120【ホワイトデーの食後】
オムハヤシに舌鼓を打ち、夢中になっているとあっという間に食べ終わってしまった。
食後のコーヒーを用意していると、沙月が見慣れないマグカップを一対用意した。
「あれ、そんな食器あったっけ」
「記念にと買ってきたんです」
「言ってくれれば一緒に行ったのに」
「最初くらいはちょっと驚かせようかと思いまして。それに美和さんも用意したいって言っててそれならと一緒に買いに行ったんです」
自分が言った、一緒に行ったのに、と言う言葉に大した意味はなかったはず。
美和が一緒なら、二人で行ったのも頷ける話。
それでもと思ってしまった。
名前のつけられない胸中をもどかしく思っていると、そんな胸の内を見透かした様に沙月は言った。
「今回だけじゃありません。まだまだこれからも増やしていきたいと思ってますのでその時はお願いしますね」
「ん」
確かに言う通り、普通に買いに行けば良い。
「甘い物もあるので、出しておきますね」
「わかった」
今日という日に奮発したのだろうか。
どこぞの名前のある店で買ってきたと思われるケーキは美味しかった。
食後の微睡みとの勝負が始まる前に今日しなければならないことはやっておいてしまおう。用意したプレゼントを沙月に手渡した。
「これはホワイトデーのプレゼント」
「ありがとうございます、開けてみても良いですか?」
「ぁ――、うん――――良いけど」
「……? 何かまずいなら家に帰ってからの楽しみにしますけど」
「いや、そんな事は無いから、開けて大丈夫」
口ごもった事に疑問を持たせてしまったものの、慌ててどうぞどうぞと勧めた。
訝し気にしつつも、包みを開けていき、プレゼントを確認する沙月。
「ストールですか、とても嬉しいです」
「なんか今までのネックレスとかと比べるとちょっと地味になるかなって思ったんだけど」
「そんなの気にしませんよ。むしろ悩んで選んでくれて、嫌なわけないじゃないですか」
花が綻ぶように、表情が綻び、これでもかと幸福感を与えてくれる。
沙月の一つ一つの仕草でさえ、大事に物を扱う姿に愛おしさが溢れてきそうだった。
ストールを見つめ、手触りを確かめるようにしていると、中に隠れてストールとは違う感触の物がある事に気づかれてしまった。
「中に何か。ストールに型崩れ防止なんてないはずですし」
呟きながら、物を確認していくと。
「これは――、お手紙ですか?」
隠すようにしていたものの、意外とすぐにバレてしまった。
「あの、できれば、家に帰ってから気づいてもらえるとよかったなー、なんて」
改めて手紙という存在を強く意識させられてしまうと、書いた内容を意識してしまい、思わず赤面してしまう。
今、思い返せばあまりにも赤裸々に書き過ぎたかもしれない。
「一体何を書いたんですか? 気づいてしまったので今読んで良いですか?」
「だめ、絶対。家で読んで」
「楽しみにしておきますね」
「……書き直していい?」
「もう貰ってしまったので、諦めてください」
沙月の様子は、それはもうとても嬉しそうだ。
手紙を見つけただけで、驚きと共に花が開いたような幸せに満ち満ちた笑顔をこちらに向けてくれた。
愛おしさで胸が一杯になり、満ち足りた感情に自分がどんな表情をしているのかすらわからなかった。
沙月に対しては、これまでの付き合いで分かっている。
何かを思いつき、表情をストールと手紙で口元を隠してしまったものの、裏では口の端をいつもより深くしにっこりと微笑んでいることだろう。
「どんな事を書いたのか、ちらっとだけでも教えてくれませんか」
「後で分かるんだから、良いでしょ」
「せっかくなので、優陽くんの口からも聞いておきたいなと思いまして」
「欲張り」
「優陽くんは、物言わぬ人形をお望みですか?」
口元を隠していても、やはり言ってくることは思った通り少し悪戯混じりだった。
「そんなわけないって知ってて言ってるのって、やっぱり欲張りでしょ」
「優陽くんには欲張りになってしまいますね。だから何度だって言って欲しいです、お願いを聞いてくれませんか?」
はっきりとお願いと言われて断れるわけはない。
「どんな沙月だって、好ましく思ってるし、好きだ。こういうちょっと悪戯をしてることさえもね」
「悪戯じゃないですよ」
「そう言ってるわりには、小悪魔めいてるよ」
隠している頬を突いてみる。
「優陽くんの気持ちを知れるなら、小悪魔になるのも良いですね。黒い羽が生えたら嬉しいですか?」
「コスプレでもしてくれるの? ハロウィンはまだ遠いけど」
「――――して欲しいんですか?」
「似合うだろうし、可愛らしいだろうなとは思う」
「それだけですか?」
「……想像に任せます」
答えたは良いものの、想像に任せると言った理由は明白。
以前、コスプレとは違うがいつもと違う装いにとても劣情を掻き立てられ、気持ちのままに行動してしまったことはまだ覚えている。しかも悪魔の恰好だなんて、想起させるには事欠かない衣装ではなかろうか。
その日は、どうしても雑念を消せず悶々と眠れない夜となったのは言うまでもない。




