112【はた迷惑な始業式】
冬休みを終え、新年最初の登校日。
こうした高校生活も折り返しを過ぎた。
連休明けだからか、いまいち気が引き締まらなく、小さく口を開けてあくびを噛み殺す。
沙月と共に集合場所に行き、時間を潰していると、間宮が話し掛けてきた。
「いたいた」
「探してたのか?」
「そういえば伝え忘れてたと思って」
「何を?」
「朝比奈、今日の全校集会で名前呼ばれるぞ」
「え、なんで」
「なんか優秀な成績だったから、発表するとかなんとか。詳しい理由は大河内に聞いてくれ。とりあえずおれは一応伝えておいてくれって言われただけだから」
いや、それなら理由まではっきりと教えてくれよ。
「普通に発表されたくないんだけど」
「朝比奈は忘れてるかもしれないけど、あれは部活だぞ。報告しないわけにもいかないんだから、仕方ないだろ」
「……俺なにかするの」
「名前が呼ばれるくらい」
「……普通に嫌なんだけど」
「さらに有名人になるな、おめでとう」
「嬉しくないんだけど」
「おれに言われてもな、伝えるだけ伝えたからな」
そう言って、間宮は離れて行った。
「優陽くんは嫌かもしれませんけど」
「ん?」
「私は誇らしいですよ」
そう言うと沙月も自身の列へと並びに向かって行ってしまった。
確かに過去、沙月と横に並んでも恥ずかしくないようにと思い、悩んだ。
結果、せめて背筋を伸ばして堂々としていようと考えた。
それでも、何かに表彰されたから。というのは違うんじゃないかと考えてしまう。
結局のところ、外から見える形での称号を求めてたわけではないということだった。
はぁぁぁぁぁ、と盛大に溜息を吐き、肩を落とす。
一人にされてしまうと思わずといった風に出てしまうのも仕方ないだろう。
余りの大きさに周囲がびっくりするのにも構わず、気持ちを上げる事はできなかった。
伝え聞いた通り、全校の前で名前を読み上げられた時。
はは、本当に読み上げられたよ。というどこか他人事めいた感想と、嘘か幻だったら良かったのに。という逃避めいた感想に苦虫を噛みつぶすしかなかった。
全校集会も終わり、ホームルームも終わり、後は帰るだけ。
それでも自分は動くことが出来ずにいた。
「朝比奈くん、全校の前で名前呼ばれるなんて凄いじゃない」
「優陽、頑張ったんだなー」
「朝比奈はやっぱ凄いね」
口々に褒めてくれるが、今、この瞬間、素直に喜ぶことはできない。
こうして周りを囲んでくれている事自体が有難く、そんな心情を理解しているからこそ、敢えて軽口を叩いてくれている。
なぜなら文化祭で多少距離が近くなったせいか、こっちをちらちらと見ているクラスメイトの視線が気になって仕方ない。
これで皆がいなかったら、どうなっていたことか。
そして何よりもだ。
ぱっと見は沙月の様子に変化はない。
いつもと同じように凛とした佇まい。
ただし、心なしか誇らしげに見えるのは気のせいだろうか。
きっと気のせいじゃないのだろう、さっき言葉にしてくれたのだから。
「だめだ、このままじゃ手伝ったのを後悔しそう」
「なんでよ、頑張ってきたことで結果が出たんでしょう?」
「それはそうなんだけど。目立ちたくない」
「よくそれで頑張れたわね」
「いや、それはちょっと煽られてムキになったらこんなことに」
「どうせ沙月ちゃんに関して、何か言われたんでしょ」
「和雲に続いて、美和までエスパーになったか」
「何アホなこと言ってるの、こんなのわたしじゃなくったってわかるわよ」
見回すと和雲も海も頷き、同意している。
「それに沙月ちゃんのそれは、ツッコミ待ちなの?」
「え、何がですか?」
「何って、その誇らしげな顔は何なのよ」
「何と言われても、誇らしいですよ」
「あ、うん。こういう時の沙月ちゃんは強かだったわね。ごめん聞いたわたしが悪かったわ」
「美和さんから聞いてきたのに。私は何も言ってないのに」
「口以外の全部で物語ってたわよっ」
呆れ果てたとばかりに、息を吐かれた。
「そろそろ帰っても良い?」
「おれもそろそろ行きたいところがあるんだよなー」
海はどうせ篠原さんの所だろう。
薄情者め。
「待って――――」
「……待って?」
「ください、おねがいします」
今このバリアがなくなったらどうなるか。
さっきから周りの視線が右往左往しているのが見て取れ、美和達がいなくなったらどうなってしまうのか。
いや、別にいないからどうなるという程のことでもないかもしれない。
それでも、物理的に視線が届かないというのは有難かった。
「美和のは冗談だから、良いとしてさ。いつまでこうしてるのさ」
「一人冗談じゃない奴がいるだろ」
「同じクラスにいないんだから仕方ないだろー」
敢えて誰と聞くのは野暮というもの。
「何か言ってたらよろしく言っておいて」
そう言って、手を上げ教室を出て行った。
「ほとぼりが冷めるまで待ちたい」
「日付変わるじゃない」
和雲が興味半分だろう、聞いてきた。
「と言うか朝比奈さ」
「ん?」
「カップルコンテストとかに出たりしてるけど、今更目立つのをそこまで嫌がるって何なのさ」
「別に元々好き好んで目立ちたいとかは無いけど、これは俺一人の事だからな」
「琴葉さんが絡めば頑張れるってこと?」
「……否定はしない」
自分で言ってて正直どうかとは思った。
それでもそれが真実。
今度こそ呆れ果てた表情を露にされ。
「美和、もう放って置いて帰ろうか」
「和雲くん、わたしもそう思ったところよ」
割りと冗談ではなく帰るらしい。
荷物を取りに席へ向かっている。
「こうして人が減っていく。――――そろそろ人減ったかな?」
「だいぶ減ってると思いますよ」
「帰るか……」
確かに見れば、教室にも人の姿はまばらで、さっきまでの喧騒もだいぶ静かになっていた。
四人で学校を出たからか、特に誰かに捕まるわけでもなく帰宅することができた。
同じクラスならいざしらず、名前だけで顔が一致するわけもないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
家につき、いつもの時間通りに過ごしていると。
「それにしても、一時期クライミングをしていることに対してそこまで忌避しなくなったと思ったんですけど、また隠したくなったんですか?」
「んー、隠すと言うか興味本意であけすけな言葉が嫌いかな」
自分の言葉が意外だったのか、目を若干見開いた。
いつもと違う表情に、これはこれで可愛いなと思ったり思わなかったり。
怒りの感情が見え隠れしてちょっと怖いけど。
「何かあったんですか?」
「よくある話だよ。少し聞きかじった事に対してやってみたら、思った事と違う。何が面白いのか分からない。そういった雑音が嫌いなだけ」
今だから解る。
きっと自分達と同じようにできると思ったのだろう。
自分と旅人、麗奈の経験者に混ざってしまえば、当然のようにその経験値による差が、如実に表れ目の前に突き付けられてしまえば、面白くないだろう。
それでも言われた方としては、そっちからやってみたいと言ってきたのだ。
卑下するようなことを言うくらいなら放っておいてくれと思ってしまう。
「もちろん、幼い時のことだからそのまま当てはめるのは間違ってるかもしれないけど」
「確かに良くある話しと言えば、そうですけど」
はぁ、と溜息一つ。
「いえ、あれこれ言ってもしょうがないですね。きっと私が言いたい事なんてわかってるでしょうし」
「ん、そうかな。見知った人ならともかくね。ってところが自分の感想かな」
いつの間にか沙月は後ろに周りっていた。
どうしたのだろうかと訝しんでいると、ふわりと頭を抱えられてしまった。
「あえて言葉にしますね。私は優陽くんの全てを受け入れますよ」
「ありがとう。いつもすまないね」
「おじいさん、それは言わない約束ですよ」
「誰がおじいさんなの」
「私だって、おばあさんじゃないですよ」
「あえて言わなかったのに」
くすくすと笑い揺れる髪の毛が少しくすぐったかった。
「表彰式はどうなんですか?」
「表彰されるのは単に気恥ずかしいだけだけどね。結果にしても運が良かったとも思ってるし」
「……もう少し誇っても良いと思うんですけどね」
「クライミングに関しては登れれば良いよ。順位よりもね」
「そういうものですか」
「そういうものです」
「ご飯にしますね」
そう言って離れる沙月は、心なしか機嫌よく映った。
沙月の機嫌が良いのは良いこと。
自分にも気分が晴れる出来事でも起きないかな。
時間が解決するしかないかな。
そんな風に他人任せな考えで、ぼーっとしていると沙月からご飯ができたと声がかかった。
毎日、こうして沙月の料理を食べれることがなによりだと思いなおし、自嘲し、時間はすぎていった。




