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114【想い人の家】

 授業が終わり家に帰宅すると私服に着替えた。

 と言っても、いつもとそう変わらない服装。

 何か変えた方が良いかと思いもしたが、それはそれで気合が入りすぎてると思われても少し恥ずかしい。


 せめてもと誕生日に貰ったネックレスを見えるように出した。

 いつもは沙月と共に、服の中に隠すようにして身に着けている。いわゆる二人だけの秘密という奴で少しこそばゆいような、むず痒いような。

 それでもせっかくのお揃いだからと肌身離さずつけている。


 家を出てマンションの廊下へと出ると、いつも沙月は、この道を来ていたと思うと妙な感慨を感じた。

 回数は多くないものの、沙月を送り届けることはあった。ほとんど沙月の意識は船を漕いでいたが。

 一歩一歩を踏みしめ歩けば、そう時間も掛からずにドアの前に付いてしまった。


 チャイムにゆっくりと手を伸ばす。

 伸ばした手のぎこちなさに、思ったよりも力が入り緊張しているのを自覚した。

 どれだけ一緒の時間を過ごしたとしても、より強く内面を写す自宅を尋ねるのだから、平静で居られるわけがなかった。


 ドアが開かれ、想い人が顔を覗かせてくれた。

 別れてから一時間、いやもしかしたら数十分も経過していないにも関わらず、その笑顔に心惹かれた。


「いらっしゃいませ」

「おじゃまします」


 中に上がるとチョコレートの甘い香りがしていた。

 今年は事前にどうするか教えてくれた、というのもバリエーションを持たせる為に事前の用意が必要だったからだ。


「この匂いが、チョコレートフォンデュ?」

「うん、もう少し具材を用意するので、入って少し待っててください」

「ん」


 沙月は台所に戻っていき、何かに火を入れているのか、レンジの中の様子を伺っている。

 手持無沙汰に部屋を見回せば、自分の部屋とは随分違う物だと感じた。

 

 ソファにテーブルがあるのは変わらない。

 カーテンもきちんと付けられているし、何も可笑しい所はない。

 どこの家にもある普通の家具。

 それでもどこか物悲しく感じてしまった。

 配色が彼女らしくないと感じた。


「もう出来ますので、座って待っててください」


 そう声を掛けられ、手近なソファに腰かけた。

 もうすでにいくつかは食材が用意されていて、バナナやキウイなどのフルーツにマシュマロなどのお菓子。

 お菓子と言えば、ポテチがあった。

 しょっぱい物に甘い物を掛ける。普段はあんまりやらない組み合わせだけに少し意外だった。


「準備できましたので、自由に召し上がってください」


 沙月が鍋と共に持ってきたのは、蒸したさつまいも。

 これもまたあんまり見ない組み合わせだなと感じた。


「ありがとう、いただきます」


 フルーツにチョコをつけた感想は言うに及ばず、マシュマロも当然の如く美味しい。

 どうなんだろうと、首を傾げながらポテチを食べれば、これはこれでいける。

 意外だったのはさつまいもで、ホクホクとした触感と適度な甘さが舌を喜ばせ、新たな発見があった。

 舌鼓を打ちながら食べ進め。


 チョコレートで包まれたマシュマロを串にさし、沙月の前へ持って行けばパクリ。

 お返しとばかりにさつまいもにチョコレートを付けて、自分の前へ。

 パクリとかじりつくようにして食べた。。


 そこは間違いなく、チョコレートよりも甘い空間だった。


「ごちそうさまでした」


 食べ終えたのを見計らうように、沙月から紅茶が差し出された。


「ありがとう」


 特に答えずににっこりとされてしまった。

 出された紅茶で口の中をさっぱりとさせながら、ついまじまじと見てしまう。


 沙月の服装は今日に合わせたのか、ダークブラウンのセーターに、それよりも少し薄めのスカート。ようはチョコレート色だった。

 体に密着し露出があるわけでもないのに、やけに心が惹かれるのもやむを得ないというもの。

 まるでデザートだと感じるものの。

 考えすぎだと頭を振った。


「満足して頂けましたか?」

「もちろん」

「そうしたら、最後にですね――――」


 言葉の続きを妄想してしまい、ゴクリと喉を鳴らした。

 知ってか知らずか、沙月はポンポンと膝を叩きながら。


「頭、乗せていいですよ」

「……ん」


 ですよね、分かってた。


 体を横にし頭を乗せると、丁寧に撫でてくれた。

 その手は柔らかく、心地よい。


 気が緩み、周囲に視線を彷徨わせてしまった。


「内装、気になりますか?」

「――隠しても無駄か。ちょっと意外だとは思った」

「気にしないで下さい。って言っても気になりますよね。今はもうそこまで特別な意味なんて無いですよ」


 今はもう。と言うからには、以前には何か意味があったからで。


「一人暮らしをいざ始めても、どうしたら良いか判らなかったんです。いざ家具を買わないといけないと分かってても、叔父の家にあった物と似た物は少し辛くて。叔父の家にあったのは義妹の閑奈さんが好きな物で溢れてましたので」


 まるで当時を思い出しているかのように、目を細めている。


「今はもう大丈夫ですよ。それこそ色んな物を見かけてはあれも良い、これも良いって楽しみなくらいなんです」

「買い換えないの?」

「そうですね、いっそのこと買い換えようとも思いましたけど、もうあの時を懐かしく思えるくらいになってしまったので今更かなって」

「……好きなの、選んで良いよ」


 暗にいつとは言わなかった。

 一緒に住もうと約束はしているものの容易く買い換えると約束出来るわけではない。

 現実を見据えれば、恐らく今使っているものを持ち寄ることになるだろう。

 それでも、いつか――――いつかは、その言葉が実現できるようにと。


「……楽しみが増えていきますね」


 言葉と共に言った沙月は、噛みしめるように言い、表情を綻ばせた。

 沙月の膝は、とても気持ちよく満たされた腹具合も手伝い、このままに身を任せたい誘惑は強烈だった。


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