103【父と母、と恋人】
お節料理の買い出しの翌日。
やっていることは去年と変わらず、母さんと沙月が料理を行い、自分はその手伝い。 力仕事はまず回ってくるし、細かい下処理なんかの作業は回ってきた。
「なぁ」
いまいち納得いかない顔を隠せないままに、隣にいる父さんに話しかける。
「なんだい?」
「前からお節作ってたっけ」
「いや、買ってたね。一人だと手間掛かるし、そもそも二人ともお節そんなに好きじゃないでしょ。お腹に溜まるもの食べたいって言って」
「それもそうか……」
でもやっぱり、おかしいよな。
「そんなことよりさ。よくよく振り返ってみれば、そうだったと思い出せるんだけどさ。なんで俺だけしか手伝ってないの?」
「ははは、僕は一切できないからね」
「胸張って言うことじゃないだろ」
自分がせっせと沙月から頼まれたエビの背綿を取っている間、手伝うそぶりを一切見せずに父さんは新聞を見ているのだ。
「優陽、文句言わない。悠絆さんは良いのよ」
「なんで」
「私が良いって思ってるからに決まってるでしょ」
母さんは母さんで、この発言を堂々としてる。
思わず開いた口が塞がらなかった。
「俺は?」
「偉いとは思ってるわよ。実家に居た時だって、そこまで手伝ってたって胸張れるの?」
「いや、それはそうだけど……」
「それに、優陽の場合はどっちかって言うと、私じゃなくて沙月ちゃんでしょうに」
確かに言われてみればその通りだと、沙月を見れば。
「そうですね……、私が凄く大変そうにしてるのを見て見ぬふりが出来るならしてもらってもいいですよ?」
「んぐ……、でも大変そうには見えな――――」
「それにですね」
清々しく何も含むところはないと言わんばかりに、にっこりと微笑みながら。
「そんなことにならないように、目を離さないように、『お願い』しますね」
「ず――――、ずるいっ」
「なんのことですか?」
「回数制限つけようかな」
「後だしの方がずるいじゃないですかっ」
「そんなことは――、あるかもしれないけど。このままじゃ不公平じゃない?」
「え、でも、お願いしなくてもきっと目を離さないでくれますよね?」
「え、うん。目も離すつもりないし、ついでに言うなら手も離すつもりないけど……」
尻すぼみに会話の勢いが削がれ、沙月と視線が絡み合った。
まるで何も言わなくても、相手がして欲しいことが伝わっているような。
気持ちが伝わっているような。
不思議な感覚だった。
周りの存在を意識から追い出してしまい、思い巡らせていた時。
「あなた達、思ったよりも甘ったるい会話してるのね」
とは母さんの感想。
「若くて良いんじゃないかい」
とは父さんの感想。
「でも二人とも、手は動かしなさいね」
「「はい……」」
「それで結局、優陽は何が言いたかったの?」
なぜ父さんは手伝わないのかと言う答えは、それが二人の形だから。
なぜ自分が手伝っているのかと言えば、これも二人の形だから。
「それぞれがそれぞれで納得できる形なら、オールオッケー?」
「よろしい」
つまるところ比べること自体が間違いだったと言うことだろう。
もっと違う他人がいたら、また役割として違う形を取ることもあるのだろうか。
少なくとも、今、この時はこれで良いのかもしれない。
父さんがジムでの大人たちと同じように、見えない苦労をしてくれていることは確かなのだから。
そうして、胃がちょうど良い具合で空いてきた頃。
「悠絆さん、実生の様子みてきてもらって良いかしら」
「うん、ご飯が食べられそうか聞けばいいかな?」
「お願いね」
そう言って、寝室へと入っていった父さん。
「父さんってこういう時はちゃんと動くんだよな」
「当たり前じゃない、何言ってるの」
「いや、普段、あんまり何もしないし?」
「ちゃんと頼りになるのよ」
「あ、うん。そういうことでいいや」
両親の惚気話を進んで聞きたいとは思わず、適当に流せば。
「私は、とっても聞きたいです」
拾う沙月あり。
「沙月ちゃん、今度、一緒にお茶しましょう。藪を突く子供は放って置いて」
「出てきたのが大蛇だから、逃げても仕方ない」
「動けない蛙を見逃してあげてるのよ」
「子供だし、まだオタマジャクシだから」
「大人になりたいって言ってたくせに。言ってて悲しくは?」
「――――なった」
なんで勝てないんだろうなーと首を捻っていると。
寝室のドアが開いた。
「亜希、だいぶ調子いいみたいだけど、汗だいぶ掻いてるみたい」
「今行くわ。沙月ちゃん、お昼お願いして良いかしら」
「はい。実生ちゃんはお粥食べれそうですか?」
「多分、大丈夫だと思うからお願いしても良いかな」
「一緒に作っちゃいますね」
「沙月さん、ありがとう」
見ればまだお節料理の分もまだやることがありそうだった。
「何やれば良い?」
「そうしたら、お粥の方をお願いしても良いですか。まずはお米を研いでください」
「ん、わかった」
お米を研ぎ、水を入れ、鍋をコンロに置く。
火を点けると、静かに沙月が体重を預けてきた。
目を薄め、今を噛みしめているようだった。
「ありがとうございますっ」
「どういたしまして」
頭にぽんっと手を乗せ、キッチンを離れると。
「お願い以前に、自ら進んで行ってるんだから世話ないと僕は思うな」
「出来れば、思うだけにして、口閉じてくれない」
「そうして欲しいなら、最初に口を開いた自身の口を閉じることだね」
「口は災いの元とはこのことか」
「自業自得って言うんだよ」
様子が可笑しかったのか沙月には笑われ、自分は渋面を作りソファに座った。
その後は、滞りなくお節料理を作り終えたのだった。




