第三十八話 問:深界獣の汎用的な対策方法を考えなさい
「昇人と輪之介の追加補習は後回しにするとして、対策に関する3つのプランを見ていこうか」
「また補習するの!?」
輪之介の叫びは無視してディスプレイ更新っと。
プランA. こちらに都合のいい属性を選ばせる
プランB. バブルスフィアの上書き
プランC. 属性を合わせたDAを使う
「深界バブルスフィアの中に入れるのは、DGSを除けば取り込まれた人物だけ。
それなら、あらかじめこちらに都合のいいDAを取り込んでもらえば、その持ち主は中に入って戦えるのでは?
そんな囮作戦がプランAだ」
「ダメでしたね……」
俺の説明に、発案者である雪奈がしょんぼりとする。
深界獣が現れるバブルスフィアは仁の神託によりある程度特定できるため、あらかじめそのバブルスフィアへの生徒の立ち入りを禁止、代わりにいくつかのDAを起動させたまま放置してみたが、結局DAには反応せず他のバブルスフィアに行ってしまった。
「深界獣には属性の好みがある。
そして好みが一致していてもそれを使う聖剣剣聖が同じバブルスフィアにいて魔力を注いでいないと反応しない。
それが解っただけでも収穫だったさ」
「ふーん、そうなんだ。いいアイデアに思えたんだけど」
「そうなんだ。深界獣に関する報告書にはすでに書いて送ったけどな」
そう告げ輪之介をジト目で見ると、輪之介は冷や汗をかいて目を逸らす。
忙しかったのは解るけど、ちゃんと目を通してほしい。深界獣の行動原理から何故ダンジョンに生息するモンスターと似た形状を取るのか、人型になる理由とその原理、人型にならないケースの属性特性について等、解っていることと推測を面白おかしく解りやすくまとめてるんだぞ。
各地に存在するモンスターが何故地球上の生物と酷似しているのかについてもつながる論説とか、公表できないのが残念なくらいだ。
「バブルスフィアが書き換えられて中に入れないなら、上書きしなおしちゃえばいいじゃない!
というのがプランBだ」
「アクセス出来れば色々やりようはあるんだけど、魔力痕を使った暗号でロックされているね。現在解析中」
アイズが現在の進捗状況を伝えてくれる。
「気になっていたんですけど、魔力痕を使った暗号ってなんですか?
魔力痕は魔力の指紋みたいなものですよね?」
魔力痕とは魔力を流した後に残る痕跡。魔力の波長および属性により形状が異なる。一人ひとり違っており、事件の証拠としても扱われるが、ある程度偽装も行えるため重要度は高くない。
出典: フリー百科事典『デヴィアペディア(Devia-pedia)』
「ありがとうございます!」
「魔力痕自体はSCカードの中心にも保存されているぞ。これで登録者を判別しているわけだな。SCカードにはDAを起動するための魔力も込められているが、その魔力も魔力痕と紐づけられている。
娘も後で自身の魔力痕を確認してみるがいい」
仁の言葉に、雪奈が自身のSCカードをしげしげと見つめる。
ディバイン・ギアでSCカードをスキャンすると、カード内の魔力がディバイン・ギアにチャージされる。
再びSCカードを使うには魔力の再チャージが必要だが、その際には魔力の属性は問わない。魔力痕を使い、刻まれるのに使われた魔力と同じ属性になるよう属性を変換していると推測される。
属性変換器開発以前に使われていた魔力の同調現象というやつだ。
「その魔力痕を鍵に変換して、バブルスフィアの操作盤に鍵をかけ暗号化しているんだ。
鍵を解析しないと、バブルスフィアの制御権は取り返せないね」
「暗号化の形式は解ったのか?」
「二世代前の暗号化形式の派生でほぼ確定かな。類似する魔力痕の場合鍵も似てしまう問題があったけど、同じ問題を抱えているみたいだ。
深界獣の魔力痕はどれも似ているから、一度でも暗号が解ければそれ以降は簡単に解けるようになるだろうね」
なるほど、それなら実用性はありそうだ。
深界獣の魔力の実物が摂取できれば解析は早まるのだろうが、『深界』属性はすぐに拡散してしまう都合上確保は難しい。切断された腕などはバブルスフィアが戻った後も残るが、一分もせずに消えてしまう。
生きている状態で捕まえてデータを取得できるほどの余裕もないし、早めに退治しなければどのような進化をするかもわからない。
今はアイズに任せるしかないだろう。
「何時頃終わりそうだ?」
「今のペースだとあと7日くらいかかるかな」
一番大変な時期には間に合わないが、それ以降は何とかなるということか。
「制御のロックは、こちらでかけておくことはできないのかい?」
輪之介が質問する。
「ロックはしてるね。でも破壊して再構成されているみたいだ。未知の技術だね」
相手は世界を渡って世界を乗っ取る。こちらよりもその技術については上ということだろう。
「アイズは引き続き解読を進めてくれ。
それじゃあ最後のプランだ。
DAのコアの属性がバブルスフィアと一致すれば、DAをバブルスフィアの中に入れることができる。SCカードを外部から深界バブルスフィアに入れることができたことからも明らかだ。
この特性を使い攻撃用DAだけを内部に入れて攻撃させる。
これがプランCだ」
「そんなことできるの?」
「できた」
「過去形!?」
すでに戦闘中にある程度試験は行っており、実行可能というのは確認済みだ。
「でも、深界バブルスフィアに入るには特定の『深界』属性が必要って言ってたよね?
その上その属性のDAを用意するのは難しいって……」
「……取り込んだ属性か」
「正解。『深界』属性の特定と再現は難しいけど、その元となった属性なら特定は簡単だ」
中継器を設置すると同時にバブルスフィアの解析を開始させ、含まれている属性を特定、DAのコアにその属性を刻み込む。
一連の作業にかかるのは一分程度だろうか。しかも特定までは全部自動で行えるし、DAの属性変更もある程度人力が必要とは言えマニュアルさえあれば全く知識が無くてもできる。
雪奈と仁でそのシステムを構築し、動作確認を行い、今朝の戦闘では深界獣のコアを破壊出来ることを確認できた。
以上の手順と確認結果をディスプレイに表示する。
「コアの破壊まで!?」
汎用DAでコアの破壊ができない輪之介が驚く。
「今朝の戦闘で深界獣を押さえつけていたのはそれが理由か」
「ああ。戦闘力を可能な限り奪って動きを止めた後、コアを特定してDAで零距離から攻撃してみた。
逆に言えば、そこまでやらなくちゃコアは破壊できないということだな」
輪之介が深界獣に対してダメージを与えられないのは、出力の問題よりも属性の問題だ。だから、属性を合わせたDAならダメージは通る。
ただ動いておらずコアの位置が解っていないと止めを刺せない程度なら、あまり有用ではない。
DGSならその状態で深界獣を倒すことができるし、深界獣はその状態で抑え込んでいる相手を攻撃できるかもしれないからだ。
「あと聖剣剣聖が中に入れないというのも厄介だ。
完全独立起動DAや遠隔操作DAは存在してるとは言え、能力の高い深界獣相手だとまともに戦えないだろうな」
戦えるとしたら、浮遊体操作で機甲聖剣を遠隔で飛ばせる風紀騎士団団長の一真、複数の人形型DAを同時に操ることができるらしい『至高の人形劇団』、自立思考型聖剣を操るという『佰剣遊戯』くらいだろうか。
一真なら実験にも力を貸してくれるだろうが、遠隔DAを深界バブルスフィアの外からどれだけ扱えるかは未知数だ。
まぁ、一応連絡は取っておこう。
「現状だと戦力としては期待できないから、雪奈とシュバルツにはその改良を頼んでる」
「私は基本設計はできたので、今は聖剣回路を作成してます!」
「我は前に造ったDAの再調整だが……作業が精密でな、割と苦戦している」
完成していないとはいえ、二人ともある程度のめどは立っているらしい。
特に雪奈には急いでほしいところだ。後で少し手伝おう。
「二人とも凄いなぁ……特に雪奈ちゃんはまだ入学もしてないのに」
「えへへ……頑張ってます!」
輪之介に褒められ、雪奈が照れる。
「というわけで二人にも頑張ってもらう」
「……うん、まぁそういうことだよね」
「なにをする?」
「とりあえずは、他に何か対策方法が無いか考えてみて欲しい」
「今更僕たちが何か考えても、いい案なんか思い浮かびそうにないんだけど……」
「そうでもないさ。
何か案を思いつくと、それにばかり傾倒するからな。新鮮な意見は貴重だ」
「そう?それなら……」
輪之介が腕を組み考え始める。
宿題にするつもりだったが、せっかくやる気になってくれたのだから、それに水を差すつもりはない。少し様子を見てみよう。
「う~ん……
そうだ!深界獣は深界バブルスフィアの外だと長生きできないんだよね?」
一分ほど悩んだ後、輪之介は何か思いついたようだ。
「ああ。そのはずだ」
「それなら、いっそ深界バブルスフィアを破壊しちゃうのはどうかな!?魔力圧の操作で壊せるから、バブルスフィアを壊すだけなら属性や制御に制限があってもできるよね?
深界バブルスフィアを破壊してこちらの世界になれるまでに引きずり出しちゃえば、勝手に死ぬはずだよ」
……なるほど、その考え方はなかった。
「深界獣が深界バブルスフィアの外に出た場合、どれくらいの時間で活動停止するかわからない」
「うん」
「その間に暴れまわると思うんだが、それはどうする?」
「えっと……がんばれ風紀騎士団!」
「ちなみに周辺には深界バブルスフィアからはじき出されて気絶している人が沢山」
「……バブルスフィアを張りなおそう」
「すぐに深界バブルスフィアに逆戻りするんじゃないか?」
「……ごめん、やっぱり僕には無理だったよ」
諦めるの早っ!?
「まぁ、案としてはとても面白いと思う。
流石にそのままは無理だが、俺の方でもちょっと考えてみよう」
「本当に!?やったぁ!」
輪之介が飛び跳ねる勢いで喜ぶ。
「昇人は何か思いついたか?」
「……俺たちの技能の解明か」
とりあえず考えてみた輪之介に対して、昇人はこちらの思考を読んだようだ。
話が早くて助かる。
「どういう意味?」
「属性値的に、この場でディバイン・ギアを一番理解できるのは俺だ。
ディバイン・ギアの複製、あるいは汎用化を望んでいる」
「ご明察。その通りだ」
ディバイン・ギアは特別なDAだ。意思を持ち、認められなければ使うことはできない。
通常のDAなら属性変換器で属性さえ合わせてしまえばある程度は使えるのだが、ディバイン・ギアは属性を変えても弾かれてしまう。
それならば、ディバイン・ギアの認証機能を無効化した汎用型ディバイン・ギアを造ることはできないか?
それができれば対深界獣の切り札になるだろう。
「……ディバイン・ギアって造れるの?」
「解らないから調べる。
ディバイン・ギアの入手方法について一番詳しいのは輪之介なんだが、何か知らないか?」
まず初めに輪之介がディバイン・ギアを受け取った。そしてそれを昇人が引き継いだ。
俺のディバイン・ギアは昔ディバイン・ギア・ソルジャーをしていた鳳駆さんから譲り受けたものだ。
入手方法を知っているのは輪之介しかいない。
皆の視線が輪之介に集まる。
「え?僕?
期待されても困るんだけど……
深界獣に襲われて意識がなくなって、目が覚めたら変身してたんだよ?
むしろ僕が知りたいよ」
まぁ、そんなところか。鳳駆さんも知らないって言ってたし。
「意識がなくなるときに声みたいなのは聞いた覚えもあるけど……もしかしたら念話だったかも」
「つまり、自然発生したわけじゃなくて、誰かから貰ったということか?」
「うん、多分そうだね。でも誰がくれたかはよくわからない。男か女かもわからないし、もしかしたら人間じゃないのかも」
やっぱり世界の意思的なものか?
DAMAトーキョー七不思議にはその先があるという。気にはなるがディバイン・ギアの複製や汎用化には関係のない話だろう。
「そう言うわけで僕は手伝えないかな」
「え?何を言ってるんだ?輪之介の技能こそ重要だろう?」
「え?」
自分の特異性を理解していないのか、輪之介が首を傾げる。
「人間が深界バブルスフィアに入るためには魔力器官の属性が一致する必要がある。
でも、現在魔力器官の属性を変更する方法は解っていない。
ここまではいいか?」
「うん、そうだね」
「でも輪之介は『深界』属性を持っていないのに深界バブルスフィアに入れる」
「模倣属性でディバイン・ギアの属性をコピーしてるからね。
……あれ?もしかして僕の魔力器官の属性変わってるの?」
「解らない。だから調べる必要がある。でも、もし誰でも再現できるなら……」
「誰でも深界バブルスフィアに入れるようになるわけだね。
……うん、補習を受けるよ」
「まぁ、試験免除されたけど、聖剣開発と属性研究の基礎だから、補習受けとかないと来年度ついていけないんだけどな」
「あ、そうなんだ。最初から受けない選択肢ないじゃないか」
自分から受けようと思ったことが重要だし……
「昇人もいいか?」
「問題ない。二年になれば自作のDAエンジンを使ったバイクを造りたかった。
その勉強にもなる」
輪之介とは違い、やる気は十分のようだ。
ディバイン・ギアの複製にはあまり興味はないようだが。
「……ねぇ、良二くん」
「なんだ?」
輪之介がおどおどとした様子で話しかけてくる。
「真似しかできない僕だけど、本当に自分だけの聖剣が造れるのかな?」
模倣という属性が原因なのか、話を聞く限り輪之介は自分から何かを始めるということは少なかったようだ。
得意なものは真似で、真似でしかなく、真似する相手は越えられない。これまで自身で生み出したものは何もなく、特別だと思ったものは紛い物だった。
それが自己肯定と自己評価の低さにつながっているのだろう。
ああ、そういうものには少しだけ心当たりがある。
「……技能の解析は一朝一夕で出来るものじゃあない。
大抵の場合は一生向き合って理解していくものらしい。
だから、今日明日で何とかなるなんて思ってない」
「……なんだ、そうなんだ」
期待されていないと感じたのか、輪之介は少し寂しそうにする。
「気の長い仕事さ。だから重要なのは情動だ。
聖剣剣聖にはやれるかどうかなんて言う悩みも、やるやらない言う選択肢もない。
いいか。あるのは『やるか』『やりたいか』『やらないといけないか』の三つだ。
俺たちはそうしてきた」
俺の言葉に仁が頷き、雪奈が微笑む。
「……なんだい、やるのは前提なのかよ」
輪之介が唖然とする。
「当たり前だ。我らは選ばれし聖剣剣聖なのだからな。秘されし力を世に知らしめる義務と、権利と、力がある」
「色々考えるのは楽しいですよ。思った通りに動いた時は最高です!」
「そうだな。
そしてそれは輪之介たちが救ってきた生徒たちも同じだ」
「僕たちが……」
この数日間、輪之介と昇人は深界獣に襲われた人たちが助かった後、何を悩んでいたのか、そこからどう歩もうとしていたのかを見てきた。
そして、彼らがどれくらい楽しそうにDAを開発していたのかも。
それはきっと、彼らがこれから歩む道だ。
「……偉そうに救っておきながら、自分たちは全然駄目です、なんて格好悪すぎるよね」
「ああ。無様だ」
「それなら、僕たちも頑張らないと」
輪之介は今までよりも少しだけ強く、言葉を口にする。
まだ悩みが無くなったわけではないだろう。迷っていることも多いだろう。
それでも、周りを見て道を選ぶ心境にはなったようだ。
それなら、全力で彼らをサポートしないと。
それが彼らより先に、足を動かし進むことを選んだ自分の役目だろう。
「それじゃあ、楽しい楽しい補習と実験の時間を始めようか」
General x Original - 了
お読み頂きありがとうございます。
モチベーションにつながるため、ブックマーク、☆評価いただけると幸いです。