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25【高校生の誕生日と風邪】

『ごめん、風邪を引いたから今日の約束守れそうもない、本当にごめん』


 それだけ沙月(さつき)に連絡を入れ、ベッドで意識を失うように眠った。



 夜の底冷えが激しく寒い夜だったからか、二十九日に風邪をひいてしまった。


 朝起きた時、嫌な感じの寒気とだるさ。

 念の為と熱を測ってみれば、見事に熱が出ていた。


 普段、風邪を引かないのに今日に限って風邪を引いてしまいタイミングが悪すぎる。


 よりによって、沙月の誕生日にだ。


 両親には風邪を引いた事をすぐに伝える事ができた。

 しかし、沙月にはなかなか連絡する事ができなかった。


 先日の喜んだ顔を思い出し、断りの連絡を入れようとするだけで胸が苦しく、情けなくなってくる。

 プレゼントだって、買って用意してある。


 また喜んだ顔が見れるだろうかと思い、自分も楽しみにしていた。

 

 だけど、ここで沙月に風邪をうつすわけにはいかない。

 悔しい思いをしながら、やっとの事で、沙月に連絡をした。


 連絡をつけた後は、とにかく寝ようとベッドで横になり、寝るように努めた。

 するといつの間にか寝ていたようだ。


 熱が出てきたのか意識が朦朧(もうろう)とするなか、額が冷たく気持ちいい感触がした。


 うっすらと目を開けると、そこには沙月の顔があった。

 心配そうに覗き込み、今にも泣き出しそうだ。


 そんなくしゃくしゃな顔をして、可愛い顔が台無しだろ。

 こんなの寝てれば治る。


 それよりも約束、守れなくてごめんな。


 頭を撫でてあげようと動かすも節々の傷みで上手く動かす事が出来ない。


 中途半端に上がった手は、沙月の頬に触れ、沙月はその手を優しく包み込んでくれた。

 包み込んでくれた手の冷たさが気持ちよく、そのまま意識は沈んでいった。


 どれくらい寝たのだろうか、恐らくそこまで長く寝てたわけではないだろう。

 幾分か意識ははっきりしている。


 そういえば、さっき沙月が居た気がしたけど……。

 夢のような、現実のような。どっちだ……。


 扉が開き、沙月が入ってきた。


「あれ……、現実だった」

「起きて大丈夫ですか?」


「なんで居るの、風邪うつったら———」

「放っておけるわけないでしょう。どれだけ心配したと思ってるんですか」


 沙月の意外な反応に何も言えない。

 沙月の怒ったような、悲しいような。

 熱に浮かされた頭はそれを正しく判別できない。


「こんな時くらい頼って下さい、あなたは私のお願いを聞いてくれました。

 それにどれだけ救われたか……」


「いや、でも、今日、折角の誕生日なのに」

「そんなのはどうでも良いんです。

 まずは風邪を治して元気になってください」


 ふらつく頭で思考がまとまらず、情けなくて申し訳ない思いが溢れていた。


 そんな様子に、沙月は静かに近くに寄り、眉尻を下げ優しく言ってくれる。


「本当に気にしなくていいんですよ。

 そこまで気にしてくれるのなら、元気になった後、一言だけ言葉をください」

「あぁ……」


 悔しくて、悔しくて、情けない。


 涙が溢れそうになるのを必死で我慢した。

 涙を堪える為に、大きく深呼吸を繰り返す。


「それよりも、お腹は空いてませんか?

 お粥を作ったので、良かったら食べませんか」


「ありがとう、食べられる」

「うん、今持ってきますね」


 相変わらず頭はぼーっとするが、泣き顔をこれ以上晒すわけにはいかないと、沙月が席を外した隙にティッシュで鼻を噛み、沙月を待つ。


 ほどなくして、お粥を持って来てくれた。


「ゆっくり食べてくださいね」

「いただきます」


 卵のお粥だった。


 普段のようにがっつくような事はせず、ゆっくりと一口一口味わって食べていく。

 とても優しい味で、どこかほっとする気持ちになった。


 お腹が満たされたのか、少し落ち着くことができた。


「ごちそうさま」

「おそまつさまでした」


「本当に美味しかった、ありがとう」

「お粥なので、誰が作っても変わらないと思いますけど、ありがとうございます。

 風邪薬飲んで寝ちゃってください」

「あぁ、そうす――――――」


 その時、玄関がガチャッと開く音がした。


 ガチャッ?


 音が玄関から聞こえた事はわかったが、それが何を意味しているかはわからない。


 なんだろう。とのんきな事を考えていた。


 そして、寝室から見えた人影を見て、驚く。


「あれ、なんで居んだ?」


 朝比奈優陽の母親、朝比奈(あさひな)亜希(あき)がそこには居た。


「なんでも何もどっかのバカ息子が風邪引いたって連絡してきたから、来たんだけど……。

 …………取り合えず、優陽は紹介してくれるかしら」


 母さんは、見知らぬ女性が居る事を不思議に思い、自分に問いかけた。


「ごめんなさい、勝手にお邪魔させて頂いてます。

 琴葉(ことは)沙月(さつき)と言います。優陽くんには、いつも大変お世話になってます」


 慌てて立つとペコリとお辞儀をし、沙月は自己紹介をした。


「今日、ちょっと約束をしてて、それの連絡をしたら心配して来てくれた」


 嘘は言ってない。

 母さんは、こちらをじーっと見つめ、状況やら何やらを確認する様に言い放つ。


「その様子だとご飯は食べたみたいね、薬を飲んでとっとと寝なさい。

 優陽からの詳しい話は、回復してから聞くわ」


「えっと、その———」

「別にとってくおうってわけじゃないけど、双方から話は聞くわよ」

「あ~……、はい」


 なんとも間抜けな返答しかしない自分を放っておいて、母さんは沙月の方へ向き直る。

 

「琴葉さんも、来てくれてありがとう。

 ただ少しだけお話をさせてね」


「はい、ごめんなさい」

「別に怒ってるわけじゃないのよ、ただ状況を知りたいだけだから」


 寝室の扉は閉められ、自分は大人しく寝るしかなかった。

 微かに話し声は聞こえるもののはっきりと聞き取る事は出来ない。


 次第に薬が効いてきたのか、ウトウトし、眠りについた。


 そーっと、扉の開く気配で意識が呼び戻された。

 どうやら母さんが様子を見に来たみたいだ。


「あら、起きたのね。

 お腹は?」


「沙月は?」


「まだ居るわよ。

 別に良いけど、まず気にする所がそこなの」


 母さんに呆れ顔をされつつ、突っ込まれた。

 うるせーと悪態(あくたい)をつきたいところだがまだまだ調子は戻ってないようで顔をしかめっ面にする事しかできない。


 時間を見ると数時間は寝てたようで、本当だったら沙月と二人でのんびりしてた頃合いだろうか。


「呼んで」

「まぁ、いいけど。

 沙月ちゃん、ごめんなさいね。なんか風邪っぴきが来て欲しいみたいなの」


「はい、今行きます」


 おい、どうしてもう名前呼びなんだ。

 それに言い方。

 間違ってないけど。


 ベッドから這い出るようにし、机に向かう。


 なんとか歩く事はできるがいつもより重い体に、難儀(なんぎ)しながら目的の物を取り出す。


 パタパタと足音をさせながら近づいてきた沙月に手に持った物を差し出した。


「これ、お誕生日おめでとう」


 呆然とする沙月に手渡す。

 びっくりしすぎたのか、箱をじっと見つめている。


 てっきり喜んで貰えると思っていたが、余りの反応のなさに落ち着かず、おろおろとどうしたら良いか分からない。


 内心焦っていると、沙月からすすり泣く音がしてきた。

 まさか泣かれるとは思っていなく、思わず言ってしまった。


「あれ……ごめん。なんか、ごめん」


 自分でもわけが分からず泣き止んで欲しくて謝る事しか出来ない。


 あたふたしていると沙月は胸にプレゼントを抱えたまま、自分の肩に顔を押し当て、体重を預けてきた。


 頭がパニック状態で出来たことは、沙月の頭を撫でてあげる事だけだった。

 これまでと同じように、優しく丁寧に。


 いつもと変わらない髪の毛の触り心地の良さからか少し冷静になれた。


「風邪、うつるぞ」

「それで優陽くんの風邪が治るならうつしてください」


「そういうわけにもいかないだろ……」


 時間にしたら数分も経っていないだろう、もしかしたら一分も経っていなかったかもしれない。

 時間の感覚が薄くぼーっとしてくる。 


 落ち着きを取り戻した沙月は顔を上げてくれた。


「これ、開けても良いですか?」

「うん」


 丁寧にラッピングを解き、箱の中から出てきたのは大き目の髪飾りで花をモチーフにした物だ。


 クリスマスの時に沙月が見ていて、とても似合いそうだと思い、後日改めて買っておいた。


 沙月もそれを覚えていたのか、なんでどうしてと言っているような気がする。


「この前、見ていて似合うかと思って」

「とっても、とっても嬉しいです。

 大切にしますねっ」


 そう言って胸に抱きしめるように、プレゼントを抱えて言ってくれた。

 渡せた安堵からか、どっと疲労が押し寄せてくる。


 ここでよろけたりしたら、みっともないと思い踏ん張って、ベッドへと帰った。


 ベッドに倒れ込むように横になり、沙月の方を向くと忘れてた存在が視界に入る。

 その忘れてた存在は、ニヤニヤと楽しそうにしていた。


「頑張ったわね」

「見てるなよ」


「いつ倒れないかと思って用心してたのだけど?」

「もう倒れてるから出てけ」


「気持ちは分かるけど、無理せず寝るのよ」


 それだけ言い残し、部屋をあとにした。

 横になっている自分に沙月は静かに近づいてきた。


「寝るまで横に居て良いですか」

「良いけど、本当にうつしたら申し訳ないから戻ってて良いよ」


「こんな時くらい私に気を遣わなくて良いんですよ。

 それに私が一緒に居たいんです」


 穏やかだけど、はっきりと言われては拒否する理由は無かった。


「わかった、ありがとう」

「うんっ」


 涙で濡れた瞳があとを残しながらも嬉しそうに笑ってくれ、愛おしくなる。


 さっきので体力を消耗したからか、少し疲れた。

 体の疲れと連動して心が弱っているのか、沙月にあるお願いの言葉がすんなりと出てくる。


「なぁ、手を握ってくれないか」

「うん」


 そうして手を差し出すと沙月も両手で包み込むように握ってくれる。

 心地よさと安心が胸に広がり、いつの間にか意識は落ちていた。



「優陽くん、気分はどうですか?」


 そう声を掛けられ、意識が浮上してきた。

 熟睡していたようで、汗をたっぷり吸った寝巻が少し気持ち悪い。


 汗をかいたからか、体自体は少し落ち着いている。


「ん、取り合えず大丈夫」

「夕飯にお粥作りましたけど、食べられそうですか」


「ありがとう、食べる。

 汗吸って気持ち悪いから、着替えてから行く」


 そう言って、上着を脱ぎ着替えるために上着を脱いだ。


 するとそこには沙月が恥ずかしそうに顔を背け、チラチラと恥ずかしそうに視線を動かしていた。

 よく見ると耳が赤い。


「そういうのは私が戻ってからしてください!」

「……悪い」

「絶対、悪いって思ってないですよね」


 そう言って出ていってしまった。

 確かに上半身を見られたからといって、どうとも思わないのは確かだけど。


 手早く着替え、居間に行くとすでに用意がされていて、優陽は食べるだけという至れり尽くせりの状態だった。


「悪いな、いつも用意させて」

「いえ、気にしないでください」

「いつも、ねぇ」

 

 何気ない会話に突っ込まれた。


 やべ、忘れてた。


 隣から来る意味深な視線には応えず、席に着く。

 これに反応してはだめだ。


 何か言われる前に食事にありついてしまおう。


「いただきます」

「どうぞ召し上がってください」


 自分の分は、ニラ粥だった。

 卵と良い、ニラと良い滋養(じよう)の付くものをと思い用意してくれたのだろう。


 作った事はないが、本当にお粥とは誰が作っても同じなのだろうかと思うほど、美味しい。

 早食いになりそうなのを意識してゆっくり食べていった。


 沙月達は、沙月が作ったであろうニラ玉に温奴、ほうれん草のお浸しに大根餅だった。


 恐らく追加で食べたいと言ったら、比較的食べても大丈夫な物を献立に選んだのだろう。

 美味しそうだとは思ったが、そこは我慢しておく。


「優陽くん、他にも口に出来そうですか?」


 我慢しているつもりがつい見てしまい、視線に気づかれてしまったみたい。


「甘やかさなくていいわよ」

「私も食べて貰えるのは嬉しいですから」


「食べたさはあるけど、食べすぎな気がするかな。ありがとう」

 

 ゆっくり食事をしたためか、満足感があり無事、完食する事が出来た。

 

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」


「お料理上手なのね、美味しかったわ」

「いえ、お口に合って良かったです」


「あんた毎日こんなに美味しいの食べてるの?」

「んぐ……、とてもありがたく思ってます」


 隣にいる沙月を見れば、話しちゃいました。みたいな照れた顔をしている。

 

 可愛いけど、可愛いけど……!!


 相変わらず思考がまとまらず、たがが外れている気がした。


「取り合えず、今日から数日泊まっていくから、優陽は風邪を治しなさい。

 いつまでもお世話になりっぱなしにならないように」


「わかってるよ」

「夏に持ってきた寝具は?」

「あー、しまってある」


「その様子だとしまいっぱなしね、きっと」

「あ、はい……」


「まぁいいわ、あるならどうにかなるわ。

 お父さん達にも連絡しておいたから」


「わかった、俺も連絡しておく」

「よろしい」


 全員が食べ終わり、自分と母さんが必要なやり取りをしてる間、沙月は食器をキッチンに運び洗おうとしていた。


「沙月ちゃん、それは私がやっておくから暗くなりすぎないうちに家に帰りなさい」

「え、でも……」


「沙月ちゃんが全部ひとりでやる必要なんて無いのよ、もっと自分を大事にしなさい」

「はい、ありがとうございます」


 母さんに促され、いそいそと帰り支度をはじめている姿がどこか寂し気で胸が傷んだ。


 決して母さんも追い出したくて言ってるわけでは無いのは沙月も理解はしているのだろう。

 それでもまだ普段帰るよりも早い時間なのは確かなのだから。


「良かったら、明日も来てくれないか」


「そうね、あくまでも夜遅くは危ないからなのよ。

 昼間、来てくれるなら大歓迎だからね」


「はいっ!」


 沙月らしい笑顔が戻り、ほっとする。

 玄関まで見送り「また明日」と約束をして沙月は家に帰って行った。


「体調が戻ったら、ちゃんと話は聞くからそのつもりではいなさいね」


 それだけ言うと母親は居間に戻って行った。


「勘弁してくれ」


 独り愚痴るように言った言葉は、虚しく廊下に響いた。


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