第三十九話 レプリカの限界点
始原回路とは、もっとも原始的かつ根源的な聖剣回路である。プログラム言語で例えるなら、通常の聖剣回路はJava、始原回路はアセンブラだろうか。
厄介なのはJavaもアセンブラも、属性ごとにローカライズされ、その記載方法が異なっていることだ。
例えば属性Aでは
LD X Y
でXにYが設定されるが、属性Bでは
LD Y X
でXにYが設定され、属性Cでは
RD [X] Y
と書かれる。
命令文だけなら兎も角、構成やらルールやらも個別に違っており、それらすべてを理解してようやく回路の内容が読み解けるようになる。
非常に面倒で地道な作業だが、それを終えないと汎用的な回路の作成に着手できない。
始原回路は魔力性金属に高出力の魔力を流し込むことで形成され、形成された回路に同じ属性の魔力を流すことによりその属性に応じた現象が発生する。
ただそれは理論上の話であり、実際はすんなりいくことはまずない。
流し込む魔力が少なければ回路は刻まれず、多ければミスリルが耐えられず回路が焼き切れる。魔力が均一でなければ回路が歪んでしまうし、流し込む時間が短すぎると回路は途中までしか生成されない。
さらに回路の内容によっては何の現象も発生しない。目的なく作られた回路は命令やパラメータが正しく書き込まれておらず、実行時にエラーが発生することがあるからだ。
火や水を生み出すなら直ぐに観測できるが、特定の熱量を発生する場合、特定の分子を集めて液体状にする場合、温度や集める分子が指定されていなければ効果は発生しない。
二つの回路間で念話の双方向通信を行う場合や、雲の中で使うことにより雷を発生させる場合など、回路に問題が無くても使用条件が必要な場合もある。
もちろん作成した回路が不良品だった可能性もある。
属性に長けている場合、その条件や回路が何が行えるかについて直感的に理解することができるという。また、始原回路を作る際も無駄のない、効果のわかりやすい回路を作成することができるとされている。回路に問題がある場合も、魔力の通りで感覚的に理解できる。
天才というものが、どれだけ価値のあるものかということがよくわかるだろう。
歴史に目を向けると、ダンジョンとモンスターが現れる以前はさらに大変だったという。
基盤となるミスリルの生成もままならず、回路の精製技術を代々技術を伝えている家系があっても、多くの場合昔成功した例を盲目的になぞるだけで意味は理解しておらず、その手順すらも秘伝とされ他に技術を持つ者と意見が交わされる事もなかった。
科学が発達し無駄が多く再現性が低く性能も低い聖剣鋳造技術が次第に廃れていく中、最後に残った高性能聖剣の作成手順は、どの国でもおおよそ同じものだった。
1.純度が高く魔力の通りの良いミスリルを鋳造する。
2.それを用いた武器やアクセサリを作成する。
3.数か月から数年使い作成した道具に愛着を持つ。
4.使用用途を思い浮かべながら魔力を流す。
武器やアクセサリは己の属性と相性がいいものを作成し、同じく使用用途も自身の属性に合ったものを選ぶ。
想いの強さや感情というものは始原回路の作成に大きく影響するらしく、現存する古い聖剣の多くはその作成にも何らかの逸話や童話が残っている。
現代でも儀式に使う聖剣などは同様の手順を踏んで作成される。
こうして作られた聖剣を元に、珠玉の天才たちは始原回路の共通点などから回路を解析し、汎用的な聖剣回路を作り出すことに成功、現在のDA科学の礎となったのだ。
現在は昔より環境が改善されており、粘土状のミスリルを使うことで始原回路の抽出は容易になり、回路のパターンもある程度系統化され解析がしやすくなったが、それでも属性の解析ができていない状態から意味のあるDAを造り上げるのは非常に労力のいる作業である。
長々と解説したが、何を言いたいかというと、火野輪之介は天才だったということだ。
「ああ、もうなんなのさ!」
輪之介が新たに用意した銃を構え前方の敵に撃つ。
銃は以前から使っている汎用型DAをベースにしているが、新たに撃鉄部分にカードスロットが増設されており、そこに輪之介のSCカードが挿入されている。
模倣属性対応戦闘用拳銃型聖剣―SCシューター(仮設)である。
輪之介は僅か二日で模倣属性を実用可能なDAへと落とし込んだのだ。
ミスリルを含んだカードスロットを作り、そこに魔力を流し込んで始原回路を刻んだだけの簡易的なものだが、自分の属性を十分に理解し、鮮明にイメージできるからこその力技である。
接続はDACPの規格に合わせただけだし、始原回路の解析はまだ進んでいないが、並の才能で出来ることではない。
SCカードは主に登録者の属性で構成されるが、ディバイン・ギアのガジェットでもあるため、『深界』属性も多様に含む。
SCシューターはその『深界』属性を模倣し弾丸に属性付与することができるのだ。これにより属性問題は解決され、深界獣の末端程度にはダメージを与えられるようになった。
「倒しても倒しても!」
「Kyaha!Kyahaha!」
輪之介が戦っているのは少女のような形をした枝――いわゆるドリアードと呼ばれる種類のモンスターである。
一見すると亜人のようにも見えるが、その髪はただの葉っぱだし、顔に見えるものは洞である。人を対象にした疑似餌だと推測されているが、何故そのような生態のモンスターがいるのかは不明だ。人類に酷似した亜人がいるとも、人間の存在を知り即座に進化したとも言われている。
日本のダンジョンでは見つかっていないため、日本における呼称は不明。しかし名前があったとしても、それに類する名前で呼ぶことはないだろう。
何故ならこのドリアードはただの末端であり、その本体は色取り取りの花が生い茂る大木――ではなく、大木が生えている巨大な亀なのだから。
「aaaaAAAAaaaAAAAA......」
アイズが見立てでは顔と甲羅の形状からベースとなった種類はワニガメ型である亀三型乙種 万両小判亀。発見者が銭亀しか亀の種類を知らなかったため、とにかく値段の高そうな名前を付けたという話で有名だ。この深界獣なら亀三型甲種樹_異種 万両小判亀・深界となるだろうか。
亀が重々しい声を上げると、咲き誇る花から色取り取りのビームが放たれる。幸い二葉のレーザーとは違い魔力を照射するだけのビームのため亜高速ではなく回避や防御可能な速度だが、それぞれが焼夷、氷、雷撃などの属性を持っており、火力と付与効果が厄介だ。
俺は輪之介の盾となるように立ちふさがり、マフラーで迫るビームを全て防御する。
「ありがとうございます……」
輪之介が守っていたのは四人の女子生徒だ。
使用していた聖剣は木を素材とした複数の属性が使用できるDAで、実験は木の成長によりDAの機能にどのような影響が発生するか、というものだった。
三人で各々の属性の状態を観測し、一人がDAとなっている木を成長させ、それにより魔力はどう増減するか、魔力の伝わり方はどう変わるか、属性によってそれらの影響はどうかわるのかを調べていたらしい。
なにそれ凄い楽しそう。木の成長により本来なら耐えられない負荷に耐えられるようになったり、魔力の伝達効率がよくなったり、木自体に属性が付与されたり、複数の属性が交わり新たな現象が発生するようになったりするのだろうか。ぜひとも結果が知りたい。
だが面白そうな実験とは裏腹に、生まれた深界獣はこれまでと一線を画すものだった。複数属性を持つ深界獣の初登場である。
輪之介と昇人がDA作成の補修を受け始めてから四日、輪之介が有効な攻撃を行えるDAを開発していなければ4人を守るのは難しかっただろう。
「はぁ!」
ギア:ナイツがジェットエンジンから放出する突風で次々と花を散らせていくが、蕾が次々に生まれ咲き始めるため一向に減る気配がない。
「AAAAaaaaaAAA.....」
花から一斉に光が放たれギア:ナイツを襲う。
ギア:ナイツはジェットエンジンと慣性制御を駆使し変態的な立体飛行で次々と攻撃を回避するが、安心はできない。集中力が切れるか、不測の攻撃が加われば被弾の可能性はある。それに今はギア:ナイツが引き付けていてくれているが、いつこちらに再度ビームが降りかかるかわからない。可能な限り早く根本的な対応を行う必要がある。
根本的な対応――つまり本体である亀の撃破だ。亀は乙種だけあり非常に大きい。全長は40メートル超、これがモンスターであり生命活動を停止させるだけでいいのならいくつか手段はあるが、どこにあるのか解らないコアの破壊が必要となるとなると一気に難しくなる。
ギア:ナイツの必殺技なら直接コアを攻撃できなくても、衝撃が伝搬しコアの破壊が行えることは解っているため、止めはギア:ナイツに任せた方が良いだろう。
ならば、俺の役割は邪魔な木の対応だ。
「輪之介!」
「解ってる、僕たちに構わないで早く仕留めて!
ビームも何発かなら迎撃できそうだし、使い捨てバリアも持ってるから!」
輪之介が懐から拳銃DAのオプションパーツを取り出し装着させる。
確か収束/拡散ビーム射出機だったか。狙撃するのか弾幕を貼るのかはわからないが、『深界』属性を付与したのなら先ほどのビームと相殺することは出来るだろう。攻撃に触れるのは危険だが貫通力も高くないようなので、風紀騎士団で使っている空気の幕を張る簡易バリアでも効果は期待できる。
俺が参加してからはほとんど戦闘らしい戦闘をしていなかった輪之介だが、相手の攻撃を理解し、対応を思いつくという戦士に必要なセンスはちゃんとあるらしい。普通科なので戦闘授業などはほとんど受けていないはずだが、ギア:アルス時代に実戦で培ったのか、あるいは天然か。とりあえずここは任せて平気だろう。
「任せた!」
それでも俺への攻撃に輪之介たちを巻き込む可能性はある。彼らから距離を取りながら、目についてたドリアード達を拳とマフラーで切断する。
上を見ると目につくのは、巨大な亀の全長を容易く覆うほどの緑の天蓋。流石に八咫桜ほどではないが、ギア:ナイツの必殺技の邪魔にならないよう剪定するのはなかなか骨が折れそうだ。
こういう時に役に立つのは、そう、八咫桜の時に見たアレだろう。
俺は一枚のカードを腰のスロットから取り出すと、右親指のカードリーダーにかざす。
『ジャック・オブ・ローズ』
読み込んだのは一真のSCカードで、その能力は浮遊体操作だ。しかしDAの変形は行わず、青く染まったマフラーの能力だけを使用する。
基本的に右腕のDAはあらかじめ設定した機能しか使用できない。それ以外の動作を望む場合、魔力体であるマフラーを操作することで対応する必要がある。
俺の意思に従って、マフラーが散り散りになり辺りに拡散していく。望んだ動作は浮遊体を経由した周囲の情報収集。八咫桜の件でドローンが行ったことを、無理矢理再現する。
もちろん俺個人の能力ではすべてのマフラーの欠片を制御することなどできはしないので、そのあたりはアイズとギアさんに任せている。
本来は撮影機能も魔力エコーロケーション機能もないマフラーに、無理矢理魔法情報メモリから読み出したDA情報を突っ込んで動作させているため、無理をさせているギアさんからお怒りの波動を感じているが、きっと気のせいだろう。
熱い!謝るからギアさん止めて!首が火傷する!
……説得したところ、優しいギアさんは継続して頑張ってくれることを約束してくれました。
そのギアさんから送られてくる情報は、すべてアイズが受信し、それを元にマップを作成してくれる。周囲にいるドリアードを倒していると、一分ほどでCGの作成が完了する。
花びらの位置も把握できているようだ。これらな行けるだろう。
D-Segを通じてマップをギア:ナイツと輪之介に送りつつ連絡を取る。
『これからすべての花を散らす。ギア:ナイツはその隙に全力で亀の撃破を頼む』
『了解』
『頑張って!』
連絡を取る間に、アイズの試算が終わったようだ。
視界全体と、視界端のマップに無数の赤い線が投影される。
「さぁ、楽しい楽しい試験の時間の始まりだ!」
今回の試験対象は右腕のDAの追加機能だ。
確かに俺は雪奈と仁から開発を規制され、日常を趣味と身体を癒す時間に多く取られているのだが、幸い趣味での開発までは止められていない。
そういうわけで趣味でDAの機能拡張を考え、それをギアさんに提案したのだ。ギアさんは快く機能拡張を受け入れてくれた。
右腕のブレスレットの付近が熱い気がするが、気のせいだ。いや、ギアさんがやる気に満ち満ちているのだろう。これは期待ができるな。
俺は腰のカードスロットから再び一真のSCカードを取り出すと、右親指のカードリーダーに読み込ませる。
『エース・オブ・ローズ』
DAのモードが一真の初めての二つ名「青薔薇の清廉騎士」から現在の二つ名「殲滅の青薔薇」に切り替わる。
同一カードの連続スキャンによる機能の切り替え、それが追加機能その一だ。
だが今回はそれでは終わらない。
俺は続いて二葉のSCカードを取り出しDAに読み込ませる。
『クィーン・オブ・ローズ』
DAが展開され、マフラーが青とオレンジがマーブル上にまじりあった色となる。
DAは刃を展開しつつ拳は関節が拡張され大きな掌となる。
その状態でトリガーを引くと、各関節部分でDAが分解され、高速で四方八方に射出された。また、マフラーも再び散り散りとなり拡散する。
『スペクタクル・ローズ・パレード』
目の前に浮かぶ赤い線をなぞるように、視界を無数のレーザーが覆いつくす。
レーザーは明滅を繰り返し、たまに周囲を薙ぎ払い咲き乱れる花という花を駆逐していく。
これが追加機能その二。カードの連続スキャンによるコンボだ。
限られたペアでしか使えないが、複数の機能を同時に使用することができる。
「―――っ」
軽い眩暈に膝をつく。DAとマフラーの制御はアイズとギアさんにほぼ任せっきりで問題ないのだが、それでもメインCPUである俺の脳と魔力の導線となっている俺の体にはそれなりの負荷がかかる。
普段は微弱な魔力しか流れないから、膨大な魔力が流れることに慣れていないのだ。
通常のDAならそのようなことはないのだが、今回は効率化のために魔力器官に直結している弊害だろう。思わぬ副作用だが、マフラーの精密操作は直結ありきの機能なので一長一短と考えるべきか。
俺は支援を受けた状態での機能を真似た劣化聖剣でこんなに負荷があるというのに、平然と扱える一真と二葉には頭が下がる。素質の差というものだろうか。
少し霞む目で空を見ると、掃われた枝のその先にギア:ナイツの姿が見えた。
『カウント:ナイン』
久し振りに見る、最大火力の必殺技。色々な戦闘を経て能力が高まったのだろうか、背負う光輪の輝きも以前より強くなっている。
「はぁ!」
光輪から七色の光が放出され、その勢いのままに身体が加速していく。
「aaaAAAAAA!!」
だがしかし、亀が身体を揺らすと、それに合わせ背中から生えた大木が奇妙に動き始めた。
嫌な気配がする。
俺の周囲のドリアード、あれが木から生まれたものなら、おそらくその本体である木も動くことができるはず――
「ちぃ!」
展開されたままのDAの全てを操作し、大木に向けてレーザーを照射する。
しかしレーザーは貫通には向いているが、大木を切断するには向いていない。傷はつけられているようだが、切断までには至らないようだ。
俺は展開されたDAに右腕に戻るよう命じつつ、腰のスロットからカードを取り出す。
『ストレート・フラッシュ』
正技さんのSCカードがスキャンされ、機械音声が響く。
強化された身体能力を生かし、全力で大木の根元へと走る。予想の通り、大木は枝と幹を腕のような形に変化させ、ギア:ナイツの迎撃を開始しようとする。
しかしそれよりも早く、大木の根元でうごめく影が複数見える。身体を色取り取りの花で飾ったドリアードたちだ。先ほどの攻撃から、俺も警戒するべき相手と判断したのだろう。
それは光栄だが生憎と俺には彼女たちにかまっている時間はない。
白衣に仕込んだ予備バッテリーから魔力を消費し、魔法情報メモリからジェットエンジンを展開、即座に起動する。
「ァグゥ!」
正技さんのSCカードで身体強度も向上しているとはいえ、数秒で時速100キロにも達する加速力に身体全体が軋む。内蔵が圧迫され、口の中に鉄の味が広がる。おそらく、肋骨にはひびが入っているだろう。
だが無茶したかいがあり、ドリアードたちは俺の速度に追いつけず、あらぬ方向にビームを連射する。
僅かに意識を保ちながら、迫る大木を見る。すでに大木は変形を終え、迫るギア:ナイツにカウンターの一撃を叩きこもうと拳を振りかぶっている。
質量は武器である。ギア:ナイツの火力ならば相殺はできるだろうが、威力が減衰されては亀の甲羅は打ち砕けないだろう。だからその前に巨木を根元から――
「aaaaAAAAAAAA!!」
大木まであと数メートルというところで、突然身体が停止した。
「ぐあぁ!」
一瞬遅れて右足に鈍い痛みが広がる。思わずそちらに視線を動かすと、右足には太い触手が絡まっていた。
「くそっ!」
マフラーを伸ばし触手を切断する。腕くらいの太さの触手なら、空間切断を使わないでも簡単に切断できる。
俺自身には飛行能力はないため自由落下が始まる。腰に展開されたジョットエンジンを再起動しようとするが、すでに魔力が枯渇しており全く反応しない。
魔力経路の再設定。バッテリーから余剰魔力に変更――
しかし、その一瞬の停止こそが深界獣の狙いだった。
眼下に見えるドリアードたちが、次こそは攻撃をあてようと狙いを定め――その頭部がはじけ飛んだ
「早くっ!」
振り向かなくても声の主は解る。礼は胸中に止め、再加速する世界の中再びカードリーダーに正技さんのSCカードを読み込ませる。
『ロイヤル・ストレート・フラッシュ』
このDAでは正技さんの斬界縮地も、超電磁斬界縮地も再現できない。だがしかし、巨大な刀身さえあればこの大木くらい切断できるだろう。
刀身が展開する。使用するのは通常の必殺技と同じく、魔力の物質化による疑似刀身だ。ただしその刃渡りは10メートル。
ギアさんからの連絡が届く。刀身の維持は空間切断の機能も含めて最大で0.1秒。それを超えると維持できずに刀身は崩壊する。
十分だ。竜の首でもあるまいし、木こりの真似事くらい0.1秒あれば問題ない。
腰に装着されたジェットエンジンの片方を停止させ、もう片方の射出角度を調整する。直線だったベクトルが変わり、螺旋を描く。
身体が独楽のように回転し、世界のすべてが一瞬で過ぎていく。大木に合わせ剣を振ることができるセンスは俺にはない。
『アイズ』
『まかせて』
しかし、俺には相棒がいる。刀身の形成の権限を全てアイズに委託。アイズはマスクに装着された高精細カメラの撮影情報と俺の位置情報データから最善のタイミングを見極める。
『起動』
『アブソリュート・ワールド・ディバイダー』
瞬きほどの時間、クリアグリーンの刃が現れ、そして砕けて消えた。
そして一拍の後に、大木の幹がずれ、斜めに滑り落ちていく。
「AaAaAaAaAaAaAaaaa....!」
身体を震わすような亀の慟哭が響き渡り――
「砕けろ」
切断された大木の根元を目掛け、光の錐となったギア:ナイツが突き刺さる。
「Aa...!!!」
亀の背を覆う甲羅が衝撃に耐えきれず、砕け散りはじけ飛ぶ。以前よりも高められたパワーはしかし、亀の内部をぐずぐずに攪拌したが、それでもコアの破壊には至らない。
「追撃だ」
それもギア:ナイツの想定内だった。
ギア:ナイツは砕けて空を舞う亀の甲羅の欠片を足場に、再度空へと駆け上がっていく。
そして亀の直情まで舞い上がると、右腕にとあるDAを作り出した。
DAロケットエンジン。莫大な魔力に物を言わせ、わずか数秒で音速を超える聖剣である。その内部に蓄えられたエネルギーは不安定で、使い方を誤れば即座に暴発、辺り一面を吹き飛ばす。
『アナザー:カウント。
デッドリー・アクシデント』
ギア:ナイツは躊躇うことなく、そのDAロケットエンジンを無惨に開いた亀の背中へと打ち込んだ。
「A」
亀の断末魔を爆発音が消し飛ばす。爆発の余波はすさまじく、周囲にいたドリアード達も花びらを散らしやせ細っていく。俺も変身していなければ全身に火傷を負っていたかもしれない。
輪之介の方を確認すると、とっさにバリアを使用したらしく半球状の光が見えた。爆心地から離れているし、あの中なら生徒たちも大丈夫だろう。
数秒間続いた爆風が収まると、そこには亀の姿も、切り倒された大木の姿もどこにも見当たらず、中心にはギア:ナイツが立っているだけだった。
そう、変化はそれだけで、深界バブルスフィアは解除されていない。
「――まずい」
その場を離れろ、の言葉が出る前に、地面から伸びた触手がギア:ナイツの脚に絡まる。
「くっ!」
ギア;ナイツは触手を振りほどこうとするが、魔力の消費が激しく力が出せないようで、伸びた触手がそのまま彼の身体を包み込んでしまった。
『何!?』
脳内チャットに輪之介のメッセージが届く。
『コアの討ち漏らしだ。四つあるコアの内いくつかを破壊し損ねた』
今までの深界獣は属性を一つしか持っていなかったが、今回の深界獣は属性を4つもっている。属性の数=コアの数かどうかは解らないが、仁が4つの独立した偏差外属性を目視していたらしいので、その可能性は高いだろう。
そしてコアが破壊されない限り深界獣は倒せない。複数持っている場合、全てを破壊しなければならないということか。
予想はできたはずだが、深界獣の対応にかまけてそこまで考えが及ばなかった俺の失態だ。
「Qua?Kyaha!」
ギア:ナイツの救助に適したカードを考えるが、行動を起こす前に地面に異変が現れる。
陥没した地面が裂け、大量の根っこがあふれ出し、その根っこは大きく大きく育つとお互い絡まり合い、人の形を取り始める。
「Kya!HaHa!」
先ほどまで大量にいたドリアード。それを二回りほど大きくし、豪奢なドレスで飾り付けたような姿で、頭頂のティアラと柔らかそうな大きめの胸元を赤い薔薇が飾っている。
それ以外の色の花は見えない。つまり――
「Qua!Kya!Kya!」
ギア:ナイツを包んでいた触手が炎に包まれる。
「ぁぁあぁあ!」
中から昇人の叫び声が聞こえる。
「くそっ」
ギア:ナイツに駆け寄ろうとするが体が重い。
読み込んだ正技さんのSCカードはすでに魔力を使い果たしており、俺自身の魔力もだいぶ少なくなっている。SCカードによる魔力供給が必要だ。
使うカードは……
『キル・ザ・クロウ』
読み込ませたのは仁のSCカード。身体に魔力が満ちて、走る速度が上がる。
「はぁ!」
燃え盛るギア:ナイツの元に駆け寄ると、金色のマフラーで触手を切断しようとする。
「Qua」
しかしドリアード姫は固執することもなく触手をひっこめた。その触手は直前まで燃えていたはずだが、焼けた跡はない。炎に対する耐性が高いのだろう。しかし大樹自体はロケットエンジンで燃えたため、高温なら焼き尽くすこともできるはずだ。
「平気か?」
膝はつかなかったが、身体をふらつかせるギア:ナイツに駆け寄り、身体を支える。
「問題ない。油断した」
ギア:ナイツの姿を確認する。装甲は僅かに溶けているが、スーツ自体は問題なさそうだ。ただ、全体的に熱を持っている。
中の昇人もかなりきつい筈だ。
「戦えるか?」
俺はマフラーを伸ばし、ギア:ナイツの円盤に接続すると、魔力の供給を始める。
ギアさんができる!と主張するのでやってみたが、どうやら受け渡しは上手く動作しているようだ。あっという間にこちらの魔力が尽きかける。
……流石魔力9。こちらとは比較にならない。
「戦う」
魔力が回復したからか、昇人は力強く頷く。
「OK。それならコイツは俺が片付ける。
昇人はコイツを引っこ抜いてくれ」
出来るな?とは聞かず、俺の見ている景色をD-Segで昇人にも見せる。
「カウントスリーで十分だ」
『ワーニング。ワーニング。
カウント:エンド。カウント:エンド』
昇人は快く引き受けたが、ギア:ナイツのディバイン・ギアが警告を鳴らす。
「黙れ」
『―――
カウント:リスタート』
昇人が思い切り胸の歯車を叩くと、警告音が止まる。
叩いて直すとは昭和だな!
『――カウント:スリー』
ギア:ナイツが機械音声に合わせて前方に駆け出す。
現在俺の眼にはいつもと違う世界が映っている。サーモグラフィーのような、色取り取りの世界。
仁のSCカードの能力である、偏差を映す瞳『シマンデ・リヒター・レプリカ』である。
その世界の中で一際目を引くのが二色の光。ドリアード姫の胸にある赤い光と、地中に潜む緑の光だ。
ドリアード姫は一見大きめの人型深界獣だが、その本体は地中深くに存在する大きな根っこだ。俺たちは亀から大木が生えていると思っていたが、実際は大木から亀が生えていたのだ。
主に爆発とは上と横に広がる。地中深くまで張られた根っこまでは、ロケットエンジンの爆発は届かなかった。今度こそ、地中のコアまで破壊しなければならない。
昇人は引き受けた。昇人のギアさんも飲んだ。
俺もとっておきを繰り出すとしよう。
俺は腰のスロットからカードを取り出す。麗火さんのSCカードだ。
『ヤサカニ』
カードを読み込むと、マフラーが深紅に染まり、目の前の光景が元に戻る。
「はぁ!」
ギア:ナイツが裂帛の気合と共に拳を振り上げ、ドリアード姫にとびかかる。
「Kya!」
ドリアード姫は迎撃の触手を放つが、触手が降れる瞬間、ギア:ナイツは円盤から光を放出し身体を回転させ触手を弾き、そのままドリアード姫の根元を殴りつけた。
「Qua!?」
ギア:ナイツのパワーを受け、地面が数メートル陥没する。
地中に埋まっていたドリアード姫のスカートの先があらわになる。
そこにあるのは意外にも根っこではなく、桃色の肉の塊……ミミズのような姿だった。
所謂巨大ワームだろうか。ドリアードは疑似餌として使われることが多いと聞いたが、まさか本体が草ですらないとは。
「Gyaraaaaaa!!!」
正体を暴かれ興奮したのか、ドリアード姫が醜く顔をゆがめ、ワーム体から肉の触手を伸ばす。
『カウント:トゥー』
ギア:ナイツは深く腰を落とすと、強く握った拳を前に勢いよく突き出した。
「Gyaaa!」
拳から生まれた衝撃波が触手を薙ぎ払い、ワーム本体の肉すらも抉る。
ギア;ナイツは怯んだドリアード姫の隙を逃さず、一瞬で彼女の懐に忍び込むと、両腕で力強く抱き着いた。
「はぁ!」
ギア:ナイツの背部の円盤が高速で回転を始め光があふれ出す。その勢いで、ギア:ナイツはドリアード姫を抱きかかえたまま空へと飛翔する。
今までの戦闘で地盤が緩んだのか、あるいはドリアード姫が痛みに暴れて土が耕されたのか、ワーム体はすんなりと土中から引き抜かれていく。
「Kyaaaa!」
身体にしがみつき反撃できなくなったギア:ナイツに、ドリアード姫が触手を向ける。
だが、触手はギア:ナイツに届く前に全て地上からの銃撃により撃ち落された。
「いけ、ショート!」
『カウント:ワン』
最後のカウントと同時に、ドリアード姫の身体が全て日の光にさらされる。
ギア:ナイツは最後の力を振り絞り、ドリアード姫の身体を上空へと蹴り上げた。
「正真正銘のファイナルカウントだ」
右腕のトリガーを引く。DAの変形が開始され、巨大な砲塔が姿を現す。
目標、上空を舞うドリアード姫。
トリガーを引く。
『バーン・ジ・アッシュ』
砲塔から光があふれ出す。
光は直径2メートルほどの円柱となって、ドリアード姫の身体を頭の先から尾の先まで貫く。光の触れた箇所は、元からそうであったかのように塵へと変わり、姿を崩していく。
断末魔の悲鳴さえ許さず、ドリアードは身体の7割が塵へと返る。しかしそれでは終わらない。三秒程度の光の照射が終わった後、その後を追うように、光柱よりも太く、熱く、眩しい光がその亡骸全てを飲み込んだ。
摂氏800万度。太陽のコロナさえ上回る絶対火力が、深界に穢され淀んだ空の色さえも白く染め上げた。
塵火焼却。炎すらも塵となり、塵すら焼いて火に返す。DAMAトーキョー剣聖生徒会会長草薙麗火、その最強の火力である。
光は万物を塵に変え、元の物質と塵との熱量差を炎として放出する。塵に返るか塵さえ残さず蒸発するか。攻撃を受けた相手の選択はあまりにも少なく残酷だ。
光の照射が終わり、世界は元の色を取り戻す。
今度こそ深界獣はすべて消滅したようだ。
右腕を見る。
DAは魔力と熱量に耐えきれず、溶けて歪んでいる。痛みは感じないが、その中にある右腕もただでは済んではいないだろう。
スーツも所々破け溶けている。まもなく維持できなくなる。
だが問題ない。
深界獣が消えたのなら、少しの間眠りにつける。
遠く誰かの声を聴きながら、身体が砕け散る感触に俺は意識を手放した。
Replica x Turtle - 了
予想以上に長くなりました。
元々は地中に埋まった連結ダンゴムシを仁くんの能力で見つけて、麗火さんの能力で焼くだけの予定だったのに……
輪之介くんの新武器披露回なのに出番がないことに気が付いてドリアードを追加しましたが、何故亀がいるのかは謎です。
見直すとこの亀何もしてないし……
お読み頂きありがとうございます。
モチベーションにつながるため、ブックマーク、☆評価いただけると幸いです。