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第三十五話 オリジンを語って

 そして四日が経過した。




「はーい、そこまでー」


 タイマーアプリが音を立てるのと同時に、二人に声をかける。


「待って!ここ、ここだけ修正させて!!」

「ダメでーす」


 みっともなく足掻く輪之介から容赦なく解答用紙を奪い取る。

 悩んだ末に回答を二択に絞り込み正しいと思う方を書いたが、さらに迷った末ギリギリになってもう一つの解答に直そうとしたのだろう。

 残念だがそちらは間違いなんだ。後々採点された解答用紙を見て俺の優しさに気が付くと言い。どうせその頃には忘れているだろうが。


「……」


 逆に昇人はすんなりと解答用紙を渡してくれる。いくつか空欄はあるが、埋まっている解答は力強く答えが書かれており、本人の自信がうかがえる。


 答案用紙一つ見ても性格の違いは出るんだな、と思いながら、ササっと二人の答えを確認する。

 流石に採点は教師が行うことになっているので正確な点数は解らないが、間違いなく赤点は回避している。


「ご苦労さま。これで全部終わりだ」


 昨日までの試験は全部採点済みで全て合格、今日の二回のテストも危なげない。さらなる追加補習と再追試はないだろう。

 これで二人にとって地獄だった補習と追試は完了だ。


「やったーっ!」

「終わった……」


 輪之介は両手を上げて大きく伸びをし、昇人は珍しく疲れた様子で机に突っ伏す。


 二人の姿をD-Segで写真に撮って、答案用紙の写真と一緒に麗火さんに送る。麗火さんから教師に採点依頼が行くことになっている。

 通常なら紙の答案用紙を採点するのだが、今回は時間が無いための緊急措置だそうだ。

 ……そこまでするのなら、初めからデータでやり取りすればいいと思うが、DAMAでも紙文化はなかなかなくならない。まぁ、相手が二人だけだと紙の方が楽というのもあるだろう。


 すぐさま麗火さんから返事が来る。麗火さんの採点でもテストの方は問題ないから、追試の依頼はこれで完了と書かれている。


「仮採点で点数は問題なし!よって再追試無し!だそうだ」


 二人に報告する。


「良かったぁ……」

「春休みが――来る」


 いや、深界獣の件があるから俺もお前たちも春休みなどないが。近場にツーリングに行くのがせいぜいだ。

 でも流石に何かご褒美を上げたいな……とスケジュールを確認していると、麗火さんから追加のメールが届く。

 メールには今回の依頼の報酬が書いてある。何時もの通り各種チケットや物資だ。今回は二つ名は無し。まぁ『平賀臨時教師』みたいな二つ名を貰っても困るしな。

 チケットの一覧を見ていると、目に留まるものがあった。


「なぁ二人とも、これから予定はあるか?」

「ないけど?」

「深界獣襲来に備えるだけだな」


 先ほど仁の定時観測の結果が来ていたが、今日はこれ以降深界獣の襲撃はないとのことだった。

 つまり、二人とも予定はない。


「それじゃあ打ち上げを兼ねて、裸の付き合いでもしようか」




 ゴウンゴウンと洗濯機のような音を立てる、洗濯機のような形状の機械が並んでいる。

 俺と昇人、そして風紀騎士団団長の一真はその中で洗濯物のように洗われていた。


「気持ちいいな……」

「極楽だ……」

「最高ですね……」


 ここはDAMAトーキョーが誇る世界一のDAスパリゾート『天津乃湯』。名前の通り、聖剣を使った試作銭湯である。

 麗火さんから報酬で受け取ったチケットの中に、天津乃湯の無料入浴券が含まれていたのだ。それとは別に俺と雪奈の分の年間パスポートもあったため、皆を誘って疲れを取っておいで、ということだろう。ありがたいありがたい。

 ……天津乃湯でバッタリと剣聖生徒会のメンツと出会ったのは偶然だろう。麗火さんのことだ、福利厚生をちゃんとしているに違いない。


「突然会長に誘われたのですが、銭湯もいいものですね……」


 ……偶然だろう。


「しかし、これは本当に銭湯か?」


 俺たちが入っているのは一見洗濯機だが、実際はドラム缶風呂に近い。銭湯ではあまり見ないお風呂だ。機械仕掛けで聖剣ともなればDAMA以外では見かけることはない。


「高性能一人風呂というやつかな。中の人に合わせてお湯の質、温度、ジャグジーの強さを自動で調整してくれて、さらに治癒系や血行促進、疲労回復の複合DAまで搭載している……

 一人用だからできることだな……」


 こちらの思考を読んでいるとしか思えない絶妙な湯加減と泡による刺激が中にいるものを天国へといざなう。その心地よさは市販のマッサージチェアとは比較にならない。

 そのリラックス効果は洗脳すら疑うほどだ。


「私は、ここから一生出たくありません……」


 同感だ。タイマー機能であと15分で自動的に解放されてしまうのが残念でならない。


「後で仁と輪之介にも教えてあげよう……」


 二人とも身体を洗うとサウナの方に行ってしまった。

 DAにより身体への負担を取り除いた無限サウナは時間が許す限り永遠にいられるとか。ただし脱水症状には注意。



「良二」

「なんだぁ」


 ウトウトしていると、昇人から声をかけられた。


「ありがとう。心から礼を言う」


 礼?何のことだろうか。こんなお風呂(天国)に連れてきたことか?あるいは追試に付き合ったことか。


「良二がいなければ、死んでいた」


 続く言葉に目が覚めた。


「俺は救われてばかりだ」


 隣を見る。先ほどまでのリラックスした雰囲気は無くなっていた。


「俺だって助けられてばかりだ。

 俺一人じゃあまともに戦えないし、直接じゃないにせよ、ずっと俺たちを深界獣から守ってくれていたんだろう?」


 唐突な発言に疑問も浮かぶが、それらは後回しでいいだろう。こちらも素直に思っていることを口にしないと。


「そうですね。輪之介さんと昇人さんがいなければ襲われた生徒の皆さんは死んでいましたし、深界獣もこちらの世界に現れ被害が大きくなっていたでしょう。

 一度バブルスフィアが壊されてしまうと、貼りなおすのに時間がかかります。

 深界獣との戦闘動画は確認しましたが……バブルスフィアなしに団員を戦わせたいとは思いませんでした。倒せないことは無くても、きっと犠牲は出るでしょう」


 俺の言葉に一真も同意する。


「礼というのなら、むしろ私が一番初めに貴方と輪之介さんに礼と労いの言葉をかけるべきでした。本来DAMAの治安を守るのは私たち風紀騎士団の役割ですからね。

 昔よりこちらからの干渉は可能な限り行わないというルールがあったため接触しませんでしたが……どうして何時も被害者の目覚めや私たちの到着を待たずに去ってしまわれていたのでしょうか?」


 それについては俺も気になっていた。

 確かにバブルスフィアが戻れば被害者も戻るため放っておいてもいい。面倒な事にもなるだろう。だが彼らは気を失った被害者を放っておくような情の無い人にも、面倒を嫌がる人にも見えない。


「――俺には、その資格がない」

「資格ですか?」


 一真の問いに、昇人は両手でお湯を掬い、お湯で顔と髪を拭くと大きく息をつき上を見上げた。


「俺はリンの代理だ。俺を庇い力を失ったリンに代わって戦っている。

 生徒を守るためではない」




「元々リンが巻き込まれたのも俺が原因だ。

 リンは俺を心配してDAMAに来た。そして俺の代わりにディバイン・ギア・ソルジャーになった。そして俺を庇い死にかけディバイン・ギアを失った。

 だから俺はリンの代わりに戦わなければならない。


 俺の戦いは偽善だ。俺には合わす顔もない。付き合わされる方も迷惑だろう」




 想いを吐き出し疲れたのか、昇人は天井を見上げたまま左手で顔を覆い、もう一度大きく息を吐いた。


 初めて昇人の長いセリフを聞いた。顔を隠している昇人からは、らしくないな、と言いたげな気配を感じる。


 ……輪之介と昇人、二人から話を聞いた身としては色々と思う所はある。だが、二人の想いについて語るべきはきっと俺ではないだろうし、そもそも他人を理解できるような人間ではない俺には正しく伝えるのは無理だろう。


 俺にできる精々のことは――


「うん、まぁいいんじゃないか?」


 俺の感想に昇人が上を向いていた顔を戻し、訝しげに見つめてくる。驚いているようだが、まさか肯定されると思っていなかったわけではあるまいな。


「世界は多様性を求める。それは生物を存続させるうえで必要なことだからだ。趣味嗜好が多様であれば、何か問題が発生した時にすべてが機能不全になるという可能性が低くなるからな。人間だって小さなネズミからそうやってたどり着いてきたんだぜ。

 種族だけじゃなくて個人も同じさ。よほど社会から逸脱していない限りは、個人の価値観というのものは尊重されるべきだろう?」


 昇人も輪之介もDGSとしての自身のあり方に大いに悩んでいるようだが、率先して自死を選ぶ(・・・・・・・・)ようなことでもしない限り、俺は彼らの悩み(青春)に深く踏み入ろうとは思わない。


「俺はヒーローに憧れていて、現実のDGSもヒーローであって欲しいと思うが、別にそれを押し付ける気はないし、昇人が自身を偽善というのならそれを否定する気はないよ」

「前提である聖剣剣聖も映画、小説、アニメ、ゲームなどの影響でヒーローとして扱われることが多いですが、実際DAMAに入学してみるとみんな好き勝手やってますしね。

 私なんかはDAMAに入学したのも風紀騎士団に入ったのも、あくまで家の方針ですし」


 そうだったのか、知らなかった。確かにちょくちょくやる気がないな、とは思ってたけど!

 だが家の方針とは何だろうか。力ある者の義務(ノブレスオブリージュ)か?


「俺も似たようなものだな。DGSになっても、正しくあろうとしても、結局最後に優先するのは面白いか、楽しいかだ。

 根底にあるのが相手への想いでないのだとしたら、俺の仕事は結局はただの偽善さ」


 今回の依頼にしたって、変身ヒーローになれるから受けているようなものだ。

 実際楽しい面白い。雪奈たちの隙を見てもう一つくらい専用DA作りたい。


「……だがまぁ、たとえ俺の行動が偽善だとしても、昇人はありがたいと、助かったと思ったんだろう?」

「――ああ」

「俗に言う、しない善よりする偽善という奴だ。偽善でも助けられた奴は助かるんだ。俺だって覚えがある。

 例え謝礼狙いでも、財布を交番に届けてもらえると助かる。例え売名狙いだろうと、モンスターに殺されそうになっているときに助けられれば憧れる。

 そして―――自分の身勝手で助けた相手でも、礼を言われると嬉しい。

 思惑なんて言うのは喋らなきゃそうそう伝わらんし、黙っていれば互いにWIN-WINであるなら、問題なんて一切ない。

 最後に評価を決めるのは自分だけだ」

「そうですね。

 私も特に何も考えずに会長()から命じられるままに作業して、それで礼を言われるのは嬉しいです」


 いや、お前は団長なんだからちゃんと考えろよ。良いも悪いも全部麗火さんに放り投げるな。

 昇人も呆れたのか、一真(と俺)を見て薄く笑った。


「そうだな。

 これからは善処する」


 ビーッと電子音が鳴り、DA一人風呂が停止する。入ってから20分が経過したのだ。


 実に有意義な時間だった。

 身も心も休まったと言えよう。


「ところで、なんで突然礼なんか言ってきたんだ?」


 お湯の排出が終わるまでの時間に、気になったことを一真に聞いてみる。


「追試が終わった。

 これで最後だろう?」


 最後?いったいどういう意味だ?


「戦闘のサポートについてなら、深界獣の勢いが収まるまで――あと一週間は続けるぞ?」

「……やはりか」


 自分の言葉と俺の言葉は食い違っているはずだが、昇人の反応は予想内だと言いたげだ。


「リンがそうだと言っていた」


 ……なるほど、俺が登場時に追試のことを言ったから、追試の終了がヘルプの期限だと勘違いしたか。

 麗火さんのメールにも仮の期限については記載してあったはずだが、やっぱり読んでいないな!?

 昇人は追試の後も続くと認識していたが、輪之介が追試までが期限だと主張したので、自分が間違っているのではと考えたわけだ。


 排水が終わり扉が開いたので、足を滑らせないようにゆっくりと外に出ると、そこには右手を差し出した昇人が立っていた。


「これからも頼む」


 俺はその右手を力いっぱい握る。


「こちらこそ」


 予測によればあと一週間。未だに深界獣の出現数は増えている。最終的には10体程度同時に出現する可能性もある。二人で何とか頑張っていかなければ。

 これからの激戦を予想しながら、俺たちは熱い握手を交わすのだった。


 ……せめて、タオルを巻いてからか、風呂から上がってからでは駄目だったのか?





 そんな様子を、DA一人風呂の死角となる水風呂で、僕は図らずとも聞いてしまった。


 僕には無限サウナは無理だった。シュバルツ・クラッヘ――仁くんは初心者用安心安全5時間居られると言っていたけれど、僕には5分も無理だった。どこが無限サウナなんだ。無間地獄サウナの間違いじゃないか。

 そうして、身体を冷やすために水風呂に入ったはいいけれど、ショート達の声が聞こえてきて、出ることができなくなってしまった。


 昨日ショートはああ言ってくれたけど、ショートにもやっぱり思う所はあったみたいだ。

 初めはボタンの掛け違い。掛け直った後でも傷口は残っていて、それが僕たちを蝕んでいる。

 ショートはこのままで、でも少しだけ変わることを選んだ。それじゃあ、僕はどうすればいい?このままじゃあ、僕の価値なんて―――

 長い間水風呂に浸かり、冷え切ってしまった頭では考えもまとまらない。


「礼をしたい」

「追試のか?報酬は麗火さん――会長から貰ってるぞ」

「個人的にだ。何か手伝おう」

「よし!ありがとう!ちょうど手が欲しかったんだ!」

「はぁ……深く考えずに良二に手助けなんて言い出さない方が良いですよ?忠告はもう遅いですが」


 三人で何かを話しながら離れていった。これでようやく水風呂から出られる。

 これで、温まりながら考えられる。


 だから、そうだな……意識がなくなるような、熱いサウナに入りたい。






 Bath x Hypocrisy - 了

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