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106【年始めの抱負】

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


 実生の家にいる両親に、沙月と一緒に向かい、互いに挨拶をする。

 それぞれがそれぞれに新年の挨拶をしている姿に、雰囲気がなんかなーと思ってしまったのもいたしかたないこと。

 将来的にそうなったら良いなとは、幾度となく思いはしたが。

 

「父さんたち、初詣は?」

「もう行ってきたよ。思ったよりも実生の回復が早かったからね。さっき一回起きてきてご飯食べてまた寝てる。あの様子だと夕方にはだいぶ良くなってるんじゃないかな」

「またうるさくなるのか」

「それにしても、随分来るの遅かったじゃない」

「別にいいだろ……」

「いいけど、お腹は?」

「朝食べはしたけど、食べるならついでに少し食べるくらいかな。沙月は?」

「私も似たような感じですね」

「それなら、私達は食べるから一緒に摘まんでいきなさいよ」


 母さんは、結論付けると台所へ用意をしに向かった。


「優陽くん、お餅何個が良いですか?」

「一つで、お雑煮に入れてくれると嬉しい」

「うん、作ってきますね」


 沙月もそれだけ確認し、台所へ向かった。


 図らずもテーブルに座り、今は父さんと二人きり。

 予めの打診は必要だろうと、喉から振り絞るようにして、空気を震わせようと息を吐いた。舌で口を湿らせ、動けと念じる。

 まだ話を始めるわけではない。

 それでも一種の緊張をはらんだ声音になってしまった。


「父さん」

「なんだい」

「食事が終わったら、少し時間欲しいんだけど」

「二人で? 四人で?」

「出来れば四人で」

「分かった」


 父さんとの会話はそれだけ。


 答えた父さんの表情から、何を思っているかを伺い知ることはできない。

 それでも一歩を踏み出し、口火を切ったのは間違いない。

 

 台所にいる沙月を見ながら、用意されるのを待った。

 大切なものを見失わないために。

 

 作ってあるお節がテーブルに並べられていく。

 酢タコ、辛子レンコン、叩きごぼう、数の子、紅白かまぼこ、紅白なます、伊達巻、錦たまご、野菜の炊き合わせ、昆布巻き、エビの煮物、田作り、西京焼き。などなど、わかるだけでもこの品数。

 他にも名前のわからない料理が、次々と運ばれてくる。


 お雑煮にしても、予め母さんが作っておいたようで、沙月がお餅を焼き椀に盛って持ってきてくれた。


「いただきます」

「めしあがれ」


 昨日作ったばかりだろうか、酢タコも固くなく良い触感を残している。

 数の子もぷちぷちと触感が楽しく、美味しい。

 野菜の炊き合わせや、昆布巻きなどは味がしっかりしていて味わい深い。

 西京焼きも、ほのかな香りが鼻腔をくすぐり、摘まむだけでも十分に楽しめた。


 出された料理全てが美味しかった。


「ごちそうさま」

「おそまつさまでした」


 去年もそうだったが、今年もお節は手作りの物が多いからか、飽きることなく食べてしまった。

 前日に仕込んでいるので、大変なのはわかるが、このお節を食べてしまうと他の物が食べれなくなってしまう位には、気に入っている。


「沙月、お節。凄く美味しかった。ありがとう」

「こちらこそ毎食、ありがとうございます」


 想い人との簡単なやり取りに気持ちを落ち着け、そっと息を吸って吐く。

 テーブルの下で、静かに沙月の手を取り、父さんの方を向いて目を見た。


「話があるんだ」

「いいよ」

「高校を卒業したら、沙月と暮らしたいと思ってる」

「それで?」

「許可して欲しい」


 軽く唸った後、こめかみに手を当て何やら考えている。

 秒針の進む音が、数度鳴ったあと。


「ちょっと気持ちが先走りして飛ばし過ぎだから、もう少し整理しようか」

「ぅ、悪い」

「まずは優陽自身について、具体的なことから話そうか」

「あぁ」

「二人とも大学は受験するのかな?」

「どことは決め切ってないけど、候補はいくつか」

「私も似た感じです」


 父さんは一つ頷いた。


「そうすると二人が通えるなら、一緒に住みたいと言うところだね。それは分かった。この場合、優陽のお金についてだね。もちろん、僕達は出す準備はある。今までと同じようにね」

「ありがとう」

「だけど、そこをぼかすのは減点だ。言い難い事なのは解るけどきちんと言葉にしてくれた方が嬉しいな」

「ごめん。学費のこと、家のこと、仕送りのこと、よろしくお願いします」


 確かに言ってることはもっともだと。

 頭を下げた。


「うん、わかった。それで琴葉さんの方はどうなのかな?」

「……お金については、大丈夫です」


 沙月にしては歯切れ悪い物言いが気にはなったが、父さんが口を開くのを待った。

 少しの間があり。


「……そうなんだね。僕はね、優陽には前にも少し話した通り、二人の気持ちを押さえつけようとは思ってない。それでも親として気に掛けないといけないこともある」


 その視線は静かにまっすぐに沙月を見ていた。


「沙月さん。改めて自身の口から、家の事情を聞いても良いかな?」


 父さんの言葉に、思わず身を乗り出した。


「ちょっと待ってくれ、後で俺が説明するから」

「待つのは優陽の方だ」


 静かだが有無を言わせない言葉と視線。

 じっとこっちを見てくる視線に、負けじと視線を逸らさないようにするのが精一杯。

 そこからさらに口を開く余裕なんてなかった。


「亜希からある程度は聞いている。だからこそまずは本人の口から聞くことにした。本当なら保護者同士で、挨拶するべきだと考えているんだよ」


 言葉は、解る。理解できる。それでも……。


「言わせたくない、思い出させたくないという気持ちは少し話を聞いていれば、理解できる。優陽の良いところだろうね。けれどもこれは、保護者としての話だ。互いの状況は知っていないといけないことで、又聞きではいけないことだ」


 こちらに教えるかのような視線は、ふっと力を弱めて沙月の方を向く。


「たった今、優陽の思いつきで言ったわけじゃないんだろう? 多少なりとも覚悟はしてたはずだ。それに向き合うにも良い機会なんじゃないかな。こうして話をしてくれたということは、無茶を押し通そうとしているつもりじゃないだろう。それは親としては嬉しい所だけどね」


 父さんの視線は優しく柔らかい。

 きっと思うところが無かったわけではないのだろう。

 それでも待っててくれたのだ。


「もし後日改めてが良いと言うならそれでも大丈夫だよ」

「いえ……、私も、いつまでもきちんとお話をしないわけにもいかない、とは思ってました。すみませんでした。お話をする勇気を持てず、待って頂いてありがとうございます」


 沙月は拳を軽く握っている。

 居ても立っても居られず、その拳に手を重ねた。


「良かったら、聞いてください」


 そうして、滔々と話しはじめた。

 両親の事故に始まり、叔父の家での出来事、扱い、環境。


 以前、自分に話してくれたことと内容は同じ。けれど沙月の気持ちが違うのだろうか、前よりも現実の事として話され、涙することなく、話を終えた。


「高校で一人暮らしを初めても、何をしたら良いか分からず、私に輝きをくれたのが優陽くんでした。どうか一緒に住むことを許してください」


 その言葉を最後に、深々と頭を下げた。


「辛いことを話してくれてありがとう。優陽は、どう考えてるんだい?」

「その引き取るって言ってくれた、叔父さんに挨拶しに行こうとは思ってる」

「会ったら、こっちにも連絡をすること」

「わかった」


 父さんは、自分と沙月を交互に見ながら、尚も言葉を続けた。


「二人で住むという話を僕は否定しない。事実として今も二人で、上手くやっているんだからね。ただ何かあったらすぐ連絡をすること。いいね?」


 首肯したのを確認し、こちらを安心させるように笑みを作った。


「忘れないで欲しいのは、僕たちは二人の味方だ。忘れてはいけないよ」

「何かあったら、必ず言うよ」


 自分の言葉に満足したのか、一つ首肯すると今度は沙月に向かった。


「沙月さんも、沙月さん自身のことでも良い。お金のことでもいい。なんでも相談したいことがあったら、言ってきて欲しい。優陽の至らない点なんかは特にね」

「おい……」

「僕達の間ですら沙月さんを娘のようにも思ってるんだ。待ち遠しいよ」

「それこそ気持ちが先走ってないか?」

「思うだけならたださ」

「ありがとうございます。私もお二人の思いが嬉しいです」


 沙月の過去を、直接話さなければならなかったという予想外のことが起きたものの、こうして両親から承諾を得られたことは一歩前進したと思って良いだろう。

 後は、沙月の叔父と会ってどうなるかだ。


「亜希、出してもらって良いかな?」


 そう言って、父さんは母さんから何かを手渡された。


「お年玉とお守り、大切にするように」

「ありがとう……。なんで怪我平癒なんだ」

「だって、怪我したんでしょう?」

「沙月さん、どうしてこの二人が知ってるんでしょうか?」

「悠絆さん、亜希さん、ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


 言うなり自分に対して背を向けてしまう沙月。


「別に言うほどじゃないって言ったのに」

「優陽、逆の立場になってごらんなさいよ」

「逆って――――」

「例えば、沙月ちゃんが足ひねって怪我したとして、無理に歩いて帰ろうとしたらどうする?」

「背負う」

「それでも歩こうとする行為を、優陽はしようとしてたってことでしょ」

「……確かに間違ってないかも」

「そうしたら、相談くらいしたくなるでしょうよ」

「それはまぁ、否定できないな」


 言われてみれば、確かに、なるほど、と腑に落ち納得してしまった。

 すると、沙月は向けていた背をくるりと回し。


「むし返すつもりはありませんでしたけど、今更になってその納得した感じなのはいただけませんっ」


 そう言って沙月は膝をぺちぺちと叩いてくる。


「いた 、くないけど。痛いから止めて」

「反省してますか?」

「してるしてる、ごめんなさい」

「もう……」 


 沙月は頬を少し膨らませているが、自分が笑っていると両親も笑っている。

 やがて沙月も頬を緩ませ、にっこりと笑ってくれた。

 新年早々、笑顔に包まれ、楽しい一時を過ごせた。


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