第三十三話 恋バナを君と
「気ままに浮いて飛ぶだけなら特に問題ないけど、高速移動となるとやっぱり気流や空力は無視できないなぁ」
「そうっすか……」
「教科書の計算式見ただけで目まいがするんですけど?」
『本日2回目』の犠牲者は男女のペアだった。
一年で基礎を学んで、年度末試験直前でようやく単純浮遊できるDAが完成したらしい。
今は速度をどれだけ上げられるのかテストしているようだが、人体は飛ぶようにできていないので、風圧やバランスといった問題が発生しているのだとか。
「簡単なのは仮想衝角を作ることだな。進行方向に、空気を固めて閉じた傘みたいなのを造る。維持制御が大変だけど、慣れれば音速近くまで出せるようになるし、形状によってはスリップストリームで早く飛べるようになるぞ」
「衝角っすか……前に頑丈な傘を使って風よけしてみたんっすけど、ちょっと物足りないんっすよね。
俺は目を開けられないような風圧を感じて、松子と一緒に飛びたいんっす!」
「うちも竹ちんと一緒の風を感じたい!」
どうやらお気に召さないようだ。
風が感じられるから車よりもバイクが好きだという人たちがいる。彼らもそういう類の人たちだろう。
「じゃあやっぱり気流や空力を考えないとな。
ただ高校レベルの学力じゃあよく解らないというのは納得だし……シミュレータを使うか?」
俺が考えつく前にアイズがその考えに到達していたのか、すぐさま候補が表示される。
「DAMAでライセンス契約しているソフトはないけど、個人利用、学習に限りフリーで使えるソフトはあるみたいだ。
機能は制限されてるけどな」
「本当っすか!?」
「さすがに人の形をしたもののモデルはないから作らないといけないが……ああ、それも何とかなるのか」
アイズがDA-CADとの連携によるモデルの流用方法を提示してくれる。
本当に優秀だな、この子。
それじゃあ手順書も作成して、二人のアドレスに送っておいてくれ。
「OK。諸々の手順も用意できそうだ。
後で学校のメールアドレスに送っておく。解らないことがあったら連絡してくれ。
あと、使って見た後でいいから、使用感やノウハウ、レビューなんかも送ってくれると助かる」
「レビュー?」
「ああ。学生の相互扶助のシステムを造ってるっていうのは知ってるよな?俺たちのイノベーション・ギルドもその一環なんだが」
「はいっす」
「そこで取り上げるんだ。
空を飛びたいときにはこういうDAがありますよ、こういうツールがありますよ、という感じでな」
「俺たちみたいに悩まなくてよくなるんっすね!了解っす!
ついでに良い感じに俺たちの論文も紹介すれば注目間違いなしっす!」
なるほど、売名行為にも使えるのか。
その考えはなかった。
「まぁよろしく頼む。
頑張ってなー」
「どうもありがとうっす!
そこのお二人も、今日は迷惑かけたっす!
ありがとうございましたっす!」
「ありがとー」
二人が手を振り去っていく。
「……随分顔が広いんだな」
一部始終を見ていた昇人から声をかけられる。
相談に乗るのは昨日に続けて三度目だ。
「年度末試験の時に随分宣伝したからなぁ」
俺自身が宣伝したのは試験の時だけだが、その時の解説役である雷田琴羽および放送部のメンツにより、色々な試験中に話題にしてくれたらしい。
おかげで今では知らない人は少数派になっている。
「とはいえ依頼なんてそうそう受けることはないんだけどな。
昨日と今日の件については……『深界』属性が原因だと思ってる」
『深界』属性は精神を不安定にさせる効果があるという。
本来なら春休みに入っているこの時期に、校庭や公園で試験をしている人は、よほど研究が好きなのか、年度末試験などで上手くいかなかった人たちだ。
前者は兎も角、後者は精神が不安定になった場合、負の感情に流されやすいのは今までの観察でわかっている。それから解放された直後のため精神がリラックスし、質問しやすい精神状態になっているのだと推測できる。
「雨降って地固まる、という奴だね」
雨というには毒々しい気がするけれど。
「知識については?」
「俺は全属性保有者だ。専門はからきしだが、浅く広くは得意なんだ。
片っ端から授業を受けて、面白そうなことには首を突っ込んで色々やった」
「巻き込まれる方はたまったものではなかったが」
合流してきた仁が口をはさむ。
失礼な。仁に巻き込まれたことも多いし、仁だって楽しんでいただろう。
「全部身についたかと言われるとそうでもないんだけどな。
でもまぁ、色々考えるようにはなったよ。
DAMAの天才たちは得意分野はもの凄いけど、それ以外はからきしだ。
考え方も自分の属性に引っ張られる。
だから、それ以外の視点を持ってて、基本的な質問に答えられる人が必要なんだ」
天才たちは本当に凄い。
昨日の二人の女生徒の論文を見てみたが、よくもまぁあんなことを考え付くし、実践できる技術があるものだと感心した。
だからこそ、その才能が十全に生かすことができないのが惜しい。
その穴を埋めるために、現在聖教授が頑張っている。今朝も連絡を取ったが、ロサンジェルス聖剣研究所との交渉はやや難航しているようだ。今後のDAMAのためにも、ぜひ成功させて欲しい。
それが完成すれば、きっと数年後には俺などお払い箱になるだろう。
それに、今回答えられたのも、大体はアイズのおかげだ。
きっと数年後はアイズ様がDAMAトーキョーを支配なされ、全ての生徒はアイズ様に英知を教授され須らく幸せな青春を送るであろう。
やっぱり俺はいらないねっ!
「というわけで基本的な勉強は大切だから、補習と追試に戻ろうか」
俺の言葉に昇人と輪之介が嫌そうな顔をする。
「補習は途中で切り上げたから続きから……と言いたいけど、戦ってる間に記憶トンだだろうか初めからなー」
今は14時。
今日は二回襲撃があった。お昼を食べているときに仁から連絡があり、16時ころに第二陣が来そうだと聞いていたため、その前にテストを終わらせてしまおうと思っていたのだが、予定より深界獣の出現が早まったのだ。
しかも二回とも二匹同時出現であり、二回目に至っては今までとは違い人型ではなかった。
輪之介によると人型以外の深界獣はたまに出現していたが、人型よりも属性の制御が疎かになる代わりに、身体能力が高いという。
複数回の襲撃に同時出現。さらにはレアな深界獣まで持ち出してきた。
予想通り、紫月が頑張っているということだろう。
「物理なので俺は平気だ。復習もしてある。すぐに追試でもいい」
「ショートが裏切った!」
俺の参加に加えギア:ナイツの戦闘能力が向上し余裕ができたからか、二人とも危機感は抱いていないようだ。
あるいは今までの長い戦いの影響なのだろうか。
二人ともすんなり日常に帰っている。
それは良いことなのか、悪いことなのか。
そして『彼女』は今どうしているのか、何を感じているのか。
……考えても仕方がないだろう。俺もひとまずは日常に戻ろう。
さて、スケジュールをどうしたものか。
「今帰ったぞ」
「シュバちゃん先輩、お疲れ様です!」
良二さんの送り迎え兼サポート役のシュバちゃん先輩が帰ってきたので、用意しておいたコップを差し出す。
中はキンキンに冷えたオレンジジュースだ。良二さんによると自分で注文するときにはアイスティーやアイスコーヒーを選ぶけど、実際はジュースの方が好きらしい。他人に勧められた場合は断らずに飲むから、なるべくジュースを出してあげて欲しいと言われた。
見栄というやつかな?私は自分が好きなものを頼む方が良いと思うけど。
「うむ」
シュバちゃん先輩がコクリコクリとジュースを飲むたびに、喉仏が動く。
その様子を見て、先日良二さんの喉仏に触れたことを思い出して少し顔が熱くなる。シュバちゃん先輩の喉仏も硬いのかな?
ジュースを飲み終えコップを返してくるシュバちゃん先輩は、何時もの精悍な表情を少しだけ緩める。
きっと、良二さんを見守っていた緊張が、ようやく解けたんだと思う。
私も、良二さんが戦っているときはかたずを飲んで見守っている。
「昇人さんからの評価とリクエストが届いてますよ!」
午前の戦闘相手はモグラ型でせっかく用意したDAは使わなかったため、本格的な運用はさっきの戦いが初めてだ。
「昇人さんは右側の方が魔力が流れやすいので、出力バランスがとりずらいそうです」
「なるほど……まぁ個人用調整の範囲内だな。
通常なら顔を合わせて微細に調整したいところだが、なるべく負担はかけるべきではないか」
昇人さん、輪之介さんは現在留年回避のためにお勉強中。良二さんもそれに付き合っている。
夜には時間が空くようだけど、変身と戦闘は体力をたくさん使うため、なるべく休んで欲しい。
「ある程度自身で調整ができるように改良しよう。
アイズ、思考制御とリンクは出来るか?」
「可能だね。ただ、普通なら調整はディバイン・ギア側で行うべきだけど」
詳しい話は聞いていないけれど、ギアさんと仲良しな良二さんと違い、昇人さんはディバイン・ギアと上手くコンタクトできないらしい。
アイズさんは、どうにもその様子が気に入らないみたい。サボってるように感じるのかな?
「他にも細かい調整がいくつかありますね。
ジェットエンジンを使った必殺技についても感想が来てます」
昇人さんは寡黙な人だけど、評価や感想については凄く早く、細かく指摘してくれた。たぶん、真面目で几帳面なんだと思う。
「手軽に使える火力技が欲しかったのに、必殺技と消費が変わらない、と」
「女狐め……だから言ったであろう!自分を基準に物事を図るな!」
シュバちゃん先輩が呆れたようにため息をつく。
シュバちゃん先輩は麗火さんと仲が良くないので、結構辛らつだ。
「娘よ、細かい調整の方は任せられるか?
我はジェットエンジンを使った必殺技の改良について考えてみる」
「解りました!大体はパラメータをいじるだけなので、行けると思います!」
こうして、私たち裏方のお仕事は始まる。
「ところでシュバちゃん先輩」
変更する値の影響範囲をアイズさんと一緒に確認しながら、シュバちゃん先輩に声をかける。
「なんだ?」
「マスターって、麗火さんとお付き合いしていたんですか?」
シュバちゃん先輩の手がピタリと止まる。
「何故そう思う?」
「麗火さんがマスターに好意を持っているのは見ればわかりますし、マスターからもそれなりに好意を持たれてそうです」
あくまでそれなりに。
「私が来た時には疎遠になっていたみたいですけど、その前は付き合っていたのかなって」
「ツヴァイベスターのアレは信頼だろう。女狐は能力は高いからな。あるいは古い馴染みに対する友情」
「いえ、結構デレっとしてますよ?
昨日の夜も、今朝も機嫌よかったですし」
「……そうか?我には同じに見えたが」
「間違いありません。女の勘です」
「勘を根拠に間違いないと断定されては困るのだがな」
男女の機微に疎いシュバちゃん先輩には解らないかもしれないけど、私の直感はそう告げてるのだ。
お母さんにもそういうのは信じなさいと言われた。
「我が魔眼『シマンデ・リヒター』を欺けるとは思えんのだが……証明できないことに水掛け論を論じても意味がなかろう。
ツヴァイベスターが女狐をある程度意識していると仮定しよう。
女狐からは――気心の知れた幼馴染だ。ある程度は家族に対する感情のようなものを持ってもいよう」
「SCカードを造りに行ったときの反応凄かったですよ?
なんというか……好意が身体からあふれていました。
たぶんアイズさんが録画してると思うので、見てみますか?」
D-Segの端に動画ファイルが現れる。サムネイルを見るに、麗火さんがSCカードを造った時の物だろう。
少し再生してみる。
良二さんは気が付いていないかもしれないけど、『依頼のことで良二くんのことを考えていた』だけだとSCカードは反応しない。必要な思いの強さは解らないけど、ちゃんと相手について想い心を開かないと、SCカードは反応しない。
SCカードを造ったことがある人なら解る。
つまり目の前にいるだけで、意識しないでもSCカードが反応してしまうくらい、麗火さんは良二さんのことを想っているということだ。
ところでアイズさん、その隣にある私の動画は不要なので消しておいてくださいね。
「いらん!
それで、もし昔契約を交わした仲というのなら、一体何だというのだ」
「まだ好き合っているとしたら、後押しした方が良いのかな、と。
なるべく二人きりにするとか」
「そんなことをすればツヴァイベスターが女狐に襲われるだろう」
「麗火さんはそんなことしないと思います」
「色魔の女狐だぞ?」
「麗火さんにそんな度胸はないと思います」
「辛辣だな!?」
麗火さんは尊敬できる人だとは思うけど、多分恋愛に関しては、私の友人程度の経験値もない。
「はぁ……唐突な話題だが、何かあったのか?」
シュバちゃん先輩は一度ため息をつくと、少しだけ真面目な表情で質問してきた。
「大した理由があるわけじゃなくて……私の友達にメグちゃんていう子がいるんですけど」
「うむ」
「昨日メールで卒業記念に彼氏と『卒業した』と報告されたので、私の周りの人たちの恋愛事情はどうなのかな、と」
「卒業とは……まさか卒業か!?」
「たぶん、卒業です」
「元中学生風情がっ!」
シュバちゃん先輩が激昂し、僅かに頬を赤らめ髪を逆立てる。眼帯からは金の光が漏れている。
私はキッチンに行き、お代わりのオレンジジュースを注いでくるとシュバちゃん先輩に渡す。
シュバちゃん先輩は一息にそれを飲み干すと、少し落ち着いたようだった。
「ふぅ……
つい感情に任せ邪神を召喚するところであった」
メグちゃんのノロケ話はちょっと辟易してるので、邪神を召喚するなら手伝います。
「さて、元々の話は何であったか……
ツヴァイベスターと女狐が契約を交わしたという話か。
それならば、そのような事実はない」
「シュバちゃん先輩に隠していたとかは?」
「それもない。
ツヴァイベスターにとっては契約を交わすということは、婚姻の契りを結ぶのと同意味だ。
隠すはずも解消するはずもない」
「結婚を前提ということですか?何か実家のしきたりとか?」
そういえば、良二さんは私の家族について知ってるけれど、私は良二さんの家については何も知らない。どこに住んでいるのか、兄弟がいるのか、そんなことさえも知らないのだ。
「いいや、これはツヴァイベスターの問題だ。
……気づいているかもしれんが、ツヴァイベスターは極度のロマンチストだ。
初めて女性と契約を結ぶのなら、その女性と運命的に結ばれ生涯添い遂げることを望むはずだ。
故に軽々しく契約することも契約を解消することもない。
卒業記念に卒業などもってのほかだ」
良二さんがロマンチスト……確かに思い当たる節はなくもない。
でも付き合い始める前に生涯添い遂げることを考えるのはちょっと重くない?
男の子としてはそれが普通なのかな?
「ツヴァイベスターと誰かを結ぶというのなら、その結果が意味することも考えておけ。
…………我はむしろ娘が狙っていると思っていたが」
「私ですか?
私はマスターのことを尊敬してますけど、付き合うというのはないです」
「対象外ということか」
「そうですね。
私はあくまでマスターの右腕なので、マスターの恋人にはなりません」
私の回答に、シュバちゃん先輩がつまらなそうな顔をする。
「ふん。好きにするがいい。
どのみち何があろうとツヴァイベスターの一番の盟友が我ということは変わらん。
……それと、好きにしろとは言っても女狐を勧めるのは止めておけ。アレはたとえ恋仲にあろうと、必要なら泣いて謝りながら死地に送る女だ。
娘の望みは果たされんぞ」
シュバちゃん先輩の止まっていた手が動き、仕事が再開される。
時々「右手が恋人……確かにないな」と聞こえてくるが、よく意味が解らない。
私も止まっていた作業を再開する。
仕事に集中できない中、ちょっとだけ気になったので、最後に一つだけ質問することにした。
「参考程度に聞きたいんですけど、マスターを堕とすにはどうすればいいですか?」
シュバちゃん先輩は顔を上げると、数秒間虚空を見ながら考える。
「そうだな。
我ならロマンティストであることを逆手に取る」
「というと?」
「既成事実」
ロマンとは真逆の考えだと思う。
でも良二さんのことを考えると、なんとなく納得できてしまうのが悔しい。甘くて押しに弱くて欲望に忠実。
だからコレだけは言っておかないと。
「男子ってサイテー」
Love x Talk - 了
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