117【修学旅行_参】
後日、順調に自由行動を消化し終わると和雲がまとめた。
「これで全部の予定は終わったね。皆、お疲れ様」
「お疲れ」
「ここからは学校のレポート関係なしに動けるけど、何か希望はあるかい?」
まるで何かを許可しているかのような物言いだ。
「おれ、彩晴にお土産見たい! 和雲と美和手伝って!」
「しょうがないわねー」
「僕達はこの通りだから、朝比奈と琴葉さんは好きな所行って良いよ」
「優陽くん、良いんですよ」
「本当に良いのか? 言葉に甘えて」
「朝比奈くんも仕方ないわねー、結局行くんじゃないの。ブルータスおまえもか」
「誰がカエサルだ、裏切ってない」
「だってあれだけ行かないって言ってたじゃない」
「沙月が良いって言ってくれたんだ。裏切ってないだろ」
「沙月ちゃんも、朝比奈くんのことになると甘いんだからねー」
まるで芝居がかったように美和は言うが、もちろん沙月も負けていない。
「あ、ひどいじゃないですか。そんなこと言ってると飛江さんも、もう甘えてくれないですよ」
「琴葉さん、巻き込まないでくれる?」
「そうだぞ、いくら和雲でも甘えたい相手は選ぶだろう」
「朝比奈もその言い方はやめてくれるかな。ちょっと誤解してるからね」
ゴボン、とわざとらしく咳払いをした後、和雲は続けた。
「甘え方の違いであって、僕はいつも美和に甘えてるんだから、それ以上は言わせないよ」
「へー、どういうこと?」
「僕はどうしても一歩引いて見てしまうからね、中心に成れる熱量と言うのかな。そういう物が無いんだ。それでも何かをしたくないわけじゃない。そんな僕の手を引いて、引っ張ってくれているんだよ」
「「へー」」
思わず、海と出た言葉が揃ってしまう。
「「……」」
誰も何も言わない空白の間、言った本人が耐えられなくなった様子で。
「――ちょっと、何か言ってくれない?」
「え、だってさっきそれ以上言うなって」
「そういう意味じゃないってわかってるよね」
「それはまぁな。と言っても最初に口を開くべきなのは俺達じゃないだろ」
もちろん、自分や沙月、海も敢えて何も言わなかった。
けれども、何も言えなかった、言葉が出なかった人物もいたわけで。
「――き、気が変わったわ。海は朝比奈くん達と行って」
「えー」
「全場さん、良かったら優陽くんの相手をしてあげてください」
「鍛えてやるから、来いよ」
「お土産は!?」
「少し早めに切り上げて付き合ってやるから」
「仕方ないなー」
そのまま近くにいたら火傷してしまいそうな空間からはさっさと離れてしまおうと、速やかに、迅速に、静かに和雲と美和から自分達は距離を取り、やがて見えなくなった。
海を連れてジムへと向かう途中。
「なんか、ずるいなー」
「何が」
「んー、帰りたくなったってことかなー。学校が恋しい」
「学校じゃないだろ、篠原さんにだろ」
「いいだろ、別にー。はっきり言わなくても良いじゃないかー」
文句を言いながらも楽しそうな海。
もしこの修学旅行で沙月と別行動をしろと言われたら、やはり同じように思ったことは否めない、とも思い。
「わかったわかった。順調そうで何より」
「なんかさー、気兼ねなく二人で居れる場所があるのは羨ましい」
「遊びにいけばいいんじゃないか?」
「それだって、人の目もあるしお金も掛かるしなー」
海は、盛大な溜息をついた。
「一緒に入れるだけで良いのになー」
「どうせなら、それを直接言ってあげたらどうだ」
「口には出してるけど、どうにも本気度が伝わってないというか」
「言い過ぎてるとか?」
「そこまで何の気もないまま言ってないんだけどなー」
「言いたいことが分からないでもないけどな、篠原さんの海に対するものって……、凄いよな」
言葉が上手くでない自分と、何を言われるのかと身構えていた海。
同時に二人して吹き出してしまった。
「語彙はどこいったんだー?」
「いや、なんか探しても上手いこと言えなかった。母親みたいって思ったけど違うと思うし、見守られてる感が強いよな」
「あー、うん。それは感じてる。甘やかされてる」
「海が一番甘やかされてるのは間違いない」
「一番は分かんないぞ」
「そこは一つ上ってことで華を持っとけよ」
「彩晴あげてるけど、おれ下がってない?」
「彼女が上がってるならいいだろ」
「本気で言ってるから、何も言えないじゃないか、このやろー」
口では文句を言いつつも、満更でもない様子。
順調に尻に敷かれているようで何よりだ。
「ところで、沙月は何やってるの?」
先程から、会話に口を出さず、携帯をずっといじっては何かを入力している。
「いえ、私と美和さんは、あるミッションをお願いされてまして」
「ミッション?」
「彩晴さんに関して、何か全場さんが言ってたら報告して欲しいっていうのをですね」
「ちょー、ちょ、ちょっと何してんの!?」
「会話が筒抜けってこと?」
「彩晴さんが喜びそうなことしか伝えてませんよ」
しれっと凄い事を言っている沙月。
伝えて良い理由にはなってないと思うのだが。
「でもそれって、今の会話を伝えてるってことだよな」
「想像に任せますね」
「ちょっと優陽の彼女、どうにかしてくれない?」
「偉いだろ?」
「おれの意志は!?」
「彩晴さんにミッション止めて貰えばいいじゃん」
「聞いたらまずいことでも言ってたのって返されたら、困るだろー」
思わず、なるほど、と感心してしまった。
確かにそう言われたら、困るな、と。
「全場さん、それいいですね」
「え、ちょっと海。何変なこと吹き込んでくれてるんだ」
「今! この時! なう! その本人が吹き込んでるんだけど!?」
オーバーなリアクションを交えながら海が、焦った様子を伝えてくる。
「優陽くん、大丈夫ですよ。私に言えない理由が、決して私を裏切っているから言えない、信用してないから言えないだけ。なんて思わないので、言いませんよ。多分」
「そこは多分をつけないでもらえると……」
「言うのを忘れてただけ、気にしてなかっただけ。というのはありそうなんですよね」
じとっとした視線とともに投げかけてくる言葉。
こちらを見ながら報告をするという器用な事はさすがにできないようで、勿論その報告する手は止まっている。
「特に気にしてないって部分な! 気づいてないのも含めて!」
沙月の言葉に乗る様にして、海は口を開いた。
海の目的は明らかで、報告という作業から目が逸らされれば何でもいいのかと毒づいてしまう。
「やっぱりそう思いますよね」
「何を根拠に」
「「文化祭」」
「あー……」
指摘されて思い出すのは、当時言われた沙月からの言葉。
印象に強く残るのは、気を付けて、と。
あくまでも独り言と断って言われた内容は、寝耳に水であって特別意識していたわけではなかった。
だからこそ気づいてないと指摘されている訳でもあるが。
「でもさ、それも含めて優陽の良い所って、琴葉さんも思ってるんでしょー」
「そうですね、優しさから来てるものですしね」
「だったらどうのって言っても仕方ないんだろうなー」
「ふふ、ありがとうございます」
渦中にあると言うのに、水が流れるように回り、納得された。褒められてるのか諦められてるのか。印象が微妙な所だけに、妙にむず痒い感じは否めなかった。
一区切りと答えた沙月はまた指を動かし始めてしまう。
「おれ、良いこと言ったと思うんだよなー」
「優陽くんの良さを知っていてくれる人が、身近にいるのは嬉しいですよ」
「その手を止めてくれても良いと思うんだよなー」
「今のやり取りを伝えて、素敵ですねって言われる位、受け入れるのは度量じゃないでしょうか。あ、返信が返ってきて、彩晴さんも喜んでますよ」
海もなんだかむず痒そうな表情を浮かべていた。
ため息と共に海と目が合ってしまい、互いに小突き合いながらジムへと向かった。




