第三十七話 認識合わせと考察(応用編)
自分が偽善者であるというのは知っていたことなので特に問題はない。問題は紫月を報告するかどうかだ。
幸か不幸かD-Segは身に着けていなかったため彼女との会話ログも、会った形跡も残っていない。
本来は話すべきだが、話したが最後、笑いながら
「良ちゃんはこれから毎日家族風呂に入ってね。
安心して。紫月が来ても大丈夫なよう、中でずっと見ててあげるから」
「マスターの安全の為です。遠慮しないで下さい!ちゃんと撮影もしておきます!」
と言われかねない。実際に行動に移すかどうかは兎も角、絶対に言われる。彼女たちはそうやって俺の純情をもてあそぶのが大好きなのだ。
つまり、俺の結論としては、特に何も報告しない、というものだ。全部麗火さんと雪奈が悪い。
そんなわけで紫月のことは未来の俺に任せるとして、今やるべきことは何だろう。
決まっている。
「では第二回良二DGS化会議改め、対深界世界根本的解決法検討会議を始めます!」
「おぉー」
翌日、朝一で深界獣を倒した俺たちは研究室に集まっていた。
面子は俺、雪奈、仁、昇人、輪之介だ。
麗火さんや一真は忙しいとのことで来れなかった。花ちゃんは八咫桜の下で昼寝しているところを見かけたが、特に役に立つわけでもないので放っておいた。
「まずは依頼内容の復習だ」
1.深界獣撃退のサポート
2.補習と追試
3.ギア:ナイツの戦闘力強化
4.深界獣の汎用的な対策の確立
何時ものようにディスプレイに箇条書きで表示する。
「一つ目。深界獣撃退のサポート。
雪奈とシュヴァルツの造ってくれたDAのおかげで、足を引っ張らずに戦えてる。ありがとう」
「どういたしまして!」
「我としてはほぼガワだけの仕事だったのでつまらなかったがな」
そう言う仁も設計したDAが活躍している嬉しさがにじみ出ている。
「攻撃のバリエーションが多いのがいいね。ショートだとパターンが限られてるから」
「非常に助かっている」
昇人が深々と頭を下げる。
「まだ気は抜けないけどな。今朝も4体同時に相手したし、まだ増えるかもしれない。
とりあえず依頼は継続中っと」
ディスプレイに継続中の文字が書かれる。
ちなみに数は増えているが質は悪くなっているので、そこまで苦労はしていない。
数が増えても連携をほとんどとらないため、初期のように2体で連携をとってきたりする方が厄介だった。
「二つ目。補習と追試。
昇人と輪之介はお疲れ様でした」
「お疲れさまでした」
「非常に助かった……留年はまずかった。重ねて礼を言う」
「詰め込んだだけだから、今後ついていけるかは二人次第だけどね」
「あ……」
「くっ」
俺の言葉に二人の顔色が絶望に染まる。
「まぁ解らなければ気軽に聞きに来てくれ。
イノベーション・ギルドはアフターサービスも万全なので。
三つ目。ギア:ナイツの戦闘力強化。
雪奈とシュヴァルツと麗火さんの造ってくれたDAのおかげで、ギア:ナイツの戦闘力は大幅に増強された。ありがとう」
あれからジェットエンジンに加えてロケットエンジン、ジェットエンジンの気流操作を変更したターボファンエンジンが作成され、状況に応じて使い分けることによりギア:ナイツの戦闘能力は飛躍的に向上した。
本人の戦闘センスが開花したのか、前のような直線的な攻撃は改善されている。
「基本理論が女狐の物を使っているのが気に食わんがな」
「麗火さんの設計は綺麗でしたね。洗練されている感じでした!」
「癖はあったが慣れた。助かっている。
良二の戦闘も刺激になった」
俺の戦いも参考にしていたのか。我流の戦いばかりで経験が足りないのが問題だったのかもしれない。
「四つ目。今回の本題だ。深界獣の汎用的な対策の確立。
現在時間を見て三つのプランを進行中だ」
「三つも!?」
「三つもだ。一人一案ずつ考えてみた。まぁ、根本的な対策は出来てないんだけどな」
出来てたらさっさと対応してるし。
「対応策については後で話すにして、まずは深界獣と深界バブルスフィアの復習からだ」
深界バブルスフィア
・内部の深界獣と同じ属性のバブルスフィア
・複数の属性から構成され、一つでも一致する属性がないと中に入れない
・人体の場合は魔力器官の属性が一致すること
・DAの場合はコアの属性が一致すること
・複数人が取り込まれた場合、その属性の合計が属性となる
・内部の深界獣が撃破されても属性は変わらない
・深界獣が追加された場合、属性が増える
深界獣
・取り込んだ人と同じ属性を持つ
・取り込んだ属性+対応する『深界』属性で構成
・属性のうち一つしか取り込めない(属性の複数取り込みは現在未確認)
・自身の属性と一致しない属性の攻撃に耐性あり
・近縁属性なら低耐性
・違う属性なら高耐性
・『深界』属性の場合は特効
・逆に『深界』属性以外は決定打になり辛い
・純粋な魔力生命体
・コアを中心に形成
『深界』属性
・深界バブルスフィア内以外では魔力の拡散が早い
「あれ?いくつか知らない情報があるんだけど」
輪之介が首を傾げる。
「リンは戦闘報告書に目を通せ」
昇人がジト目で輪之介を見る。
「まぁ、戦闘しながらも色々と研究はしてたってことだ。
見たまんまだが、確認もかねて改めて口頭でも伝えておくか。
深界バブルスフィアの属性。今までは『『深界』属性と取り込んだ人の属性』と言われてたけど、正確には中の深界獣と同じ属性だということが確認できた」
「同じじゃないの?」
「全然違う。
今回の深界世界の属性が『深界』属性1~『深界』属性100だったとしよう。そして現れた深界獣の属性が『深界』属性58だったとする。
前は『深界』属性1~『深界』属性100のいずれかの属性を持った人なら中に入れると考えられてた。
でも実際は『深界』属性58丁度じゃないと入れない、ということが分かった。
あらかじめ『深界』属性58のDAを用意しておけば中に持ち込めるけど、『深界』属性57や59だと持ち込めないわけだ」
「中の深界獣によって毎回チューニングしないといけないということだね」
「そうだな。あらかじめ全種類用意しておくというのも考えられるが、時間的にもコスト的にも無理だ。
そして『深界』属性はチューニングが難しい」
「通常の属性と比べて、1000倍の精度が必要っぽいです。私は魔力の制御は得意ですけど、100倍の精度が限界ですね。
それ以上は大型の専用機材がないと無理です」
雪奈の魔力制御は優秀だ。指輪に属性変換装置を組み込んだが、非常に滑らかに使えている。
俺なら対象の属性を探し当てチューニングするのに10秒以上かかるが、雪奈は1秒程度で終わらせてしまう。
そもそもの問題は、道具の精度だ。通常はそこまでのチューニング性能を求められることはないので、道具自体が存在していないのだ。これ以上の対応は新たなる理論の構築かDAの準備が必要となる。
「深界バブルスフィアの中に入るための条件についてはいくつか分かったけど詳細はまだまだ不明」
後から深界バブルスフィア内部にDAを持ち込める方法が分かったのは大きい。だが、謎はまだまだ多い。
……深く考えないでおこう。これは考えてはいけないものだと本能が告げている。
「次は深界獣の性質だな。
身体は生物に見えるけれど、実際は魔力だけで構成されている。そのため物理的な攻撃は効果が薄い。
魔法的な攻撃については使用する魔法の性質と属性が重要だ。
例えば熱量や冷気はそれだけだとダメージになりにくい。でも空間切断などは特性として切断できるから耐性を無視できる」
「僕のDAが牽制程度にしか使えないのはこれが原因?」
「そうだな。それと最終的にコアを破壊しないと倒せないうえに、コアは防御力が高いから、汎用DAだと止めはさせないと思った方が良い。
そして属性があっていた場合なんだが、こちらもダメージの通りは良くなるけど、大ダメージを狙うのは難しいな。やっぱり『深界』属性じゃないと対処しにくい。
あとは……深界獣の属性は時間が経つにつれ取り込んだ属性が強くなっていっていることが確認されている」
「これにより、深界獣がこちらの世界に来るまでのステップが明らかになったわけだな」
「どういうこと?」
「最後に『深界』属性の特性が追加されているだろう?
『深界バブルスフィア内以外では魔力の拡散が早い』だ。
深界獣は深界バブルスフィアの外に出ると魔力体である自身の維持が困難となる。
そのため、こちらの世界の属性を成長させておくことで、『深界』属性を喪失しても身体を維持できるようにしていると考えられるわけだ」
「なるほどねー。だから深界バブルスフィアの外に出てこなかったんだ」
仁の説明に輪之介がウンウンと頷く。
「これはディバイン・ギア・ソルジャーの欠点でもあるな」
俺の言葉に、昇人と輪之介がピクリと反応する。
……その様子に少しだけ逡巡したが、語らないわけにはいかないだろう。
「ディバイン・ギア・ソルジャーは通常のDAと比べて異質だ。あまりに強すぎるし魔力の変換効率も高く、汎用性もある。
原理が全然わからない技能で構築されてるからそういうものなんだろう、と納得してたけど、実際は『維持が難しい』という最大のデメリットがあったわけだ。
深界バブルスフィアの外で戦った場合、変身の維持だけでも精いっぱい、戦闘すればすぐにガス欠、攻撃は火力が高いけど魔力の収束は難しくすぐ拡散してしまうから射程も短い。
あまり実用的とは言えない、深界バブルスフィアの中で戦うためだけの存在だった」
世界の在り方には変化を生み出せず、問題の解決のみが行える。随分と都合のいい戦士だと思う。
『深界』属性保持者は深界獣の襲来に合わせてDAMAを訪れる。それを鳳駆さんは運命か免疫機構のようなものと評したが、実際その通りだ。何もかもが都合よすぎる。
俺の言葉に、輪之介は顔をくしゃくしゃと歪ませる。
「辛い思いも、痛い思いも、怖い思いもたくさんしてきたけど、それが全部あの小さな世界で戦うためだけで、それ以外に役に立たないなんて……
うん、想定はしてたけどさ、やっぱり事実として言われるとちょっと辛いね」
「それは違うぞ、輪之介よ」
仁が輪之介の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「なにするのさ!それに、ラッツ?」
輪之介は腕を振り払おうとするが、仁は構わず撫で続ける。質問にも答えない。
「誇るがいい。貴様とアウフシュティークは世界に選ばれた。
バブルスフィアは世界の複製体ではあるが、同時に世界そのものでもある。
それを汚せる存在が外に出て放置されてみろ。次にこの世界がどのように侵され壊されるか想像もできぬ。深界世界とは軽い接触に留まっているが、深界獣が育てばそれを楔に同化が始まるやもしれん。
貴様たちは世界に、命運を任せるに足りる存在だと認められ、使徒と相成ったのだ」
仁は止めとばかりに頭を思い切り握るが、輪之介はボウっとその行為を受け入れる。
「シュバルツくん……」
「闇の眷属であり、闇の神の使徒である我と同じだな!」
仁はそんな輪之介に笑顔を見せる。
……そのフレーズ、久しぶりに聞いたな。
「っぷ……あはは!なにそれ!」
輪之介は仁につられて笑顔となり、昇人も薄っすらと笑みを浮かべる。
……うん。想定外だったが、少しだけいい方向に進み始められるかもしれない。
仁もたまにはいいことを言う。
「それに実用的じゃないと言ったのは、あくまでディバイン・ギア・ソルジャーという戦士だ。
DAなんていうのは戦闘用以外の物も大量にあるからな。
『深界』属性は扱いが難しいだけで非常に有用だし、DGSにしても短時間だけなら最高峰のパワードスーツだ。使い道は山ほどある。
『深界』属性の魔力は拡散が早いというのなら、拡散する前に他のエネルギーに変換してしまえばいい。
利用法も解決法も無数にある。そしてそれを考え、作っていくのはこれからの昇人と輪之介だ」
ディバイン・ギアとディバイン・ギア・ソルジャーが世界に都合よく作られたものだとしても、そこに理解と観測できるルールがあるのなら、それを利用し尽くすのが我々聖剣剣聖だ。
「良二くん……そうだね、使えるか使えないかを決めるのは僕たちのこれからの頑張りだ」
「ああ。
だから今やるべきは勉強だな!」
「……へ?」
俺の言葉に、輪之介は笑顔のまま素っ頓狂な声を上げるのだった。
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