122【想い人のおもてなし】
沙月の叔父との挨拶も済ませ、学校も憂いなく春休みに入る事ができた。
今年も両親との約束通りに、実家へと帰っていた。もちろん、沙月と実生も一緒に。
実生はついでとばかりについてきただけだが。
日程としては去年と大差なく、桜祭りにまた行き、ジムにも顔を出し昔馴染みの常連と一緒に登った。三度目ともなれば、沙月に対しても慣れたもので、入れ代わり立ち代わりにと、話し掛けられていた。
大変な思いをしたのは、誕生日を祝うために出された食事の時。
なぜか沙月はやる気に満ち溢れている。
「さー、優陽くん。覚悟してくださいね」
「え、何。俺、何かされるの?」
「今日は、優陽くんに指一本動かさせませんよ」
「どういうこと?」
お預けでもくらって放置されるのだろうか。
変なプレイにでも目覚めてしまったのだろうか。
「食べたい時は、どれを食べたいと言ってください。私が、全部食べさせてあげますから」
それはそれで、変なプレイだな。
そんな感想を他所に、母さんも父さんも、実生でさえ笑いを堪えきれないと言う感じで、笑い出してしまった。
「俺、そこまで子供じゃないと思うんだけど」
腰に手を当て、目を細めた鋭い視線が突き刺さってきた。
「言っておくと、先にしたのは優陽くんですからね」
それを言われてしまうと苦しいのだが。
「二人っきりの時にやるのと、公開処刑はちょっと違うと思うんだけど」
「言いましたよ。忘れないでくださいねって、私だって恥ずかしくないわけじゃないんですから、観念してください」
「それなら無理しなくても……」
絶対、沙月の味方と思われる人物が口を開いてしまった。
「優陽が先にそんなことをしてあげたのだったら、観念するしかないわね。甘んじて受け入れなさい」
「それは特別感を出そうとしただけで――」
「ふーん、それで?」
「誠意として受け取って欲しいな、と思ったり」
「私からは、これも沙月ちゃんからの誠意に見えるわよ」
やはり母さんは沙月の味方だ。
二人で組まれてしまっては、抵抗する事すら許されない。
こっちも味方を作ろうと、目を向ける。
唯一味方になってくれそうなのは同性である父さんなわけだが。
「優陽が先にやったんだったら、諦めるしかないね」
第一声が味方じゃなかった。
「俺がやった後じゃなくても、避けれると思う?」
「思わないね」
どうしたものかと天を仰いでいると。
実生が吹き出すようにして言ってきた
「ごめん、兄さん。もう我慢できない。動画撮っていい?」
「本気で、やめろ」
「せめて写真を」
「記録に残すな」
「生放送でも」
「誰に見せるつもりだっ」
実生に文句を言っていると。
沙月は尚も逃げ道を塞ぐように、口を開いた。
「先に言いますけど、もちろん飲み物も私がやりますからね」
沙月の先回りに母さんは目を丸くした。
「そこまでやったの。優陽も器用ね」
「はい、それはもう上手にエスコートしてくれました」
言葉としては褒めてるのに、褒められてる気がまるでしない。
実は違う意味で褒めてるのか、感心してるのか、はたまた呆れているのか。
「優陽くんのためにやるんですから、楽しまなきゃ損ですよ」
どうやったら楽しめると言うのか。
不思議に思い沙月を見ると、少し耳は桜色になってはいるものの表情は、たしかに楽しそうだった。
「優陽達は放っておいて僕達は頂こうか、冷めてしまっては勿体ないからね」
まさしくその通りで、出来立てで艶があり光輝くような料理の数々はとても美味しそうだ。
前菜だろうサラダの、サワラのカルパッチョは綺麗に盛り付けられている。
キュウリやプチトマト、にんじん、だいこんなどのピクルスが色とりどりに敷き詰められている。
白身魚のお刺身があり、これは並べられた中では少し毛色が違う気がする。
真鯛のアクアパッツァは目の前で蓋を開けられ、湯気がたっていて良い香りがした。
ラザニアもあり、焼きたての良い匂いがしている。
ミネストローネとテーブルパンが添えられそれぞれに配膳されているが、やっぱりこれも沙月に言わないといけないのかな。
「いただきます」
家族は無情にも食べ始めてしまった。
「あの沙月さん」
「どれから食べたいですか?」
「……それじゃぁ、サラダから」
「うんっ!」
良い返事だった。本当に楽しそうだ。
器用にフォークとスプーンを使って、一口サイズにまとめてこちらに差し出してくる。口を開け口の中に納めると、とても美味しかった。
咀嚼していると、沙月も自身の分を口に運び食べている。
「優陽くん、ピクルスはいかがですか?」
「うん、お願い」
取り皿にいくつかを取り、こちらの口に運んでは沙月自身の口にも運んでいる。
ふと腹を空かせたひな鳥かと思ったが、あれは親鳥はその場で食べてないな。
もし仮に腕なんかを骨折でもしたら、こういう感じで介護されるのだろうか。
あの時、沙月は赤ちゃんと言ったが、自分はどちらかと言うと怪我した病人の気分だな。
「お刺身はどうですか?」
「うん、お願い。というかこれだけ、なんか毛色が違うけど」
「ジムの常連の方が、魚釣りに行ったついでにと持ってきてくださったんです。朝釣ってきたばかりって言ってたのでそのままお刺身にしてみました」
「ということは、高尾さんかな」
確か趣味で釣りもしていると以前言っていた気がする。
わざわざ釣ってきてくれたのだろうか、今度あった時にお礼を言っておこう。
考え事をしていると、沙月はお箸で刺身を持ち、準備は完了していた。
観念して口を開くと同じ様に口元へ運ばれ、頬張った。
おいしいなー。
周りを気にしないように、刺身の味だけに集中した。
「次はアクアパッツァはどうですか?」
「あ、うん」
いくら回りを気にしないようにと努めても、限界だった。
自動装置のように、口を開け口の中に頬張った。
「沙月」
「なんですか?」
「ごめん、ギブ」
「早くないですか?」
「そんなこと言ったって」
じろっと回りを見回すと。
隠そうともしない家族の視線とぶつかった。
「いくら普段通りにするって言ったって普段通りじゃないのを披露する趣味はないし、楽しませる趣味もないし」
「上げ膳据え膳で良かったじゃないの」
「母親としてそれで良いのか」
「もしこれで調子に乗ろうものなら、沙月ちゃんに捨てられるわよ」
言葉を受けて、沙月を見れば、にっこりしている。
逆に怖いわ。
「僕は器用に食べさせてあげるなって思っただけだよ」
「さてはやったことあるな」
「親子よね」
道理で味方にならなかったわけだ。
「おい、実生は今何を考えている」
「え、先輩方と食事がしたいなーって思っただけだよ」
「出禁にするぞ」
「あーでも、もし学校の廊下とかでばったり会っちゃったら、話しちゃうかもなー。ほら人の口に戸は立てられぬって言うしね」
「……望みは?」
「あたしは沙月さんの料理が食べられれば喋る暇なんてなくなってしまうかなー」
「――――考えておく」
このツケは高くつきそうな気がしてきた。
やり取りを見守っていた沙月が口を開くと。
「察するに二人だけの時なら良いんですか?」
「……」
言い換えてみれば奉仕してくれているという事。
決して嫌だと。
嬉しい気持ちが微塵も無かったかと問われれば、そういうことではない。
言葉に出来ずにいると、沙月の判断は早く。
「貸し一つですね」
貸しなのかこれ。
もうすでに実行されているから達成扱いにはしてくれないだろうか。
けれども、ここで頷かなければこのまま続けられるのもまた事実。
「――はい」
観念し、零すようにして同意すると、すっと沙月が離れていくのが感じられた。
これで気兼ねなく食事をすることができると、ほっと安堵の息をつく。
手のひらで転がされていると自覚しながらも、沙月をちらっと見れば、にっこりとされてしまい、苦笑いをするしかなかった。




