよな。
驚きから立ち直った和雲が、話を続けた。
「朝比奈とはクラスメイトの飛江和雲です。
こっちが彼女の京江美和、同じクラスで仲良くさせて貰ってます」
「いつも兄がお世話になっています。
仲の良い人いたんですね!」
「実生、どういう意味だ……」
「え~、てっきりクライミングだけの往復で友達すら出来ないものかと……」
否定はできなかった。
自分でもこうして仲良くしてくれている事を有難く思っているくらいだ。
「実はずっと気になってたんだけど、二人でクライミングジムに行ってたってどういう事??」
ずっと疑問に思っていたのだろう、美和が疑問を投げかけてきた。
「あー、実はずっとクライミングをやってて趣味というか生活の一部というか、そんな感じになってる」
「兄さん、それも言ってなかったの……」
「言う機会がなくて、悪かった」
「そうなの。それで放課後、時々まっすぐ帰ってたのね」
「あんまり言うような事じゃないと思ってな」
「え、なんで?」
美和が驚いたように聞いてきた。
目を合わせないよう視線を外し、はぐらかすように答えた。
「まぁ、色々とな」
「ふーん」
美和が何か言いたそうにしているが、取り合わずにやり過ごす。
落ち着いたのを見計らって、実生が更に爆弾を落としてきた。
それはもうとても楽しそうに。
「それでは改めまして、先輩達、春からよろしくお願いしますね!」
「は?、どういうこと」
「あれ、兄さん聞いてないの。私同じ高校行くよ」
「聞いてない」
「ついでに同じジム行くし、住むのもこのマンション」
「知らん」
「色々教えてください、琴葉さん」
「あ、はい。私で良ければ」
衝撃の事実が口にされ、頭を抱えるしかなかった。
顔に手を当て溜息をついてしまう程に。
その後も次々に実生は沙月へ話かけていた。
「なんか大変そうね」
「そうだね……」
そうして、二人から同意を得られた事が幸いと言えるくらいに頭が痛くなる思いだった。
実生は沙月への興味が尽きないらしく、次々にと話掛け、問いかけ困惑させている。
それは自分が顔を上げて止めるまで続き、美和も和雲も驚くばかりで役には立たなかった。




