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15【高校生の試練】

 小さな寝息が聞こえていた。

 すぅ、すぅ。と規則正しく気持ちよさそうに。


 心が疲弊し、先ほどまで泣きじゃくっていたのだから、休息を求めても不思議ではない。

 だけど、しかしだ。


 自分は男。琴葉は女性だ。


 状況は正しく理解しているし、今しがた環境も聞いてしまった。

 いくらなんでもここで手を出すわけはないし、つもりもない、手は出さない。


 それでも一言言いたい。

 無防備すぎる。


 姿勢的に無理な体制をしているわけではなく、寄りかかられているだけなので苦しくも無い。


 視線を下ろせば、豊かなふくらみが見て取れてしまう事を除けば、理性がまだ勝っている。


 ただこのままの姿勢でずっといるわけにもいかず、どうしたものか。とは言え、取れる選択肢が少ない事もまた事実なわけで。


 少ないという表現はまだ優しい方だ。

 起こすという選択肢が除外される以上は、選択なんてあってないに等しい。


 実際にやるのは問題ない。

 いやいや、実際は問題があって、それは俺の頑張り次第であって。

 

 ぐだぐだと時間稼ぎのように考えては否定し、考えては否定を繰り返した後、ようやく踏ん切りをつけ、お姫様抱っこをする事にした。

 

 これはしょうがない事。


 肩に回した手から伝わる柔らかさや足に回した太ももの感触。

 すぅすぅと寝息をたてる顔を正面から見てしまった事。

 寝顔もとても可愛いと思ってしまった事。


 やっぱり軽いな。という感想を抱いてしまった事。


 抱える際に視線が胸やお腹、綺麗な脚に向いてしまった事。


 これらは仕方ない事だと自分で自分に言い訳をする。


 起こさないよう慎重に抱えて、申し訳なく思いながら自分のベッドへ運ぶ。


 一応、清潔には気を付けてはいるのだが、そこは使い続けている物なので、多少は多めに見て欲しい所だ。


 せめて運ぶ前に整えることくらい出来れば。

 ぼやいても仕方ない。


 なにより先日放り込んだ物を片づけたばかりで、その点が救いか。

 

 琴葉を下ろし、掛け布団を掛けてやり、ほっと息をついたのも束の間。

 手の位置を直してあげた際に、手を握られ、離す様子がなかった。


(………………)


 これまで手が触れてしまう事もあった。

 でも手を握った事など、あるわけがない。


 完全に思考が止まった自分にとって、唯一実感として今あるのは琴葉の柔らかい手だけ。


 自分の手はクライミングをしている関係で、皮は分厚くどうしてもゴツゴツしている。


 それに比べ琴葉の手は滑らかな絹のような肌ざわりとふにふにと柔らかい感触をしていた。

 自分の手で傷をつけてしまうのでは無いかと心配になるほどに。

 

 手の感触から戻って来ると次に襲ってきたのはその寝顔。


 これまでのどの距離よりも近くでまじまじと改めて見てしまう。

 可愛いらしく整った顔立ちに長いまつ毛、シミ一つない肌はとても綺麗だ。


 おそらく触ったら、さっきの絹のような肌ざわりをしているのだろう。


 さっきまでずっと撫でていて、とても触り心地が良かった髪の毛については視線を外せなくなる事も度々あるくらいだ。


 綺麗な栗色に光の具合によっては、白く輝いてるような幻想を何度抱いたか解らない。

 傷みも枝毛も見当たらず、艶っぽさが失われる事なく丁寧に手入れをしているのだろう。


 思わずまた触りたくなってしまう。


 様々な形で様々な感想を思い浮かべ、フリーズしている様子は、はた目から観たらどうみえるだろうか。

 ヘンタイくせー。と心の中で呟き、このまま琴葉が離してくれるのを待つことにした。



 どれくらい時間が過ぎたのだろうか。


 つい自分もうとうとと寝てしまっていたようで、どうやら朝になってしまったようだ。

 ベッドにもたれるようにして。


 普段の自分は寝起きが良くない。

 それでも中途半端な姿勢だからか、浅い睡眠になっていたためか。

 ぼんやりと目を開けると。


 ん、んぅ、琴葉の顔が。

 ちかっ。

 あれ、どうして。


 あー、自分もあのまま寝たのか。

 

 その寝顔がとても愛らしいものであったのは言うまでもなく。

 

 顔を上げ、一気に目覚めさせられた頭で状況を整理していると新しい発見があった。

 どうやら琴葉は寝相が凄く良いみたいだ。


 そして寝たら起きない。


 それほど大きく動く事なく、もぞもぞと少し動いた跡があるくらいで規則正しく寝息をたてている。


 掴んでいる手は握り返され、もう片方の手で腕の裾を掴まれている。

 顔は肘の辺りに丸まる様に押し付けている。

 自分の姿勢は昨日の夜と比べてより一層、動けなくなっていた。


 休日なので早く起きる必要はない。


 だけどちょっとこの半端な姿勢は辛いかも。

 どうか起きませんように。

 

 腕を解き静かに部屋を抜け出した後は、朝食をどうしようか迷っていた。


 自分は基本的にプロテインでそこにグラノーラを加えるか加えないかくらいしかやらないからな。


 作るのは構わないんだけど、食べるのか食べないのか。

 パンかご飯か。

 パンは無いけど。


 ご飯なら炊いておにぎりにでもしておけば、いつでも食べれるしいいか。


 取り合えずご飯を炊く事に決めた。

 朝食の準備を一通りの準備を終えると、起きても良さそうな頃合いになっていた。


 琴葉の具合、確認してみるか。


 コンコン。


「はい」と微かな声が聞こえた。

「開けるよ」

「はい」


 開けるとそこに居たのは、布団を抱き集め、顔を隠しているダンゴムシならぬ琴葉だった。


 視線はこっちをじっと見つめ、耳が真っ赤であるのが確認出来てしまい、落ち込んでいる様子は無い事に一安心する。


「おはよう」

「おはようございます……」


「良く寝れた?」

「うん、おかげさまで」


「それは良かった。昨日、何も食べてないだろうけど、食欲はある?」

「……うん、お腹すきました」


「申し訳ないんだけど、パンは今ないから、ご飯炊いてる。

 おにぎり握るから、もうちょっとしたらおいで」

「うん……!」


「ついでになんでくるまってるの」

「恥ずかしいんです!

 言わせないで下さいっ、ばかっ」


 慌てて扉を閉めるとポスッと音がした。

 枕でも投げたのだろうか。

 琴葉の今までない一面を見せられ、ひとしきり笑い、おかずを作りに戻った。

 

 琴葉のこれまでの一歩引いた壁のような物が、少しでも低くなってくれたのだったら、嬉しいな。

 さっきもばかって言われると思ってなかったし。


 もっと素の部分が出てきて、気を張らなくても済むようになってくれればな。

 それこそ和雲と美和の普段のような。


 そこまで考え、これはそういう事では無いと頭を振る。

 好意はあるが、男女の中になりたいというわけではない。


 今のこの関係を崩したくない。

 それが今の偽らざる本音だ。


 第一、琴葉だって本人曰く、たまたま助けられてそのお礼から始まっている。

 食事のシェアする相手としてちょうどいいから続いてきたのだ。

 嫌われてはいないと思う。

 

 それでも男女の好意となると自信は無い。


 とりとめのない事を考えながら、小松菜のお浸しに卵焼き、キャベツの味噌汁を簡単に作り、おにぎりの準備をする。


 鮭でもあれば具材として使えたのだが、生憎そう都合よくはいかなかった。


 お腹が空いてるからと言って、元々食は細い方なのだ。

 一個を小さく、ふりかけ2種におかかを具材として用意する事にした。


 炊飯の音がし、おにぎりを握っていると琴葉は部屋から出てきた。


 音につられて出てきたのかな?


「昨日はなんというか、色々とありがとうございました」

「どういたしまして、もう少しで出来るから座って待ってて」


 もう少し綺麗に出来ないかなと、出来栄えを気にしていると琴葉が呟くように言ってきた。


「……何も、聞かないんですね」


「うん?

 もっと聞いて欲しいなら聞くし、話したいならいくらでも。

 ただお腹も空いてるだろうし、まずは腹ごしらえかな」


 そう言って、二人の分を用意したお皿と味噌汁を運んだ。

 

「足りなかったら、追加で握るから言って」

「いえ……美味しそう……です」


「俺のは味の保証は出来ないかな。めしあがれ」

「いた…だ…き……ます」


 ぽろぽろと涙を流しながら、ゆっくり噛みしめるように食べる琴葉。


 まるで迷子になってしまった小さな女の子が、やっとの思いでありつけた食事に安心しているかのように見えた。


「美味……しい……です」

「ありがとう」


 顔を涙でぐずぐずにしながらも、食べる事はやめず、タオルで涙を吹いていた。


「両親が、死んでから、誰かにご飯用意して貰うの。初めて、なんです」

「俺で良かったら、いつでも」


「そんな約束、期待しちゃいますよ」

「俺も一人前だと物足りないし、二人前だと多すぎる事があってね。


 一緒に食べてくれるとちょうどいいんだ。

 それに一人前も二人前も、作るのにそう違いはないよ」

「……そうですねっ」


 涙を拭き、今まで見ていた柔らかな笑顔を向けてくれてたのが嬉しく、つくづくこの関係が大切な物だと実感した。


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