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26【高校生の大晦日】

 結局、三十日に起きていられたのは(わず)かでほとんどを寝て過ごした。


 せっかく沙月が来てくれたが、起きていられたのは食事の時くらいだ。

 ただ、母さんは沙月を気に入ったのか、買い物に連れ出しているようだった。


 そうして、一日をほとんど寝て過ごした翌日の三十一日。


 昼近くまで寝ていたが、体温計を測ってみるとほぼ平熱と言って良い体温。

 体の節々の傷みも無くなり、久々に頭がはっきりしていた。


「おはよう」

「おはよう、寝坊助ね」

「おはようございます」


「優陽、体調はどうなのよ」

「ほぼ平熱、体の不調は無くなった」


 体の動きを確かめるようにして答えると、沙月が優しく聞いてきた。


「そろそろある程度ちゃんとした物、食べれそうですか?」

「うん、何か食べたいかも」


「沙月ちゃん、自分でやらせて良いわよ」

「大丈夫ですよ亜希(あき)さん、今だけです」


 あれ、なんか仲良くなってないか。


「ちょっと早いですけど、亜希さんも食べちゃいますか?」

「そうね、私達も頂いちゃいましょうか」

「はいっ」


 沙月と母さんのやり取りに視線を往復させ、一体何があったんだろうか、と首を捻る。


 予め用意してあったのか、温かいうどんが三人分運ばれてきた。


 鰹節と昆布でとった良い香りをさせながら、上には梅干しととろろ昆布が乗っている。


 念の為、まだ胃に優しめで好きな物をと選んでくれたのだろう。

 感謝してもしきれない。


「「いただきます」」

「どうぞめしあがれ」

 

 お粥以外の食事が久々なのもあって、勢いよく、ずずずっと口の中に入れていく。

 出汁の香りがして、とても美味しい。


 梅干しを少し崩して、うどんに絡めればピリリとしたしょっぱさが心地いい。


 とろろ昆布と一緒に食べれば、ぬるぬると食感が変わり、手が止まらなくなる。


 ゆっくり食べた方が良いとは分かっていても、勢いは止まらなかった。


「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」


 沙月はいつものようににこにことしている。

 こうしてその表情を見るのも久々な気がした。


「これだけは唯一の長所よね」

「これだけってなにがだよ、しかも唯一って」


「優陽くんは気にしなくて良い事ですよ」

「え、何それ逆に気になるんだけど……」


「自身の事なんて言われても解らないだろうし、褒めてるんだから気にしないで良いわよ」


 前もこれに近いやり取りがあった事を思い出し、またもや気にしなくていいと言われたので、気にしても仕方ない事だと思う事にした。


 それなら言わなくて良いのではないか、と思いもしたが。


 いつもの癖で、三人分の食器を下げる。

 ついでにコーヒーを用意しようと席を立つと、母さんは楽し気に言ってきた。


 その楽し気な様子は果たして何を思ってのことなのか。

 見透かされている気がして落ち着かない時がある。


「コーヒーはやめておきなさいね」

「あ……」


「病人って事を忘れてるくらいだから、ちょうど良いわね。

 沙月ちゃんごめんね、ちょっとだけ席を外して貰って良いかしら」


「あ、はい。それじゃ家に帰ってますね」

「また呼ぶわね」


 また呼ぶ……?


「アホ面下げてないで、こっちに座りなさい」

「一応、聞くけど座らないのは?」


「ダメに決まってるでしょ」

「はい……」


 要するに一昨日の宣言通りだと。


「沙月ちゃんからも聞いてるけど、あんたからも説明なさい」

「はい」


 沙月がひょんな事からジムに行った日に弁当をくれる様になったこと。

 沙月が食事を作りにきてくれるようになったこと。


 勉強なども一緒にするようになり仲良くなったこと。

 一緒に遊ぶようになったこと。


 二十九日が誕生日だと知り、実家に向かう前にお祝いをしようとしたことなんかを説明した。


 沙月がどういう相手だというのは、敢えてはぐらかした。

 言いたくなかった。


 途中で沙月が他の人の食事も用意する事に慣れてた気がすると指摘を受け、クラスメイトとの勉強会の際に食事を用意してくれた事を白状させられた。


 母さんがさすがに甘えすぎだと。

 仰る通りだと素直に反省した。


「取り合えずの所は、わかったわ。

 変な事はしていないし、特に何も言わないわ。


 言いたい事がないとは言わないけど。

 変と言えば食事を作りに来てくれているのが、変だけどね……」


「それについては重々感謝してて、感謝しきれない」


「それにしても、健気で一途で良い子じゃないの。

 ずっと優陽の事を褒めて頭なんて下げっぱなしだったのよ。

 感謝してるって言ってたわよ。」


「どこまで聞いたんだよ」


「聞かれたくなさそうなことは聞いてないけど。

 幼い頃の環境から今までのを話してくれたわよ」


「ほとんど全部じゃねーか」

「それを話さないと伝わらないと思ったんじゃないの」


「何をだよ」

「何もかもよ」


 理解は出来るが納得はしにくかった。


 恐らく言葉通り、無理やり聞き出したり問い詰めたりはしていないだろう。

 沙月が必要だと思ったから話したのだろう。


 それでも話す必要があったのか。

 答えは出なかった。


「優陽は今後どうしたいの」


 敢えて関係を言わなかったからこその質問だろうか。

 その目はまっすぐにこちらを見ていた。

 

「…………二人にとって今の関係が好ましいと思ってる」

「本当に?」


 母さんは片眉を上げ、怪訝そうに確認をしてきた。


「……あぁ」


「はぁ、どうしてこうも不器用なの。

 相手の為を思えるのは良い所だけど。

 気づいてないわけじゃないんでしょ?」


 盛大な溜息と共に呆れるように言われてしまう。


「……多分そうだと良いとは思ってる」


「こうして面倒な事になったのが今で、言い淀んでる事はそれが解決される事だと言うのは理解しておきなさい。


 そして、悩んで良く考えなさい。

 後悔だけはしないようにしなさい。


 時間が解決する事もあれば、手遅れになる事もある。

 臆病でいられる時間が長いと思ってはダメよ」


「解った」


 改めて良く考えようと深く思った。

 それだけ母さんの言葉は、ずっしりと重みを持って自分に届いた。


「それじゃ、沙月ちゃん呼ぶわね」


 話は終わりとばかりに携帯を操作している。


「そういえば、どうして連絡先知ってるんだよ」

「交換したからに決まってるでしょ、当たり前じゃない」


「なんで当たり前なんだ……」


 どうせ聞いても欲しい答えは返ってこなく、呟く事しかできない。


 なぜか母さん自身も嬉しそうに沙月を呼んでいて、わけが解らない。

 答えの出ない迷路をさ迷っていると沙月が帰ってきた。


「おかえり、沙月ごめんな」

「ただいま、解ってるので大丈夫ですよ」


「沙月ちゃん、おかえりなさい。ごめんなさいね」

「ただいま戻りました、こちらこそありがとうございます」


 すんなりと呼び戻すと言ってたから気にしなかったけど……。


「なんでわざわざ呼び戻したんだ?」

「何よ嫌なの」


「嫌じゃないけど……」

「お節を一緒に作ろうって誘ってくれたんですっ!」


 とても……、とても嬉しそうに沙月は言った。

 その笑顔は本当に嬉しそうで、眩しくて、胸が締め付けられた。


 母さんも聞いたのだから解っているのだろう。

 心の中で感謝した。

 

 それにしてもだ。


「なぁ、なんで母さんもそんなに嬉しそうなんだ?」

「娘と一緒に料理してみたかったのよね」

「……なるほど、実生(みお)は出来ないからな」


 自分には一つ年下の妹がいる。


 自分と同じようにクライミングをやっていて、料理をしている時間があったらクライミングの事に費やしているような妹だ。


 当然ながら、料理は出来ない。

 母さんからは、二人揃ってクライミングバカと良く言われている。


「まずは優陽も起きてきたことだし、残りの必要な物を買いに行っちゃいましょうか」

「はいっ」


「優陽も着替えてらっしゃい、荷物持ちとして来て良いわよ」

「良いと言ってるけど、拒否権は?」


「あると思ってるの?」

「はい……」


 元から行かないつもりもなかった。

 けれどそのまま連れていかれるのも(しゃく)なので、一癖付けたかっただけ。


 そんなのはお見通しとばかりに返されてしまうが。


「優陽くん、まだ体調戻ってないなら家で休んでても」

「いや、大丈夫だから問題ないよ」


「そうですか、無理しないでくださいね」

「ん」

 

 それだけ答えると、着替えに部屋へ戻った時、後ろから話し声が聞こえた。


「あれで喜んでるから、気にしなくていいわよ」


 まるで心の中が解るかのように、言っている。

 しかも当たっているから厄介だ。


 確かに沙月と出かけられるのは嬉しいが、喜んでいる事に対して何か言っても藪蛇になる気しかしない。


 出来るのはいつもより時間を掛けて着替える事だけだった。



 連れ出された先で、自分が見ているのは奇妙な光景なのではないだろうかと思いまじまじと見てしまう。


 自分の母親と沙月がこうして、楽しそうに買い物をしている。

 どうやら作ると大変な物を中心に買っているようだった。


 お餅に黒豆、かまぼこ、栗きんとんなどなど。


 そして本当に荷物持ちだったらしく、今はベンチで一人荷物番をしている。

 待っていろと言われたので大人しくし、二人はどこかへ行ってしまった。

 

 沙月にしては珍しくテンションが高く、母さんも楽しそうにしている。

 息子の事はものの見事にそっちのけ。


 構われたいと思っているわけではないが、母さんが沙月を気に入ったようで意外な感じがしてならなかった。


 確かに娘がいると言っても、沙月と妹の実生は全然タイプが違っているからだろうか。

 

 沙月は比較的大人しく一歩引いて男を立ててくれるタイプだろう。

 女性らしくその可愛らしい容姿も相まって、男の庇護欲をかきたてられる。


 だからといって、守られているだけではなく、崩れそうな時は支え叱咤してくれた。

 すでに何度助けられたかわからない。


 妹の実生(みお)は 基本テンションが高い。


 何事にもテンションで大きく左右され、クライミングにおいてもその落差は大きい。


 そしてクライミングが生活の中心で、きっとこうして一緒に買い物するならクライミングしたいとか言いだしかねない。


 唯一連れ出せるとしたら、クライミング関連の買い物くらいだろうか。


 こうして比べてみると母さんが一緒に買い物したいと言っても、実生では出来そうにもないという結論にいたり、苦笑いするしかなかった。

 

 それこそ馬に走るなと言ってるようなものだろう。


 言い得て妙だと自嘲(じちょう)していると、どうやら買い物が終わったらしい。

 沙月が駆け足で寄ってきてくれる。


 特に買ったものは無い様子で、別れた時と同じように空手(からて)で帰ってきた。


「お待たせしました」

「ん、もう大丈夫?」

「うんっ」


 沙月の後ろから、ゆっくりとだが近づき二人の様子を楽しそうに見ながら。


「あんまり持たせると倒れちゃうかと思って買わなかったわ」

「それはどうも」


「荷物ありがとうございます。

 夕飯は年越しそばですので、楽しみにしててくださいっ」


「うん、楽しみにしてる」

「……帰るわよ」


 何か言いたそうな視線を感じるが何も言われず、家に帰った。


 家に着くと買ってきた荷物を台所へ運び、置いておいた。


 すぐに沙月と母さんが仕舞い、あっという間に買ってきた物が納まるべきところに納まっていた。


 息合いすぎじゃないか? と不思議に思う。

 主婦からすればこんなものなのだろうか。


 一息つこうかと思っていた所に声を掛けられる。


「優陽、いつもコーヒー淹れてるみたいじゃないの、淹れてくれないかしら?」

「別にいいけど……」

「お願いします」


 沙月がにこにこしているのはいつもの事で良いとして、母さんは面白いものを見ているかのように楽し気にしている。


 実際に楽しいのだろう。

 時折そのニヤニヤをどうにかしたくなるが方法は思いつかない。

 

「しかし、あの何もしなかった優陽がコーヒーを淹れるようになるとはねぇ」

「そうなんですか?」


「実家だと何もしなかったわよ。

 それこそ実生と一緒にずっとクライミングについて話してて、私なんて蚊帳の外。

 こうして沙月ちゃんとお買い物出来て楽しかったわ」


「私も楽しかったですっ!」


「優陽と一緒に居て大丈夫?

 クライミングの話しかしてなくて退屈とかしてない?」


「むしろとても良くして貰ってますよ。

 一緒に居てとっても安心できますし、心地よくて穏やかになれるんです」


「そうなの、そう言ってくれてありがとう」


 コーヒーが出来たから持ってきたのだが、本人的にはこそばゆい話をされていたようだ。


 ただ沙月が安心してくれているのを知れて、嬉しい気持ちもある。

 ただしそれはそれとして。


「そういうのは本人の前以外でやるもんじゃ」

「あら、聞かれて困るような事してたの?」


「してないし、したつもりもないけど……」

「なら良いじゃない」


「優陽くんは、私と一緒にいて嫌でしたか?」


 こっちをじっと見つめ、伺うように見てきた。


 ただいつもと違うのはそこには、にこにこした笑顔だけではなく、悪ふざけを思いついたちょっと小悪魔的な表情をしている。


 それは非常に魅力的で思わず見惚れてしまいそうに綺麗だ。


 綺麗な瞳はこちらをじっと見つめ、シミ一つない肌は触れてはいけない物のように滑らかで、眉目の整った顔立ちに吸い込まれそうだ。


 思わず母さんがいるのも忘れる程に普段との違いにドキドキとさせられ、しどろもどろに答えた。


「い、嫌じゃないです」

「あはは、いつもありがとうございますっ」

 

 そんな様子に満足したのか、沙月はいつもの笑顔に戻り笑っていた。


 まさかあんな表情を向けられるなんて。

 想像もしてない。


 不意打ちだっただけになかなか落ち着きを取り戻す事ができない。

 視線を泳がせ、コーヒーをちびちびと飲んだ。


「コーヒー、御馳走様でした。

 夕飯の支度してきますね」

 

 自分とは反対にささっと、沙月は台所へ向かっていってしまった。


 台所へ向かう沙月の顔も少し紅潮していたのを見ていたのは、亜希だけだった。


「優陽……、あんたの将来が見えるわ」

「うるさい」


「私も台所行くから、落ち着いたら来なさい」

「すぐ行く」


 あれは反則だろう。

 見上げられるのはいつもの事にしてもなんて悪ふざけを思いついたんだ。


 また表情がやばい、あんな表情は初めてみた。

 あんなのをやられたら、心臓がいくつあっても足りない。


 顔の熱を収めるのに苦心し、どうにかこうにかやっとの事で、平静さを取り戻し台所へ向かう。


「何か手伝えることある?」

「あら、本当に来たのね。成長したじゃない」


「そりゃ、一人暮らしして大変さを知って、その上で用意してくれるってなったら普通なんじゃないのか」


「そうね、それで良いと思うわよ」

「とても良い事だと思います。

 エビの背わた取っておいてください」


 そう言ってボールを二つ渡され、狭いからとテーブルの上で作業を始めた。

 どうやらかき揚げと野菜のてんぷらを作るようだ。


 野菜を二人で切っていき、次々と準備がされていく。

 そして衣をつけ、次々と揚げていく。

 

 ふと不思議な事に気づいた。


 どうやら料理の主導権は沙月にある様子。

 勉強会の時のように沙月が明確に指示しているわけではないが、母さんが意図的にサポートに回る感じで動いているようだった。


「ひょっとして沙月の方が料理上手?」

「そんな事ないですよ」


「謙遜しなくても大丈夫よ、比較するように言葉にした事は後で後悔させておくから。


 沙月ちゃんは本当に料理上手よ。一つ一つが丁寧で正確で早いわね」


「へー、やっぱり上手なんだな。

 これ終わったエビ。

 手伝えることも無さそうだし向こう行っておく」


「逃げましたね」

「逃げたわね」


 そういう意図はなかったものの聞き方がまずかったのは自覚してるし、そのままそこに居れるほど図太くはない。


 逃げてきたはいいものの特にする事もなく、携帯を操作する。


 うっかりカメラアプリを立ち上げてしまい、思いつきで台所にいる二人を写真に納めた。

 母さんは写真に気づいたようだが、何も言わず料理を続けている。


 そして撮った写真を見て思う。

 いつかこの写真が思い出の一枚として笑って話せる日がきたら、幸せだろうなと。


 写真を見ていたら声を掛けられた。


「優陽くん、できましたよ」

「ん」


 呼ばれてテーブルに行けば、(つや)のある蕎麦と出汁の匂いが香しいつけ汁、揚げたての天ぷらがそれぞれのお皿に分けられ、綺麗に盛り付けされていた。


 美味しそうだとテンション高く席についたが、ある事に気づく。


 作っておいて貰ってケチをつけるわけではないが。


「俺の天ぷら、小さくない?」

「回復して間もないんだから、我慢しなさい」


「あの、やっぱりちゃんとした大きさが良いですよね……。

 私のと交換しますか」


 当人が先日まで風邪で寝込んでいた事を忘れ、あまつさえ何で今ここに母親がいる事になっているかという事も含めて、まるまる忘れていたのだ。


 なんとも間抜けな話だ。


「いや、ここは確かに控えた方が良いんだから大丈夫だよ。

 むしろ小さいサイズを作ってくれてありがとう。

 そんな顔しないで、食べよう」


 沙月がしょんぼりと肩を落としてしまった。

 なんとかしようと思い、思わず頭に手をやり撫でてしまう。


 沙月も撫でられて安心したのか、さっきまでの雰囲気は消えてくれた。

 むしろ頬が少し紅潮している気がするけども。


 そこまでやってから、刺さるような視線に気づき、ハッと隣を見やれば、あきれ顔の母さんが居た。


 赤くなってしまうのも当たり前だった。


「こんなにバカだったなんて知らなかったわ」


 これ以上何か言われては敵わない。


「伸びる前に食べる、いただきます」

「めしあがれ……」


 まずは一口と蕎麦を手繰り、ズズズッと音をたてて口に入れる。


 蕎麦の香りと出汁の香りが鼻腔を刺激し、咀嚼(そしゃく)し飲み込めば心地よく喉元を過ぎていく。


 一口、また一口と食べすすめ、天ぷらを噛めばサクッと良い音をたてた。


 野菜の天ぷらは野菜本来の甘さが際立ち、かき揚げはエビのプリプリ感がとても美味しい。

 相変わらずの食いっぷりを発揮し、食事を食べ終えた。


「ごちそうさまでした、美味しかった」

「おそまつさまでした」


 いつもなら食後のコーヒーになるのだが、さきほど飲んだからどうするかな。と食器を下げながら思っていると母さんが沙月に確認していた。


「沙月ちゃん、今日だけ特別に日付変更まで一緒に過ごさないかしら」

「……良いんですか?」


「今日だけ特別よ。でも少ししたら、家に帰りましょう。

 大丈夫、送らせるから」


「いや……だから……いいや……」


 せめて確認をしろと言いたいが、いい加減言っても無駄だと悟り口を閉じる。


 何も本気でどうのという気もないのが解ってて言っているのだから。


「そして、良かったら明日は初詣に行きましょう」

「はいっ、ありがとうございますっ! ご一緒させてください」


 沙月の嬉しそうな笑顔が見れれば、安いもの。

 その笑顔に母さんも満足したのかこっちに言って来る。


「シュークリーム買ってあるから、食べましょう。

 コーヒー淹れていいわよ」

「へい」


 ところで自分は、未だに沙月の家を知らないのだが、知ってしまっても良いのだろうか。


 シュークリームとコーヒーを持ってテーブルに行くとどこに初詣をするか話しているようだった。


 普段なら人混みの多さに辟易としていたが、今回は沙月と一緒だからかすんなり行く気分になっている。


 単純なものだ。


「あなた達、食べさせ合って良いわよ」


 ゲホッゲホッ。


 まさしくシュークリームを食べようとしてた所に言われ、むせてしまった。


「しない!」


「いつもの事なんでしょ?」

「いつもじゃない!」


「たまにならしてるのね」

「………………」


 嵌められたことは解った。

 それでもまだ決定的ではない、きっと。


 沈黙を選んだ。


「…………たまになら」


 そんな抵抗も虚しく、隣から肯定の声が聞こえてしまった。


「沙月ちゃんは素直ね。

 優陽も少しは見習いなさいな」


 自分も沙月も、顔全体が真っ赤なりんごのように赤くとてもではないがまともに受け答えできそうになかった。


 それこそ何か言おうものなら、要らないことを言いそうだ。


 そんな様子がおかしいのか、母さんは沙月に自分の昔の事をべらべらと喋りだした。


 必死になってどうにか話を逸らしたりしても、そんな様子を揶揄(からか)われ、沙月は笑い、また話を戻されてとあっという間に時間が過ぎていった。


 沙月が本当に楽しそうだったのが、救いだった。

 本当に、本当に! 疲れたが。


 そんな中、時報代わりに付けていたテレビから、カウントダウンの声が聞こえた。


 五、四、三、二、一。


「「「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」」」


 日付が変わるのを告げる鐘の音が聞こえ、同時に挨拶をする。


 まさかこういう形で新年を迎えることになるとは露とも思わず、感慨深く思ってしまう。


 こうして沙月が居て、心配して来てくれた母親がいる。

 考えれば考えるほど、恵まれていた。


「優陽、沙月ちゃんが限界みたいだから送ってあげてきなさい」


 少し前まで元気そうにしてたから、大丈夫だと思ってたが、どうやら新年の挨拶まで頑張っていたみたいだ。


 頭が若干ふらふらしている。

 非常にまずい、沙月が寝たら起きないのは過去に証明済みだ。


「沙月、起きろ。送るから家まで頑張れ」

「うん、ん……」


 手を取り促し玄関まで連れていく。


「ちゃんと帰ってくるのよ」

「当たり前だ」


 余計なちゃちゃに叫ぶようにして返事をし、玄関を開け沙月を連れていく。


「沙月、家はどこ?」

「一階上です。真上」


 真上だったのか。


 沙月を倒れないように支えているとこっちにふらりと傾いた。


 傾いた際に自分の腕に抱き着かれてしまった。

 近くにあったからちょうど良かった。


 ただそれだけだろう。

 安定するのかそのまま離さなかった。


 沙月は自分に体を預け、頬を腕に擦りつけ気持ちよさそうにしている。


 目は開いてるか開いてないか微妙な所。

 その顔はとても可愛く、ほっぺたは柔らかそうで少し触りたくなる。


 髪の毛はサラサラで(つや)があり、今は外だから月明かりに照らされ普段は綺麗な栗色なのがところどころ白く光り、輝いているかのようだった。


 そんな見惚れてしまいそうな見た目よりも、一番の問題は、その先だった。


 抱き着かれた腕に豊かな双丘が挟まれ押し付けられている。

 その柔らかさは意識せずとも感触が伝わってくる。

 

 そして感触もだが、視覚的にも刺激が強すぎた。

 視線を外そうにも頭を左右に揺らしながら歩いているので、見ないわけにはいかない。

 そうして視界の端にどうしても映ってしまう。


 押し付けられた物が、自分の腕に沿って形が変わっている様子を。

 一歩、一歩と歩くたびに形を変え、ぎゅっぎゅっと押しやられる。 


 それはとても気持ちがよく頭がクラクラしてきそうだった。

 

 繋いでいる手からは、沙月の柔らかくふにふにとした感触があり、どこもかしこもよろしくなかった。


 こんな時間が続いて欲しいような、続いて欲しくないような。

 何かいけない事をしている気分になってきてしまう。


 エレベーターを使い、沙月の家の前に着くと名残(なごり)惜しさを残しながら沙月に声を掛ける。


「沙月、家の前に着いたぞ。起きろ」

「うん……、んぅ、ありがとうございますぅ」


「ちゃんとベッドで寝るんだぞ」

「うん、おやすみなさい」


 玄関を開け、帰ったのを見届け、家に戻って行った。

 寒い気温が熱った体にちょうどよく、理性が保てたことにほっと一安心したのだった。


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