109【三が日の友_弐】
一幕が終わり、次なる幕が開く前に小休止。
腹が減っては戦は出来ぬ。
どうあがいても女性には勝てないと言えるが、それはそれ。
「そろそろお昼に良い時間だと思うけど、リクエストある?」
「お節飽きた! 何かちゃんと味があって、食べたって満足できるのがいい!」
「清々しいまでのリクエストだな。いいけど」
「海らしいけど、僕も概ね賛成かな。もちろん作るなら僕も手伝うし、何か足りないようなら買ってくるよ」
やり取りを聞いて真っ先に台所に向かったのは、もちろん沙月。
「大丈夫ですよ、作れるくらいの食材はありますので」
示し合わせてたのだろうか、当然の様に美和と篠原さんも後に続こうと腰を上げた。
「美和も篠原さんもちょっと待って」
「どうしたの?」
「俺やるからゆっくりしてて良いよ」
「なんでよ、ちゃんと手伝いならできるわよ?」
不十分だと言われたと、何やら勘違いした様子。
「いや、そうじゃなくて。今日は普通に食べたいから俺が台所行くよ」
「ちょっといつも何かするみたいに言わないでくれる」
「それは胸に手を当ててみようか」
ぅ、と少し怯むものの、まだそれだけでは引かなかった。
「それを言ったら、沙月ちゃんはどうするのよ」
「だから、俺が台所行くんだろ」
「…………あ、そういうこと」
「うん、そういうこと」
さっきまでの権幕はどこへやら、スンとした感じで落ち着きを取り戻した美和。
篠原さんは、特にどうしたと言うこともなく。
「そういうことなら、あたしは助かるわね。料理自体が得意ってわけでもないし、本当に手伝えてるかちょっと不安なのよね」
納得し、篠原さんが海の隣へ戻れば、美和も和雲の隣へと戻って行った。
「優陽くん、ちょっとひどくないですか?」
さっきまでの会話がもちろん聞こえていたのだろう。
台所で合流するなり、沙月に言われてしまった。
けれどもだ。
「それなら、何作るの?」
「お節の時に買った牛肉が残ってるので、ローストビーフ丼でも作ろうと思ってますよ。後は、残り物としてかまぼこや煮物なんかがあるので、協力して貰おうと思ってます」
確かにそれだけをぱっと聞く限り、特に何もしなさそうではあるが。
「普通に盛り付けするだけで、特別な飾り付けとかしようとしてないよね?」
「え……と」
冷蔵庫から材料を用意していた手を止め、視線を遠くへとすすっと動かした。
決してこっちと目を合わせないように。
「その妙な間は何。白状するなら今のうち」
「……言わないとダメですか?」
「言わなくても良いけど、それだと何かをしようとしてたって言う事だけが残るから後が怖くない? さすがにこれで何もしようとしてないは通じないし」
観念したのか、恨みがましそうにこちらをチラっと見た後、呟いた。
「優陽くんのは、巻いてお花の形にしようとしてました……」
「花の形は?」
「巻くだけなので、特にこれといった形と言うのは難しいです――――けど」
「けど?」
「強いて言うならバラですかね」
「気持ちは嬉しいけど、今日は普通に盛り付けようか」
「――――はい」
あぶなっ。自分ながら良い勘してたな。
せっかくの食事なのだから、一緒に楽しく食べたい。
味も分からなくなるほど、平静さを失ってしまってはもったいないというもの。
決して料理に特別なことをしてくれなくても、こうして一緒に作っているだけでこうも容易く心が満たされるのだ。
沙月が菜箸を持ってるだけと言うのに、目が合ってしまえば自分の頬が緩んでるのが分かる。
周りの音すらもかき消すほどに、心が満足した。
一方、リビングに取り残された四人はと言えば。
「比べる物じゃないとは分かってはいるけども。あの二人で作ってる料理の姿だけは、一切の感情を抱くことさえ、分不相応に思えるほど憧憬させられるわね」
「僕が二人を見かけた時は、それぞれに暗い影が落ちてました。もちろん暗い影なんて皆持っている。だけどあの二人は、暗い影があることをあるがままに受け入れ過ぎていた。そんな二人のあの姿を見れるだけで、本当に嬉しい気持ちになれますよ」
「本当にね、楽しそうにしちゃって」
「ギャップ萌えってやつかー」
「それ何目線なのよ……」
台所から見る四人は、それぞれ何かを言いながらこっちを見ている。
と言っても、洗い物をする水の音で何を話しているかはわからない。
どうせ自分達について、くだらないことを言っているのだろう。
なんせ付き合う前から、知られているのだ。
口を開けば、ごまんと感想が述べられるのなんて仕方ないこと。
かと言ってそのまま話され続けるのも癪なのも確かで。
「優陽くん、そろそろ出来上がるので運んでしまいましょうか」
「ん、そろそろ好き勝手言うのを黙らせないとな」
「別にいいじゃないですかっ。悪い事なんて言われてないですよ。きっと」
「それでもこっち見ながらだから、どうせ禄でもないことでしょ」
「もぅ……、そういうことで良いですから早く運んでください」
急かされてしまっては、運ばざるを得なく。
「海、食事を持ってきてやったから、どんな悪口言ってたか白状しろ」
「おいー! なんで悪口って決めつけてるんだよ!?」
「海がまともなこと言うわけないし、日頃の行いだろ」
「しかも、おれ限定かよー」
やいのやいのと海と口撃しあっていると。
篠原さんが海を後ろから抱きしめ。
「ちょっとわたしの海をこれ以上いじめないでくれる?」
突然の行動に、自分はもちろん和雲も驚きを隠せなかった。
もっとも、一番驚いているのはやられた海本人の様子。
美和は楽しそうに口を開いた。
「やっと本性が出ましたね」
「人聞き悪い事言わないで、あなた達にあてられただけよ」
少し頬が紅潮しているものの、それでも海を離さない篠原さん。
「どうせならそのまま食べさせてあげたらどうですか?」
「わたしがやるって言ったら、もちろん美和さんにもやってもらうわよ?」
「何をいまさらな事を言ってるんですか?」
そう言って、美和と篠原さんの間に火花が見えてしまった。
「いや、だからさ。お願いだから普通に食事させてくれよ……」
「さすがにこれは僕も朝比奈に同意するかな……」
海も顔を赤くしながら頷いている。
「やっぱり私だけじゃないじゃないですか……」
と、後から追加の料理を持ってきてくれた沙月に言われてしまう始末。
罰が悪そうに美和も篠原先輩も、そっぽを向いてしまった。
その一つで力が抜けたのか、またいつもの通りの食事へと戻ることができた。




