第二十六話 紫の月に関する考察
色々と小難しいことを話していますが、解らなければ斜め読みでも問題ありません。
演出と設定のすり合わせと思っていただければ。
「ただいまー。
ちょっと紫月ちゃんとかいう深界獣の親玉と遭遇しちゃって帰るの遅くなったわ。
少し味見されちゃったけど私は元気です」
「おかえりなさい!
マスターが色魔に襲われているところはばっちり見てましたよ!
今度会った時はあの色魔の尻尾を引きちぎって揚げ物にしてやりましょう!
きっとパリパリして美味しいです!」
「亜人種の実在をこの目で確認できるとはな……やはりDAMAは亜人による支配が進んでいたか。
それにしてもあの姿は――滾るな」
「お帰り。お邪魔してるわね。
無事でよかったわ。良ちゃんが食べられちゃってたら、私が紫月を食べないといけなかったもの」
先ほどのことが知られている上に一人増えている。
あ、これは厄介なことになるパターンだ。
直感だが、先に謝っておいた方が良い気がする。
「シンパイカケテゴメンナサイ。
リードはせめて伸び縮みする長めの奴にしてください」
土下座のごとく深々とお辞儀をすると、雪奈と麗火さんが顔を合わせ、クスリと笑った。
「マスターは犬ではないので、リードなんてつけませんよ?」
「そうね。
檻に入ってもらうから、リードは必要ないわ」
「色魔から守るためだから仕方ありませんね!
寝床は中に作りますけど、トイレはついて行ってあげるので外でできますよ」
息ピッタリな二人に、仁は同情的な目でこちらを見て来るのだった。
なんとか、二人の愛玩動物になるのは許してもらえた。
次からはもうちょっとちゃんと謝ろうと思う。
何故雪奈と仁が紫月のことを知っていて、麗火さんがここにいるのかというと、どうやら視聴覚野からデータを取り出した辺りから、アイズが雪奈と仁にもデータを転送してくれていたらしい。
その後、流石に今回の依頼主である麗火さんにも知らせておいた方がいいと判断した仁が、麗火さんを呼んだんだとか。
麗火さんは移動を優先したため、まだあらまし程度にしか知らないらしい。
そういうわけで、俺目線での事の顛末の上映会が開かれた。
「視覚野からデータを引っ張ってくると、こんな見た目になるんだな。
注目しているところが丸わかり、注目してピントが合っている部分以外は曖昧にぼやける」
「マスター、いくらスタイルが良くて身体のラインが丸解りだと言っても、女性を見るときにお胸とおヘソとお股をチラチラ見るのは失礼だと思いますよ?」
「違うし!紫月が強調するように見せつけてきただけだし!」
「それを含めても、身体に目線を向ける回数が多いと思うのよ。
最後に回転した時なんて、すぐさまお尻を目で追ったでしょ?」
「麗火さん、前から気になっていたんですけど、マスターはムッツリなんですか?」
「雪奈ちゃん、それは違うわ。
良二くんは紛うことなきオープンよ」
「いや、この程度なら現役男子高校生としては普通ではないか?」
「「男子ってサイテー」」
「男子を檻に入れようとする系現役女子高生の言葉ではないな!?」
「イッソコロシテ……ダレカボクヲタベテ……」
「それでは解ったことを精査したいと思います!」
・深界獣には主がいて、主が深界獣の大量発生に関わっている
・深界獣の主(個体名:紫月)には知性があり、会話できる
・希少な亜人の目撃例及びコンタクトになる?
・深界獣にとって属性を取り込むことは食事
・体に合う属性は美味しいらしい
・食事の概念は人間と違う?一つに同化するイメージらしい
・深界獣の目的は不明
・主の目的は深界に帰ること
・深界からこちらに来る際に何かを失う
・世界が違うために存在を変換している?
・マスターは美味しい(要検討)
「相変わらず立ち直るのが早いわね」
そう言いながら麗火さんは手に持ったどら焼きを一口サイズにちぎると口に運ぶ。
緑彩堂の黒糖どら焼きだ。ここに駆け付ける前に、麗火さんがお土産として買ってきたらしい。
え?俺の心配よりどら焼き優先?と思わないでもないが、そんなもの黒糖の深い甘みが小豆を引き立てる餡子を口に入れてしまえば簡単に消え去ってしまう。
昨日緑彩堂の抹茶どら焼きを食べたばかりだが、黒糖どら焼きもいいものだ。餡子も生地も全然違っていて、他のどら焼きについても食べたくなってしまう。
「黒砂糖の香りと優しい舌触りにマスターの感情を浄化する機能があるんでしょうか」
「いや、このしっとりとした柔らかい生地ではないか?」
雪奈と仁も美味しそうにもふもふとどら焼きを味わっている。その姿を見て麗火さんも満足そうだ。
「という具合に俺たちはスィーツを楽しんでいるわけだが、深界のモンスターにとってはそれがDAからの属性摂取だったわけだ」
「何故深界獣が現れるかというと、それが本能的な捕食行動だったから、というわけね」
「それは確かなんですか?」
「サンプルが足りないし、紫月が本当のことを言っていれば、の条件が付くけどな。
俺を美味しそうと言いつつ、喉に大きな関心を見せた。
これは『俺の魔力器官を摂取することで属性を取り込みたかったから』と推測できる」
「色魔だからマスターの喉が美味しそうに見えた、という可能性は?」
いや、流石にそれは……というか雪奈さんは紫月に辛辣過ぎないかな?
「発端が食欲か性欲かは一先ず置いておくとして、それが事実の場合ツヴァイベスターが捕食対象となった理由も理解できるな」
「良二くんはアドミニストレータ……全ての属性を持っているから、紫月さんが求めている属性を確実に含んでいるのね?」
雪奈にゴロゴロと喉を触られる俺を無視して、麗火さんと仁が考察を進める。
「深界獣の残りかすを食べて偶に美味しいと言っているということは、深界獣の中に紫月の属性と一致している個体があったからだろう。それが複数回あるということは、アメティストは複数の属性を持っている可能性が高い」
「深界獣をけしかけるのは、まだ補給できていない属性を食べるためね。
良二くん一人でその全てを摂取できるのなら、さぞかしご馳走に見えるでしょう。
でもご馳走を食べ終わったらどうなるのかしら。仮説が正しければ深界獣は『捕食することでこちらの世界に来る』訳であって『こちらの世界に来るために捕食する』訳ではないのよね?
お腹がすいたからって良二くんをペロリと食べちゃうと、こちらの世界に近づきすぎて逆に深界に帰れなくなりそうだけど」
「食欲を満たすことと、深界に帰ることを同等に考えるべきではないようだな。
アメティストは事故か何かでこちらに来て帰れなくなった。その間に空腹を覚えた為食事をしている。
その程度であり、食事することで帰れなくなるということに気が付いていない可能性がある。
会話できる知性があるのは認めるが、因果関係を理解できるのかはわからん」
「私は逆だと思う。
深界生物は元々コアだけの単細胞生物の可能性があると今日の報告で見たわ。それが属性を摂取することで威嚇行動や連携といった複雑な行動ができるようになる。
つまり属性を摂取することで知性を向上させているのよ。良二くんを美味しくいただくことで帰る方法を模索できるようになるんじゃないかしら。
良二くんの脳みそにも興味を示してたし……」
「単細胞生物だからと言って、知性が無いとは限らんだろう?
深界ではある程度知性ある生物だったが、こちらに来て一度単細胞生物になった。しかし属性を摂取することで昔に戻った可能性もある」
「昔に戻る……思い出そうとしている可能性はあるわね。
深界の主を自称する以上、こちらに来てからではなくて、深界にいたときから特別な存在だったのかも。
良二くんをパクパク食べちゃうと、その時の記憶が戻って帰れるようになるのかも……」
「深界の主……そのキーワードは無視できないか。特別な地位にあるのなら深界獣と違い深界に帰ろうとする本能が働いても不思議ではない」
「とりあえず、今までの話を考慮した上で初めから見てみましょう」
仁は麗火さんを嫌っているが、特に仲たがいすることもなく、意見を交換している。
良かった良かった。後は俺たちを無視しなければもっと良かったかな。
「マスター!質問です!」
二人の早口談義について来れなかった雪奈が大きく手を上げる。
「紫月さんみたいな亜人はどれくらい確認されているんですか?」
「亜人かぁ……
アメリカ・エリア51の異相人類、中国の秘境に住むという竜人族、イギリスはロンドン塔に幽閉されていたというエルフ・起源処女、アイルランドの再現される伝承チェンジリングチルドレン・囀蜂鳥、DAMAキョート七不思議のひとつ新造妖怪。
辺りが有名かな」
「それって……」
「どれも公式には存在が発表されてないね。
古い写真だったり発信元が不明だったり明らかな合成だったり……ただ『実在していない』という証拠もない。
むしろ『実在は確認されたが隠されている』というのが通説かな」
「実在してるのなら公表してはいけないんですか?」
「法的問題、宗教的問題、倫理的問題……数えたらきりがない。そもそもとして『どこからが人間として扱うか』という根本的な問題があってな。
昔アフリカはケニアのダンジョンで二足歩行し、道具を使うことができ、人の言葉をオウム返しする爬虫類が見つかったんだ。
襲われたから退治したが、さてこれは人間かモンスターか。人間であるなら退治した人は人殺しになるのか」
「それは――私的には人間ではないと思います」
「そうだな。世間でも人間として扱われなかった。でも人類が初めて遭遇した知的生命体と考える人はいたし、そのモンスターを退治した人は責められ、精神を病んで兵士を辞めてしまった。
それを機にどこから人類として認めるか、という論争が始まった。何時ダンジョンの奥からひょっこり現れるかわからないからね。
精神性、言語、体組織、道具の有無、衣服の有無、集団的組織的行動をとれるか。それ以外にもどこから正当防衛になるか、あるいは一切の攻撃を禁じるか、攻撃の意思があるなら殲滅すべきか、といった対応方針まで話し合われた」
「定義は決まったんですか?」
俺は首を横に振る。
「未だ検討中。見つかってる亜人も人類として扱われないギリギリのラインかも知れないし、公にできない実験をしてしまってるのかも知れないし、公表する事で発生するリスクが高いと思っているのかもしれない」
「マスターが紫月さんを亜人として公表することはできるんですか?
紫月さんなら人類としての定義を満たしそうですけど」
「紫月なら第二種か第三種で行けるかな?
でも公表は無理だな。
そもそもの前提であるDGSに関する情報の公開は禁止されてるし、それを抜きしても何処かの謎の組織に止められるか消されるかするのが関の山だろうさ。
第一今の状態だと観測できるのが俺だけで、その俺を食料と思っている。
そんな存在が人類として認められると思うか?」
「難しいですねぇ……」
「難しいよなぁ……」
二人でお茶を啜りながらため息をつく。
そうしている間に、麗火さんと仁の話し合いはひと段落付いたようだ。
「何かわかったか?」
「情報が少なすぎる」
「冷静になってみたけれど、仮定に仮定を重ねても意味ないわよね。
そもそもどこまでが正しい情報なのかの線引きすらできないのよ。この人割とノリで喋ってないかしら」
「深界獣と意思疎通ができないらしからな。経験が少なく他者との意思疎通は難しいのかもしれん」
酷い言われようだ。
「良二くんが美味しいのはアドミニストレータが栄養満点だから、というのは確かだと思うのだけれど、それ以外はどこか辻褄が合わないのよね……」
「基本的な性質自体はほぼ同一だが、思考回路や行動パターンについては深界獣と深界の主は全くの別物と考えた方がいいだろう」
「次に会ったら深界の主の定義を聞いてもらえると助かるわ」
「深界に帰る方法についても頼む。こちらに来る方法についても詳細が解れば今後の対策もできるだろう」
とりあえず結論については先延ばしか。
次にいつ会えるかもわからないが。
「じゃあ次の議題。何故俺には紫月の姿が見えて、輪之介には見えなかったかだが、これは何となく思い当たる」
「……バブルスフィアかしら。
深界バブルスフィアに良二くんだけが部分的に取り込まれた」
「深界バブルスフィアなら輪之介にも見えるはずだ。
我がシマンデ・リヒターで存在も感知できる」
「シュバルツのシマンデ・リヒターは偏差を感知するんだろう?
紫月が自分の属性のバブルスフィアの中に入っている場合、それは感知できるのか?」
「……無理だな」
偏差とは平均からの差分であり、仁はその差分を見るとができるが、差分が無ければ感知できない。例えば白い水に紫の石が入っていた場合それを見つけることができるが、紫の水に紫の石が入っていてもそれは見つけることはできない。
「バブルスフィアのルールを調整すれば、良二くんだけ見られるようにする事はできるわね。
『バブルスフィアの属性と一部が一致する属性があれば入れる』から『バブルスフィアの属性と完全一致する属性があれば入れる』に代えればいいわ」
「……いや、不可能だ。それを行う場合、バブルスフィアを移動させる必要がある」
通常バブルスフィアは地球上の座標に固定された状態で展開される。
自転公転に影響されないが、代わりにそこから動かすことはできない。
「ルールが違う、あるいは固定座標地点が違ってるんじゃないかと思ってる」
「固定座標地点が違う?地球上以外を指定していると?」
「当たり前だろう?
相手は深界の主、深界世界をベースにバブルスフィアを展開するに決まってる」
「……そうきたか!」
「彼女自身が深界世界との接続点なのかしら?
でも、移動するたびに貼りなおしてる可能性もあるわね。あるいは未知の理論でバブルスフィアの移動を可能にしている?こちらの世界でも通用するのなら世界が変わるわね」
歴史的発見の可能性に、俺たち三人が沸き立つ。
ちなみに雪奈はニコニコした顔で首を傾げていた。
きっと授業で習う前提情報が不足しているため、話についていけていないのだろう。あとで一緒に勉強しような。
「理論上は可能だけど、データが足りなくて立証できないという結論に至りました」
「はぁ」
俺たち三人は残念そうにしているが、雪奈は相変わらず重要性を理解していないようだ。
「雪奈にも解りやすく言うと、今はバイクで走っている時に転んだ場合、DAMAの校庭なら怪我を無かった事にできるけど、公道なら無理だろ?
バブルスフィアの移動が可能になった場合、バイクに搭載することでどこで転んでも怪我を無かった事にできるようになるんだ」
「凄いです!あの色情狂にそんな秘密が!?」
所謂魔族っぽい姿に警戒するのは解るが、色魔とか淫魔とか色情狂とか淫乱とかは失礼だからやめような。
「でも、私はギリギリ平気ですけど、存在がR15じゃないですか?これからの出方次第ではR18Gになりますよ?」
「人をレーティングで表すんじゃありません。
だがまぁ、今後の対策は練らないとな」
「そうね。でも大丈夫かしら、良二くん。
紫月さんがバターとお醤油を持って現れてもついて行っちゃだめよ?」
え?何でそれでついていくと思うの?
「女狐よ、ツヴァイベスターがその程度でついていくわけないだろう。
酒とみりんも用意するべきだ」
「それじゃあ私はポン酢とマヨネーズを持っていきますね!」
え?なんで俺を料理する話になってるの?あとなんの料理にする気?せめて美味しく食べて欲しいんだけど!
「まぁ実際問題、すぐに襲われるということはないだろう。
今までDGSが攻撃されなかったのは、向こうから攻撃する手段がなかったからだ。
紫月は複数の属性を持ってると考えられるけど、その属性を多く満たさない限りこちらの世界には馴染まないんだと思う」
「深界獣より複雑であるがゆえに、こちらに干渉するにも複雑な手順が必要ということだな?」
「ああ。
後は本人の気性だな。お腹が空いてたまらないという感じだったが、無理矢理襲おうとはしないで、あくまで俺から食べられたがるのを望んでた。それが突然襲ってくるようになるとは考えづらい」
「でも相手は猛獣ですよ?これ以上お腹がすいて我慢できなくなったら、寝てる間に襲われて喉を齧られる可能性も……」
「確かに紫月がこちらに干渉できるようになったら、俺が襲われる可能性はあるとは思う。
でもそこまでこちらの世界に近づいたらギアさんが感知できるし、ある程度は守ってくれるそうだ」
右腕と首のギアさんから「私たちも頑張るよ!」という気配を感じる。
そういえば、紫月と相対していた時は全く反応していなかったが、紫月の存在はギアさんとギアさんを作った存在にとっても予想外なのだろうか。
「今回みたいに遊びに来た場合は……各種データを取りつついい感じに対応する。
菓子にでもなりそうなDAでも用意しておけば、最悪見逃してくれるだろう」
紫月に触れて属性を特定できれば対応した属性のDAを用意できるかもしれないが……そこは柔軟に対応しよう。
「そうなると直近での一番の懸念は、今回のコンタクトで紫月がやる気になることだな。
明日以降の深界獣の出現頻度が高くなるかもしれない。
紫月との出会いは貴重なデータが取れたが、それで何かが変わるというわけでもないし、結局俺たちがやらないといけないことは決まってる」
一つ重大なケースを話さないまま、無理矢理に作業の方向を変える。
「今日の報告書にあった、ギア:ナイツのDAの準備ね?」
麗火さんが気づいていないはずはないが、それでも俺に合わせてくれたようだ。
……感謝する。
「ああ。明日どうなるかわからない。
今夜中に最低限形にしよう」
俺はそう切り上げると、景気付けにお茶請けに入っていたクッキーを口に放り込むのだった。
「おい、徹夜宣言したツヴァイベスターが真っ先に倒れたぞ」
「……二徹してましたからね!」
「いや、思い出したぞ。このクッキーは」
「でもマスターは三徹目からテンションおかしくなりますし、明日も戦わないといけないので丁度良かったですね」
「確かにそうだが、この方法は問題ではないか?」
「ふふ。相変わらず可愛い寝顔ね。それじゃあ良二くんをベッドに運んでおくわね」
「いえ、寝間着に着替えさせないといけないので、私が運びます!」
「この色魔共が!」
Outer x Multi - 了
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