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第三十四話 君の青春は輝いているか?

輪之介と昇人の日常。

そろそろ終盤に差し掛かりますが、二人について全然触れられていないので。


「ショートー手伝って―」


 ノートPCを脇に抱えた僕は寮のショートの部屋に行き、ベッドにダイブするとそう言った。


「宿題か」


 机に向かって椅子に座っているショートが、こちらを見もせずに言う。


「プロジェクトってなに?ビルドって何だっけ?JDKって何さ!」


 僕とショートは現在補習と追試期間中だ。基本的には試験を受けるだけだけど、情報処理の授業はプログラミングの実習だった。〇×ゲームを作り、勝敗を判定できるようにしろ、というものだ。

 常識的に考えて、一般生徒にゲームを作れというのは荷が重い。


「半年前はCを触ってたのに、なんでjavaになってるんだよー。言語なんて一つでいいじゃんか。一つ残して全部消しちゃおうよ」


 ベッドに寝転がりながらノートPCを開き、画面を見ながらぼやく。


 僕たちが授業に出なくなる前は、Cという言語でプログラミングしていた記憶がある。全く覚えていないけど。

 でも気が付いたら言語が変わっていた。

 言語って何?英語とイタリア語くらい違うの?翻訳ソフトとかない?


『それは困るね。媒体によって使える言語が違うし、それぞれメリットデメリットがある。例えば――』

「そういう話は良いから!興味ない!」


 僕は眼鏡―D-Segから聞こえてくる声を遮った。

 このD-Segというのは考えるだけで大抵のことを行ってくれるけど、サポート役のアイズというのが五月蠅いのは気に入らない。

 でも彼は優秀なのでいないと困る。僕はわがままだ。


「アイズなら作れる?」

『簡単だね』


 目の前に〇×ゲームが投影される。恐る恐る中空を触れてみると、真ん中に〇マークがついた。


「今作ったの?」

『今作ったよ』

「凄いな」


 机の方ではショートも虚空に指を動かしている。ショートにも同じゲームを表示しているらしい。


「じゃあ作ったのくれない?」

『駄目だね。マスターに禁止されている』


 彼の言うマスターとはギア:アイズの良二くんのことだ。深界獣の討伐を手伝ってもらう他に、ここ数日勉強にも付き合ってもらっている。

 彼には頭が上がらない。仕事とはいえ、良くもここまで付き合ってくれるものだと思う。


『テストで合格する事が目標じゃなくて、ちゃんと理解することが目的だからね。

 テストで合格しても2年以降ついていけないと意味が無いって言ってたよ』


 そういわれると返す言葉もない。毎日の補習も、ちゃんと詰め込むだけじゃなくて解りやすく理解できるよう心掛けてくれている。


「でもこう、漠然とし過ぎてて何から始めればいいのかわからないんだよ。

 ショートはどこまで進んだ?」

「開発環境を整えてサンプルプログラムを動かした」

「カイハツカンキョー?」


 そういえばCのときも初めに何やら設定をしていたような……


「まずは良二のまとめた資料を見ろ」


 何か色々参考資料は貰ったけど、まだ全然確認できていない。そもそもどこから見ればいいのかわからない。


「Readmeだ」


 Readme?と考えると、該当のファイルがD-Segに表示された。アイズのヘルプ……じゃなくて思考制御か。

 中を確認する。Javaとは何か、その利点と主に使われている場所はどこか、といった内容に加えて、資料のディレクトリ構成と概要、環境構築手順書などの情報が記載されている。

 ああ、この環境構築手順書を見ればいいのか。


 目線をそちらに向け意識すると、自動的に手順書が開く。まずはこのアプリをインストールしてきて……と。手順を確認しながら何をするのか考えると、半自動的に作業が進んでいく。D-Segで読んだ思考がノートPCに反映され、指を動かすこともなく実行されていくのだ。これがD-Segか……やっぱり便利だ。

 僕はベッドに寝転がりながら、ノートPCとD-Segの画面を見比べて作業を進めていくのだった。




 Hello World


 ちょっと詰まったりしたところはアイズに確認しながら黙々と作業を進めた結果、なんとか開発環境までは構築出来て、プログラムが動くことまで確認できた。

 後はプログラムを書くだけだ。面倒くさい。何から書き始めればいいかわからない。しかし良二くんがこんなところで見捨てるはずないと思って色々見ていたところ、参考となるブログの記載があった。そのサイトを見てみると、基本的なコマンドや考え方を学びながら〇×ゲームが作れるようだった。つまり、このサイトを追っていけば演習が完了するということだろう。

 ありがとう、良二くん。ありがとう、サイトの管理人。


「終わった。確認を頼む」


 作業をしていると、目の前に〇×ゲームが浮かんだ。アイズの造ったものより平坦でシンプルなものだ。ショートの造ったものだろう。見た目は僕が見ているサイトのサンプルとは違っているけど、自分で一から作ったのだろうか。

 触ってみるとちゃんと動くようだ。


『選択済みのところを選択できるバグがあるね。

 それ以外は思考ルーチン未実装だしリセットボタンもないけど、課題としては問題ないんじゃないかな』


 アイズの言う通り、一度選択したところも再度選択できるようだ。CPUの×マークが〇に変わってしまう。


「修正する」


 ショートが少しだけ焦った声を出す。ショートは言葉数も少ないしあまり表情には出さないけれど、付き合いが長い僕には声だけである程度感情が読み取れる。おそらく結構自信があったんだろう。

 そんな彼の様子を微笑ましく想いながら、僕も彼に追いつくべく作業を続ける。




『OK。問題なし。提出しておく』


 そうこうして何とか課題を仕上げ良二くんに連絡すると、OKの返事をもらった。

 ほとんどネットのコードのコピペだけど、特に問題はないようだ。プログラムの意味も何となくは理解できた。来年度以降も何とかついていけそうだ。


「おーわったー」


 ノートPCを閉じて大きく伸びをすると、ベッドの上にあったバイク型のぬいぐるみを抱きしめる。ぬいぐるみは古くて、ショートの匂いがする。まさか抱いて寝てるんだろうか。


 課題の提出も終わり、残りは明日の追試だけ。それが終わればしばらくは勉強とも離れられる。深界獣の件があるから予定を埋めることはできないけど、少し遊びに行くくらいはできるかもしれない。


「ショート、何やってるの?」


 課題が終わった後も机に向かっているショートに質問する。明日の追試の予習だろうか。


「良二と連絡を取っている。区切りがついたらツーリングに行くが、その行先の調整だ」

「え、何それ。僕聞いてない。何で誘ってくれないんだい?」

「?

 リンは来るだろう?」


 ショートがこちらを振り向くと首を傾げる。僕が一緒に行くことをまるで疑っていない様子だ。

 まぁ、行くけどさぁ!


「あれ?でも良二くんのバイクって完全DA仕様だよね。公道走れなくない?」


 確か中身が半分以上DAに改造されていたような。


「レンタルする。その車種も含めて検討している。

 乗り馴れているという点ではCalivar系統が良いが、二人乗りを考えると俺と同じMononoFu XZも捨てがたい。バイク自体は初心者というのなら、やはりオーソドックスにNohFuが鉄板か。だが最新の派手な機体が好みというのならいっそShowGunにカスタマイズで――」


 ショートの早口が始まる。普段はバイクについて質問されてもぶっきらぼうに答えるだけだけど、たまに口が止まらなくなることがある。僕は慣れてるけど、他の人は引くと思うので気を付けた方がいいと思う。




「―――リン。悩みはなんだ」


 ショートの早口を聞き流しながらバイクのぬいぐるみに身体を預けてうとうとしていると、名前を呼ばれて目が覚めた。


 ショートは何時の間にか完全にこちらを向いて話を聞く体勢に入っていた。

 ……長い付き合いだ。部屋に来たのは課題の為じゃないと気が付いていたんだろう。


 僕は先日良二くんにディバイン・ギアを取り出す方法について質問した。その後保健体育の補習の時にそれとなくDA医療について教えてくれたし、後で資料も送ってくれたけど、今はもうディバイン・ギアを取り出す気は失せていた。

 良二くんが加わったことで戦闘が安定してきた事と、ギア:ナイツに用意してくれたDAが強力で苦戦することがなくなったことが理由だ。

 でも、勇気を振り絞ったのに、サラリと流されてしまったことが一番大きい。強力なDAに当てがあるとはいえ、もっと真面目に取り合ってほしかったと思う。僕の決断をなんだと思っているんだ。



 ……そうじゃないか。一番の問題は、現状維持を続けようとする僕の性根だ。だからこうやって相談に来たというのに、何も切り出せずにいる。



「明日で補修終わりだからさ、その後どうするのかなって」


 良二くんと初めて会った時、補習と追試に専念できるよう戦いをサポートすると言っていた。追試が終われば彼らはいなくなってしまうだろう。


「どうも何もない。何も変わらず戦う」


 ショートは強くなった。今日は同時に2体の深界獣を相手にしたけど、カウント6で終わらせてしまった。今なら3体同時でも相手にできるだろう。確かに良二がいなくなってもしばらくは戦えるかもしれない。でも、このまま深界獣が強くなり続けたら、きっとどこかで今度こそ本当に倒されてしまう。それはショートもわかっているはずだ。


「ショートは一人でも戦えるの?」


 ディバイン・ギア・ソルジャーの戦いは過酷だ。最悪の場合死亡する(・・・・・・・・・)。死ななくても、強制解除(アーマーブレイク)は死亡酔い以上の衝撃を精神と肉体に与える。幸いショートはまだ体験したことはないけど、そのことは知っているはずだ。


 死と痛みを前に身が竦み戦えなくなった僕とは違い、ショートはそれでもなお戦い続けられるのだろうか。


「……」


 ショートはこちらを見ると少しだけ首を傾げ考える。


「リンは傍にいてくれないのか」


 そして、ショートは少しだけ寂しそうに、そう言った。


「僕は!僕はずっとショートのそばにいる!それが僕の責任だ!」


 きっと戦い続けられなかったけど。途中で折れてしまったかもしれないけど。

 それでも僕がショートを巻き込まなかったら、ショートは危険な目に合わずに済んだはずだ。それを僕が巻き込んでしまった。


 ああ、そうだ。だから、僕は責任を取らなくては。



「ショート。

 僕の体に残っているディバイン・ギアがあれば、ショートは……ギア:ナイツは完成する(・・・・)

 だから、もし必要になったら、その時は僕のディバイン・ギアを受け取ってくれないか?」



 手術して取り出す気にはなれなかった。でもやっぱり、必要になったのなら、このディバイン・ギアはショートに渡すべきだ。例えそれで僕が――




「だが断る」




 しかし、僕の決死の提案は、またしても否定されてしまった。


「例えリンのディバイン・ギアがあれば勝てるとしても、なければ負けるとしても、それでもリンのディバイン・ギアは必要ない」


 ショートは立ち上がると俺の正面に立ち、少し怒った顔で大きな手で俺の頭をクシャリと撫でた。


「勝つためなら何でもするが、それでもリンのディバイン・ギアは不要だ。

 それでも絶対に勝つ。

 心配するな」


 ショートは押さえつけるように僕の頭を何度もなでつける。


 何故ショートはそこまで強く言い切れるのか。

 本物だからなのか。真似しかできない僕ではないからか。


「―――もういい!

 頼まれたって渡してやらないからなっ!」


 僕はショートの手を振り払うと、彼を睨み付けてやる。


「問題ない。俺は負けないからな。

 だが、ずっとなにか悩んでいるかと思えばそんな話か。

 もっと有意義な事――自分に合ったバイクの事でも考えたらどうだ」

「僕にとってはそれよりは重要なことだよ!」


 真剣になって損をした。

 そうだ。思い返せばショートは何時も僕の前にいた。そんな彼が、僕から何かを受け取るなんてあるはずがない。


 大きくため息をついてショートにいじられた髪を手櫛で梳かしていると、となりにショートが座った。


「何さ」


 ショートは先ほどのことがなかったかのように、真顔で口を開く。


「明日の英語は不安だ。予習を手伝ってくれ」


 まさかの予習か。切り替えるのが早すぎるだろう。


 ……でも、僕も引きずり続けるわけにはいかないか。幸い、英語は少しだけ得意だ。


「……仕方がないな、良二くんは僕たちのために今も準備してくれているんだ。頑張らないとね」


 補習を受ければわかる。良二くんは僕たちが短い時間で数か月の遅れを取り戻せるよう、色々考え頑張ってくれている。せめて、それに応えないと。


『いや、予習の準備は大半が僕の仕事だから、マスターはチェックだけ済ませて、今は趣味で可愛らしい女の子の衣装を造ってるね』


 僕たちの会話に、突然アイズが割り込んできた。


「え、なにそれ」

『ギア:ナイツのDAは完成したし、依頼についての課題もある程度目途がついたからね。元々マスターはDA開発はしないで戦闘のために体力回復しといてと開発チームから言われてたし、暇してるんだ』

「えぇ……」


 彼の現状を語られ、芽生え始めていた尊敬の念が一気に消え去る。


『ちなみにこんな感じだよ』


 アイズがD-Segに画像を投影する。映し出されたのはデザイン画とCGで、アイズの言う通り年若い少女用の可愛らしい衣装だ。色は白が基調で、フリルをあしらいつつシュッとしたシルエットの、可愛くもスマートなコスチュームである。


 何のためにこんなものデザインしているんだろうか。まさか彼が着るのか?確かによくよく見れば子供っぽい顔立ちで女装が似合うかもしれないけど。

 いや、前に話したときに僕専用のDAについての話題が出てたし、僕に着せる気じゃあ!?


「……僕たちは何も見なかった。いいね?」

「ああ。良二は俺たちの尊敬する教師だ。何も問題はない」


 僕たちは彼の趣味についての記憶を追い出すべく、一心不乱に英語の予習をするのだった。





 Study x Java - 了

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