100【兄と妹と家族と_参】
一通り掃除を終え、床が顔をだし衣類は目の付くところにはなく、まともな生活空間の確保がなされた。
一仕事終えた妙な達成感を味わいながら、コーヒーを飲み、人心地ついている時。
「お正月の予定だけど、私達もこっちで過ごすことにしたから」
「だから父さんも一緒だったのか」
「僕だけ家に残っても仕方ないしね」
「それなら、実生の様子みながらこっちで年越しちゃった方が、集まれるし楽で良いでしょ。まさか二年連続、こっちでお正月を過ごす事になるなんて思わなかったわよ」
「まさか俺だって思わなかったさ」
肩をすくめるようにして言う自分とは対照的に、沙月は顔を綻ばせている。
「去年を思い出しますね」
「やり直せるならやり直したい」
「え、なんでですか」
「なんでって、そりゃー……、あんまり褒められた自体じゃなかったし」
「風邪をひいてしまうくらい、仕方ない事じゃないですか」
「そうは言っても――――ね……」
「確かに将来的には笑い話になるくらいには思い出深いものになると思いますけど、それでも私には大切な思い出ですよ」
「ちょっと俺には苦味が強すぎるかな」
「優陽はもうちょっと気の持ちようを沙月ちゃんから見習いなさいな。――――別に責めてるわけじゃないんだから」
そんな事を言われても、だ。
去年の悔しくて情けない気持ちは、忘れたくても忘れることなんてできない。
風邪をひくにしても、なぜあの時だったのかと思わずにはいられなかったのだから。
先日、無事リベンジが出来たのは良かったと言えるが、それでも当時を想起させられれば、積み重ねたい想いが零れてしまったことに違いはない。
そんな想いを知ってか知らずか、母さんは尚も続けた。
「これで実生に彼氏でもいたら、兄妹揃って完璧ね」
「まだ沙月は違ったぞ」
「あら、随分な口をきくじゃない、臆病だっただけな癖に」
去年指摘されているだけに、何も言い返す事が出来ない。
閉口していると横から、拗ねた口調で言葉が飛んできた。
「優陽くんは、ずいぶん冷たい事を言うんですね」
「い、いや、だって。じ、事実だし……」
「しっかりと意識してくれてたって認識してますけど?」
「意識してても、一応、線は引いてた。――つもり」
「けじめだったと?」
「そうとも言う――――かもしれない」
いつぞやに、この頃の気持ちを白状させられているだけに、しどろもどろになってしまう。
「優陽くん。――――私だって恥ずかしくないわけじゃないです。けどもですね、それでもそうやって、つれないことを言われてしまうのは、寂しいですよ」
ゆっくりと、淑やかに、息をするのも忘れそうになるほどに。吸い込まれそうな雰囲気をさせながら、言葉を紡ぎながら、ふわりと抱き付かれてしまう。
決して早い動作をしたわけではない、むしろ遅いくらい。
口調も優しく、穏やかに。
それでもその雰囲気にのまれ、動けない。
視界に入り、意識していたのに、いつの間にか腕の中にいた。
二人きりなら喜んで手を回そう。
沙月の想いに言葉として答え、行動として応えるのも良い。
いつものメンバーなら、まだなんとか頑張れる。
けれどもさすがに、両親の前となると……。
「はぁ、別に見せ付けろと言うわけじゃないけどね。僕たちの前なら、それくらいは堂々としていても良いよ。亜希、少し実生の様子を見てこようか」
「そうしましょうか」
どう見ても明らかに席を外された。
そうして、二人が扉の中に吸い込まれ、ふいに訪れた静寂。
両親が見えなくなったからと言って、どちらも口を開くことはなかった。
ただ後ろめたさもあり、頭を撫でるとそれだけではだめだと言わんばかりに、自分の背中に回された手をそのままぐっぐっと締め付けられた。
まるで何かを主張しているようだ。
もうこうなっては白旗をあげるしかなかった。
「心無いことを言った。ごめん、俺が悪かった」
「私は――――」
沙月は顔をあげ、こちらをじっと見つめている。
どこまでも澄んだ瞳は吸い込まれそうなほどの夜空を印象づけた。
広々とどこまでも広がる世界に、何をも侵す事の出来ない深さをもって、これから口にするであろうことを瞳でも強く語っていた。
「例え、あの泣きはらした夜でさえも、胸を張って優陽くんとの大事な一事であったと話せます。これまでのどの出来事も。辛く引きこもってしまったあの時でも。優陽くんが支えてくれたことまで無かったこととは思ってません」
伏し目がちにし、どこか少し遠い目をしている。
様々な思いを馳せているのだろうか。
残念ながら、その全てを見通すことはできない。
「ご両親ですから、恥ずかしいとは思いますし、さっきのは確かに事実です。それでも――――それでもです。まるで他の気持ちもなかったかのようには言わないで欲しいです」
「うん、約束する」
「お詫びに頭を撫でてください」
肩に頭を押し付け、要望を伝えてくる。
そんなことお詫びと言わなくてもいつでも、いつまでも撫でていられる。
それでも、わざわざそう言ってくれた真意はちゃんと伝わっていた。
お詫びをしたという体であとは約束を守ってくれればいいと。
気遣いに、その心に、気持ちを忘れたくないと思い、撫で続けた。
100話目ということで、ここまで読み続けていただきありがとうございます。
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