第六話 敵を知り己を知れば百戦しても勝てないことを思い知る
解析回(身体能力)となります。
「麗火さんは優しい子だから、直接的ではないけど、わかりやすく伝えてくれてたわけだよ」
シェアハウスのリビングでコタツに入りながら、先ほどの説明をする。
雪奈は隣で、一緒に正面のディスプレイを見ている。
今日のみかんのノルマは一人二つだ。
ちなみに冷凍みかんは早速飽きたので、DA冷凍みかん君は自室に封印されている。
「藤原正技さんは天元流という剣術の使い手。道場破りに勝ち続けているため、非常に強い。
そして研究内容は空間切断。研究は順調で、成果を出している。
授業に出ず、剣術の修練を行っている」
「問題なさそうですけど……」
「いや、剣術についての進捗が不明だ」
「道場破りで連勝していますよ?」
「藤原正技さんは2か月だか、3か月だかで初めての道場破りを成功しそれ以降負けなし。
強くなったのか、成長していないのかわからない。
麗火さんは研究の方は上手くいってると言った。つまり、研究じゃない方は上手くいっていないわけだ」
「なるほど……」
「加えて『蜻蛉切』と空間切断の属性。これがキーだ」
「キー?」
「国に献上された『蜻蛉切』の解析により、技能だった空間切断の機能は技術として解明、確立された。
藤原正技さんの研究内容は空間切断の機能向上。
DAMAの最大の目的は『技能を技術として確立し、特定の人しか使えない機能を、誰でも使えることにする』こと。
これらを総合すると」
蜻蛉切の逸話は教科書にも載っている。
蜻蛉切の技術を継承してきた藤原正切はダンジョンの出現により魔法が必要となった時、いの一番に持てるすべてを提供した、と。
美談だ。尊敬されるべきことだ。賞賛に値する。
だがそれにより、藤原家はその特別性を失った。
「DAMAにおいて、藤原正技さんの才能は価値がない」
『技能』を失い『技術』とすること。
それがDAMAの生徒たちが目指すモノであり、すなわちただ一人の天才が、平凡な天才に堕ちるということを意味している。
そして自分の特別がすでに一般になっているのなら、入学の時点ですでに新しいものを見つけることのできない、ただの「凡才」となるだろう。
「まぁ、つまりは俺たちと同じだよ」
俺の特別は「絶対属性」。
500万人に一人のレア能力。
その能力は、全ての属性を均等に保持するというもの。
属性の組み合わせにより様々な現象を派生させられることを鑑みれば非常に有用な能力だったが、5年前に属性変換器の開発より無意味なものとなった。
雪奈に至っては「属性欠乏」。
通常最低一つは持っているはずの属性を、何一つとして持っていないという能力。
どちらも、DAMAにとって価値のあるものではない。
「なるほど……
DAMAで自分の才能が必要とされてなかったから、剣術に執心するようになった。
でも、成果が上がらない。
ということですか?
でも、研究自体は上手くいってるんですよね?」
「得意な属性が解析済みとはいっても、それでも『天才』だからね。
俺たちとはそこが違うさ」
属性値が高ければより深く理解できるということは、統計的に明らかになっている。
同年代の一般的な高校生の一番高い属性の属性値を3とすると、秀才である俺の属性値は4。
血統的に高い属性値を持っていると思われる藤原正技の空間切断の属性値は8~10くらいはあるだろう。
そしてそれは世界トップレベルの値であり、彼は世界トップレベルに空間切断を理解できると言える。
既存技術の発展だってできるだろう。
「あるいは話に全く出てこない聖剣鍛冶師が優秀なのか」
DAは基本二人で作成、運用する。
聖剣鍛冶師がDAを作成、調律し、聖剣剣聖がそれを扱う。
研究担当をしているペアの聖剣鍛冶師が自分より有能で、コンプレックスになっている可能性もあるかも知れない。
「麗火さんの情報から推測できるのはここまでかな。
目的は藤原正技さんの剣技の向上。
依頼人は藤原正技さん剣技についての内情を知る人。
天元流の家元が、腕の育っていない正技さんのことを知り、このままならDAMAから連れ戻す、と言ってきたとか、そんな感じかな?」
ほとんど想像でしかないが、麗火さんなら俺がこう考えることくらい読んでいるだろう。
「後は詳細な情報の確認かな。
アイズ、剣聖生徒会から情報は?」
眼鏡に問いかける。
「届いてるね。
出生。経歴。成績。能力。道場破りの詳細およびその戦闘の動画」
「追加検索。
藤原家。天元流。練習風景。野良試合。あとSNSに部員が何か書き込んでるとかない?」
「検索済みだよ。データを整理して送るね」
「仕事早いね。素敵。モテるでしょ」
「同類に会ったことがないので評価できないかな」
同類。AIなのかオンライン友達なのか。謎は深まる。
「もう少し柔らかい返事をして欲しいな」
「了解。
モテモテだよ。昨日も聖様が寝かせてくれなかった」
「また徹夜で仕事かぁ……」
下手をすると、俺と聖教授と雪奈の三人でアイズを寝かせない日々が来るかもしれない。
いや、雪奈は21時には寝かせよう。絶対。
「無理。勝てない」
「無理、ですね……」
アイズから受け取った資料を一通り確認した結果、勝利は絶望的ということが分かった。
まずは数字で比較できるものについて確認する。
春に受けた身体測定と体力測定、魔力測定の結果から、戦力差をわかりやすく比較すると以下となる。
【平賀良二】
体力4
力4
反応4
魔力総量4
最大魔力4
【藤原正技】
体力7
力10
反応12
魔力総量15
最大魔力8
ちなみに同年代の値が3、鍛えた大人が5、プロの兵士やダンジョンで活動している聖剣剣聖が7程度だ。
魔力総量は魔力の体力版。
最大魔力は魔力の瞬発力の様なもので、属性値の最大値がこれと大体一致する。
魔法の持続力や操作能力など、身体測定で図らない能力もあるが、それにしても平均以上であることは間違いないだろう。
さらに、ずっと修練しているため、もっと強くなっていると思われる。
つまり、身体的な勝負では話にならない。
次に魔法技術を確認する。
道場内に設置されている定点カメラで撮影された動画を見る。
道場の中心に巻き藁が置かれている。
正技さんは一呼吸して構えると、手刀で巻き藁に切りかかった。
一拍を置いて、巻き藁が斜めに断たれ滑り落ちる。
「指先に空間切断の機能を持たせてるな。
空間自体を切ることで、理論上あらゆる物質を切断できる。
空間が切断されるとその先にエネルギーが伝わらないから、空間を3次元状に切断することで盾とすることもある」
雪奈に解説する。
まぁ、これくらいなら頑張れば俺でも……
次の動画が再生される。
道場の中心には直径1メートルほどの氷柱が置いてある。
正技さんは右手で氷柱に触れ、大きく深呼吸し集中する。
『散界』
直後、氷柱はバラバラになって崩れ落ちた。
一瞬で空間切断を5回……いや、6回?
化け物かよ。いや、天才だったわ。
「凄いですね……!」
隣では雪奈が目を輝かせている。
「……」
俺はコタツの上にある、歯間ブラシを手に取る。
「俺だって授業で空間切断の魔法は習ったし」
対抗心というわけではないが、俺の腕前を見せてやろう。
対抗心ではないが。
「…………」
雪奈に見つめられること2分。
「切断」
空間切断魔法が発動し、歯間ブラシが空間ごと切断される。
「おぉー。凄いです」
……反応に熱の違いを感じる。
いや、2分で2センチの空間切断を作れ、それを1秒維持できるのは凄いんだからね?
使い勝手は悪いけど、使いようによっては色々できるんだから。
俺は魔力を大量に失ったため、みかんで補給を図る。
しかし、みかんを取ろうとする前にそれを察したのか、先に雪奈がみかんを取り皮を剥いてくれた。
こんな情けない俺に優しくしてくれるなんて、なんて良い子だ……
続けて道場破り。
一瞬だ。まさしく目にもとまらぬ速さ。何をやっているのかわからない。
多くは10秒以内、長くても一分程度で相手の首が飛ぶ。
受け止められない刀が超超高速で振るわれる。間合いに入られたらその場で終わりだ。
幸いいくつかの撮影機器は高精細のハイスピード撮影のため、1秒間に最高1000コマの撮影ができる。
スローモーションで動きの確認はできた。
人外の速度でも、最新の撮影機器にはかなわない。
「アイズ、剣速はどれくらい?」
「今のシーンでは1コマおよそ9センチ。秒速約90メートル。時速324キロだね。
試合が長引いた場合次第に早くなって、最大で時速350キロ程度まで計測されてる」
「野球のヘッドスピードが早くて140キロくらいだっけ……」
「参考程度に、ツバメの最高速度が時速200キロ程度だね」
技ではなく速度で、自由落下による加速を含めた最速のツバメを、後ろから簡単に追いつき斬れるということか。
佐々木小次郎のツバメ返しでも、もっとマシな方法でツバメを斬ろうとするだろう。
「……本当に剣術に不服があるんでしょうか?」
「自信が無くなってきた」
まさに近接最強。
それが結論である。
Despair is With Knowledge - 了
ちなみに、一般人の身体能力や、強化系属性を持たない人の能力は私たちの世界とほぼ同一です。
歴史自体も似たような遍歴をたどっていますが、蜻蛉切のように所々魔法が使われた形跡があったり、資料として残っている織田信長の髪の色が金だったりという違いはあります。
お読み頂きありがとうございます。
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