第三十話 身を削る覚悟は誰がために
「簡潔にまとめると、輪之介は間違えてディバイン・ギアを渡されたが、『模倣』属性があったためディバイン・ギアを使うことができた。
本来はディバイン・ギア・ソルジャーの資格があるのは昇人のみであり、資格のない自分は戦力にならないから完全に引退して俺に相方を任せたい、ということだな?」
長々とした話を聞いた後、俺はそう確認を取った。
「あってるけれど、もっとこう、僕の感傷に寄り添うとか、そういうのは無いのかい?」
「無い。そちらこそ憧れの存在になれると息巻いていた、ステータス1/216の3号ディバイン・ギア・ソルジャーの気持ちを考えたことがあるのか?
輪之介はソロで深界獣討伐の実績があるけどな、こっちは止めをさせる必殺技があるかどうかもわかっていないんだぞ。
どれだけ恵まれているのかわかっているのか?」
「えっと……ごめんなさい」
冗談はおいておくとして、ギア:アルスの能力は事前情報とだいぶ違うようだ。
恐らく固有の能力は相手の属性をコピーし、それにディバイン・ギア・ソルジャーの力を上乗せすることができるというものだろう。同じ属性を使う場合相手も耐性を持っていることが多いだろうが、基本能力に差があれば押し切ることもできるだろうし、外付けのDAで補強する、あるいはそれまでに戦った深界獣の能力を再現できれば、どんな相手でも有利に戦えるはずだ。
全ステータスがギア:ナイツに劣っているとしても、十分高い戦闘能力を持っていると考えられる。
つまり、彼が戦線復帰しない、あるいはできない理由はその戦闘能力ではない。
「……一つ確認したいことがある」
今の話、不自然な箇所が二つあった。
一つ。強制解除により心臓が止まった事。強制解除は装着者の安全を守るため、反射装甲のようにスーツを解除しダメージを緩和するためのものだ。その衝撃で心臓が止まっては元も子もない。
一つ。ディバイン・ギアは昇人の手に渡ったのに、未だに輪之介が深界バブルスフィアに入ることができること。輪之介はディバイン・ギアを持っていたから、自身をその属性に合わせることで深界バブルスフィアに入ることができた。ディバイン・ギアを失えば一般人に戻るはずだ。
ここから予想できることは一つ――
「輪之介の心臓には、代わりにディバイン・ギアが入っているな?」
深界獣に胸を貫かれた後気が付くと傷がふさがりディバイン・ギアを持っていた。
恐らく輪之介にディバイン・ギアを与えた存在は、蘇生と生命維持のためにディバイン・ギアを二つに分け、片方を変身用にしたのだ。
ディバイン・ギアを二つに分けで運用できることは俺の右腕のブレスレットと首w――メインギアで証明済みだ。そして変身用のディバイン・ギアだけが昇人の元に渡った。
これなら輪之介は『深界』属性を維持することができ、深界バブルスフィアに入ることができる。
そうなると話は見えてくる。
ギア:ナイツがガジェットを使えないのは、半分のギアが輪之介の中にあり、機能が制限されているから。
輪之介がDGSに変身しようとしない理由は、ダメージを受けディバイン・ギアが損傷すると、自分が死んでしまうことを実感したからだろう。
それでも昇人と一緒に行動するのは、二つのギアは遠くに離れることができない――あるいは変身できなくなるなどの理由か?
そして引退して俺に任せるという意味は――
「……察しの通りだよ。
今の僕の身体はディバイン・ギアによって生かされている。でも、変身するだけの機能は残っていない。
それどころか、ショートにとっての足かせになってる。
だから、僕は――」
輪之介は手を強く握り、唇を震わせ、顔を真っ青にしながら、泣きそうな表情で俺を見上げる。
「僕の心臓からディバイン・ギアを取り出して、ショートに渡してほしい」
それはつまり、友人のためにその命を捧げるということだ。
「今すぐというわけじゃない。必要な時が来たら、迷わず取り出して」
「―――言葉の意味は解っているのか?」
「わかってるよ」
「それを取り出したらどうなる?」
「解らない。きっと倒れてしまうだろう。
でも解っていることもある。今日ショートがピンチになったのは、ディバイン・ギアの力が足りないからだ。だから僕のギアが必要なんだよ。
確かに良二くんが助けてくれればしばらくは戦えると思う。でも良二くんは変身のタイムリミットが厳しいんでしょ?深界獣がもっともっと大量に出てきたら手が回らなくなる。
いざという時にショートの全力が必要になったとしても……きっと今日みたいに僕は躊躇する。
だからそうなる前に――僕のディバイン・ギアを受け取って欲しい」
バレバレな嘘をつき小動物のように震えながら、しかし瞳には確固たる決意を灯し、言葉を零すたびにその意志は強くなる。
平凡な人生を歩む俺には縁遠い、真剣に誰かのことを想う顔だ。
「ギア:ナイツが完成すれば、誰にも負けない」
―――それなら、その覚悟を否定するのは野暮だろう。
「わかった」
俺はため息をつきながら応える。
「ただ、心臓ともなると施術の準備に時間がかかる。
最速でも半年……いや、確か聖剣病院の優先チケットが報酬にあったはずだ。それを使えば一か月で行けるか?」
「……はい?」
輪之介が真ん丸お目目でこちらを見る。
「何か勘違いしているようだが、現在の最先端DA医療なら脳以外……頸椎や心臓なら復元可能だぞ」
DAによる超々再生能力を初め、臓器クローン、万能細胞移植と活性化といったオーソドックスなものから、DAによる細胞置換を使った豚の心臓移植、臓器擬態できるスライムの定着まで、幅広治療方法が存在している。
復元に拘らなければ、人工心臓聖剣という選択肢もある。これはディバイン・ギアが現在輪之介に行っていることと同じだろう。
「DAMAトーキョー付属聖剣病院の話だけどな。
腕一本生やすだけなら二週間で行けるらしいんだが」
輪之介に右手を突き出し、ロボットのような動きで開いたり閉じたりして見せる。
「いや、でもそれじゃあ、手術を受ける前にピンチになったら間に合わないじゃあないか。
今日明日にでも手術を受けることはできないのかい?」
輪之介が想像していた『ピンチの時にディバイン・ギアを胸から取り出し、昇人に渡す。自分は死ぬ』というイメージとは全く別方向の話が始まり、ひどく狼狽しているようだ。
「流石に無理だろうな。現在の心臓の状態の検査に始まり、移植するための心臓の生成、アレルギー検査、機器の調達と使用許可の申請……やっぱり一カ月でも無理そうだ。
それに何より、重大な問題がある」
「重大な問題?」
俺は輪之介にいじわるそうに笑いかける。
「手術の後は絶対安静、経過観察も必要、体力も落ちててまともに歩くのも大変だしリハビリもいる。
つまり、補習と追試が間に合わない」
そう、今手術を受けられては、麗火さんから受けた依頼を達成できないのだ。
「補習と追試って……そんなこと」
「そんなことじゃあないだろう。いいか、輪之介。今俺が言った最先端DA医療については保健体育で先生が話していたんだ。
輪之介が授業に出ていなかったから、未だに治療を受けられていないし、命を投げ出そうとした。
それでも勉強することがそんなことと言えるのか?」
俺の言葉に全てを見透かされていたことを悟り、輪之介が苦虫を噛み潰したような表情をする。
「でも、僕は、ショートが……」
輪之介がブツブツと言葉を発するが、聞き取れない。ただ、先ほどまでの考えは改めたというのは解る。
命を捨てる覚悟は持てても、自分から行動は起こせない。死ぬのが怖くて変身することを選べない。
そんな彼が、ディバイン・ギアを失っても生きていける方法を提示されて、それでも命を捨てるという選択肢は選べるはずもない。
安全を伴う選択肢は、簡単に覚悟を揺るがすものなのだから。
一応特急で手術を受ける方法は思いつくが、確実性は低いし、追試は間に合わないし、その方法はディバイン・ギアを譲り受けた鳳駆さんに顔向けができない。
さらにイノベーション・ギルドは解散し、麗火さんにも嫌われてしまう。
「第一、輪之介にはこのまま俺とナイツのサポートを続けて貰わなければ困る。
俺とナイツだけで襲われた人を守りながら戦うのはさすがにつらい。誰か頼れる人に避難と介抱を任せたい。
俺が参入したのは途中からだから詳細は解らないが、今日の二人が助かったのは輪之介のおかげなんだろう?」
例え深界獣を倒しバブルスフィアが解除されれば怪我は治り助けた記憶が消えてしまうとしても、見捨てていいという理由にはならない。
深界バブルスフィアで行動できる人物が限られている以上、輪之介の助けは必要不可欠だ。
「……うん、そうだね。僕も僕のできる範囲で頑張るよ。
到着したら終わっていることも多いけど」
上手く話を逸らせたことに安堵しつつ、さらに話を逸らすべく、疑問に思ったことを尋ねる。
「ところで気になったんだが」
「なぁんだ。これで終わり?
面白い話だったのに」
俺の後ろから、心臓を鷲掴みにするような、奇妙な女性の声が聞こえた。
「どうしたんだい?」
異様な気配に血の気が引くのがわかる。
それを見た輪之介が声をかけてくるが、それに反応することは出来ない。
むしろ、輪之介がこれを感じ取れていないことに恐怖を覚える。
「話は続けないの?あたしもヒマじゃないんだけど。
それとも、気が変わって心臓を取り出すことにしたのかしら」
未知の言語と日本語の副音声を同時に耳にするような違和感。
ああ、そうか。この声は俺の耳に届いていないのだ。
D-Segのように頭に直接響いている。違いと言えば、脳髄と心をかき回し、揺さぶる感覚を伴っていることだろうか。
ゆっくりと、後ろを振り返る。
そこに立っているのは、月夜に照らされた女性。
腰よりも下に伸びる長髪は銀、身長は高く170センチほどだろうか。
妖艶な笑みを浮かべているが、焦点が合わず、全く笑っていない目に違和感を覚える。
だがそんな違和感などどうでもよくなるような特徴として、彼女の眼は白目となる部分が真っ黒に染まっていて、その肌は後ろが透けて見えるほどに透明感のある、青色だった。
そして何故だろうか、黒色の目の中に浮かぶ紫の瞳に、俺の目は奪われてしまった。
直感的にわかる。
彼女が今回の深界獣の多発発生事件、その根幹となる存在だろう。
「―――君は?」
カラカラに乾いた喉で、ようやくその言葉だけを絞り出す。
女性は一度可愛らしいキョトンとした顔をすると、キョロキョロと誰かを探すように目だけを動かした。
そして一瞬俺と目が合うと、ニンマリと笑い紫の舌で唇をなめる。
「―――へぇ、貴方は私が見えるのね?
それじゃあ一つお願いがあるんだけど……」
女性は俺に近づくと、少しだけ身をかがめ、上目遣いとなるようにして俺の顔を覗き込んだ。
アメシストのような瞳に、俺の姿が映っている。
「我慢できないから、食べちゃっていいかしら?
こんなに美味しそうなモノ、初めて見たの。
素敵。恋したと言ってもいいわ。
良いわよね?
心も、魂も、属性も、一片残らず美味しく食べてあげるから。
だから、一つになりましょう?」
その『プロポーズ』をもって、俺はようやく深界獣というものを理解した。
Suicide x Surgery - 了
ヒーローものなので、テンプレ悪役の登場です。
一見女幹部ですが他の幹部や根源となる敵は現れないので実質今章ラスボスです。
お読み頂きありがとうございます。
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