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119【ホワイトデー当日】

 散々悩んだホワイトデー。

 なぜ悩んでいたかと言えば、その日でちょうど付き合って一年。

 ある意味これほど解り易く、覚えやすい日もないだろう。


 そして、だからこそ何か思い出になればと、特別なことをしようと、思えばそのハードルの高さに頭を抱えた。

 ホワイトデーは男性から女性へ。これだけならまだ良い。

 あくまでもこちらがセッティングするだけなのだから。


 これが記念日ということで、双方がセッティングする可能性も考慮するとなると話しが違った。どちらか一方だけがそのことを考えているだけではない。もしかしたら沙月も何か考えているかもしれない。

 それは時としてアクシデントを呼び込んでしまうことを考えると安易に大きな事は予定しずらかった。


 もし仮に自分が外でのデートを考えていて、沙月が家でのデートを考えていたら。


 事前に話しておけば解決するかもしれない。

 それでも思ってしまう、あの驚きと共に花が開いたような幸せに満ちた笑顔を、自分にまた向けて欲しいと。


 強い思いを持って、サプライズとして考えているわけではない。それでも喜んで欲しいと思っているのは事実。どうしたら喜んでくれるかと考えているからこそ、多少のサプライズはご愛敬としてスパイスにはなってくれる。


 そんな期待と信頼を持って用意したものが、どうか受け入れてくれますように。



 日々が徒然なく過ぎていった。

 その間も沙月が帰った後、こっそりと頭を悩ませ準備をしながら日々を消化してしまった。

 

 アイデアとして思い浮かんだ当初は、これしかないと思ったものの準備を進めるうちにある思いが浮かんできてしまった。


 実はこれはとても恥ずかしい思いをするのではないかと。


 そんな後にも先にも引けなくなってしまったホワイトデー当日の家。

 事前にこの日は、外に行くか家にいるかだけを決めておいた。


「沙月、今日のご飯、何の予定?」

「せっかくなので、ちょっと頑張ってオムハヤシと新玉ねぎのサラダ。あとは春キャベツを使って何か一品、付け合わせにトマトを切ろうと思ってますよ」


 いつもより少し豪勢な気がする。

 これはやっぱり。


「いつも思ってるけど、ありがとう。さらにありがとうで良いのかな」

「そうですね、今日という日は、私達にとって特別ですしね」

「さすがに、この日は忘れられないかな」


 去年の今日は、意気地のない気持ちを奮い立たせるのに必死だった。

 それまでの関係を壊してしまうのではないかと、恐怖に押しつぶされそうだった。

 今ならあの時踏み出して良かったと本当に思う。

 これまでの日々が無かったことになるなど、想像もしたくないほどだ。


 振り返れば昨日の事のように思いもするが、この一年で得た物も確かにあった。

 かけがえのない思い出として。


 想い耽ってしまったのを、沙月にじっと見られてしまった。

 視線が絡みつき、刹那の間ではあるが、思わず互いに見合わせてしまった。


「いくら素っ気なく言われても、今日どうするかを聞かれたら分かりますよ」

「忘れてたわけじゃないんでしょ」


「優陽くんが忘れてないって証拠にもなりますよ」

「それもそうか」


 特に明言しなかっただけ。けれども、それが尚更、暗に気にしていると強調していたようで少し気恥ずかしさを感じてしまった。


「少し時間掛かると思いますけど、待っててください」

「いや、俺も手伝うよ。一緒に作るのも楽しいでしょ」

「うん、そうですね。ありがとうございます」


 一緒に作るのも別に初めてではない。

 それでもやはり一緒に作業しているというのも、楽しいものだ。

 そんななんでもない事でも、こうして記念日という名目もあわされば、尚の事、自分としても心が浮きたってどうしようもなかった。


 浮き立つ心もそのままに、作業を確認する。

 このレシピだと切るのが自分の役目。

 包丁を使う具材が沙月によって出されてきた。


「ハヤシライス用にたまねぎとマッシュルーム、もう一個のたまねぎはサラダ用で切り分けておいてください」

「たまねぎは薄切りと串切り?」

「うん、お願いします。あとトマトは串切り、キャベツも大きく串切りにしてもらってステーキみたいにして焼きましょうか」

「ん」


 トントントントンとリズミカルに、とはさすがにいかないが、ゆっくりとした手拍子くらいの速さでなら切ることができる。

 串切りにしたたまねぎはボールに移し、薄切りにしたのは水を張ったボールへ。

 マッシュルームも薄切りにした。


 隣では沙月が牛肉に火を通し、たまねぎとマッシュルームにも火を通している。

 ちらっと横目で見れば、鼻歌でも歌いだしそうなほどに機嫌が良い。

 思わず、もう少し普段から手伝っても良いかな、と考えてしまいそうになるくらい上機嫌だった。


「普段からもう少し手伝おうか?」

「急にどうしたんですか?」

「いや、凄い機嫌良いから」

「こうして一緒に料理するのは楽しいですし、嬉しいですけど、いつもやって欲しいとまでは思ってないですよ。なので気が向いた時で大丈夫です、それこそ特別な日とかですね」


 ひょっとしたら大きく考えすぎていたのだろうか。


「そっか。これはこれで特別か」

「私にとっては毎日が特別でかけがえのない日々ですから」


 日々の大切さをこうして実感することはあれど、なんでもない日がなんでもなく普通の日だと享受してしまう。

 現在という時はかけがえのないものだと、この少女と出会ってからは教えられてばかりだった。


 トマトとキャベツを切り終えれば、出来ることはなく待つばかり。

 いつもはお役御免と追い出されてしまうが、なんとなく今日は近くに居たかった。

 包丁やまな板を片付けた後も、その場から動かずに口を開く。


「もう少し何か手伝おうか」

「どうしたんですか?」

「いや、なんとなく」

「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、コンロに二人は狭いし危ないですからね」


 言ってることはもっともだし、その通りなんだけど。

 いつもと違う様子に首を傾げている。


「ゆっくりしてて大丈夫ですよ?」


 その言葉には答えずそっと近づいた。

 本当なら抱きしめたい所、そんなことをすれば本気で怒られるのなんて明白だ。それに危険なので何かあってからでは遅い。

 それこそ沙月の綺麗な肌が火傷でもしようものなら、後悔しても後悔しきれないだろう。


 ならばせめてもと、頭に手をやり髪を梳き、手を櫛のようにして通した。

 ビロードのように艶やかな感触を楽しみ、何度も梳いた。


「今日はどうしたんですか?」

「だめ?」

「駄目じゃないですけど」


 困ったような恥ずかしそうな顔。

 耳や首筋などを撫でるなど、悪戯をしたい心が擽られるがそれはさすがに我慢だ。


 悪戯心を抑え込み髪を梳いていると、一通り火が通ったのか、水を入れ蓋をし、タイマーをセット。

 煮込みに入ったようだ。


 沙月はくるりと体を回しこちらを向くと、両手を回し体を預けてきた。


「私も、こうしたくなってしまうので駄目ですね」

「煮込み終わるまで、ぐつぐつと、イチャイチャしようか」

「ちょっとバカっぽい表現ですね」


「睦み合って、戯れる?」

「途端にいやらしくなりましたね」


 会話をしながらも、自分は髪を梳き、沙月は何が面白いのか自分の背中の感触を確かめている。

 口ではなんと言おうとやっていることはバカっぽいなと思わなくはなかった。


 思い思いの行動をしていると、タイマーがピピピっと鳴った。


「最後の卵を焼きますから、大人しく待っててください」

「ん」


  若干の名残惜しさを感じながらも、先ほどまでの感情を持て余し気味だった状態よりはよほどマシだ。


 テーブルには先んじてサラダやトマトを運び、箸やスプーンなどを運んでおいた。

 出来た物を運ぼうと沙月の隣に行くと、まさしく上に乗せる卵を焼いている所。

 フライパンにひいた卵に対して菜箸を中央に立て、くるりと回し綺麗な波のような物を作っていた。

 これは以前作ってくれたオムライスと同じ形。


「へぇ、そうやって作るんだ」

「これでも練習したんですよ」


「失敗した卵はどうしたの?」

「一緒に食べてますよ」


「いつの間に」

「切ってしまえば、普通に火の通った卵ですからね」


 まさか目の前で堂々と練習してたなんて。

 気づかない自分が間抜けなのだろうか。


「さ、食べましょう」


 一緒に作ったからだろうか。

 心なしかいつもより明るい笑顔で食卓へと向かった。


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