113【喧し騒がしチョコレートデイ】
昨今では男性から女性に渡すことも珍しくない一大イベント。
いや、別に今回も自分が誰かに渡す予定なんてないが。
ちゃんと貰える程度には、信頼関係を築けている、はず。
なにせ去年は、そわそわと落ち着きのない姿を披露し、笑われてしまったのだ。
今年は少しはどっしりと構えて慌てず騒がず、少しは成長しているとみせたいものだと思っていると。
「優陽くん」
「ん」
「折角ですので、バレンタインの日は私の家に遊びに来ませんか?」
「ん、行く」
唐突の誘いに、思わず言葉少なに答えてしまった。
なにせ女性の家に行くのなんて、初めての事だ。
どう反応して良いのかわからない。
「なんかやけにあっさりしてますね」
反応がお気に召さなかった様子。
「そんな事ないけど」
「あまりそうは見えませんけど?」
「これでも、楽しみにしてるし」
「そういうことにしてあげても良いですけど。これでも勇気を出して誘ったんですけど。少しは反応してくれても良いと思うんですけどっ」
拗ねられてしまった。
そう言われてしまっては、論より証拠。
「沙月、ここ座って」
自分の膝をポンポンと叩いた。
拗ねた表情そのままに、誤魔化されないという意思を感じる。
膝に乗ってきたのを確認し、沙月の頭を自分の胸に寄せてあげた。
自分でも分かる位に、ドクンドクンと高鳴っている心臓に耳を当てさせると。
「うるさいくらいにはっきり聞こえますね」
「胸が踊って仕方ないって言うのは、伝わった?」
「期待に応えられるようにしますね」
「少しは俺の心臓を労わってくれると助かりますが」
腕の中で口の端を少し深くし。
「いっそのこと、鍛えてみますか?」
なんて恐ろしいことを言いだしているんだ。
「鍛えても鍛えても、沙月がくれるものに耐えられると思わないんだけど」
「私はいつも貰ってばかりなので、少しでもお返しできてるならこんなに嬉しいことはありませんよ」
「俺の方こそ貰ってばかりな気がするけど」
「なんとも欲の無いことですね」
「お互い様でしょ」
切に思うとすれば。
この温もりが隣にある、これだけは何者にも譲ることはできない。
そういう意味ではただ一点において、この欲の深さで言えば深海よりも暗く先が見えなくなるほどではないかと思う。
バレンタイン当日がやってきた。
同じ教室に沙月がいて、にこにこと笑顔で隣に立っている。
表情こそ笑顔だが、言いようのない圧を自分でも感じるくらいだ、女子が近付こうものならその恐怖は計り知れない。
「沙月さん」
「なんですか?」
「そこまで警戒しなくても」
「一体誰のせいだと思ってるんですか? 普段からそうですけど、隙があり過ぎです」
「あ、はい。すみません」
文化祭で指摘されただけに罰の悪さから、何も言えなくなってしまう。
ふと去年を思い出せば美和も似た感じだったなと。
思い返し和雲を見れば、やっぱり似たようなものだった。
現実から逃げるように、そっと視線をずらしていると入口から声を掛けられた。
「朝比奈、お客さんだぞ」
そう言われて廊下の方を見てみれば、確かに実生が来ていた。
用件は解るものの、学校で渡さなくても家で良いのでは。
沙月に一言断ってから廊下に向かった。
「どうした?」
「はい、これ」
「ありがとう、家で良いんじゃないか?」
「今日、兄さんは家にいないのに?」
ニヤニヤとした表情を隠そうともしない。
「いや、さすがに帰るし」
「何時か分からないのに、そう言われても。そこまで私も暇じゃないんですぅ」
「わかったわかった」
「沙月さんのご飯、一品縛りなし、三回でお願いします」
献上物でも渡すかのように頭を垂れさせた。
ある意味献上しているが。
「具体的すぎる」
「ウィンウィンでしょ!」
「沙月が勝ってないぞ」
「それ、二人分! それじゃ、戻るから!」
そのままさっさと戻って行ってしまった。
渡すだけ渡して行ってしまい、どうやら三回のご飯を取りつけるためだけに来た様子。
しっかりしてるんだか、ちゃっかりしてるんだか。
その行動をもう少し自身に向けてもいいんじゃないかと思ったり思わなかったり。
チョコを貰ったという事実を特に何も考えず、手に持ったまま教室を開けると。
待ち構えていた男子と女子にあっという間に囲まれてしまった。
「ねぇねぇ、今のどういうこと?」
「どういうことって――」
「浮気?」
「おい、今言ったの誰だ」
「お前には琴葉さんがいるだろう、他の子にも手出し始めたのか!」
「人聞き悪い事を言うな!」
「ロリコンに目覚めたのか?」
「何にも目覚めてない!」
「それでどっちが本命?」
「沙月以外いないし、うるさいぞ黙れ、力ずくがお望みなら応えるぞ」
半ば切れ気味に言った言葉に、ヒューヒューと囃し立てられた。
隠すことなく、むしろ自分の物だと主張してきているので、今更こんな事で動じていられない。
「それはそれでいいけど、そうするとあれは誰なんだ?」
「妹だが」
答えた瞬間、全員が音を無くし、完全な静寂に包まれた。
これまで関係無さそうにしていた連中まで、言葉を無くしている。
結局のところ、聞いてたのか。とツッコミたい。
「つまんな~い、解散」
「つまる、つまらないでダシにしないでくれ」
「いや、でもここはこれを機に仲を取り持って貰うのは有りなんじゃないか。一年生とも繋がりが出来るのは朝比奈が兄ということを差し引いてもメリットが」
「そういう悪だくみは、せめて目の前でやらないでくれるか……」
盛大に溜息をつきながら、席に戻ると。
「実生ちゃん、人気でしたね」
「外面だけは良いからな」
「お兄ちゃんとしては、心配ですか?」
「むしろ、相手の方が心配。実生が行くのなんてクライミングジム以外いかないぞ」
あの口を開けば、クライミングのことしか話さない妹をどうにかできるものなら、してみれくれと、ハハッと半笑いしながら言い放った。
開いた口は尚も塞がらず。
「ジム以外の場所に連れ出せるもんなら、連れ出した方が良い」
「あんまり優陽くんも人のこと言えませんけどね……」
思わぬ所からの物言いに、機械仕掛けのように首を回した。
「あれ……俺は、他の場所にも行ってるし」
「それは拒否をしないだけですよね」
「……もしかしてどこか行きたい?」
特大のブーメランを投げてしまったことを自覚した。
「いえ、お買い物に行きたいと言えば一緒に来てくれますし、折に触れては私の知らない世界を見せてくれたのも確かなので特にとは言いませんよ。それに去年は目標に向かって頑張ってたのも知ってますから。ただ――――」
ふぅっと一息。
「普段がジム通いなのを棚に上げるのもどうなのかな。とは思いますよ」
「一緒に来てくれてることには、常々感謝してます」
「そうですか。旅行。楽しみにしてますね」
あぁ、早く大人になりたいものだ。と願わずにはいられなかった。
そんな嘆きを聞き入れたのか、チャイムが鳴りまた一つ時を刻み授業再開の合図が鳴り響いた。




