115【修学旅行_壱】
世間の一大イベントが終わり、次にやってきたのは学校の一大イベント。
修学旅行。
場所は、京都。
ジムで他の学校のことを聞いても、さして大差なく人によっては沖縄や北海道に行ったとのこと。
ただ大きく違ったのは、季節でもっと前に行った人が大多数。
なんでこの時期なのだろうか。
不思議には思う物の学校行事にあれやこれやと理由を求めても仕方あるまい、過ごしやすい時期に行けると思えば、それで良いだろうと特に気にしなかった。
自由時間は班行動となり、自ずと仲の良い人達で固まり、それぞれの輪ができている。
自分はと言えば、いつも通り沙月、和雲、美和、海の五人で集まっていた。
するとそこに。
「朝比奈、良かったら混ぜてくれないか?」
そう言ってきたのはクライミング部の間宮だった。
最近は、自分もいつも通りのジムで登っているため、こうして何かで一緒に行動するというのは久々だった。
「俺は良いけど」
ちらっと、四人を見回せば否を言う様子はない。
「良いみたい」
「サンキュー、いやーせっかく抜け出すんだから朝比奈も一緒の方が良いよな!」
「は? 何が……?」
抜け出すとかさらりと凄いことを言っている気がする。
「だって、せっかく遠征できるんだぞ。他のジムも気になるじゃないか!」
「それはまぁ……、気にならないと言えば嘘になるけど」
いくらなんでも修学旅行で行く必要はあるまいて。
それに四人の視線が痛いし。
「いくら自由行動でも、それはさすがにどうかと思わよ……」
「僕も美和の意見に賛成かな」
「おれでも微妙だって思うぞー」
「優陽くん、一生に一度の思い出って言葉、知ってますか?」
つい先日、周囲の女子を圧倒していた圧が自分一人に向けられていた。
他三人の視線はともかく、想い人の視線は控えめに言っても、怖い。
「行くなんて言ってないし」
「その割には凄く興味ありそうでしたけど」
「新堂が、朝比奈なら行くだろうって言ってたからてっきりそのつもりなんだと思ってた」
これって被害者じゃないか?
「新堂からは何も聞いてないぞ」
「新堂曰く、クライマーならその辺りを散策するよりも遠征したいだろうって」
「……」
あながち間違ってはいないが、何を勝手な事を言ってやがると心の中で毒づいてしまう。美和が掌をこちらに向け、先を促した。
「朝比奈被告、弁明をどうぞ」
何この魔女裁判。
疑わしきは罰しないで欲しいんだが。
沙月の視線は変わらず、厳しいままだし。
「行かない行かない」
「優陽くん、少しも行く気はないんですか?」
「少しも行く気はない!」
「少しも気にならないの? 沙月ちゃんの目を見て言ってみて」
「気には、なる……」
「ほら、やっぱり」
「気になるのは仕方ないだろ。それでも行かないって言ってるんだから信用してくれ」
「それじゃ、俺は途中から新堂達と合流するから、そういうことでよろしく」
そう言って間宮は、予定を差し込んできてしまった。
絶対にあれは、行くことに対してどうのと言われる前に逃げたな。
その証拠に離れていく間宮には四人の厳しい視線が向けられている。
「ねぇ、朝比奈君」
「なんでしょうか」
「クライマーってみんなあんな感じなの?」
「ノーコメント」
「どうしてよ」
「それ言ったらノーコメントって言った意味がないだろ」
そんな心情もエスパー的な存在が居ては意味がなくなってしまう。
「差し当たって、周りにそういう人も多いけど、朝比奈自身は違うと主張したいって所かな?」
「和雲は考えを読むのやめてくれない?」
せっかく濁したのに台無しじゃないか。
「ていうことは、きっと似たり寄ったりなのね、沙月ちゃんはどう見てるの?」
「こちらからどこかに行こうと誘っても嫌がりませんよ」
「朝比奈君から、誘うことはないの?」
「私のためを思って誘ってくれてるんだなって感じることはありますけど、優陽くん自身のみに関することとなると、――クライミングが関わっているのがほとんどですね」
「沙月ちゃんのためなら動けるっていうのは、まだマシって言えるのかしらね」
嘆息するようにして言われてしまった。
暇があったらジムに行ってた人間に何を言ってるんだと。
それを言ったら言ったで、物議を醸しそうなので言わないが。
「今の所、困っては無いですね」
「今の所は、ね」
「毒あるな」
「修学旅行次第じゃない?」
「行かないって言ってるだろ」
なおも疑って来る美和の言葉に、二言は無いとばかりに返した。
沙月は受け答えこそしているが、何かを考えている様子。
「あぁ――――なるほど。あれはそういうことだったんですか」
そしてぼそっと小さな声で呟くと、顔をあげ確かめるようにして口にした。
「今のできちんと理解できた気がするんですけど。亜希さんが言ってた他のジムに大人たちが行っているってこういう事だったんですね」
「あー、うん、まぁ。大人たちは、きちんとその目的で行ってるけど、概ねそんな感じ」
「結局、行きたいって所は、同じ穴のムジナなんじゃない」
「施設があって、内容が変われば、他にも行ってみたいのは仕方ないだろ、テーマパークとかと同じだと思うぞ。それに行きたいのは認めただろ」
認めているし、行かないと言ってるのだからそろそろ止めて頂きたい所ではあるのだが。
「旅行……」
「……」
「旅行がどうしたの?」
「いえ、旅行に行きたいって優陽くんがこの前言ってくれたんですけど」
「――――その話しは今度しよう、な。沙月」
どうにもこの流れは良くない方向にいってしまうのではないか。
そんな嫌な予感ほど、当たるもので。
「この場合の旅行というのは、ジムに行くのも込み。ということですよね。きっと」
「――――ソウデスネ」
「さすがに二人きりの旅行で何を目的で行くかなんてのに口は出さないけど、泣かさないようにね」
「きっとこの場合は、呆れさせない。という方が適切かもしれないよ」
「――――ソウデスネ」
こうしてクライマーの性とも言うべきことを露にされ、理解されてしまうのだった。
そんな出来事のあった夜。
沙月が少し肩を落とし話し掛けてきた。
「あの、昼間はすいませんでした……」
「――――何が?」
「いえ、せっかくの修学旅行をジム巡りで潰すのかと思って、ちょっと責めるようにして言ってしまったな。と思いまして」
なんだそのことかと思っていると、沙月は尚も続けた。
「一応、念の為、誤解が無いように伝えますけど」
「ん?」
「もし二人で旅行に行けることになったとしてですね」
「うん」
「ジムに行くのが嫌だと言うわけではないですよ」
「うん、ありがとう」
もちろん、自分としてもジムはジムだ。
何かイベントがあるならともかく、何がなんでも旅行に行ったからといってジムに行きたいわけではない。
「俺からも一つだけ良い?」
「うん、なんですか?」
「誰が悪いって、勝手に勘違いしてた間宮と新堂が悪い」
新堂が勘違いをしていたという話し自体は想像できるものの、それを間宮があそこで口走ったことが原因なのだから文句を言われても仕方ないだろう。
そんな思いが伝わったのか、沙月も笑いながら。
「あは、まぁ、そうですね。あの唐突さで、さも決まっているかのように言われたら、そういう印象を決定づけてしまいますからね」
「クライミングを何よりも優先するって証明してどうするんだか」
これだからクライマーはどうしようもないみたいに、決めつけられてしまうのではないかと文句を言いたくもなってしまう。
「優陽くんは、クライミングを優先とかしないんですか?」
「そんな一律で決められるものでもないでしょ」
「と言うと?」
「例えば沙月が風邪引いてて、それを放っておいてまで行きたいとは思わない。逆にジムに行く予定だったとして、何もないのに沙月が許してくれないとも思ってない」
「予定がぶつかったらどうするんですか?」
「要相談、と言ってもジムに行くことなんて、日常的なことだからいくらでも予定をずらせることだとも思ってるけど」
内容を聞いた沙月は、顔を綻ばせ安堵の表情を浮かべた。
「ふふ、ありがとうございます」
「え、なんで?」
「だって、さっきの内容だと私を優先してくれるって言ってるようなものですよ?」
「ん? そう? なのかな?」
「とりあえず、安心してください。私とどっちの方が大事なのとか聞きませんから」
確かによくあるセリフではある。
そもそも比べられるのかが疑問だけど。
「やめて欲しいとも思ってませんし、むしろやってるのを見てるのも好きですからね」
「ありがとう」
「なんだったら、少しなら時間作っても良いですよ」
「なにそれ優しすぎない」
「いえ、普段を考えると一日中って捉えてしまいましたけど、いくつも観光施設を巡ったりするうちの一つだと思えば、その場でしか出来ないこととも言えますので」
申し出自体は凄くありがたいのだが。
「食事の後、抜け出していければ良いのにな」
「その方がダメに決まってるじゃないですか、学校として許されないんですから」
「だよね」
「さすがにそれで先生に見つかったら笑えないです」
「そんなわけで、どうしても行きたいとは思ってないよ。美和にも宣言させられたし」
「備えておいても良いですよ」
「ノーコメント」
どうにも沙月の許しが得られるとなると決意が鈍りそうになる。
シューズにTシャツ、パンツだけならそんなに荷物にもならないし。
荷造りをする際は、大いに悩むこと必死だった。




